《 韓国が仕掛けてくる不道徳で不誠実な反日工作は、避けられた災難であり、韓国の反日工作を裏で後押しする中共・米国には明確にノーを言い、対抗手段を講じるべきである。今からでも遅くはない。日本人は立ち上がるべきである。》

日本はなぜ「穢れの地」朝鮮半島を併合するに至ったのか。将来の日本の為にも誤ちは検証しておくべきだろう。

韓国併合 Japan's Annexation of Korea (Japan's Colonization of Korea ではない)とは、1910年(明治43年)8月29日、「韓国併合ニ関スル条約」に基づいて大日本帝國が大韓帝國を併合した事実を指す。現在、日本人ですら韓国を植民地支配したと思い込んでいるが、日本が韓国を植民地支配した事実はない。飽くまでも国際法に基づいた併合である。

但し、韓国人が(表面上はともかく内心では)悔しい思いをしたのは事実であろう。併し、染色技術すら知らず「白い民族」と揶揄されていた彼・彼女らは挙って色彩豊かな和服に触発されて、色鮮やかな韓服を着るようになったし、実際、人間扱いされず名前すら持てなかった女性を平等の地位に引き上げて、多くの虐げられていた女性は喜んだ筈だ。

1945年(昭和20年)8月15日、大日本帝國は大東亜戦争に於ける連合国に対する敗戦に伴って朝鮮半島の実効支配を喪失し、同年9月2日、ポツダム宣言の条項を誠実に履行する事を約束した降伏文書調印によって、正式に大日本帝國による朝鮮半島領有は終了した。ここに至るまで破綻国家、大韓帝國は4度に亘って日本に併合を懇願してきた。この経緯を知りながら現代日本の中学校教科書には「日本は朝鮮を武力で植民地化しました」と表記させている。文科省は自らの手で歴史を捏造し、日本を貶めている売国省庁である。

日本の敗戦の約1箇月後から朝鮮総督府の代わりに在朝鮮米国陸軍司令部軍政庁(米国軍政庁)が統治を開始した。その間、朝鮮人たちは荒れに荒れ、多くの日本人犠牲者を出した。その後朝鮮半島は、北緯38度線を境に南部は米軍、北部はソビエト連邦軍の2つの連合国軍を中心にした分離統治が続き、1948年(昭和23年)8月13日には、李承晩が米軍政庁からの独立を宣言して、南部に大韓民国第一共和国が建国され、同年9月9日には、北部にソ連の後押しを受けた金日成を指導者とする朝鮮民主主義人民共和国が建国された。併し、韓国の独立日である8月13日は、後にこっそりと8月15日に変更される。その方があたかも日本から独立したような錯覚を齎らすからだが、流石に年号までは誤魔化せなかった。

この事実を以ってしても、韓国が日本と戦って独立を獲得したというのが偽りである事が明白に分かる。そうあって欲しかった無き事を史実と呼ぶのが韓国人の哀れな習い性である。史実は「李承晩が1948年8月13日に米軍政庁からの独立を宣言」したのであり、米軍政庁は独立に反対しなかったから、独立は勝ち取ったものではなく、正に棚ボタ式に韓国は独立させて貰ったのである。韓国では現在でもこの真実を語る事はタブーである。恐れ入った事に日本のFacebookでも〈韓国に都合が悪い真実の歴史〉を投稿すると、投稿は一方的に削除され、投稿者はアカウント停止というペナルティを受ける。日本政府・国会は早急(さっきゅう)にこういう理不尽は是正しなければならないという事に気付いているだろうか?

日韓併合以前に朝鮮半島を治めていた李氏朝鮮は、清朝を中心とした冊封体制を堅持し、鎖国状態にあった。西欧列強や、朝鮮を取り込もうとするロシア帝國・大日本帝國は朝鮮半島の鎖国状態が続く事を容認せず、大日本帝國は江華島事件を機に朝鮮と不平等条約である日朝修好条規を締結し、これを契機に朝鮮は列強諸国とも同様の条約を結ぶ事で開国を強いられた。

〈大日本帝國側は条約締結の際、朝鮮を清朝の冊封体制から離脱させる為「朝鮮は自主の邦」という文言を条約の第1条に入れる事に固執した。どの条約でも締結国が最も重んじる項目を第1条に入れるものだ。第日本帝國はそれ程までに朝鮮の自主独立を望んでいた。〉

日清戦争直後の朝鮮半島では、大日本帝國を後ろ盾とする改革派の勢いが強まったものの、その後、大日本帝國が西欧列強による三国干渉に屈服し遼東還付条約を締結した事で、朝鮮王室は列強同士の牽制による独立維持を目指し、帝政ロシアに接近した。得意のコウモリ外交である。

その為、政争は更に過激化した。閔妃暗殺もこの時期である。1896年(明治29年)に親露保守派が大韓帝國皇帝 高宗をロシア公使館に移して政権を奪取、高宗はロシア公使館に於いて1年あまり政務を執行なう異常事態となった(露館播遷)。

大韓帝國は冊封体制から離脱したものの、満州に権益を得た帝政ロシアが南下政策を取りつつあった。当初、大日本帝國側は外交努力で衝突を避けようとした。大日本帝國とロシアは満韓交換論などをめぐり交渉を続けたが、両国の緊張は頂点に達し、1904年(明治37年)、日露戦争の開戦に至る。

大韓帝國は消滅し、朝鮮半島は大東亜戦争 終結まで大日本帝國の統治下に置かれ、新たに朝鮮全土を統治する朝鮮総督府が設置された。併し、これさえも日本の発意ではなかったのを忘れてはならない。繰り返すが、大韓帝國は4度に亘って日本との併合を懇願してきた。この事を忘れてはならない。更に、韓国の皇族は大日本帝國の皇族に準じる王公族に封じられ、また、韓国併合に貢献した朝鮮人は朝鮮貴族とされた。

これが誤りであった。日本は清国同様、大韓帝國を冊封国扱い、或いは植民地支配下に置くべきであった。少なくとも属国に留めておくべきであった。日本は善意から、韓国人を日本人化しようとした。その日本人の親切心は韓国人の立場から見れば傲慢であった。確かに「未開土人を日本人並みに引き上げてあげよう」との考え方は、傲慢と言われても仕方がない。

先人に誤ちがあったとすれば、後に「傲慢」にすり替わる「慈愛」を施した事である。併し、当時、事大主義が染み付いた朝鮮人は、強い大日本帝國に本心を隠し、当時最大の政治結社、一進会(イルチンフェ)などは「何回にも亘って日韓併合を懇願」してきたではないか。この史実は現代韓国と日本では完全に消し去られている。

日本人はお人好しにも、親身になり過ぎた。後に反日教育を続け、数々の捏造で日本人を責め苛む、醜悪な民族性を、当時の日本人は見抜く事ができなかった。一生懸命に埋もれていたハングルを体系化し、普及させ、インフラをゼロから整え、名乗りたい者には日本名さえも名乗る事を許し、奴隷制を止めさせ、学校も病院もつくってあげた。…併し、感謝されると思っていたのは日本人だけであった。

この点に於いて、現在の我々は、先祖の誤ちを誇りこそすれ、恥じるべきではない。日本人には白人のような残虐な統治はできなかったであろうし、道徳的観点からも、するべきではなかった。我が先祖はベストを尽くした。結果は結果として受け容れざるを得ないし、教訓として記憶に留めるべきだが、その誤ちは先祖を辱めるものでは決してない。

我が先祖は、朝鮮半島全体の人民の内30%にも及ぶ奴隷を解放し、何千もの学校を造り、等しく教育の機会を与え、病院を造り、灌漑を整え、道や橋、鉄道をつくった。未開土人であった朝鮮人が想像も出来なかったであろうデパートまでつくってあげた。

現代韓国人は、日帝強占が無ければ独力で米国を凌駕する国になった筈だなどと戯言を吐いている。この比類無き卑しくも浅ましい、そして嘘を恥じない恩知らずな民族性を、我が先祖が見抜けなかったからと言って子孫たる我々に、それを非難する謂れはない。我が先祖の動機と行ないは世界に誇れる立派はものであった。

今、日本を貶める韓国人に示すべきは、謝罪ではなく、憐れみの情であり、史実に基づいた確固たる反論である。中共と米国を始めとする白人国家が、韓国側に立ち、日本を非難する事など言語道断の筋違い。欧米諸国との友好関係を考慮しても、日本には「貴方がた白人諸国に日本を非難する資格はない!」と明確に反論する権利がある。

こんな自明な事をしてこなかった、日本の歴代自民党政権、外務官僚たちには、我が国家に対する「名誉毀損罪」を問いたい。「誣告罪」を問えるなら、それも問いたい。(誣告罪 = 他者を貶める為に嘘をつく犯罪)因みに、韓国の法廷に於ける誣告罪の認知件数は日本の4000倍以上だという。如何に民族全体が大嘘つきかが分かる統計である。

日本人は先祖を誇りに思い、毀損された名誉を取り戻す努力を怠ってはならない。日本に反論する国は、疚しい真実を持つ国である。日本に非があるとすれば、名目上の独立を果たしたサンフランシスコ講和條約 後、64年間も捏造に抗わなかった臆病、怠慢である。今こそ日本人全体が目を醒ますべき時である。遅過ぎたと言っても良いだろう。