《ベトナム戦争で民間人を虐殺しまくった韓国軍の蛮行を韓国政府は未だに認めていない。そんな韓国の若者たちが、ベトナムに謝罪しようと言い出したその理由。》

ベトナムの日刊紙「トゥオイチェー紙」は2016年9月11~17日、ベトナム戦争当時の〈韓国軍による民間人虐殺〉の生存者の証言と活動の様子を計7回に亘り連続で報じた。ベトナムの有力日刊紙が〈韓国軍による民間人虐殺〉の生存者の話を直接報道したのは異例の事である。「トゥオイチェー紙」は、ベトナムで最も多く発行されている日刊紙であり、1999年に韓国の時事週刊誌「ハンギョレ21」が韓国軍によるベトナムの民間人虐殺問題を扱った後、その内容をベトナムで初めて報道した現地新聞でもある。

「トゥオイチェー紙」は11日に報道した「虐殺以降の生存? 1部 : 生涯死ぬほど苦痛を抱えて」を皮切りに5回まで主に虐殺の生存者たちの証言を扱った。「最後の任務 : 話す為に生きる」というタイトルの第6回では、昨年4月に虐殺の生存者として初めて訪韓したグエン・タン・ラン氏(65歳、ビンアン虐殺の生存者)のエピソードを伝えた。

新聞のインタビューでラン氏は「昨年7月、ビンディン省の人民議会の代表らと会った席で、ベトナム政府が韓国政府に対して計1004人が犠牲になったビンアン虐殺事件に関して3つの事項を要求するよう公式に提案した」と明らかにした。ラン氏が提案した内容は、◉韓国政府にベトナムで犯した事に対する謝罪を要求する事。◉生存している被害者に対する責任を要求する事。◉民間人虐殺による被害者家族に対する責任を問う事。…である。

これは「韓国政府が韓国軍の虐殺を認めさえすれば良い」という今迄の被害者たちの立場から一歩進んだ要求である。ラン氏の要求事項を受けたビンディン省人民議会のパン・ティ・キム・ニュン代表は「建議を充分に受け入れ、総合し、昨年7月8日から10日まで開かれたビンディン省人民議会の会期にこの内容を上程した」と述べた。

嘗て、ベトナム派遣軍 最高司令官 蔡命新は、ベトナム戦争終結後にベトナム代表から韓国軍の蛮行に対して謝罪を求められると、机を叩き椅子を後ろに倒す勢いで「あれは戦争だった!謝る必要など無い!」と言い放ったという記録が残っている。ベトナム人は下賤な韓国人に比べて、非常に誇り高い人々で、蔡命新の暴言を聞いて以降、長年に亘って韓国に対して謝罪も賠償も一切求めてこなかった。

韓国軍の立場は今でも、ビンアン虐殺事件などの数知れない不祥事について、「目に見えないゲリラが相手なので少々のラフプレイは仕方ない事だった」などとぬけぬけと述べている。その言葉に反省と謝罪の意思は微塵も感じられない。2015年10月の朴槿恵大統領の訪米に際して、韓国軍の被害にあったベトナム人女性らが韓国政府に謝罪と賠償を求めてウオールストリートジャーナルに広告を掲載したのが、ベトナム人が韓国政府に謝罪と賠償を求めた初めての珍しいケースである。

虐殺の生存者たちが高齢化し、生存者たちの証言を残す為の官レベルの努力も始まっている。合計18件の民間人虐殺と約1500人の被害が発生したクアンガイ省のグエン・タン・プ文化通信観光庁長は「ベトナムの全ての省が生存者に関する情報を総合すれば、虐殺50周年になる今年中に生存者の会合を組織できるだろう」と明らかにした。〈韓国軍の民間人虐殺〉をハンギョレ21を通じて初めて報道した当時大学院生だったク・スジョン氏は、韓国軍の恥部を暴いたとして韓国で暮らせなくなり、ベトナムで身を隠す様に暮らしていた。

そんなク・スジョン氏も、今では「韓国ベトナム平和財団の理事」を務めている。ク・スジョン氏は韓国人の立場から「韓国の慰安婦問題も証言できる生存者たちが亡くなっていくという危機感がある時に運動が大きくなった。ベトナムも同じようだ。生存者の間で、世代を超えれば問題を解決できなくなるという危機意識が強く生まれている」と述べた。

ク・スジョン氏は「韓国が騒ぎ続けている日本軍慰安婦問題」が実は捏造で、実際は「公募売春婦」であった事を知らない。韓国が清算すべき慰安婦問題は朝鮮戦争時の「米軍慰安婦問題」に代表される〈韓国政府が管理した〉慰安婦問題だけである。「韓国人相手、若しくは米軍相手の慰安婦たち」こそ「性奴隷」という呼び名が相応しい苛酷な運命に翻弄された被害女性たちである。

1960年頃から約15年間続いたベトナム戦争が終わった後、ベトナム政府は「民族統合と和合」を最優先課題とし「過去を閉じ、未来を開こう」というスローガンを掲げた。〈韓国軍の民間人虐殺〉も「閉じなければならない過去」にしてしまった。ところが、政府の統制が強いベトナムで、「トゥオイチェー紙」の今回の連続報道は事実上政府の黙認のもとで行なわれたと見られ、雰囲気が一変した、時代の空気が感じられる。

1999年ハンギョレ21は韓国軍の作戦地域だった中部の5つの省の被害者たちのインタビューを通じ、〈韓国軍の民間人虐殺問題〉を初めて世の中に浮び上がらせた。「トゥオイチェー紙」は最後の第7回の記事で「2000年から韓国各地にはベトナム戦争参戦記念碑や銅像が建てられ、その記念施設には韓国軍がベトナムで自由の為に戦った勇士と賞賛されている」とし、「これは歪んだ観点であり、未来の世代に誤解を呼び起こしかねない」と指摘した。

ベトナム戦争当時、〈韓国軍による民間人虐殺〉は判明しているだけでも凡そ80件、約9000人に上る。その中でも1966年は猛虎部隊によって1004人の民間人が犠牲になった「ビンアン虐殺」、青龍部隊によって約430人の民間人が犠牲になった「ビンホア虐殺」など、民間人被害が集中した。50年を迎えた今年、ベトナム中部地方の各地では被害者を悼む50周年慰霊祭が開かれた。併し、未だ〈韓国政府は軍によるベトナム民間人虐殺〉を認めていない。

大東亜戦争戦争 敗戦後の朝鮮半島では、朝鮮人たちは日本人に対して鬼畜の如き蛮行を振るい、恐ろしい『加害者』であった。敗戦後GHQの統治下におかれた日本に於いても在日韓国朝鮮人は手の付けられないほど数え切れない乱暴狼藉を働いた。在日韓国朝鮮人は明確な『加害者』であるのに、日本がサンフランシスコ講和條約に批准して国際社会に復帰し、国内の治安が良くなると「自分たちは強制連行されて来た挙句、日本人に差別されている」と、いつの間にか〈被害者〉を演じ始めて現在に至っている。

強制連行されて来た割には帰国しようとせず、創氏改名を強制されたと言いながら、日本では通名(日本名)を手放そうとしない。在日のある者は雇用主から通名ではなく本名を名乗ったらどうかと言われ、傷ついたとして訴訟を起こした。この裁判で最高裁は在日側の主張を受け入れる判決を出した。日本の司法は狂っているのか。在日韓国朝鮮人たちは、計画的に日本の中枢に潜入して、朝鮮民族に有利になる様な工作活動をしている。そして、政界・財界・法曹界・教育界・大手広告代理店(電通・博報堂など)・マスメディア界、芸能界などに蔓延り、呑気な日本人が気付かぬところで猛威を振るっている。最高裁判事と雖(いえど)も例外ではない。今では、インターネットの世界でも幅を利かせ始めた。日本の Facebook では在日の批判するとアカウントを失ないかねない。

そんな韓国人たちは、ベトナムでも、日本でも、決して加害責任を負おうとしない。彼らは常に〈被害者〉の立場を手放そうとしない。それが朝鮮民族という獣たちである。最近、そんな韓国人らしさを思い知る様な韓国世論がある事を知った。今、韓国の若者たちは「ベトナム人が謝罪を求めて居るのなら、道徳心の強い我々韓国人は、進んでベトナム人に謝罪しよう」という意見が出てきたという。これだけ聞くと「韓国人も進歩したものだ」と感心しそうになるが、その動機を知って呆れた。「ベトナム人に謝罪してしまえば、これからも堂々と日本に謝罪と賠償を請求できる」というのだ。いやはや、韓国人は永遠に〈被害者〉の立場に安住し続けるつもりで居る。つくづく下賤な民族である。