《有色人種の世界では唯一日本人だけが、白人が齎す革新的技術に対する好奇心が見知らぬものへの恐怖心に勝った。》

大東亜戦争に敗けて、米国の属国になるまで、日本は他国に統治されるという経験が全く無かった。幾度かの国難に際して、必ず国論を一つにまとめ、国を導くリーダーが何人も現れては消えていった奇跡のような国であった。現在に至るも万世一系の天皇陛下をいただく日本は、他に類例を見ない尊い国である。

幕末から明治維新にかけて、欧米人に植民地化されていなかった国はアジアでは例外的なシャムを除いて、清国と日本国だけであった。シャムは英仏の力の均衡により辛うじて難を逃れていた。清国は植民地化こそされていなかったが、国土のほぼ半分を割譲などで失っていた。日本国だけが不平等条約を結ばされたりしたが、国土はほぼ無傷で独立国の体を成していられた。

何故であろうか。この時代、世界を見渡してみれば、疫病が頻発していたエチオピアを除くアフリカ全土も、アジアのほぼ全土も白人の手に落ちていた。ペリーの黒船来航以来、日本も欧米人から数々の圧力を受けてきたが、植民地化の難を逃れたのは奇跡的であった。

英国の企てにより清国にアヘンが蔓延しても、日本人はアヘンに手を出さなかった。寧ろ、清国の実態をつぶさに見届けた日本人は、英国とアヘンに強い警戒感を示した。

私は日本だけが植民地化されなかったのは「日本文化の成熟」と「国民性」にあるのではないかと思う。先ずペリー 一行が驚いたであろう事に、日本には通詞(通訳)がいた。また、全国の要所には城が築かれ、勇猛な武士階級がいた。一般庶民にも教育が行き届いており、実際、社会的教育水準は、他国侵略に勤しむ欧米諸国を凌いでいた。街々は何処も衛生的で、随所に文化の成熟度が感じられた筈だ。

何よりも日本人は最新技術を恐れず、寧ろ興味を示したという。アジア諸国では蒸気機関など、見た事もない新技術は恐れられ、人々は遠巻きに見ているだけだったが、日本人は一人が近づいて触れると、皆 寄ってたかって興味を示し、追い払うのが大変であったという。日本人だけは遠巻きにして終わらなかった。未知のものへの恐怖を好奇心が勝ったのである。これは国民性以外の何物でもない。

それどころか、刀を差し、髷を結った武士達が、無作法にも甲板から小便をしたかと思ったら、次の瞬間には教えた通りその手でスパナを手にして機関を補修して見せた。蒸気船を操船するまでに時間はかからなかったという。有色人種を見下していた白人達が眼を見張るのは当然である。

遠い海を渡ってきた船団にとって、清らかな水がふんだんに在る日本は重要な拠点となり得た筈だが、植民地化もされずに自らの手で文明開化を遂げ、明治政府を樹立したのは、日本人として誠に誇らしい事である。この日本人を識るにつけ、白人、特に未だ覇権主義国である米国は、日本人に根強い恐怖心とも言える警戒感を持ち続けているのだろう。

日本人は新技術と同時に、それまでには無かった新しい概念も取り入れ、新たに言葉を造った。
「新陳代謝」「反射」「無意識」「価値」「電力」「自由」「経済」「演説」「討論」「競争」「文明開化」「共和政治」「版権」「抑圧」「健康」「楽園」「鉄道」…等々。
中共や韓国などには21世紀を迎えた今でも「版権」「著作権」の概念が行き届いていない。

一説には現代の中共で使われている単語の70%が日本人の造語(武田邦彦氏)だという。これらの新概念の造語を造ったのは、福沢諭吉とばかり思って信じていたが、異論もあるようだ。以下の文章にはリンクが付いていたが、既にリンクは切れているので省いた。

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演説(2005.01.11)
岩本・石谷研究室 東京工業大学 資源化学研究所 有機資源部門

「演説」という訳語は福沢諭吉が作ったものとされていたが、ところが、どうも違うようだ。井上ひさしの「ニホン語日記2」を読んでいて以下の文章に出くわした。『一般に「演説」は福沢諭吉の造語と信じられているようであるが、事実はそうではないようである。幕末の長崎で「演舌(えんぜつ)」という言葉がむやみにはやっていた。それを諭吉がスピーチの意味を付けて転用したのである。』
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