《日本の教師はなぜ自国の近現代史を教えないないのか?》

日本の戦後世代が「近現代史」を学ばないのは、大学受験に必要ないからと言われている。併し、だいたい教科書の内容が、普通の日本人なら教えたくない内容でできているからではないかとも思う。また、教師たちは独自性を嫌い、自ら日々勉強もしていないから、皆 横へ倣えをする傾向が強い。(これは飽くまでも一般論)

教科書の内容が狂ったのは、70年前に施行(しこう)されたGHQ/SCAPによる「公職追放令」が契機である。「公職追放令」とは、1946年昭和21年)1月4日附 連合国最高司令官覚書「公務従事に適しない者の公職からの除去に関する件」により、「公職に適せざる者」を追放するというものである。公職を追放された者の数は、公式には約20万人と言われているが、実際には在日朝鮮人の密告を恐れて自ら身を引いた、元在郷軍人会会長などまで入れると約70万人以上にのぼるという。

敗戦からの復興に必要な有能な人材は、「公職追放令」により悉(ことごと)く排除された。その穴を埋めたのがマルクス主義者、講座派*、労農派*という「日本嫌いの日本人」達である。開戦時の米大統領ルーズベルトの周りには300名のマルクス主義者がいたと言うから、敗戦時の大統領トルーマンの取り巻きも推して知るべし、多くのマルキスト達で占められていた。

「講座派*」とは、日本資本主義論争に於いて労農派と対抗したマルクス主義者の一派。岩波書店から1930年代前半に出版された、『日本資本主義発達史講座』を執筆したグループが中心となったのでこう呼ばれる。

「労農派*」とは、戦前の非日本共産党系マルクス主義者集団。1927年創刊の雑誌『労農』に依ったので、こう呼ばれる。日本資本主義論争に於いて講座派と対抗した経済学者、最左派の無産政党に拠った社会運動家、「文戦派」のプロレタリア文学者などからなる。

分かりやすく言えば、講座派=共産党、労農派=旧 社会党(現 社民党)である。民進党にも労農派の流れをくむ者が多い。真面(まとも)な人材が悉く公職を追放された後、彼等が教科書をつくり、教鞭を執った為に、「日本悪しかれ論」一色の教科書が出来上がり、それを是とする教師が溢れた。

天皇陛下、皇族、貴族、武家ら支配層は「悪」で、商人、農民ら被支配層は「善」…そんな善悪二元論、階級闘争論では歴史は語れるものではないが、彼等は戦後一貫して、戦前の日本は「暗黒の時代」、戦後は「国民が主役の幸福な時代」と単純な善悪二元論を展開した。

特に、大東亜戦争に至る日本、戦時中の日本を、とにかく悪く描いた教科書が氾濫した。支配層が農民から搾取して、「農民は常に飢えていた」という歴史観である。併し、それは嘘である。食料(米)をつくる農民の人口構成は9割あった。1割の支配層では9割の農民がつくる米は食べきれない。飢饉はあったであろうし、年貢を納めるのがやっとの地域もあっただろうが、農民が常に飢えていたとの印象操作は不当である。

公職追放令後につくられた教科書には、日本に対する愛がない。歴史の中に自分が息づいているという自覚がない。親から子、子から孫へと連綿と連なる歴史の中に自分が包まれているという暖かみが描かれていない。支那などは民族の滅亡の繰り返しの歴史、易姓革命の歴史であるが、日本の長い歴史には民族の断絶はない。

日本には易姓革命が一度も無かったから、天皇陛下には「姓」が必要ない。昔から御所には、堀も無ければ、強大な警備の軍も必要なかった。「民の竈(かまど)」の話ではないが、日本の支配層と庶民の美談は、戦後の教科書から掻き消された。治安維持法で引っ張られた「講座派」と「労農派」は心ゆくまで恨みを晴らした訳だ。

また、明治維新は西洋の革命とは全く違う。西洋では「貧しき労働者」が革命を起こした。明治維新は「貧しき特権階級(下級武士)」が国の在り方を変革した。支配層である武士より、商人、農民の方が豊かであった。この、世界に誇れる明治維新も教科書には正確に描かれていない。

更に、「日本が朝鮮の独立を奪った」とされている?…真実は、日清戦争の結果、大韓帝国は独立できた。日韓条約は締結したが、大韓帝国は国の体を成しておらず、ロシアと通じたり、甚だ不誠実であった。そもそも日韓併合は日本の発意ではなかった。1904年から1910年まで大韓帝国で活動していた、当時最大の政治結社、一進会(イルチンフェ)が中心となって運動を起こし、日韓併合を大韓帝国政府が4度も懇願してきた。日本は4度目の懇願を渋々聞き入れてあげたのである。

当時、朝鮮半島には学校は塾を含めて4つしかなく、インフラは全くと言っていいほど無かった。第一、車輪・樽・丸桶も無かった。木を曲げる技術もないほど遅れていたのだ。識字率も4%という有様で、染色技術すら知らなかったから、庶民の服の色は純白。故に白い民族と呼ばれていた。故に色彩豊かな韓国時代劇は全て嘘、妄想、捏造である。

ロシアが南下を狙う中、欧米諸国は、超後進国 大韓帝国の扱いに困り、日本に押し付けようとしていた。伊藤博文は大韓帝国併合の困難さを見抜き、日韓併合には反対していた。然るに、両班テロリスト、安重根は伊藤博文の暗殺を謀った。敢えて「謀った」と言うのは、証拠は安重根による暗殺を否定しているからだ。併し、教科書は安重根を暗殺犯と確定し、韓国では戦後 英雄視までされている。

史実は、安重根はブローニング拳銃から5発を発射した。伊藤博文の体内からは、ブローニングの弾丸は発見されず、フランス製の弾丸2発が発見されている。…桂・ハリマン協定に賛成する伊藤博文は、満州を狙うロシアの手にかかったとするのが妥当なところだろう。

併し、今では、日本のアジア最初の立憲体制の生みの親であり、その立憲体制の上で政治家として活躍した最初の議会政治家として、高い評価を得ている伊藤博文は、1909年、ハルビンで朝鮮民族主義活動家(テロリスト)の安重根に暗殺されたというのが定説となってしまっている。

大東亜戦争に敗れた日本には、真相究明の機会は与えられず、他にも数々の疑惑・捏造が史実とされている。敗戦後71年経過した現在、そうした疑惑・捏造を正す良い頃合いであろう。問題なのは、日本人にその気概と覚悟があるのかと言う疑問である。

真面に「近現代史」すら教育しようとしない、教師の気持ちもある部分理解できる。「日本悪しかれ論」に凝り固まった教科書では、教える気も失せよう。一生懸命になって日本を悪しざまに教えるのは反日教師に限られる。

先ず、教科書を根本的に見直す必要がある。これは「政治」の力に依るしかない。正直なところ今の政治家に本来の日本を取り戻す事は期待できないが、本来の日本を取り戻すには、矢張り政治に依るしかない。新しい正しき「政治」に依る、悪しき教科書、悪しき教員の駆逐が不可欠である。今まで努力を重ねて来られた「つくる会」の方々の、更なるご活躍にも期待したい。