《「東京裁判史観」に抵抗を感じなくなったら日本人は日本人では無くなってしまう。》

東京裁判(極東国際軍事裁判)とは、端的に言うと、大東亜戦争に負けた日本に、〈白人500年の侵略と残虐、植民地支配の罪を全て転嫁する為の私刑〉であった。この結果、日本人は、何もかも日本が悪いとの〈戦争犯罪意識〉〈贖罪意識〉を刷り込まれ、〈自虐史観〉に陥り、敵側の陰謀の世界史に目眩ましされてしまった。この虚偽の歴史観で「謝罪を国是とする日本」という戦後体制が定着した。

この茶番劇はニュルンベルク裁判とは全く異なるものだった。ニュルンベルク法廷が裁きの対象としたのは、飽くまでもナチス・ドイツであって、ドイツ人ではない。ナチスの幹部の悪事を裁いただけの事である。ナチス以外のドイツ人は裁きの対象外である。一方の「東京裁判」は、〈日本の歴史、日本国及び日本人を裁く為に行なわれたもの〉だった。

最大の問題点は、「東京裁判」自体の真相が正式には未だに検証されておらず、真実が日本人一般の常識となっていない事である。「東京裁判」については、当時の日本側の弁護士として活躍された清瀬一郎博士や菅原裕氏、瀧川政次朗博士などが書き遺したものが存在しており、それを読めば裁判のインチキ性がよく分かるのに、これが国家事業として検証されていない。歴代自民党政権、及び安倍政権は「東京裁判史観」を丸々受け容れている。

偽りの茶番劇、所謂「東京裁判」によってつくられた〈偽りの歴史観〉に基づいて戦後日本の全てが組み立てられてきたという事も日本国民には全く理解されていない。「公職追放令」で「東京裁判」に異を唱えそうな日本人は、社会の第一線から20万人が強制的に追われた。在日韓国朝鮮人の密告という切実な危険を察知して自ら身を引いた有能な人材は凡そ70万人に上る。戦後復興の為に国を導く指導者が必要とされた時、凡そ90万人もの指導者の素養ある者が社会から抹殺されてしまったのである。これが「東京裁判史観」を後の世まで有効化する助けとなっている。

この裁判という名の茶番劇によって〈日本という国全体が、歴史も文化も含めて裁かれたのである〉が、それが後々の日本国民には全く知らされていない。東京裁判の場で出た具体的な日付は1928年(昭和3年)からだが、実際には明治以降の全てが裁かれたも同然である。

あれが裁判の名に値するものであったと認める国際法学者は今、世界に唯の一人もいないと言われている。勿論、リンチを仕掛けた張本人である米国を始め、捏造が都合の良い特亜諸国や、北方領土の領有を戦争の結果に依拠するロシアなどは別である。併し、それとて多くの日本人は知らされていないし自ら知ろうともしない。〈歴史の真実〉を何も知らないまま、日本人は一方的にあの戦争で悪い事をしたと信じ込まされている。米国・中共を後ろ盾に日本の中枢を侵食する在日韓国朝鮮人たちが、日本人の〈故無き贖罪意識〉を半世紀以上に亘って助長し補強している。

現在、様々な形で語られている戦後の諸問題… 似非平和憲法、教育基本法、皇室典範も、全てこの強引に捻じ曲げられ押し付けられた「東京裁判史観」から導き出されたものである。正しい答えに行き着く訳が無いのである。

日本を徹底的に悪者に仕立てる為に、判事役や検察役はどんな詭弁をも弄した。例えば、蒋介石が逃げ込んだ重慶を日本が爆撃した事に対して、検事役が日本の支那に対する侵略の罪を問うた。清瀬弁護人は、「米国はその何十倍の規模の都市部無差別絨毯爆撃をやっているではないか、原爆まで落としているではないか」と反論した。

それに対して米国人裁判長のウェッブは「ここにある泥棒が裁判所に於いて「甲」は泥棒をしたかも分からぬが、私の知っている「乙」も同様泥棒をしました、という事で抗弁ができるであろうか」とほざき、この証拠は関連がないからとして却下した。こういう無茶苦茶な論理を強引に押し通して、日本を断罪する事だけが目的で裁判が進められていったのである。

東京裁判が始まった時、東京大学法学部の国際担当教授であり、東京裁判の翻訳係になった横田喜三郎という男がいる。不名誉極まりない敗戦利得者第一号である。横田はいち早くGHQに迎合し、〈東京裁判絶賛論を唱えた〉。横田は裁判途中にも関わらず、マッカーサーの「東京裁判所条例(憲章)」を擁護した。

横田は「東京裁判は世界が最後の審判を下したもの」とキリスト教の神の審判の如き表現を遣い、日本の自衛論を否定した。横田は「日本の戦争は20年間の侵略」と連合国側の立場に立って決め付けた。更に「パリ不戦条約」を持ち出し日本を断罪した。

また横田は東京裁判を「人類の理想状態を築く為に必要な、最も根本的な土台石の一つを据え付け、この理想状態に向かって、大きな前進を実現したのである。…それは世界史に於けるひとつの金字塔であり、永遠にその輝きを失わないであろう」などと歯の浮くような言辞を弄し絶賛してみせた。

法を無視したリンチ裁判をここまで讃えた横田は、その後の日本の法曹界の頂点たる最高裁判所長官にまで出世し、勲一等旭日大綬章、勲一等旭日桐花大綬章、文化勲章を受章、これらを天皇陛下から拝受したというのだから内閣府賞勲局の売国腑抜け振りが窺える。天皇陛下がお気の毒である。

横田喜三郎は、占領下で天皇制(正しくは皇室制)を「無知と奴隷的服従が日本人民の自然な発達を阻害した為に生じた奇形状態」「昭和天皇は退位すべき。軍国主義の責任をとれ」とまで詰(なじ)って天皇制(皇室制)廃止を訴えてみせた。そんな売国奴に内閣賞勲局は勲一等旭日大綬章を与えた。日本の各都市に住む無辜の民を標的とした卑劣な絨毯爆撃・大量焼殺を司令したカーチス・ルメイとお揃いの勲章である。当時の日本政府は狂っていたとしか言いようが無い。

日本政府は何故ここまで、自虐的で卑屈になれたのだろうか? 正義に悖る私刑である所謂「東京裁判」を芯から受け容れ、卑劣極まりない敗戦利得者に媚びる姿は、同じ日本国民でありながら憐れで、振り返るに忍びない。全ては日本国民が、先の大戦を自ら総括していない事が原因である。〈日本人は余りに弱かった〉という史実・現実を我々現在の日本人は改めて直視しなければならない。

誇り高く潔いのも我が祖先、卑屈な臆病者も我が祖先。これが今の日本の現実である。「誇り高く潔い日本人」の末裔たる我々の手で、この腐りかけた日本を再生しなければならない。昨年は戦後70年の節目の年であったのだから、何をおいても「大東亜戦争」を総括し、所謂「東京裁判」の検証が必要であったが、残念ながらそういう真っ当な気運は高まらなかった。それどころか、「戦後70年の安倍首相談話」は、我が国が、東京裁判が世界に発信した戦後史観が齎した「戦後世界秩序」の優等生であり続けた事を強調して世界から歓迎された。情け無い事に〈保守〉を自認する日本人の多くも「安倍首相談話」を高評価した。

我が国が今後の国際社会で誇りある地位を獲得する為にやるべき具体的手立ては唯ひとつ。静かに、細心の注意を払って「自主防衛国家実現」に邁進する事である! 国際社会では、自国を自国で護れない国の主張は何ひとつ通らない。明らかに内向きの国家に変容しつつある米国の庇護の下で安穏としようと縋り続ける限り、所謂「東京裁判史観」を覆すのは不可能である。米国への隷属から脱して、「大東亜戦争」を自前で総括して、初めて我が国は精神的独立を果たせる。国際政治学の著作「文明の衝突」を著した故サミュエル・P・ハンチントン博士が10年以上も前に、「こんな事をやっていては、日本はそのうち中共の属国になってしまう」と断定的に予言された事を忘れてはならない。