《日本は堂々と「歴史修正」の必要性を唱えよ》

中共による「日本は歴史修正主義」だ、というプロパガンダに対して菅官房長官は、即座に「日本は修正主義ではない」と否定して「日本の戦後の平和貢献の歩み」を強調した。また、鳩山由紀夫氏によるロシアのクリミア併合賛成発言に対しても「我が国の立場とは相容れない」と不快感を露わにした。

悲しい事にこのふたつの菅発言から見えてくるのは「戦後世界秩序」を乱すつもりはないと言う意思表示であり『東京裁判史観』「戦後レジーム」を丸々受け容れている事を示すものである。「例え米国が間違っていようとも我が国の対米恭順の姿勢は変わらない」という明確な態度表明でもある。

鳩山由紀夫氏は、はっきり言って大馬鹿者の売国奴であるが「ウクライナ問題」は米国の陰謀からロシアが身を守った結果であって、本当に悪いのは米国である事を、私はFacebookなどで何回も指摘してきた。鳩山氏の言動は軽卒だが、発言内容の主旨は間違っていない。従って鳩山氏の軽卒さのみを責めるべきであって、発言内容には言及しなくてもよかった。

冒頭の菅官房長官の発言内容から窺える現政権の立場説明からは忌まわしき『東京裁判史観』を脱しようとの気概は全く感じられない。「戦後レジームからの脱却」の否定である。間違いを間違いと言わず、捏造された不名誉、濡れ衣を晴らそうとの姿勢の放棄である。捏造された不名誉を全て呑み込んで、戦後71年間の日本の平和的歩みを強調しただけのものである。

「戦後レジームからの脱却」の放棄は先人が負わされた冤罪の受容である。これでは国の為に身を捧げられた英霊のお立場がないではないか!

『東京裁判史観』を受け容れるという事は「我が国は侵略戦争をした」その挙句、「日本軍は南京に於いて大虐殺をした」という明らかな捏造史観を受け容れるという事と分かっているのだろうか? 現政権には今すぐできなくとも何れ汚名は必ず雪(そそ)ぐという臥薪嘗胆の決意はないのだろうか。

東京裁判を主催したD・マッカーサー自身が、1951年(昭和26年)5月、米国上院の軍事外交合同委員会に於いて、「日本の戦争は安全保障上の必要に迫られてのものだった」と証言しているのに、肝心の日本政府が「侵略戦争」をしたと自ら認めてしまおうと言うのだから余りにも無茶苦茶である。旧敵国の司令官D・マッカーサーが「歴史を修正する様な発言」をしたというのに、日本政府が「日本の侵略を肯定」する立場を変えないとは何たる腰抜けだろう。

マッカーサーのみならず、毛沢東も嘗て「歴史修正主義的」発言をしている。

1964年(昭和39年)日本社会党委員長の佐々木更三氏は、人民大会堂で毛沢東国家主席と会った際、無知な事に、次のような事を言ってしまった。
「今日、毛主席から非常にに寛大なお話を伺いました。過去に、日本の軍国主義が中共を侵略して皆さんに大変ご迷惑をおかけした事を申し訳なく思います」

それに対して毛沢東主席は以下のように答えた。
「何も謝る事はありません。日本軍国主義は中共に大きな利益を齎らしました。お陰で、中共人民は権力を奪取できました。日本の皇軍なしには、私たちが権力を奪取する事は不可能だったのです。この点で、私と貴方の間には、意見の相違と矛盾がありますね」

毛主席は『東京裁判史観』を見事に覆して見せてくれた。その毛主席に対する佐々木氏の返答は唯の「ありがとうございます」のみであった。その後の日本社会党の言動を見る限り、〈日本の立場を良くする言質を取った〉との認識は微塵も無かった様である。歴史観に無頓着な政治家ほど役に立たないものは無い。

ここで重要なのは毛沢東主席の発言である。日本軍と蒋介石国民党軍を戦わせる事で毛沢東共産党は生き延びた。そういった戦略があったから日本軍が来てくれたのは、毛沢東共産党にとって「強力な援軍が来てくれた様なもので、とても嬉しかった。皇軍には感謝しているのだから謝る必要は無い」と言っている訳である。

日本軍が、闇雲に侵略したのでは無く、毛沢東共産党に嗾(けしか)けられた戦争だったと、毛沢東主席自身が暗に真実を語った様なものだ。『東京裁判史観』を根底から覆すヒントをくれたのである。その意味に於いて毛沢東主席もまた、〈東京裁判の判決とは見解を異にする〉「修正主義者」であった。残念な事に日本政府は、この毛沢東主席の言葉の重要性に気付かず、現在に至るも、毛沢東主席の言葉を習近平主席に投げかけるという「頭」は無い様だ。

日本と蒋介石国民党を戦わせて、双方の力を殺いでいくというのが毛沢東共産党の戦略だった。そしてその毛沢東共産党の戦略の裏には、実はもっと巨悪が横たわっていた。それがコミンテルンである。コミンテルンが毛沢東共産党を指導して、蒋介石国民党と日本とを戦わせるという大戦略を描いた。そして様々な謀略を毛沢東共産党に唆(そそのか)していたのである。

こういった事実に日本政府、識者、マスメディアは全く目を向けない。飽くまでも支那は平和愛好国家だったと思い込んでいる者が未だに多勢いるというのは、「GHQの洗脳統治」のせいばかりではなく、『東京裁判史観』にNOと言えない臆病な日本政府、偽善的マスメディア、売国偏向教育などの所為である。

マッカーサーと毛沢東が「歴史修正主義者」であり、上記の通り公式の場で、日本に有利な発言をしている事実を、日本政府はなぜ無視するのか? なぜ有効活用しないのか? 「歴史修正主義」は悪い言葉として用いられるが、歴史の誤りが明確な場合は、誤りを正す「良い言葉にもなる」。そういう使い方ができるチャンスをなぜ誰も活かさないのか?

日本は惨めな米国の子分から、何れは独り立ちしなければならない。恐ろしいのは歴代自民党政権には米国の子分である現状の日本を恥じるという認識が無い事である。世界情勢は既に着々と変わり始めている。日米安保は永遠に続くものではない。世界情勢の変化は日本の真の独立をいつまでも待っていてはくれない。日本政府は、過去2回の好機に際して、勇気を出して国際社会に真実を主張するべきだった。それをしなかった事は返す返すも悔やまれる。チャンスの女神に後ろ髪はない。

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▪️対訳 マッカーサー証言
http://www.chukai.ne.jp/~masago/macar.html
▪️毛沢東、日本軍 感謝発言
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/1961-70/1964_motokuto_kansha.html