石川久遠の「日本人なら知っておきたい真実」

日本国民は『真実の近現代史』を教えられていない。当ブログでは『真実の近現代史』をメインテーマとして書き綴っていく。また、一人の愛国者として日々 思いついた事を形に捉われずに書き留めてもいきたい。 何より、「東京裁判史観」と「朝鮮人による日本支配」からの脱却を促したい。 肌の色や出自、文化文明の後進性を以っての人種差別には当然反対するが、日本を敵愾視する外国人を優遇する日本の行政の在り方は愚かであり、日本国民とは歴然と区別するのが本来あるべき権利の公平性と考える。 日本国民の精神性の発達の阻害要因を、「東京裁判史観」と「戦後教育」、及び「米国への隷従姿勢」と考える。 長文読解が苦手な方は対象外。…読むだけ無駄です。

我々の大切な国、日本は、「明治維新」以降より、日本人に成り済ました朝鮮人により穢され続けてきた。「大東亜戦争」敗戦後の米国による占領統治は、数々の国際法に違反して「日本人による日本再建」の芽を徹底的に摘んでしまった。米占領軍は、朝鮮人と売国的日本人を利用して、日本の社会構造を改造し、日本の無力化を図った。
その米国の庇護の下、長らく政権与党の座に就いている歴代自民党政権は、朝鮮人による日本支配を益々盤石なものとしてしている。悪しき「東京裁判史観」と「朝鮮人による日本支配」から、日本人が脱却する為に、微力ながら真実を発信し続け、日本人の覚醒を促したい。
Blogの主旨をご理解いただく為には、ある程度の長文読解力が求められます。

《500年間の白人支配の世界秩序を覆した意義》

私は欧米白人国家と特亜の国ども、一部の日本人が、極東国際軍事裁判所(所謂 東京裁判)という私刑で結論づけられた、我が日本を侵略国家とする史観に、強い違和感を感じる。世界史を俯瞰すると、有色人種国家を侵略し尽くそうとした、白人列強による植民地主義を根本から覆した日本人の偉業を誇らしく思わずにはいられない。

大航海時代の欧州白人国家は、戦う意思もない平和的な有色人種国家を次々と侵略し、時としてこの地球上から滅亡させてきた。白人たちは滅亡させないまでも殆んどの国々を植民地化し、現住民を人間としてすら扱ってこなかった。米国は誇り高く、奴隷に適さないアメリカ・インディアンを皆殺しにして、比較的素直に隷従する黒人奴隷をモノ・家畜であるかの様に調達した。

今、チャイナと呼ばれる大陸国家では、古代より近隣諸国を滅ぼしたり、滅ぼされたり、王朝が代わる度に、前王朝の血縁を皆殺しにして、墓まで破壊して前王朝を否定する易姓革命を繰り返してきた。朝鮮半島一帯に至っては、満足な国家すら生まれなかった。最終的に辛うじて国家の体を成した李氏朝鮮は、日本に〈植民地支配〉されたのではなく、国際法に基づいて平和的に日本に併合され、そこで初めて文明に触れた。朝鮮人たちは自らの意思で大日本帝國に4度も併合を懇願した事を忘れている。

こうした歴史的事実を一切無視した上で、彼等に「侵略国家・人道に反する罪」とやらで断罪される謂れは日本にはない。正しい歴史を捻じ曲げ、捏造した歴史で糊塗しておいて、「歴史修正主義は悪だ」もへったくれもないではないか。

裁かれるべきは、有色人種国家を悉(ことごと)く毒牙にかけて植民地支配を続けた、欧米列強国家である。自ら為してきた罪深い歴史を不問に付して、日本を裁くなど、嘘の上塗りでしかない。正式な裁判なら進んで受けようが、東京裁判が裁判を模した茶番である事は、日本の学術界では既に立証済みである。何れは世界中で真実の歴史が証明されるだろう。

ここで真実の歴史を少しだけ俯瞰してみよう。

1519年にエルナン・コルテス率いるスペイン人が到来した時点で、アステカ王国の支配は約20万㎢ に及び首都テノチティトランの人口は数十万人に達し、当時、世界最大級の都市であった。中心部には神殿や宮殿が立ち並び市もたって大いに繁栄した。1521年8月13日、コルテスはクアウテモク王を捕らえアステカを滅ぼした。

インカ帝国は、1533年にスペイン人のコンキスタドール達に滅ぼされた。南アメリカのペルー、ボリビア、エクアドルを中心にケチュア族が作った国で、首都はクスコだった。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口をかかえ、現在のチリ北部から中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部にまで広がっていた。

1492年、アメリカ大陸の発見。疲れ果てて到着した入植者を待っていたのは、餓えと厳しい冬であった。平和的な先住民(アメリカ・インディアン)は食物とその栽培方法を入植者たちに教えた。お陰で多くの入植者は厳しい冬を無事に越せた。そして押し寄せた白人たちはアメリカ・インディアンを殆んど絶滅させてしまった。白人の中でも特にイギリス人は残虐だった。

鉄砲や大砲で武装した騎兵隊を組織して、インディアンを駆逐し始めた。土地を取り上げ東の部族を西に追いやった。西に金が出ると西からもインディアンを追い出した。開拓に邪魔なインディアンは徹底的に虐げられた。

サンドクリークの虐殺は、1864年11月29日にアメリカのコロラド地方で、白人たちが無抵抗のシャイアン族とアラパホー族インディアンの村に対して行なった、無差別虐殺である。白人たちは相手が有色人種である場合、平然と、何回でも、無差別殺戮を繰り返す歴史を持っている。

コロラド州ではこの虐殺に先駆けて、白人の大集会が開かれ、有志の寄付によって「インディアンの頭の皮の買い取り資金」として5000ドルが集まった。「耳まで付いている頭の皮」なら、25ドルの高額な賞金が設定された。金鉱に群がった無法者どもにとって、周辺のインディアンはフロンティアの障害に過ぎなかった。「白人が野蛮と決めつけた平和を好むインディアンの絶滅」は、入植者の悲願であった。

昔の西部劇映画では、野蛮なインディアンが、罪もない白人の牧場を襲い、白人の頭の皮を剥いだが、真実は逆であったのだ。我々日本人は西部劇に騙されていたのだ。奴隷解放で有名な『リンカーン大統領も、インディアンの頭の皮の買取価格を許可する書類に署名』している。

米国は2000万人〜6000万人のアメリカ・インディアンを殺戮、ほぼ殲滅した。現在、アメリカ合衆国に生存しているアメリカ・インディアンは精々300万人程度である。米国はアメリカ・インディアンの代わりに1600万人の〈強制連行〉されてきた黒人奴隷を家畜の如く使役して栄えた。黒人差別は現在も根深く続いている。今年も白人警官が無抵抗な黒人を何人も射殺して暴動が起きている。それが米国である。

1494年6月7日スペイン、ポルトガル間に締結された『トルデシリャス条約』。1493年ローマ教皇アレクサンデル6世は、スペイン、ポルトガル間の植民活動を調整する為、ベルデ岬諸島の西 100レグア (約 500km) の子午線を境界線として、西方をスペイン、東方をポルトガルの活動領域とした (教皇の子午線 ) 。

スペインとポルトガル2国で世界を東西分割しようとする条約だ。これが1500年発見のブラジルをポルトガル領とする根拠となった。勿論、ブラジルの住民の意見など聞いていない。

今、中共が提案している「太平洋2分割統治」は『トルデシリャス条約』を彷彿とさせる。「アメリカは満更でもないようだ。アメリカ人は同じ過ちを何度でも繰り返す。繰り返すのは反省していない証拠だ。アメリカと中共は、身勝手・残虐という共通項を持っている。歴史的に見て、案外いいコンビであろう。

『ベルリン会議』は、1884年11月15日から1885年2月26日までドイツ帝国の首都ベルリンで開催された国際会議。列強のコンゴ植民地化をめぐる対立の収拾が図られるとともに、列強による「アフリカ分割」の原則が確認された。

参加国は、イギリス、ドイツ帝国、オーストリア、ベルギー、デンマーク、スペイン、アメリカ合衆国、フランス、イタリア、オランダ、ポルトガル、ロシア帝国、スウェーデン、オスマン帝国の計14ヶ国。この会議を契機として列強のアフリカ分割は本格化し、列強間の調整を通じた〈地図上での植民地分割〉が行なわれた。

これもアフリカ人の意見などお構い無しで、14ヶ国が勝手に相談してアフリカ大陸の地図に定規を当てて、国境線を引いた。アフリカ諸国に内紛が絶えないのは、部族間の境界線を無視して国境線を確定した白人の所為である。

オーストラリアでは、アボリジニ殺しは20世紀に入っても続き、ニューサウスウェールズ州立図書館に残された資料には、1927年の日付で「今日の収穫アボリジニ17匹」とある。当時は日曜日に皆でアボリジニ狩りを楽しんでいた。

アメリカは大東亜戦争に於いて、有色人種国家である日本に、都市部への絨毯爆撃、原子爆弾2発の実験投下で一瞬にして数十万人を大焼殺・大爆殺し、スペインからフィリピンを奪うと独立の約束を反故にして20万人を殺戮した。

以上、白人列強国家の為してきた大罪の一部を紹介した。大東亜戦争の戦勝国に日本の罪を追及する資格など全く無いのだ。彼等こそが「侵略者」で「人道に悖る罪を重ねてきた」裁かれるべき民族なのである。

敗戦はしたが、大東亜戦争は白人たちが〈所有〉していた植民地の殆んどを、現地に住む本来の住民に、独立という自由を取り戻すという尊い結果を齎(もたら)した。一方、日本は米国に完膚無きまでに破壊され、大量殺戮され、敗戦し、国を失ないかけた。併し、もしこの地球上に「日本」という国と「日本人の勇気と尊い犠牲」が無かったら、今の世界は旧態依然とした〈白人支配〉の人種差別の激しい世界のままであっただろう。

日本は力及ばず敗戦してしまった。起きてしまった過去の出来事はやり直しがきかない。併し、歴史の真実を識る事で、「過去を教訓として過ちを繰り返さない知恵」を人類は学ぶべきだ。真実を識れば知るほど、中共・韓国の如きが「歴史を鑑とせよ」と、言葉の意味も重さも分からず、日本に対して尊大ぶるのは滑稽としか言いようが無い。

《 李氏朝鮮の時代から世界でも稀に見る売春民族であった韓国に、日本が慰安婦問題を詫びてしまった不条理。こればかりは承服しかねる。》

韓国が「性産業輸出大国」である実態は、世界的に周知の事実である。韓国政府の女性家族部 自身が「韓国人売春婦は全世界に10万人余り居る」と明かした。恐らく実際よりかなり控え目な見積もりだろう。20万人と見ても少ないかも知れない。然も韓国は世界で最も移民が盛んな国である。数年前の調査では世界181箇国に韓国人は永住している。支那を大きく引き離して、世界第1位である。世界中に売春狂いの民族が散らばっている訳だ。

そして、米国での韓国人売春婦の割合も常に他を圧倒して第1位である。朴槿恵大統領は、〈日韓共通である筈の敗戦記念日〉には毎年必ず慰安婦問題で「歴史を直視する勇気を持て」「責任と誠意ある措置をとれ」と日本を批判してきた。併し今年は、安倍政権が昨年の12月28日に、慰安婦問題で日本の非を認めて謝罪し、10億円を政府支出する、所謂「日韓合意」に応じた事から、毎年恒例の日本非難は極めて控え目であった。

私は、常々〈韓国こそが自国が関わる近現代史の真実を直視すべき〉であると感じていた。そしていつの日か我が国の先人が不当に負わされた冤罪が晴らされるものと信じ、願っていた。併し日本国民の悲願でもあったこの思いは、思わぬ形で安倍首相に裏切られる形となった。その日本国民に対する背信行為こそが昨年末の「日韓合意」である。安倍首相は、我が国の先人・英霊の顔に泥を塗って退けた。韓国が執拗に日本を貶めようと国際社会で捏造工作を続けていた「旧日本軍が組織的に20万人の朝鮮人少女を強制連行をした強姦魔」であるかの様な虚偽の歴史が、忌むべき「日韓合意」によって、国際社会に決定的に周知されてしまったのである。

安倍首相の外交に対する取り組みを私は評価しない。米国の強圧の下、非力な日本としては良くやっていると評価する向きもあるが、私は安倍首相の外交は根本的に間違っていると考える。「戦後レジームからの脱却」をスローガンに掲げて登場した時、私は大いに期待したものだ。併し、米国から圧力を受けると、いとも簡単にそのスローガンをかなぐり捨て、米国を始めとした戦勝国の身勝手である「戦後レジーム」「戦後世界秩序」の優等生を演じ始めた。「戦後レジーム」の最たるものが忌むべき「東京裁判史観」であり、それが齎(もたら)した故なき「贖罪意識」が「日本は悪い国」でしたという歴史歪曲である。

確かに日本は1952年に「サンフランシスコ講和条約」に批准した事で、晴れて国際社会に復帰できた。左翼は条約に批准した事を以って〈東京裁判を受け容れた〉と言うが、それは違う。〈東京裁判を受け容れた〉のでは無く〈東京裁判の判決を受け容れた〉のである。間違って貰っては困る。〈判決を受け容れた〉という事は〈日本人としての魂まで売り渡した〉と同義ではない。先人・英霊の無念は決して忘れてはいけないし、我々子孫とこれから生まれ来る子々孫々に託された『日本人としての誇り』まで売り渡してはいけない。GHQ/SCAPが狡猾に仕組んだ〈ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム〉により洗脳された、〈故無き贖罪意識〉など新生 日本国は何時までも引き摺って居てはいけないのである。

70年以上も過ぎ去った昔の冤罪に、先人・英霊が為してもいない行為を〈謝罪〉などする必要は日本には無いのである。況(ま)してや、『公募した高給売春婦』を〈強制連行された性奴隷〉などと〈捏造された史実〉を真に受けて、韓国の如き卑しい国家に首相が謝罪するなど以ての外である。然も、1965年の日韓基本条約、日韓請求権協定で最終決着した筈の国家間の取り決めを日本自らが破って、国際社会から見れば明らかなる謝罪・賠償金10億円を支払うとは、安倍晋三氏とは論外の空(うつ)け者である。国際社会の誰が見ても〈旧日本軍が朝鮮人少女20万人を組織的に強制連行して性奴隷にした〉という韓国の主張を日本が国家として認めた事になってしまった。安倍政権の取り返しの付かない敗北外交である。

民主主義には不条理な妥協がつきものである。その意味に於いて、現状の日本の政権与党では、内閣総理大臣を務める事ができる人物は、安倍晋三氏をおいて他に無いのかもしれない。この選択をせざるを得ない状況をつくったのは、戦後日本人の怠慢であり、長年与党の地位に付いていた自民党が積み重ねた無作為による帰結である。その結果としてとはいえ、英霊の顔に泥を塗った安倍晋三氏はその一事を以って万死に値する。安倍晋三氏には二度と靖國神社には関わって欲しくない。例え安倍晋三氏が好んでした事では無いにしても、彼が英霊を冒涜した男である事には変わりは無いのである。

安倍政権の謝罪を見た米国では、手始めにカリフォルニア州の公立高校が9月から使用する教科書に、〈旧日本軍が朝鮮人少女20万人を組織的に強制連行して性奴隷にした〉とはっきりと書かれる事が決まった。戯けた事に「日韓合意」の後に外務省はカリフォルニア州教育委員会に「事実と異なる」と抗議して、「日本の首相が非を認め謝罪して賠償金まで支払うのに何を言っているのか?」と切り返され、ぐうの音も出なかったと言う。同時に外務省は国連人権委員会に1996年の「クマラスワミ報告」を撤回するよう求めたというが、勿論、にべも無く断られた。

慰安婦問題を考える上で参考になる記事が朝鮮日報に、「拡大する韓国型性産業、海外での実態」「『性産業輸出大国』韓国の恥ずかしい現実」として掲載された。先ず、海外での韓国人売春婦について、〈2010年10月に行なわれた女性家族部への国会国政監査で、当時の金玉伊(キム・オクイ)議員(女性家族委員会所属)は『海外で売春をする韓国人女性の数は日本に約5万人、オーストラリアに約2500人、グアムに約250人居るとみられ、全世界では10万人余りに達する』と主張したとある。(これはかなり少なく見積もった数字と言えよう)

海外売春に走る最大の要因は〈カネ〉である。〈昨年5月にカナダの売春宿で警察に身柄を拘束された10人の韓国人女性も『短時間でたくさん稼げると聞いて、つい来てしまった』と自白した。売春宿を経営していた女性社長(36)は、普段から女性たちに『1箇月に2000万ウォン(当時のレートで約175万円)稼げる』と話していた〉と記している。

朝鮮日報の記事には、米国での外国人売春婦の割合も掲載されており、1位は韓国で23.5%、2位はタイで11.7%、3位はペルーで10%とある。日本に遅れる事60年、2004年に韓国内で売春禁止法が施工(しこう)され、2008年にノービザでの米国旅行が可能になり、一気に流出し始めた。勿論、それ以前にも韓国人売春婦は大勢居た。タチの悪い事に韓国人売春婦は例外なく日本女性に成り済ます。その昔、米国では日本女性はイエローキャブと揶揄された時代があった。当時、日本国民の多くは「今時の若い女性は…」と自己卑下していたが、真相は韓国人売春婦の成り済ましであったのである。一方、韓国国内では、般若のような白と赤塗りで白装束の売春婦が数百人規模で「売春を自由にさせろ」とデモをし、その姿はインターネットで全世界に流れていたが、日本のマスメディアは一切取り上げなかった。

女性家族部が2007年に実施した実態調査によると、韓国の風俗産業の経済規模は約14兆952億ウォン(当時のレートで約1兆2377億円)と試算されている。風俗店で働く女性は約27万人。これは、この年の国家予算である239兆ウォン(当時のレートで約20兆9868億円)の約6%に相当する(前述の朝鮮日報)。国家予算の6%もが売春のあがりというから、韓国とは呆れた国である。2000年代に入っても、これだけ売春したがる女性が居るのに、売春が公認されていた71年以上も昔に「強制連行」など必要であったかどうか、冷静に考えれば誰にでも分かる事だ。慰安婦は、戦時に公募された高給売春婦だったのである。

米国の隔月刊誌『サイコロジー・トゥデイ』の元編集長、サム・キーン氏は著書『敵の顔』で、「敵は自我の否定的側面から構成される」として、「自分の内には認めたくない性格の全てを他人に押しつける事で、不安と罪悪感を縮小する」と述べている。これは「自国の下賤な退廃文化を日本の責任としたい韓国政府と、古代から女性を性奴隷として売り続けてきた朝鮮半島の惨めな歴史を物語る」正に正鵠を射た名言である。安倍晋三氏はこういう歴史を持った下賤な民族の歴史捏造による不当な難癖に屈し、「日韓合意」を取り交わしてしまった。返す返すも取り返しの付かない事をしてくれたものである。

《杉原千畝に関する捏造エピソード》

第二次世界大戦中のリトアニアで、ナチスの迫害を逃れてきたユダヤ人に対して、『日本政府の命令に背いて』日本通過ビザを発給し、約6千人もの命を救ったとされる外交官。自らの工場で働くユダヤ人を救った事で知られるドイツ人実業家、オスカー・シンドラーになぞらえて、「日本のシンドラー」とも呼ばれている。

そもそも『日本政府の命令に背いて』と言うのが嘘である。日本政府は当時ユダヤ人を差別しない事を公式に決定し、国際社会に公表していた。杉原千畝に対しては、本国からビザを求めてきたユダヤ人が「目的地まで行く交通費を所持しているかを確認してからビザを発給しろ」という指示が出ていた。現場を知らぬ役人仕事である。杉原はそんな悠長な作業を省略しただけである。

ユダヤ人を救った日本人のエピソードには枚挙に暇が無い。如何なる人種差別にも反対の立場は、一貫して日本政府と日本人の常識であった。

--------------------
1938年3月、満州国と国境を接したソ連領のオトポールに、大勢のユダヤ難民(2万人という説があるが、数千人という説もあり正確な人数は定かではない)が、吹雪の中で立往生していた。

これらのユダヤ人は、ヨーロッパで迫害を受けた人たちで、満州国に助けを求めるためにシべリア鉄道を貨車で揺られてきたのであるが、満州国が入国を拒否した為、難民は前へ進む事もできず、退く事もできないでいた。食糧は既に尽き、飢餓と寒さの為に凍死者が続出し、危険な状態に晒されていた。

当時、満州国のハルビン特務機関長を務めていた樋口季一郎のところに、ハルビンのユダヤ人協会会長アブラハム・カウフマン博士が飛んできて、同胞の窮状を訴えた。併し、満州国外務部(外務省)を飛び越えて、独断でユダヤ人を受け入れるのは、明らかな職務権限逸脱であった。

併し、樋口中将はその場で、ユダヤ難民全員を受け入れる事を認めた。

難民の8割は大連、上海を経由して米国へ渡って行き、残りの難民は開拓農民として、ハルビン奥地に入植する事になった。樋口中将は部下に指示し、それらの農民の為に、土地と住居を斡旋するなど、最後まで面倒を見たのである。

-------------------
1840年のアヘン戦争当時、上海に於けるユダヤ人の人口は、中東出身のスファラディ系ユダヤ人700人、欧米系のアシュケナジー系ユダヤ人4000人ほどであったが、「アヘン戦争」以来、上海港を根拠地として発展した英・米・仏国籍のスファラディ系ユダヤ人が、あらゆる点で支配的勢力を占めていた。

上海にドイツ・オーストリア系ユダヤ人が流入したのは、ナチスがオーストリアを合併した1938年秋、イタリア商船コンテ・ビオレ号から上海に吐き出されたのが最初である。

ドイツの軍靴がチェコ、ポーランドへと進むにつれて、数百万のユダヤ人が世界各地に逃げ出さざるを得ない状態になった。併し、彼らの目指す米国、中南米、パレスチナなどは、入国査証の発給を非常に制限し、殆んどシャットアウトの政策をとった。英統治領パレスチナなどは、海岸に着いたユダヤ難民船に、陸上から英軍が機関銃の一斉射撃を加えるという非人道的行為まで行なった。

そうした中で、入国ビザなしに上陸できたのは世界で唯一、上海の共同租界、日本海軍の警備する虹口(ホンキュー)地区だけだった。
海軍大佐の犬塚惟重(これしげ)は、日本人学校校舎をユダヤ難民の宿舎にあてるなど、ユダヤ人の保護に奔走した。

日本政府の有田外相は、ハルビンのユダヤ人指導者アブラハム・カウフマン博士を東京に呼び、「日本政府は今後ともユダヤ人を差別しない。他の外国人と同じに自由だ」と明言した。

1939年夏までに、約2万人のユダヤ難民が上海の「日本租界」に溢れるに至った。(因みに、上海のスファラディ系ユダヤ人たちの中には、金のない貧乏なアシュケナジー系ユダヤ難民の受け入れを嫌がる者が多くいたという)日本政府は当時から一貫してユダヤ人差別に強く反対していた。

--------------------
こんな歴史的経緯を充分知った上で、杉原千畝を『日本政府の命令に背いて』日本通過ビザを発給したなどと史実を捏造した者がいる。その者たちは恣意的に日本を貶めようとしているのである。日本政府が命を救ったユダヤ人の数はドイツ人シンドラーの比ではない。杉原千畝を「日本のシンドラー」などと呼ぶとは片腹痛い。

杉原千畝は、1900年1月1日、岐阜県八百津町生まれ。早稲田大学高等師範部英語科を中退、外務省の官費留学生として満州(現・中国東北部)のハルビンでロシア語を学んだ後、同省に採用される。満州、フィンランドなどでの勤務を経て、1939年にリトアニアの日本領事館に領事代理として赴任した。

「命のビザ」を発給したのは、1940年夏。ポーランドを追われてきた大勢のユダヤ人避難民が、ソ連・日本を経由して第三国に逃れようと日本通過ビザを求めてきた。杉原は、要件を満たさないユダヤ人避難民にも人道上ビザの発給を認めるよう外務省に願い出たが些細な理由で認められず、悩んだ末に独断で発給を決断。(この要件と言うのが交通費の所持である)日本政府はユダヤ人を助けるななどとは一言も言っていない。

領事館は既に閉鎖が決まっていたが、杉原は出国直前までの約1箇月間、発給を続けた。その後、チェコ、ルーマニアなどで勤務し、46年に帰国。翌年、外務省を退職した。『訓令違反のビザ発給を理由に退職に追い込まれた???』との思いから、退職後は外務省関係者との交流を断ち、86年7月31日に死去した。…などと念のいったエピソードまで捏造されている。

世界と日本のメディアは、日本としては当然の「命のビザ」を、美談に仕立て上げる代わりに、日本政府の一貫した「人種差別反対」の姿勢を闇に葬ろうとしている。否、日本政府の一貫した「人種差別反対姿勢を闇に葬る」為に、杉原千畝のエピソードを美談に仕立て上げている。

「命のビザ」のエピソードが知られるようになったのは、69年にイスラエル政府が杉原に勲章を授けてからだという。85年1月にはイスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰され、91年にはリトアニアの首都にある通りの一つが「スギハラ通り」と命名された。

故郷・八百津町には92年、「人道の丘公園」がオープンし、生誕100年となる2000年には記念館も設立されている。外務省も1990年代に入ってから当時の経緯の検証など「関係修復…???」に向けて動き、2000年に『河野洋平外務大臣がユダヤ人遺族に謝罪!!!』した。…ここでもまた、河野洋平氏は真実を調べる事なく、必要のない「謝罪」をしでかした。正に〈国賊・売国奴〉である。

日本外務省は、杉原千畝氏に対して、本国の命令に従わなかったとして「懲戒処分が為された」という「定説を覆した」(東京新聞、2006年3月25日版)。外務省の保管文書で確認できる範囲では「懲戒処分が行なわれた事実はない」とした上で、杉原氏は「1947年6月7日に依願退職」したとしている。

領事代理を務める杉原千畝ほどの外交官が、人種差別に反対する日本政府の基本姿勢を知らぬ筈はない。恐らく、避難民の所持金を調べろなどと、「現場の緊迫感も分からぬ、本国の愚か者め」と考えた事だろう。併し、さすがの杉原も後の世に河野洋平氏ほどの大馬鹿者が現れるとは思わなかっただろう。

河野洋平氏が頭を下げる度に、日本国は冤罪を自ら認め、世界から貶められる。河野氏の生あるうちに、「慰安婦強制連行」は勿論、「命のビザ」問題でなぜ日本が謝罪しなければならなかったのかを明らかにして欲しい。今までの自民党政権は何をやってきたのだ。やる事がいっぱいあるのは分かるが、敗戦後70年の節目の昨年こそ、安倍政権は河野洋平氏を国会招致して喚問しなければならなかった。併し、安倍政権は、日本が、そして多くの先人と英霊が負わされた冤罪を晴らす有効な努力をしなかった。形ばかりの〈河野談話の検証〉でお茶を濁したのである。これでは多くの先人と英霊は浮かばれないままである。

《日本の教師はなぜ自国の近現代史を教えないないのか?》

日本の戦後世代が「近現代史」を学ばないのは、大学受験に必要ないからと言われている。併し、だいたい教科書の内容が、普通の日本人なら教えたくない内容でできているからではないかとも思う。また、教師たちは独自性を嫌い、自ら日々勉強もしていないから、皆 横へ倣えをする傾向が強い。(これは飽くまでも一般論)

教科書の内容が狂ったのは、70年前に施行(しこう)されたGHQ/SCAPによる「公職追放令」が契機である。「公職追放令」とは、1946年昭和21年)1月4日附 連合国最高司令官覚書「公務従事に適しない者の公職からの除去に関する件」により、「公職に適せざる者」を追放するというものである。公職を追放された者の数は、公式には約20万人と言われているが、実際には在日朝鮮人の密告を恐れて自ら身を引いた、元在郷軍人会会長などまで入れると約70万人以上にのぼるという。

敗戦からの復興に必要な有能な人材は、「公職追放令」により悉(ことごと)く排除された。その穴を埋めたのがマルクス主義者、講座派*、労農派*という「日本嫌いの日本人」達である。開戦時の米大統領ルーズベルトの周りには300名のマルクス主義者がいたと言うから、敗戦時の大統領トルーマンの取り巻きも推して知るべし、多くのマルキスト達で占められていた。

「講座派*」とは、日本資本主義論争に於いて労農派と対抗したマルクス主義者の一派。岩波書店から1930年代前半に出版された、『日本資本主義発達史講座』を執筆したグループが中心となったのでこう呼ばれる。

「労農派*」とは、戦前の非日本共産党系マルクス主義者集団。1927年創刊の雑誌『労農』に依ったので、こう呼ばれる。日本資本主義論争に於いて講座派と対抗した経済学者、最左派の無産政党に拠った社会運動家、「文戦派」のプロレタリア文学者などからなる。

分かりやすく言えば、講座派=共産党、労農派=旧 社会党(現 社民党)である。民進党にも労農派の流れをくむ者が多い。真面(まとも)な人材が悉く公職を追放された後、彼等が教科書をつくり、教鞭を執った為に、「日本悪しかれ論」一色の教科書が出来上がり、それを是とする教師が溢れた。

天皇陛下、皇族、貴族、武家ら支配層は「悪」で、商人、農民ら被支配層は「善」…そんな善悪二元論、階級闘争論では歴史は語れるものではないが、彼等は戦後一貫して、戦前の日本は「暗黒の時代」、戦後は「国民が主役の幸福な時代」と単純な善悪二元論を展開した。

特に、大東亜戦争に至る日本、戦時中の日本を、とにかく悪く描いた教科書が氾濫した。支配層が農民から搾取して、「農民は常に飢えていた」という歴史観である。併し、それは嘘である。食料(米)をつくる農民の人口構成は9割あった。1割の支配層では9割の農民がつくる米は食べきれない。飢饉はあったであろうし、年貢を納めるのがやっとの地域もあっただろうが、農民が常に飢えていたとの印象操作は不当である。

公職追放令後につくられた教科書には、日本に対する愛がない。歴史の中に自分が息づいているという自覚がない。親から子、子から孫へと連綿と連なる歴史の中に自分が包まれているという暖かみが描かれていない。支那などは民族の滅亡の繰り返しの歴史、易姓革命の歴史であるが、日本の長い歴史には民族の断絶はない。

日本には易姓革命が一度も無かったから、天皇陛下には「姓」が必要ない。昔から御所には、堀も無ければ、強大な警備の軍も必要なかった。「民の竈(かまど)」の話ではないが、日本の支配層と庶民の美談は、戦後の教科書から掻き消された。治安維持法で引っ張られた「講座派」と「労農派」は心ゆくまで恨みを晴らした訳だ。

また、明治維新は西洋の革命とは全く違う。西洋では「貧しき労働者」が革命を起こした。明治維新は「貧しき特権階級(下級武士)」が国の在り方を変革した。支配層である武士より、商人、農民の方が豊かであった。この、世界に誇れる明治維新も教科書には正確に描かれていない。

更に、「日本が朝鮮の独立を奪った」とされている?…真実は、日清戦争の結果、大韓帝国は独立できた。日韓条約は締結したが、大韓帝国は国の体を成しておらず、ロシアと通じたり、甚だ不誠実であった。そもそも日韓併合は日本の発意ではなかった。1904年から1910年まで大韓帝国で活動していた、当時最大の政治結社、一進会(イルチンフェ)が中心となって運動を起こし、日韓併合を大韓帝国政府が4度も懇願してきた。日本は4度目の懇願を渋々聞き入れてあげたのである。

当時、朝鮮半島には学校は塾を含めて4つしかなく、インフラは全くと言っていいほど無かった。第一、車輪・樽・丸桶も無かった。木を曲げる技術もないほど遅れていたのだ。識字率も4%という有様で、染色技術すら知らなかったから、庶民の服の色は純白。故に白い民族と呼ばれていた。故に色彩豊かな韓国時代劇は全て嘘、妄想、捏造である。

ロシアが南下を狙う中、欧米諸国は、超後進国 大韓帝国の扱いに困り、日本に押し付けようとしていた。伊藤博文は大韓帝国併合の困難さを見抜き、日韓併合には反対していた。然るに、両班テロリスト、安重根は伊藤博文の暗殺を謀った。敢えて「謀った」と言うのは、証拠は安重根による暗殺を否定しているからだ。併し、教科書は安重根を暗殺犯と確定し、韓国では戦後 英雄視までされている。

史実は、安重根はブローニング拳銃から5発を発射した。伊藤博文の体内からは、ブローニングの弾丸は発見されず、フランス製の弾丸2発が発見されている。…桂・ハリマン協定に賛成する伊藤博文は、満州を狙うロシアの手にかかったとするのが妥当なところだろう。

併し、今では、日本のアジア最初の立憲体制の生みの親であり、その立憲体制の上で政治家として活躍した最初の議会政治家として、高い評価を得ている伊藤博文は、1909年、ハルビンで朝鮮民族主義活動家(テロリスト)の安重根に暗殺されたというのが定説となってしまっている。

大東亜戦争に敗れた日本には、真相究明の機会は与えられず、他にも数々の疑惑・捏造が史実とされている。敗戦後71年経過した現在、そうした疑惑・捏造を正す良い頃合いであろう。問題なのは、日本人にその気概と覚悟があるのかと言う疑問である。

真面に「近現代史」すら教育しようとしない、教師の気持ちもある部分理解できる。「日本悪しかれ論」に凝り固まった教科書では、教える気も失せよう。一生懸命になって日本を悪しざまに教えるのは反日教師に限られる。

先ず、教科書を根本的に見直す必要がある。これは「政治」の力に依るしかない。正直なところ今の政治家に本来の日本を取り戻す事は期待できないが、本来の日本を取り戻すには、矢張り政治に依るしかない。新しい正しき「政治」に依る、悪しき教科書、悪しき教員の駆逐が不可欠である。今まで努力を重ねて来られた「つくる会」の方々の、更なるご活躍にも期待したい。

《「ヘイトスピーチ対策法案」は、『在日韓国朝鮮人 擁護法案』と何ら変わりは無い悪法になる恐れがありはしまいか? この悪法により、政界・財界・法曹界・教育界・メディア界の〈在日汚染〉は、ネットの言論空間にまで及んで来た。》

「ヘイトスピーチ対策法案」が、今年5月12日の参院法務委員会で、全会一致で可決され、衆院本会議でも5月24日に可決された。法案は、「不当な差別的言動は許されない事を宣言」し、人権教育や啓発活動を通じて解消に取り組むと定めた理念法で、罰則はない。差別的言動の解消に向け、国や地域社会が、教育や啓発広報、相談窓口の設置など「地域の実情に応じた施策を講ずる」よう定めている。

野党側は「本邦外出身者」「適法に居住する」との限定が、沖縄出身者やアイヌ、更に在留資格を満たさない外国人らへの差別発言を正当化するとして削除を求めていたが、与党側は応じなかった。法成立自体を優先させたい野党側は、付則で「必要に応じ、検討が加えられる」とした見直し規定と、「『本邦外出身者(在日韓国朝鮮人)に対する不当な差別的言動』以外のものであれば、如何なる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり、本法の趣旨、日本国憲法及び凡ゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処する」などの付帯決議をつける事で折り合った。

一般論として、この法案の趣旨は大変結構なものであるが、反日モンスター国家である特亜三国を近隣に持ち、国内にも特殊な経緯で住み着いた外国人である〈在日韓国朝鮮人〉を擁する我が国の特異性を考慮すると、「ヘイトスピーチ対策法案」には〈極めて強い公平性が担保されなければならない〉。麗澤大学教授の八木秀次氏は、左派メディアが保守運動や保守政治家に対し、排外的な言説を述べる「ヘイト団体」との関係をこじつけ、「悪」のレッテル貼りに興じる欺瞞を指摘、「ヘイト団体」の行動は日本人の美徳に反し許されないとしながらも、それを「正義面で保守批判に利用」していると批判している。

この法案の問題点は「在日韓国朝鮮人に対する批判は一切許さない」とされてしまう、極めて不公平な解釈が為されてしまう事である。前述した様に〈極めて強い公平性が担保されなければならない〉と言うのは、この法案が〈在日韓国朝鮮人〉擁護の為のみに効用を持ち、〈在日韓国朝鮮人〉側から日本人に対するヘイト行為には何ら抑止効果を持たない事である。

実際、韓国政府及び韓国人・在日韓国朝鮮人・韓国朝鮮系帰化日本人・韓国系アメリカ人が、71年以上も昔に存在した旧日本軍の為の〈公募売春婦〉を、「20万人もの朝鮮人少女を日本軍が強制連行して無理矢理 性奴隷にした」という捏造話を以って、国際社会に於いて未だに我が国を貶めようとする行為は、韓国による日本に対するヘイト行為である。また、在日韓国朝鮮人が「私たちは無理矢理 日本軍により強制連行されて来た」との嘘を言い、そして「自分たちは何も悪い事はしていないのに日本人に差別されてきた」などと〈被害者〉の立場を捏造し強調するのは、日本人に対するヘイト行為とは解釈されない。

虚偽・捏造により日本を貶め、不当に批難する行為は正しくヘイト行為であるのに、今般の「ヘイトスピーチ対策法案」はそれをヘイト行為とは認めず、日本人による〈在日韓国朝鮮人〉に対する正当な批判をヘイト行為と見做してしまう。これでは「ヘイトスピーチ対策法案」は『在日韓国朝鮮人 擁護法案』と何ら変わりは無い事になってしまっている。〈保守層の正当な発言を封殺する悪法〉と言われても仕方が無いのではないか?

近現代史の真実を探究すると、大東亜戦争 敗戦直後の朝鮮半島では、朝鮮人たちは日本人に対して極めて悪辣であり、その悪辣さは正に〈鬼畜の所業〉としか表現のしようがないものであった。金完燮氏の「和夫一家惨殺事件」やヨーコ・カワシマ・ワトキンズ氏の『竹林はるか遠く-日本人少女ヨーコの戦争体験記』などを読み返すまでもなく、当時は未だ反日教育すら受けていない朝鮮人たちが、朝鮮半島に在住していた日本人や満州などからの引揚者である日本人を、襲い、略奪し、強姦し、惨殺し、遺体を冒涜したのは史実である。二日市保養所の記録も忘れてはならない。

彼ら朝鮮人たちは、日本人惨殺遺体から金目のものは金歯までも抜き取り、遺体は埋葬される事もなく、放置され、無念の内に風雪に埋没するに任された。現在の韓国人たちは、そういうふうに跡形も無く土に還ってしまった日本人の遺体の上を土足で踏み荒らしながら暮らしているのである。それが韓国という国なのである。それを韓国政府に公然と抗議しない日本政府は、国家としての最低限の務めすら果たそうとしない情けない政府と言わざるを得ない。

敗戦後の日本は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)により6年8箇月に亘って占領統治された。GHQ/SCAP は、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)という、日本人に『戦争に対する贖罪意識』を植え付ける宣伝工作を以って徹底的に洗脳した。その間、日本に居た朝鮮人たちは、同じ敗戦国民でありながらGHQ/SCAPにより特別扱いを受けてつけ上がり、3万人にも及ぶ「朝鮮進駐軍」を組織して日本各地で乱暴狼藉を働いた。街中を徒党を組んで闊歩し、目が合ったと言っては日本人に暴力を振るい、目についた若い女性を路地裏に引き摺って行っては集団で強姦した。GHQ側に残る記録だけでも4000人に上る日本人が在日朝鮮人により殺害されている。

こういう史実を調べ、子々孫々の日本人に伝えようと文章に纏める事すら、ヘイト行為と呼び批難されなければならないのだろうか? 「ヘイトスピーチ対策法案」が可決されて以降、日本の言論空間は、反日左翼・在日韓国朝鮮人・韓国朝鮮系帰化人により踏み荒らされ始めた。〈極めて強い公平性が担保されなければならない〉この法案を利用して、左翼・在日などが自分たちに都合の悪い言論を徹底的に封殺し始めた。元々、日本のマスメディアは左翼・在日に阿(おもね)り、今では在日に支配されていると言っても過言ではない。

日本のマスメディアは、韓国・在日に都合が悪い事は徹底的に無視し、決して報道しない。2015年11月13日夜(日本時間14日未明)、パリで同時多発テロが発生した。劇場、レストラン、郊外のスタジアムなど多くの人が集う場所が狙われ、少なくとも127人が犠牲になった。オランド大統領はイスラム国(IS)の犯行と断定し、非常事態宣言を発表した。世界の目がイスラム原理主義者による大規模テロに吸い寄せられたその翌日、韓国では7万人の群集と2万人の警官が衝突するという大暴動が起きていた。群集は朴槿恵大統領の退陣を要求して青瓦台に向かう途中、警察の機動部隊に阻まれ大型車両50台を襲い、3台を破壊した。115人の警官が負傷した。パリのテロ事件を大々的に報道した日本のマスメディアは、この隣国 韓国で起きた大事件を、どういう訳か一切報じなかった。

マスメディアは、韓国と在日・韓国朝鮮系帰化人に都合が悪い事は絶対に取り上げない。それでも、現代の我々一般国民にはネットという自由な言論空間が普及している。そのお陰で我々はマスメディアが報じない出来事を知る事ができる。SNSなどの普及は、我々が得る情報量を飛躍的に増大させた。併し、ネットの情報は〈玉石混交〉である。間違いもあれば、悪質なデマもある。併し、本来、間違いやデマと真実を判定するのは、情報の受け手である我々であるべきである。実際、我々は真贋をジャッジするのは我々であると信じていた。少なくともネットの言論空間ではそうであると信じていた。

ところが、現実には〈恐ろしい事が起きている〉のである。私は、自分の信じるところを Facebook で主張し続けてきたが、Facebook は、もはや自由な言論空間などでは無く、偏向した監視・検閲を堂々と遣って退ける組織に堕ちてしまった。マスメディア同様、韓国・在日・帰化人に阿る組織になってしまっているのだ。彼らの意に染まない投稿文や写真は、容赦無く Facebook により一方的に削除され、ペナルティとして3日間の凍結処分を下される。そして、Facebook に従わない者は、アカウントを永久剥奪するとの脅迫まで平然とする。実際、アカウントの永久剥奪はあるのだろう。これは、もう特定の思想による検閲である。政界・財界・法曹界・教育界・メディア界の〈在日汚染〉への批難は著しいが、ネットの世界にまで〈在日汚染〉が拡がっている事を身を以て体験した私は、この現実に慄然としている。せめて当ブログが検閲対象にならない事を願うのみである。

長らく開店休業中でしたが、ブログ「the-soliloquy-of-quon」は、新しく「石川久遠の日本人なら知っておきたい真実」として再スタートする事に致しました。今までは Facebook への投稿を中心に活動して参りましたが、何時しか Facebook が〈在日汚染〉されてしまい、「日本の近現代史の真実を語る為の在日韓国朝鮮人に都合が悪い真実を投稿する」行為が許されなくなってしまいました。私の Facebook ページからは、最新の投稿のみならず過去の投稿文も Facebook により削除されています。

もはや、韓国に阿(おもね)る〈反日日本人・在日韓国朝鮮人〉に監視・検閲される Facebook という言論空間では、誇りある日本人としての発言はできないと言う事です。今後は、私が過去に Facebook に投稿した記事を当ブログに転載していく作業と合わせて、折々に気付いた事、感じた事を書き込んでいく所存です。まだまだ未熟者ではございますが、「誇りある日本を取り戻す」為に、様々な事例についての〈思うところ〉を精一杯書き込んで参りますので、ご一読いただけましたら幸いです。

▪️《日本の核武装について》


今年2月にオバマは日本に実験用プルトニウム300kg返還を要求した。日本の核開発を懸念する中共に気を遣っての同盟国に対するこの上ない無礼だ。現状の日本は大陸間弾道核ミサイル(ICBM)を5万発まで武装可能という。このような議論がある原因は核大国中共と実質的核保有国、北朝鮮 故だ。


短期的には日本の核兵器開発の可能性は大きくないが、長期的には中共と北朝鮮の存在が日本の戦略を変える可能性がある。


今、日本は中共の絶え間ない挑発を受けている。また集団的自衛権の推進など日本も積極的平和主義を標榜し出した。


日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が鹿児島県内之浦宇宙空間観測所から新型固体燃料ロケット イプシロン1号の発射に成功した。 

イプシロンロケットの開発に使用された固体燃料技術は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)技術と同じで日本がICBM開発にこの技術を転用する事ができるという現実を証明した。


日本は米国に返還した300kgを差し引いても、長崎級の原子爆弾を5000~7000発を製造する事ができるプルトニウム44tを保有している。ここに六ヶ所村の核燃料再処理工場が本格稼動すると、今後40年間、毎年8トンのプルトニウムを抽出する事ができる。


実際に今直ぐ核武装を進めるかどうかはともかく、日本は核武装については常にフリーハンドを保持しておくべきだろう。否、決して手離してはいけない。遠からず核武装が必要になる時が来る。

▪️日本が知恵を授けたばかりに朝鮮人とは永遠にまともな交流が出来なくなった。未開のままにしておけば、他国に蹂躙させておけば、これほど厄介な隣国にはならなかったろう。保護統治による文明開化には大きな恩義を感じて当然なのに、敗戦で失意のどん底にいる日本人に朝鮮人はケモノの牙を剥いた。半島では孤児が育ての里親を強姦惨殺。半島ルートを選択した満州からの引揚者の多くは朝鮮のケモノ共に強姦惨殺された。日本の二日市保養所では麻酔薬もなしに多くの婦女が堕胎の苦しみに耐えた。中共では生き残れた残留孤児も朝鮮半島ではひとりも生き残れなかった。密航鮮人は疎開して主不在の一等地の土地家屋を奪い、居座り、現在の在日となった。GHQの情報統制、検閲がとけた今でも公に真実が伝えられることはない。

 ▪️
インドネシアと韓国の差
自ら独立を勝ち取った国家と、外国に解放してもらった国家では滲み出る《品格の差》が違う。矜恃あるインドネシアは、大日本帝國の軍人・官吏から不屈の「セイシン」精神を学び、対オランダ独立戦争を戦い抜いた。片や韓国。日本の敗戦後、米国に解放してもらい朝鮮人は独立戦争を知らない。帝國陸軍の教育を受け聯合軍と戦い、朝鮮戦争で韓国を救った朝鮮人の英雄は皆、売国奴・悪人として歴史上抹殺された。朝鮮併合に反対した伊藤博文を暗殺してしまう頓珍漢な朝鮮人テロリスト安重根の記念館を暗殺現場に中共につくって貰う。日本が齎したDNAで自信を付けたインドネシア。自信を付けようとDNAを断ち切ったが自信が持てない韓国。大人と子供ほどの成長の違いがある。

 
▪️
泣きついてきた韓国に日本が援助してあげた莫大な金額
1965年 60兆円相当のインフラ整備費譲渡 
1965年 800億円+αを援助 日韓基本条約 
1983年 特別経済協力 4000億円支援 
1997年 韓国通貨危機 1兆円支援 
2006年 ウォン高救済支援 2兆円支援 
          (韓国高官は「日本の援助は迷惑だった」と不快感を表明) 
2008年 リーマンショック危機 3兆円支援 
          (韓国高官は「日本は出し惜しみしている」と不快感を表明) 

東日本大震災の義援金では、台湾が400億円もの義援金で日本を助けてくれた中、国連が認定する最貧国の、30カ国からの合計約6億円よりも韓国は低額。
而も、韓国は全世界の中で唯一”義援金に対する見返り”を要求。更に『東日本大震災をお祝いします』等と無礼な祝意を表明

日本のIMF援助8400億円とその前の1兆4000億円、更に以降の1兆2000億円とODAの有利子負債の利子
計約1070億ドル、約13兆円の負債に対して韓国は未だ1円も返済していない。

…これが全てではない。

70兆円近くもお金をあげて技術も援助して、更に別口で13兆円も貸してあげて、これだけ配慮しても国連では「反省(お金)が足りない」と非難、ソウルの水曜デモ(反日デモ)は日本大使館前で、毎週日本国旗と天皇陛下の肖像画を燃やし続ける韓国人。

▪️ 
韓国人が誰にも悟られたくないキムチ誕生の歴史
キムジャン文化がユネスコの世界無形文化遺産に登録された。キムチの原形は支那四川省の漬物「泡菜(パオツァイ)」にある。四川省にとっては受け容れ難い事だろう。

キムチの主要な材料である白菜は明代(1368-1644年)に、南米原産の唐辛子は1592年に豊臣秀吉の朝鮮出兵により李氏朝鮮に伝えられた。

南米で唐辛子を見付けたコロンブスは胡椒と勘違いしてRed Pepperと名づけた。日本には16世紀に鉄砲と共にポルトガル人が伝えた。唐辛子と呼ぶから支那原産と考えがちだが支那に唐辛子が伝播したのは明代末の17世紀。1592年に豊臣秀吉が持ち込むまで朝鮮には唐辛子は無かった。

韓国人ご自慢のキムチの主材料 白菜は英語でChinese cabbageと呼ばれている。民に教えられた白菜の漬物「泡菜」に、日本から入った唐辛子でキムチが誕生した。

韓国人はこの歴史を絶対に認めない。最近になって米国で白菜Chinese cabbageを韓国キャベツKorean cabbageに呼称を変更する活動が始められた。これも妄想(捏造)韓国起源説のひとつだ。

▪️ 
李氏朝鮮時代には、両班 中人 奴婢 白丁という身分制度が存在した。
奴婢の分類の中に妓籍(kijyo)いわゆる妓生(kiisen)の身分があった。妓生は「奴婢随母法」で規定された身分「妓籍」に属する女性達を指した。妓生は妓生庁という役所で所有・管理されていた。妓生は三階級に分けられており、一牌、ニ牌、三牌という分類があった。一牌は官位を与えられる者もいたようだが、三牌に至っては単なる売春婦だった。日本の芸者と妓生を同一視する韓国人がいるが、芸者は売春婦などではなく芸に修練した職業の一種で様々な文化的技能を習得したスペシャリスト、妓生は世襲される一介の売春婦の身分である事に大きな違いがある。母が性奴隷なら子供も性奴隷であると戸籍制度で定義されていた。妓籍の子供は庶属(sojyoku)と呼ばれ、男子は中人に移籍する事も稀にはあったが、女子は妓籍から抜ける事は生涯できなかった。 


▪️韓国大統領 ベトナム政府の逆鱗に触れ国賓訪問一時拒否された
「韓国人は横柄だ」「乱暴だ」「ずるい」「嘘をつく」「信用できない」。欧米はもとより、アジア諸国で嫌韓ムードが広がっている。ベトナム国民がどう思っているか。

ベトナム戦争(1960~1975年)に参戦した韓国軍が暴虐の限りを尽くした事は世界的に知られている。それを詳らかにしたのは韓国人ジャーナリストだった。1999年当時、韓国紙『ハンギョレ新聞』ベトナム通信員だった具スジョン女史は、同紙の系列週刊誌『ハンギョレ21』で韓国軍の蛮行をリポートした。

「1965年12月22日、韓国軍はビンディン省クイニョン市の村を急襲し12歳以下の子供や妊婦を含む50人以上の村民を虐殺した。韓国兵は2歳の子供の首をへし折って殺害し、別の子供は木に投げつけられ殺害後、焚き火に放り込まれた」(『ハンギョレ21』1999年5月6日号より)

韓国兵は現地女性を見れば強姦し、凌辱の末、焼き殺すこともあった。殺害を免れた女性達の中には「ライダイハン」と呼ばれる戦争犯罪の落とし子を身籠る者も多数いた。当時、サイゴン支局に赴任した元朝日新聞の井川一久氏は街中でベトナム人に囲まれ「ダイハン!」(大韓)と呼ばれた。韓国人と間違われて憎悪の目を向けられたのだ。

併し、その後も韓国人に反省の色は皆無だった。そればかりか、2009年の李明博政権はベトナム帰還兵を称える為「国家有功者優遇法」の改正を急ぎ、ベトナム政府の逆鱗に触れた。李大統領はベトナムへの国賓訪問を一時拒否されるなど異例の事態を引き起こしたが、未だに韓国政府は戦争犯罪を償っていない。

朴槿惠も態度を改めず、昨年のベトナム訪問ではセールス外交に終始した。周知のとおり、ベトナム派兵を決めたのは父の朴正熙だ。償いもなく、金儲けの話ばかりしていては嫌韓感情が高まって当然だ。
(SAPIO2014年2月号より)

 
▪️韓国の小学生73人が「子供外交大使」に任命され竹島や追軍売春婦問題を観光客にPR
韓国政府肝入りの青少年インターネット民間外交使節団「VANK」が小学生73人を「子供外交大使」に任命し、その発足式がソウル歴史博物館で行われた。子供達は竹島問題等を外国に向けて宣伝する役割を担う。

韓国を訪問する外国人観光客に子供達が竹島や追軍売春婦像等をテーマとするソウルの観光案内を配布する活動を展開する他、景福宮やソウル中区貞洞、国立中央博物館を見学する。一連の活動終了後、VANKから子供達に「子供外交大使」の任命状が授与される。

VANKは「日本政府は小中学校用の教科書に『竹島は日本領』だと記載し韓国から領土を奪い去り次の世代に帝国主義、軍国主義思想を詰め込もうとしている。我々は歴史の真相を宣伝する為、今回初めて『子供外交大使』活動を行う事にした」としている。

併し韓国が子供をプロパガンダに利用するのは初めてではない。寧ろ常習犯だ。2020年東京五輪招致の妨害工作にはVANKを始め多くの子供達が動員された。

式典には日本のTBSやNHK等の関係者が駆け付けたというが、日本で報道された事実は確認されていない。

 
▪️韓国 ベトナム戦争に参戦した韓国軍による現地婦女子への性的暴虐を史実から消し去ろうと画策

国際情報誌『SAPIO』が12月号で『韓国が背負う「嘘の代償」』と題する大特集を行なっている。ここでは、なにかと日本を批判するものの、あまりにも根拠が薄いような主張をする彼の国のあり方に疑問を投げかけている。 

旧日本軍による「慰安婦強制連行」を捏造した韓国は、もともと売春婦であるはずの慰安婦を「SexSlave」として国際社会に浸透させた。その傍らで、ベトナム戦争(1960~75年)に参戦した韓国軍による現地婦女子への性的暴虐は史実から消し去ろうとしている。 

2000年6月27日、韓国・ソウルの『ハンギョレ新聞』本社が2000人を超える迷彩服姿のデモ隊に包囲された。 社屋に侵入したデモ隊の一部は暴徒化し、同社幹部らを監禁、暴行を加え、オフィスや地下駐車場の車を破壊した。デモ隊は「大韓民国枯葉剤後遺症戦友会」のメンバー、つまり退役ベトナム参戦軍人である。 

発端は、同社発行の週刊誌『ハンギョレ21』(1999年5月6日号)に掲載されたベトナムにおける韓国軍の民間人虐殺特集だった。「通信員」として記事を書いたのは、当時、ベトナム留学中だった大学院生の具スジョン氏。 

ベトナム当局から虐殺の資料を入手し、徹底した現地取材と生存者へのインタビューを重ね、
韓国軍による無差別殺戮の実態を白日の下に晒したのである。 

記事は、ベトナム中部のビンディン省の村々で起きた凄惨な虐殺事件を生々しく伝えている。 

1966年1月23日から2月26日までの1か月間、猛虎部隊3個小隊、2個保安大隊、
3個民間自衛隊によってこの地域だけで計1200人の住民が虐殺され、その中には1人残らず皆殺しにされた家族が8世帯もあった。(中略) 生存者の証言を元に韓国軍の民間人虐殺方式を整理してみると、いくつかの共通したパターンが見られた。

●子供たちの頭や首を切り落とし、手足を切断して火に投げ込む 

●住民をトンネルに追い詰め毒ガスで窒息死させる 

●女性たちを次々に強姦したあと殺害 

●妊婦の腹から胎児が飛び出すまで軍靴で踏みつける。 

韓国史のタブーに踏み込んだこの特集を皮切りに、同誌は韓国軍の戦争犯罪を糾弾する「ベトナムキャンペーン」を継続的に展開。冒頭の事件はそれに猛反発する退役軍人の凶行だった。 

併しベトナム戦を経験した退役軍人の中には当時の非人道的行為を悔いる者もいた。元韓国海兵隊員の金栄萬氏は、『戦争の記憶 記憶の戦争─韓国人のベトナム戦争』(金賢娥著・三元社刊)でこう証言している。 

「越南に到着して、私が聞いた話は、『強姦をしたら必ず殺せ、殺さなかったら面倒が起きる、
子供もベトコンだからみな殺さねばならない』といったものでした」 

韓国は1964年から73年まで延べ32万人を南ベトナムに派兵。ダナンに海兵隊第2旅団(青龍部隊)、
クイニョンに首都ソウル防衛師団(猛虎部隊)、ニンホアに第9師団(白馬部隊)が駐屯した。白馬部隊の連隊長には後に大統領となった全斗煥、猛虎部隊の大隊長には盧泰愚が就いていた。

前出・具氏の調査によると、韓国軍によるベトナム民間人の虐殺被害者は少なくとも9000人以上と見られている。
村人65人が犠牲になったビンディン省・タイビン村では、韓国兵士に輪姦された女性が焼き殺される惨たらしい事件も起きている。 

そうした史実は国際的には知られているが、韓国の教科書にはもちろん載っていない。
かわりに日本の軍隊が、慰安婦として若い朝鮮人女性を無理矢理連れ去ったという証拠のない話が大々的に書かれている。 

韓国兵によるレイプなどでベトナム女性との間に生まれた子供は「ライダイハン」と呼ばれた
ベトナム語で「ライ」は混血、「ダイハン(大韓)」は韓国を意味する蔑称だ。 

韓国『釜山日報』によると、現在、ベトナムにいるライダイハンは最大3万人と推計される(諸説あり、数千人とする指摘もある)。 

その多くは戦争終結後、ベトナムに流入した韓国人ビジネスマンと現地女性の間に生まれた子供と言われているが、
韓国兵のレイプにより生まれたライダイハンが少なからずいるのは事実だ。レイプされた被害者数はその何百倍、何千倍にも及ぶ可能性がある。



▪️《在日朝鮮人が通名を使い朝鮮人である事を隠すようになった訳》


昭和30~40年頃は終戦直後の余韻がまだ残り『朝鮮人』と言うと、それは凶悪犯罪者を意味した。子供の頃、夜のラジオで聞くニュースは「キン…」「ボク…」など朝鮮人による事件のニュースのない日はなかった。 


敗戦と同時に、全国で一斉に始まった朝鮮人による強盗・強姦・恐喝…など、あらゆる社会的犯罪の酷さは、いずれ明るみに出されると信じている。敗戦後、日本は急速に治安を回復した。すると朝鮮人達は誰からも相手にされなくなり、この頃から『在日に対する言われなき差別』などと嘘話を言い始めた。 


併し、当時の日本人はこんな「身勝手な言い分」を誰も相手にしなかった。日本人が朝鮮人に対して「軽蔑」と「恨み」を強めていったのは、日本が戦争に敗れた時の朝鮮人の恐喝・強奪・ 暴行等々、蛮行の数々の故だ。 


満州・半島では、女・子供 と老人ばかりの避難民を襲っては、女は強姦して殺し、子供は殺すか支那人に売り飛ばした。 

日本に密航してきた朝鮮の奴隷階級、白丁などは敗戦で失意の日本人に獣の牙を剥き出した。GHQの庇護の下、朝鮮進駐軍を僭称して、日本国民相手に悪逆の限りを尽くした。徒党を組んだ朝鮮人は街中で暴力を振るい、駅前一等地の家屋を奪い占有した。


GHQの7年弱の長きに亘る抑圧的洗脳工作の結果、大人達は朝鮮人の悪事に触れなくなった。いつしか在日共の嘘話が罷り通り出した。「お前達は昔、悪い事をした日本人の子孫だから、お前達子孫が責任を取れ」 

朝鮮人は自分達の犯罪をごまかす為に、強制連行・ 従軍慰安婦など、歴史を捏造して事実を逆さまにして大声で叫んでいるのだ。


今も在日共は「通名」という特権を駆使して、悪事を重ねては簡単に改名して新しい身分を手に入れては、また悪事を繰り返している。


真実の歴史は必ず明るみに出る。…出さなければならない。 

私達日本人は決して朝鮮人を許してはならない。 

朝鮮人が行なった日本人に対する残虐な歴史を決して忘れてはならない。 

▪️韓国軍の兵士に日本が特権を(参政権)与える事は絶対に容認できない 外国籍の人間は全員が潜在的な兵士だ

近代の国家は「国民国家」という性格を持ち「国民」全員が国防の任を負う事、そのため各国の憲法には「国防の義務」の規定があるが、日本国憲法にはなく近代国家の憲法としては異例である。

ただ、我が国も近代国民国家である事には違いなく、憲法に明文上の規定はなくとも日本国民には「国防の義務」があると考えるべきだ。「国民」が国防の義務を負う事は個々の国民の好むと好まざるとに関わらない事だ。
 

例えば我が国には歴史的経緯から数多くの韓国籍の人が住んでいる。在日韓国人だ。彼等の多くは日本で生まれ育ち、交友関係や生活の基盤も日本にあり、韓国への帰属意識は薄く、韓国語はできず、日本語を母語としている。文化的には日本人と変わらず、国籍だけが韓国にあるという存在だ。そこから在日韓国人に日本の参政権を与えてはどうかという主張があり、彼等の団体もそれを強く求めている。
 

併し、在日韓国人の国籍は韓国にある。大韓民国の国民であり、韓国の「国防の義務」を負う存在だ。韓国の憲法が「すべて国民は、法律の定めるところにより、国防の義務を負う」(第39条)と規定しているからだ。
 

韓国は徴兵制を採用してもいる。現在のところ韓国の国内法で徴兵の対象は韓国の国内に住民登録をしている者のみとし、在日韓国人を除外しているが、憲法では「国防の義務」はあり、国内法が変更されれば徴兵の対象となる。要するに在日韓国人は韓国の「潜在的な兵士」なのだ。
 

これは韓国籍の者に限らない。中国籍など他の外国人も同様だ。ある国に国籍を有するという事は、その国の「国防の義務」を負う存在ということであり、その国の「潜在的兵士」という性格を持つということなのだ。その「潜在的兵士」である外国籍の者に我が国の国家意思の形成に参画する権利(参政権)を賦与することは論理的に成り立たない。
 

地方参政権ならいいではないかという意見もあるが、地方自治は国家行政の一部を担ったもので、その意思形成にやはり外国の「潜在的兵士」を参画させる事は主権国家として論理的にできない。
 

これは外国人を排除する「排外主義」とは無関係だ。民族差別でもない。近代の「国民国家」の性質として、それぞれの国の国民が「国防の義務」を負う存在である事から来る当然の帰結だ。
 

勿論、日本国籍を取得すれば、出身民族に関係なく地方のみならず国政の参政権も得られる。現に日本国籍取得後に国会議員や国務大臣になった者もいる。
 

外国人参政権という主張が生じるのも憲法に「国防の義務」の規定がなく、国民に自覚がないためといえる。 (高崎経済大学教授 八木秀次教授の論文を要約)

▪️靖国神社の首相参拝を非難する理不尽

中共・韓国の靖国神社参拝への非難はモンスタークレーマーの手口。モンスタークレーマーとは筋の通らない苦情を大声で喚き立て「まぁお静かに他のお客様の迷惑になります」とその場を切り抜けたい弱腰につけいる異常者の犯罪。中韓はどうみても異常国家。弱腰を見せたらつけあがる。その点、安倍首相の信念ある外交は正しい。

降って湧いた靖国神社、A級戦犯問題に戦後歴代内閣はただひれ伏すのみだった。一国の最高責任者が国に殉じた者達への慰霊を反日国と反日日本人に封じられたのだ。南京大虐殺説、性奴隷(追軍売春婦)強制連行説などにも日本人が関与している。日本人でありながら祖国を貶める虚構に執着すると言うのはどういう神経なのか理解に苦しむ。GHQに植えつけられた贖罪意識だけでは説明がつかない。日本人の内にそういう偽善性がいつからか自発的に芽生えたとしか考えられない。

中共にも比治山陸軍墓地と呼ばれている場所あるが、凡ゆる宗教を禁じる無神論者、共産党政府は墓地と認めていないので国有墓地からは除外し無籍の「比治山南広場」とされている。中共の戦没者慰霊施設(安門広場の国旗掲揚所の南側)は「人民英雄記念碑」と呼ばれる。英雄の碑は他にも点在する。古来支那に於ける葬法は天葬、水葬、火葬、土葬の四つの方法が用いらた。これは複数の民族や文化、土地環境が混在している古来支那独特の葬法と言える。併し中共の人口の9割を占める漢民族では一般的に土葬が主流だった。

併し1950年代になると土葬から火葬へと毛沢東は『国策』で推進し始めた。広大な土地を持つ中共でなぜ土葬ではなく火葬が推進されるようになったのか。答えは森林資源の節約と農耕地の確保である。古来支那では死を生と同じように重要視し祖先の墓を立派にする事が生きている者に繁栄と幸福をもたらすと信じられてきた。現在特に土地問題が深刻な上海では用地節約の為「芝生葬」「花葬」「樹木葬」「壁葬」などの埋葬方法を勧めている。また中共政府は「海洋葬」に限り費用を政府が負担するという。靖国神社への無理解は共産党の無神論が底流にある。

韓国には国立ソウル顕忠院があり全てではないが戦死軍人達が奉られている。韓国動乱の戦死者や国家の為に殉難した人々の墓で、遺体のない死者は顕忠塔に名を刻んである。歴代韓国大統領が慰霊に訪れる顕忠院にはテロリストやベトナムでの強姦虐殺犯罪を犯した罪人が英雄として多勢奉られている。大東亜戦争当時、朝鮮人は日本人であった。敗戦間際に特別見習士官であった韓国人が戦友会の協力を受け私財で「霊璽清め祓い式」を【靖国神社で行い】その御霊を釜山に持ち帰り1997年国民記念日に慰霊碑を建立した。このような慰霊碑は韓国各地に存在する。韓国の靖国批判は支離滅裂である。

米国には有名なアーリントン墓地があり現職大統領は勿論、多くの各国首脳が訪米の際に献花している。これを問題にする国があるだろうか。ジョージタウン大学のケビン・ドーク教授は「日本の政治指導者が自国の戦死者の霊に弔意を表する事は外交 ・安保政策とは何ら関係はない」と述べた。 同教授はこれまでにも「民主主義的な選挙で選ばれた政治指導者が戦死者の霊を追悼する事が平和への脅威や軍国主義への前進になるはずがない」と強調。米国のアーリントン国立墓地には奴隷制度を守る為に戦った南軍将校も埋葬されている事実を指摘し、ここを歴代大統領が訪れたというだけで「奴隷制度を肯定した事にはならない。同様に靖国神社参拝も、日本が関わった戦争の全面的肯定を意味しない」と主張してくれている。 

世界中で国策として反日教育をしている国は、中朝韓だけだ。他の国は、靖国を認めている。

《靖国神社へ公式参拝をした国》
インドネシア・スリランカ・タイ・ インド・ドイツ・スイス・フィンランド・ポーランド・ルーマニア・ロシア・ フランス・イタリア・リトアニア・スロベニア・エジプト・チリ・ブラジル・ イスラエル・トルコ・アメリカ・オーストラリア・アルゼンチン・トンガ・スペイン・ペルー・ベトナム・カンボジア・シンガポール・台湾・パラオ等。(ロー マ法王も靖国への参拝は認めている)

▪️日本の音楽市場がアメリカを抜いて世界一位に

世界最大市場に国際レコード産業連盟(IFPI、本部・ロンドン)は、CDやダウンロードを合わせた音楽ソフトの売上高で、日本が2012年に初めて米国を抜き、世界最大市場になったと発表した。同日公表された12年の世界音楽産業統計によると、日本の音楽ソフトの売上高は約43億ドル(約4200億円)で、約41億ドルの米国を上回った。日米逆転は1973年の統計開始以来、初めて。

映画やCMでの使用料など、音楽ソフト以外の売り上げも含めた全体の市場規模では米国が引き続き最大だった。昨年世界で最も売れたアルバムのランキングでは、ミスターチルドレンのベスト盤が約130万枚で日本勢トップの29位に入った。

米国や英国など、音楽市場の規模で上位5ヶ国に入った日本以外の国の売り上げがいずれも縮小したのに対し、日本は前年比4.0%増で、4年ぶりに拡大に転じた。

ハリウッド・スターや世界的芸能アーティストが足繁く来日するには、それだけの理由があった訳だ。鬱陶しい韓流反日芸人が性懲りも無く群がり来るのも、マーケットの大きさ故の負の側面と言う事だ。

▪️南京大虐殺など所詮捏造

偽善的贖罪意識に染まった日本人よ目を醒ませ。君達の祖父は虐殺などしていない。

蒋介石は日本軍の南京入城直前、城内から逃れた時に「ここで日本軍による大虐殺があった事にせよ」と指示した。
台北国民党党史舘の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要1938年~1941年』に残されている。『南京事件-国民党秘密文書から読み解く』で東中野修道氏が著書に明示されている。

この文書発見以前から南京陥落の後120名近くの記者が日本軍と共に南京に入城したにも関わらず朝日を始めとする当時の新聞報道、記者らの証言の中で虐殺事件の片鱗すら語られていない。事件は無かったのではないかという疑問が中共側の資料から裏付けられたのは重要だ。


▪️ウイグル族への迫害・弾圧

 突如現れた人民解放軍が無辜の人々を殺戮し始めるまで、東トルキスタン共和国は幸せな国だった。豊かな自然溢れる美しいシルクロードの平和国家は、一瞬にして地獄絵図と化した。1949年、中華人民共和国の侵略の開始である。恐らく僅かな兵力しか持たなかった平和国家は瞬く間に制圧され、現在に至るまで無抵抗な人々が様々なかたちで殺戮され続けてきた。東トルキスタン共和国は国名を奪われ「新疆ウイグル自治区」と呼ばれるようになり、最近では「新疆自治区」と省略する漢人も多い。

日本人は被爆国は世界で日本だけだと思っているが、侵略されたシルクロードの国、東トルキスタン共和国では48回の核実験が住民の意向を無視して行われた。ヒロシマ型の原爆の数百倍の威力を持つ水爆実験で推計120万人が被曝死した。今でも多勢の東トルキスタン共和国の人々が被曝症で苦しんでいるが、中共政府は医療さえ施さず放置している。

ウイグル族の男性の就職率は僅か5%という。殆どの若者は結婚も出来ない。同族結婚は禁じられ妊娠した女性は子供の父親がウイグル人の場合、強制的に堕胎させられる。美しいウイグルの女性は強制的に連れ去られ漢人の子を産まされる。正に人間として許されざる民族浄化政策が行われている。ナチスドイツは敗戦により民族浄化の完遂に失敗したが、中共政府の蛮行を阻む力のある国も組織も存在しない。

古くからこの地にはイスラム教が根づいていたが、イスラム教への信仰はかたく禁じられた。多くのモスクは破壊され、僅かに残ったモスクに集う事も人々には許されなかった。武装警察はモスクに向かう若者の一群に無差別射撃する事もあった。一夜にして一万人の若者が姿を消したという証言もある。中共政府はウイグル族から強引に信仰を奪っている。

学校ではウイグル語の教育は禁じられた。子供達には中国語が教えられ、中国語ではウイグル族の歴史は教えられず偉大なる中華帝国の歴史が教えられる。東トルキスタン共和国の文化は消滅の危機に瀕している。民族の血が根絶やしにされ、歴史、文化も書き換えられている。

この現実は厳しい中共政府の報道管制の下、国内でさえ報道されず、外国メディアは完全に締め出されている。東トルキスタン共和国亡命政府は2004年9月に在外東トルキスタン活動家により米国ワシントンで設立された。1949年に存在していた東トルキスタン共和国との直接の連続性を標榜し「独立」を目指し活動している。残念ながら日本のマスメディアは中共政府に都合が悪い事は一切報道しない。現実を漏れ聞く世界の国々も見て見ぬ振りをしている。


 🔷中共当局、ウイグル族学者を拘束 言論活動抑え込みか http://sankei.jp.msn.com/world/news/140116/chn14011612110003-n1.htm

▪️食用に向かない材料をくっつけて美味しくしたり、新鮮さを保ったり、最先端技術ならいとも簡単。外食時に知らないうちに口にしている「製品」がこんなにある。


大きな赤身の塊肉が台に載せられ機械に吸い込まれていく。上から剣山のような何十本もの針が降りてきて肉に突き刺さる。針の先から液体が注入されボワッと肉が膨張しひとまわり大きくなる。針の抜き刺しが繰り返され肉の「加工」が終わる。加工後の肉をスライスすると美しい霜降りが現れる。「インジェクション肉」の完成だ。肉には液状化させた牛脂が注入された。軟化剤なども添加される為、脂がのって柔らかい高級霜降り肉のような味わいに変わる。


こうした手法は以前から外食産業では当たり前のように使われていた。食品加工技術は目覚ましい進歩を遂げている。「外食する場合、自宅で料理して食べるものとは全く別の〝食品〟を食べていると思った方がいい」


加工肉にはインジェクション肉の他に2つの種類がある。「細かな肉を集め結着剤でくっつけて形を整える『結着肉』と、硬い肉の筋を抜いて酵素添加剤などを加えて柔らかくした『柔らか加工肉』がある。特に結着肉は相当量が流通している。サイコロステーキなどは、内臓や脂身、すね肉などの細かい端肉を結着剤で固めてカットした結着肉。激安の焼き肉店などで提供されるカルビやハラミなどに多い。結着肉を焼いてみると、脂分が多いため異常に火が上がったり、肉がばらけるという」


肉に使われる結着剤は、リン酸ナトリウム、カゼインナトリウム、増粘剤などの食品添加物。こうして作られた肉も「ステーキ」などと表示されていた事は、一連の食材偽装問題で話題になった訳だが、きちんと調理すれば安全性に問題は無いという。


消費者を騙して店舗が儲ける為ではなく、利用法が限られていた牛肉を活用する為に生まれた技術だった。「業界用語の『ババ牛』乳の出なくなったホルスタインの経産牛は硬くそのままでは食べられない肉質だが、インジェクションの技術により食肉として利用する価値が出てきた」


「柔らかい」「脂がのっている」ということが美味しさの条件になっているいま、それを安価に実現できる加工技術が急速に普及していった。それは魚介類にも広がり、最新の〝調理〟技術が駆使されている。


回転寿司店やスーパーなどで販売されるネギトロの軍艦巻きはマグロの中トロを叩いたものに刻んだネギが載ったものと思ったら大間違い。安価なものの場合、キハダやカジキといったマグロの「赤身」が使われる。口に入れた時の滑らかな食感はショートニングという人工油脂や精製ラードが混ぜられている。


「安いネギトロは全体の2割が魚ではなく脂。但し味が薄くなってしまうので、化学調味料なども入れ、美味しいと感じるように味が調整されている」ネギトロを醤油に付けたら、醤油皿全体に脂が広がる。その理由はこの製法にある。


脂は、食感を滑らかにするだけでなく、うま味を出すためにも使われる。たとえば、レトルトカレー。通常、カレーは野菜や肉などさまざまな具材を入れて煮込まれるため、食材から自然なうま味が溶け出す。しかし、美味しいカレーを安価で提供しようと思うと、具材は最低限の量に抑えて作らねばならない。そこで活躍するのが「牛脂」だ。


肉のうま味をもっとも手軽に出せるのが、この牛脂。だが、ルーの中に入れると分離してギトギトになってしまうので、脂をルーと一体化させる乳化剤が投入される。カレーの場合、安いものほど牛脂や乳化剤が多く含まれる傾向が強い。


価格を安くするために「カサを増す」という手法も多用されている。ハンバーグや肉饅の具、ミートボールなどでも、植物性たんぱく質(大豆などから作られたたんぱく)が半分以上入ったものが普通。特に顕著に表れているのがエビフライ。冷凍食品ものに多いが、エビパウダーで風味づけしたタラのすり身などでエビを覆い、衣をつけて揚げている。本体のエビにも「カサ増し」がされている。筋を切ってまっすぐにし長く伸ばす加工が施されている。中共など海外の工場で製造され「のばしエビ」として輸入されている。安価な上に油の吸収も非常によく、高カロリーなフライが完成する。


野菜は普通、切ってから3時間もすれば切り口から黄ばんでくるが、カット野菜やカップに入ったサラダなどは、何時間たっても変色せず新鮮なままだ。これは殺菌剤のプールに浸してからパックされているからだ。食品に使われるのは、次亜塩素酸ナトリウム。高濃度だと漂白剤として使われる薬品だが薄めれば殺菌効果のみで安全性は問題ないとされる。食材そのものではなく、例えばパックされた刺身を新鮮に見せる為の業務用ラップや照明など、見せる技術も普及している。


クリスマスケーキは12月23~25日に需要が集中する為、管理が難しい商品の一つ。クリームを使った生ものではあるが直前に作っていたのでは間に合わない。そこで力を発揮するのが冷凍技術だ。事前に作ったものを冷凍して保存し、店頭に並べる前日に解凍する。ショートケーキなどの場合は、スポンジの状態で冷凍し販売前日にデコレーションを仕上げる。売れ残った場合、翌日に安売りされるのが常だが、それでも売れなかったケーキは、上に載ったトッピングなどは再利用に回され、残りは家畜のエサにされることもあるという。


表示を見てもわからない。素人には加工しようがないと思われる食材にも、鮮度を保つための見えない技術が隠されている。例えば米。加工食品用に米を炊く際は、炊飯添加剤が入れられており冷めても柔らかくてうま味があり、時間が経っても黄色く変色しないご飯ができあがる。こうしたご飯は、おにぎりや弁当だけでなく外食チェーン店でも使われている。おにぎりや弁当の場合、添加物が入っているか否かは、表示されている原材料名を確認すればいいと思うかもしれないが、ここに食品表示の落とし穴がある。


原材料に添加物が使われている場合、その量が僅かであれば『キャリーオーバー』として表示しなくてもいい事になっている。つまり、おにぎりの原材料のご飯は表記する必要があるが、そのご飯が炊かれる際に添加された物質は記載の必要はない。農林水産省が規定している現在の表示基準では消費者は隠れた材料を知る事はできない。飲食店の場合はそもそも表示義務がない。だからこそ、あの手この手で、商品をより安く、より見栄えよくする方法が編み出されてきた。


ファミリーレストランや居酒屋、スーパーなどで提供される食品の作られ方については添付写真の表を参照。全ての食品がこのように作られている訳ではないが、業界では常識的に使われてきた技術ばかりだ。


外食で使われている食品は『食べもの』だが工業製品のように作られている。もはや、おにぎりは「おにぎりのような食べもの」エビフライは「エビフライ風の食べもの」と考えた方がいい。


食品偽装問題を受けて外食産業各社は次々とメニュー表示の変更を始めている。例えばファミリーレストラン『ガスト』は「豚肉の生姜焼き和膳」というメニュー名を「生姜だれ和膳」に変更。理由は「店舗で肉を焼いていないから」


豚肉の生姜焼きは確かに企業の調理工場では焼いているが、各店舗では加熱調理(レンジでチン)して提供しいる。『店で焼いていないのでは』というご指摘を受けないようにメニュー表記を変更したという。今やファミリーレストランや居酒屋などの外食チェーン店では、冷凍食品を電子レンジで加熱して提供するのは常識だ。入ったばかりのバイトでも、焼き鳥はチンするだけ、サラダも切ってあるものを器に盛るだけでできる。職人がいないからこそ安価で提供できる。


産地が異なっていたり実際とは違う材料を記載したりという偽装は正すべきだ。併し「店舗で作っていないので自家製ソーセージの『自家製』を削除した」「工場で作られた『手巻きロールケーキ』の『手巻き』は消した」などの例は、そこまで神経質にならなくても、という気がしないでもない。消費者にとっては、どこで焼いていようが『生姜焼き』には変わりない。『生姜だれ』ではいったいどんな料理なのかわかりにくい。本来、消費者目線で見直さなければならないのに『取り締まられないように』と行政のほうを向いてしまっていては本末転倒だ。


どんな工程を経て作られているか、どんな材料を使っているのか、ただでさえ知ることが困難なのに、企業が自己防衛に走るあまり、消費者はますます混乱する。


外食に「本物」が少なくなってきた背景には、消費者が安くて旨いものを求め続けてきた結果という側面もあるだろう。「安くて旨くて健康にいい」などと都合のいいものは存在しえないということを肝に銘じておくべきだ。(現代ビジネスより要約)

このページのトップヘ