《日本が唯一国で、500年間の白人支配の世界秩序を覆した意義は、もっと評価されて然るべき偉業である。》

米国を始めとする白人国家が「戦後世界秩序」を覆されるのを極端に嫌う(恐れる)のは、自分たち白人こそが、「人道に反する罪」を犯してきた事を知っているからである。ヨーロッパは「歴史修正主義」者に刑罰を科する、という、異常に過敏な行動をとっている。自分たち白人に都合が悪い思想・言論を封じているのだ。

私は欧米白人国家と特亜の国ども、一部の日本人が、極東国際軍事裁判所(所謂 東京裁判)という私刑で結論づけられた、我が日本を侵略国家とする史観に強い違和感を感じる。世界史を俯瞰すると、有色人種国家を侵略し尽くそうとした、白人列強による植民地主義を根本から覆した日本人の偉業を誇らしく思わずにはいられない。

大航海時代の欧州白人国家は、戦う意思もない有色人種国家を次々に侵略し、時としてこの地球上から滅亡させてきた。白人どもは滅亡させないまでも殆んどの国々を植民地化し、現住民を人間としてすら扱ってこなかった。米国は誇り高く、決して服従しようとしないアメリカ・インディアンを皆殺しにして、比較的従順な黒人奴隷を調達した。広大なアメリカ大陸の先住民族アメリカ・インディアンは6000万人居たとも言われているが、現在その末裔は2〜300万人に過ぎない。

今、チャイナと呼ばれる大陸では、古代より近隣諸国を滅ぼしたり、滅ぼされたり、王朝が代わる度に、前王朝の血縁を皆殺しにして、墓まで破壊して前王朝を否定する易姓革命を繰り返してきた。朝鮮半島一帯に至っては、満足な国家すら生まれなかった。辛うじて冊封国家の体を成した李氏朝鮮は、日本に植民地支配されたのではなく、〈朝鮮人たちによる4度に亘る懇願〉により、国際法に基づいて日本に併合され、そこで初めて近代文明に触れた。

こうした歴史的事実を一切無視した上で、彼等に「侵略国家・人道に反する罪」とやらで断罪される謂れは日本にはない。正しい歴史を捻じ曲げ、捏造し、嘘八百で糊塗しておいて、「歴史修正主義は悪だ」もへったくれもないではないか。嘘で塗り固められた歴史は修正されて然るべきだ。嘘の歴史に気づいた日本人には、人類に対して「正直であれ」と言う義務と権利がある。だが併し、現代日本人の多くはGHQによる洗脳工作の中で眠りこけ夢を見続けている。

裁かれるべきは、有色人種国家を悉く毒牙にかけて植民地支配を続けた、欧米列強白人国家である。自ら為してきた罪深い歴史を不問に付して、日本を裁くなど、嘘の上塗りでしかない。正式な裁判なら進んで受けようが、東京裁判が裁判を模した茶番のようなリンチ(私刑)である事は、何れは万人が認める歴史が証明してくれるだろう。

ここで真実の歴史を少しだけ復習してみよう。

1519年にエルナン・コルテス率いるスペイン人が到来した時点で、アステカ王国の支配は約20万㎢ に及び、首都テノチティトランの人口は数十万人に達して、当時、世界最大級の都市であった。中心部には神殿や宮殿が立ち並び市(いち)もたって大いに繁栄した。併し、1521年8月13日、コルテスはクアウテモク王を捕らえアステカを滅ぼした。

インカ帝国は、1533年にスペイン人のコンキスタドール達に滅ぼされた。南アメリカのペルー、ボリビア、エクアドルを中心にケチュア族が作った国で、首都はクスコだった。最盛期には、80の民族と1,600万人の人口を抱え、現在のチリ北部から中部、アルゼンチン北西部、コロンビア南部にまで広がっていた。

1492年、アメリカ大陸の発見。疲れ果てて到着した入植者を待っていたのは、餓えと厳しい冬であった。平和的な先住民(アメリカ・インディアン)は食物と栽培方法を入植者たちに教えた。お陰で多くの入植者は厳しい冬を無事に越せた。その後 押し寄せる白人の中でも特にイギリス人は残虐だった。

鉄砲や大砲で武装した騎兵隊を組織して、インディアンを駆逐し始めた。土地を取り上げ東の部族を西に追いやった。西に金が出ると西からもインディアンを追い出した。開拓に邪魔なインディアンは徹底的に虐げられた。

サンドクリークの虐殺は、1864年11月29日に米国のコロラド地方で、騎兵隊が無抵抗のシャイアン族とアラバホー族インディアンの村に対して行なった、無差別虐殺である。

コロラド州ではこの虐殺に先駆けて、白人の大集会が開かれ、有志の寄付によって「インディアンの頭の皮の買い取り資金」として5000ドルが集まった。「耳まで付いている頭の皮」なら、25ドルの高額な賞金が設定された。金鉱に群がった無法者どもにとって、周辺のインディアンはフロンティアの障害に過ぎなかった。「白人が野蛮と決めつけた平和を好むインディアンの絶滅」は、入植者の悲願であった。

昔の西部劇映画では、野蛮なインディアンが、罪もない白人の牧場を襲い、白人の頭の皮を剥いだが、真実は逆であったのだ。我々日本人は西部劇に騙されていたのだ。奴隷解放で有名な『リンカーン大統領も、インディアンの頭の皮の買取価格を許可する書類に署名』している。リンカーンの時代にアメリカは人類史上初の細菌戦を仕掛けた。天然痘菌を刷り込んだ毛布を、北部に強制移動させたインディアンにプレゼントしたのである。

多くの米国人が尊敬する大統領リンカーンだが、1863年の奴隷解放宣言をしたその年に、白人に逆らったスー族を一度に38人、絞首刑にしている。38台の絞首台を一堂に並べて、正に同時に絞首刑を執行した。(ギネス記録)。黒人に平等に生きる権利を与えた、同じ年に、1000人のスー族から生きる権利を奪った。絞首台の床が開く直前まで、スー族は戦いの踊りを踊っていたという。

こうして米国は、2000万人〜6000万人のアメリカ・インディアンを殺戮、ほぼ殲滅してしまった。1600万人の〈強制連行〉された黒人奴隷を家畜の如く使役して栄えた。リンカーンの奴隷解放宣言後も黒人差別は無くならず、現在も根深く続いている。奴隷解放宣言から丁度154年経っても黒人は白人の16倍もの確率で警官に射殺され、全米各地で複数の黒人暴動が発生している。

1494年6月7日スペイン、ポルトガル間に締結された『トルデシリャス条約』。1493年ローマ教皇アレクサンデル6世は、スペイン、ポルトガル間の植民活動を調整する為、ベルデ岬諸島の西 100レグア (約 500km) の子午線を境界線として、西方をスペイン、東方をポルトガルの活動領域とした (教皇子午線 ) 。

スペインとポルトガル2国で世界を東西分割しようとする条約だ。これが1500年に発見されたブラジルを、ポルトガル領とする根拠となった。勿論、ブラジルの住民の意見など聞いていない。

現在、中共が提案している「太平洋2分割統治」は『トルデシリャス条約』を彷彿とさせる。「米国は満更でもないようだ。米国人は同じ過ちを何度でも繰り返す。繰り返すのは反省していない証拠だ。米国と中共は、アジア諸国を見下し、身勝手・残虐という共通項を持っている。歴史的に見て、案外いいコンビかも知れない。

『ベルリン会議』は、1884年11月15日から1885年2月26日までドイツ帝国の首都ベルリンで開催された国際会議。列強のコンゴ植民地化をめぐる対立の収拾が図られると共に、列強による「アフリカ分割」の原則が確認された。

参加国は、イギリス、ドイツ帝国、オーストリア、ベルギー、デンマーク、スペイン、アメリカ合衆国、フランス、イタリア、オランダ、ポルトガル、ロシア帝国、スウェーデン、オスマン帝国の計14箇国。この会議を契機として列強のアフリカ分割は本格化し、列強間の調整を通じた〈地図上での植民地分割〉が行なわれた。

これもアフリカ人の意見などお構い無しで、14箇国が勝手に相談してアフリカ大陸の地図に定規を当てて、国境線を引いた。アフリカ諸国に内紛が絶えないのは、部族間の境界線を無視して国境線を確定した白人の所為である。これは中東の地図の直線的な国境線にも表れている。

オーストラリアでは、アボリジニ殺しは20世紀に入っても続き、ニューサウスウェールズ州立図書館に残された資料には、1927年の日付で「今日の収穫アボリジニ17匹」とある。当時は日曜日に皆でアボリジニのスポーツ・ハンティングを楽しんでいた。

アメリカは大東亜戦争に於いて、有色人種国家である日本に、都市部への絨毯爆撃、原子爆弾2発の実験投下で一瞬にして数十万人を大焼殺・大爆殺し、スペインからフィリピンを奪うと独立の約束していたのを反故にして20万人を殺戮した。20万人のうち軍隊は18,000人しか居なかった。18万2,000人は非戦闘員、無辜の民である。ドゥテルテ比大統領の反米感情は、こういった史実に由来しているのかも知れない。

以上、白人列強国家の為してきた大罪の一部を紹介した。大東亜戦争の戦勝国に日本の罪を追及する資格など全く無いのだ。彼等こそが「侵略者」で「人道に悖る大罪を重ねてきた」裁かれるべき民族なのである。

起きてしまった過去の出来事はやり直しがきかない。併し、歴史の真実を識る事で、「過去を教訓として過ちを繰り返さない知恵」を人類は学ぶべきだ。真実を識れば知るほど、中共・韓国の如きが「歴史を鑑とせよ」と言葉の意味も重さも分からず、尊大ぶるのは滑稽としか言いようが無い。

白人と雖も大多数は善人であろうが、白人国家が有色人種を動物以下に見下してきたのは紛れも無い史実である。残念ながら人種差別は現在も歴然と存在している。歴史的に有色人種の雄たる日本は、復讐などの低次の欲望に惑わされる事なく、独自の日本文化に誇りを持って、正しいと信じる我が道を邁進するべきである。日本が本来の日本の道を歩み出した時、国際社会の見る目は自ずと変わってくる筈である。