《 在日は強制連行されてきたと言う大嘘と、敗戦直後から日本人に向けられた朝鮮民族本来のケモノ性。…日本政府は、これらの犯罪を不問に付してはならない。そして、我々は史実記録の保全に努める必要がある。》

1910年、日本は大韓帝国側からの度重なる懇願に応える形で、国際法に則って大韓帝国を併合した。当時の大多数の朝鮮人は大喜びしたと記録は語る。1945年、大日本帝国(朝鮮を含む)の敗戦により、日本人として35年間ともに過ごした朝鮮人は、敗戦から3年後の1948年8月13日、GHQ(要するに米国)から棚ぼた式に独立を果たし、大韓民国を名乗った。後に韓国初代大統領 李承晩は独立日を2日ずらし8月15日に変更した。日本の敗戦日に月日を合わせた方が、さも日本から独立した様で、韓国人には都合が良いと考えたのだろう。現在では、1948年8月15日が韓国の独立日(光復節)と信じられている。

日本が敗戦すると、ほぼ総ての朝鮮人は日本人に対して民族の血としか説明しようがない、獣(けもの)の牙を剥き出した。反日教育が始まるずっと前の事である。満州からの日本人引揚者の多くは、安全と信じ帰路に選んだ朝鮮半島で朝鮮人に殺され、カネ目のものは強奪され、女性は強姦された。その挙句に惨殺された日本人の遺体からは金歯までも奪われ、骸(むくろ)は放置され、風化して無念の内に土に還った。そうして出来た朝鮮の土を現代の韓国人は土足で踏み荒らして暮らして居るのである。

併合中から朝鮮の地で多くの孤児を引き取って、養い親をしていた日本人夫婦が、敗戦と同時に大勢の孤児どもに、養父は撲殺され、昨日まで母と慕われていた養母は集団強姦の上、惨殺された。夫妻の娘は余りのショックで気が触れてしまい、付近を彷徨(さまよ)い歩いたが、朝鮮人は誰一人助けようともせず、少女が餓死するに任せた。この話は「和夫一家惨殺事件」として余りにも有名である。韓国人作家、金完燮(キム・ワンソプ)氏が書籍化している。

運良く引揚げ船に乗り込めた日本人婦女の多くは朝鮮人に孕まされ、絶望したある者は船から身を投げ、何とか日本に辿り着いた女性は、麻酔も無いのを承知で堕胎手術を受けた。術中死も数多く報告されている。場所は福岡県筑紫郡二日市町(現筑紫野市)にあった厚生省引揚援護庁の医療施設、二日市保養所である。ここでは引上げ途中に朝鮮人に強姦された多くの日本人女性が命を落とし、水子と共に被害女性たちの為の慰霊碑も建立(こんりゅう)されている。

敗戦直後、日本には2,000,000人余りの朝鮮人が居た。彼等は徒党を組んで戦勝国「朝鮮進駐軍」を僭称して、蛮行の限りを尽くした。「朝鮮進駐軍」を僭称した朝鮮人凶悪犯罪者集団は少なくとも3万人に上る。「朝鮮進駐軍」は特に悪逆非道であったが、彼ら以外の多くの朝鮮人も、駅のホームで、路上で日本人を撲殺し、至る所で強姦を犯した。役場や警察署までも襲撃し、無理難題を主張し、不当に、持てる筈も無い数々の権利を獲得した。主が疎開中の空き家に勝手に侵入し、当然の如く居住し、そのまま居座った朝鮮人は数知れない。朝鮮人経営のパチンコ屋・金貸し・風俗店・焼肉屋の多くが駅前一等地に在るのは、その為である。

こういった戦後の朝鮮人が為した犯罪は、その殆んど総てが、司法によって裁かれる事もなく、償われてもいない。日本政府はこれらの数知れない犯罪に目を瞑り、現在に至るも放置したままである。併し、如何なる困難があろうとも、正義は果たされなければならない。日本政府は戦後の朝鮮人の許されざる蛮行を清算する義務を負っているが、それを果たそうとする意思すら忘れているようだ。我々、史実を知る国民は、無念の内に命を落とした同胞の為にも、日本政府に正義を果たすよう促す事を諦めてはいけない。我が日本は、法治国家として再出発する必要がある。

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日韓併合中に来日していた朝鮮人は、2,965,000人に上る。彼等を来日朝鮮人と呼ぶ。その内、自由渡航者は2,208,000人。留学、結婚、就職など自由意志で渡航してきた者だ。統計にあがらない、残り約25%は密航者であろう。

1939年、支那事変が勃発し、日本人の多くが兵役に服した結果、労働人口が減少した。その穴を埋めたのが朝鮮人の働き手である。勿論、強制連行などしていない。朝鮮人の就労斡旋は官民二つの方法が採られた。

当初は殆んどが「民斡旋」で、当時の花形産業である炭坑夫の募集が多かった。これで来日した朝鮮人は147,000人である。戦争が拡大すると民斡旋だけでは足りず、官が乗り出した。朝鮮総督府による「官斡旋」である。1942〜44年の間に300,000人が集められた。

「民斡旋」「官斡旋」合わせて447,000人である。勿論、強制連行などではなく、給与や待遇も朝鮮より良いから、これだけの希望者が集まった。残り220,000人が朝鮮半島で発令された「徴用令」にるものである。

「徴用令」には強制力が伴うが、これをもって「強制連行」と呼ぶのには異論がある。当時、朝鮮人は日本人であった。国が必要とする労働に服する事を「強制」と言うだろうか?普通は「義務」と言う。国民には等しく労働の義務が課せられているのは、当時も現在も同じだが、それを「強制」などと騒ぐ者はいない。

ここまで、ざっと足し算をすると、2,655,000人が「正式に」日本に渡航してきた事になる。始めに述べた来日朝鮮人、2,965,000人との開きは、不正渡航者(密航者)という事になる。310,000人も密航して来るのに、何でわざわざ「強制連行」などの必要があろうか?

大事な事なので、もう少し数字にお付き合い願いたい。

日本の敗戦時、在留朝鮮人は、2,100,000人居た。帰国事業で、1,500,000人が半島に帰って行った。残り600,000人は帰国に応じなかった。当時の首相、吉田茂は『朝鮮人は7割は職にも就かず、悪い事ばかりする。日本人の子孫にツケを残したくないから、帰国費用は日本が負担するので、朝鮮人は全員、半島に帰したい』…とマッカーサーに陳情した。(書面も残っている)併し、聞き容れられなかった。

1959年の朝日新聞には、外務省の調査による当時の「徴用朝鮮人」の人数の記事がある。そこにはハッキリと245人とある。この245人は帰国事業に応じなかった600,000人に含まれる。これの何処が「強制連行」などと言えるのか?

NHKの「ニュースウオッチ9」の大越健介キャスター(在日)は「在日コリアン1世は強制連行されて来て大変な苦労をした」という趣旨の発言をした。嘗て、反日活動家の辛淑玉はテレビで日本人に向かって「在日は貴方たちが強姦して出来た子」と言って退け、司会の田原総一朗(朝鮮系帰化人)始めスタジオ参観者は誰一人反論しなかった。勿論、番組の最中も事後もテレビ朝日の訂正はない。

朝鮮人強制連行が如何に大嘘かは「数字という論拠」を示して反論するべきだ。戦後の朝鮮人の悪事も、証拠が残っているうちに整理しておくべきだろう。史実はどんどん朝鮮人に都合良く変えられる。Wikipediaの「朝鮮進駐軍」の項目は見る度に変更されている。Facebook を始めとした SNS も、在日たちの手により監視・検閲が為され、彼らに都合が悪い事は徹底的に削除されてしまう。当ブログも削除対象外では無い。既に初期の書き込みの何点かは削除されている。心ある日本人は史実を語る記録の保全を真剣に考え、対策を講じるべきだろう。何よりも次世代の日本人に正しい昭和史を語り継いで行かねばならない。

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