《誤った歴史は、小さな事でも一つひとつ正していこう》

日本人は、過去を嘘で貶められてもいちいち細かい事には反論しない。私は、日本が韓国を「植民地支配」したという表現に常に強い違和感を感じている。〈日本は大韓帝国による4度に亘る併合懇願と大多数の大韓帝国国民の要望に応えて、国際法に則って平和的に条約により大韓帝国を『併合』した〉。大韓帝国最大の政治団体「一進会」も熱烈に併合を希望し、国際社会で反対する国は一国も無かった。

史実を知っている者が、些細な事として聞き流すから、若い『併合』の史実を知らない世代は、日本が韓国を「植民地支配」したと信じ込んでしまう。文科省は中学校の教科書で「日本は武力で韓国を植民地にしました」と虚偽の歴史を日本の子供達に教えている。その上マスメディアや政治家が平気で韓国を「植民地支配」したと言って憚らない。これでは日本人が捏造史観に染まるのは当然である。35年間も「苛酷な植民地搾取」をされて、人口が倍増した例など皆無であろう。当時一般的に「植民地支配」とはそれほど苛酷で非人道的なものだった。

植民地を語る時には『プランテーション』(plantation)方式の理解は欠かせない。プランテーションとは、大規模工場生産の方式を取り入れて、熱帯、亜熱帯地域の広大な農地に大量の資本を投下し、先住民や黒人奴隷などの熱帯地域に耐えうる安価な労働力を使って「単一作物を大量に強制栽培」させる(モノカルチャー)大規模農園の事である。植民地の労働者には、生きる為だけのぎりぎりの量のコメなどが苦役の後に渡され、後は全て白人宗主国が搾取した。

大日本帝国は、プランテーション方式の植民地を持った事は一度もない。台湾でも、国際連盟から信託統治を任された南の島々でも、日本人はそこに住む人々にプランテーションの様な強制労働などさせなかったし、組織的搾取などしなかった。農地は公平に分配し、現地の村民用の農地と、駐屯する日本軍用の農地は明確に分けられ、敗戦間際に飢餓に襲われた時も、現地の村民用の農地には決して手を出さなかった事が今でも賞賛されている。

この71年間、特亜以外に、日本の戦い方や統治に不平を言う国が特亜以外のアジア諸国の中で一国でもあっただろうか。マハティール氏やリー・クァン・ユー氏は時の首相に「もう、謝るのはおよしなさい」と助言してくれたではないか。それなのに日本政府は特亜諸国に求められるままに不要な謝罪を繰り返してきた。昨年末には「日韓合意」という先人や英霊の顔に泥を塗る行為までして退けた。「冤罪を認めますから、もう国際社会で日本を責める事は止めてください」と国際社会という衆人環視の下で、韓国に正式に国家として謝罪・賠償をしてしまったのだ。

1965年に米国の圧力により半ば無理矢理にではあったが、韓国政府と正式に取り交わした「日韓国交正常化」「日韓請求権協定」その他諸々の条約で解決済みと国家間で約束した事柄を無にする行為であった。韓国という国は大統領が変わる度に国家間の約束を反故にしてきた。朴槿恵政権後にはまた同じ問題で謝罪・賠償を求めてくるだろう。朴槿恵政権中であっても韓国政府は一時的に日本非難を自制しているが、「日韓合意」の約束を誠実に履行しようとはせず、また、民間の無理無体は野放しである。今後も韓国は永遠に被害者詐欺を演じ続けるだろう。

中共や韓国などまともに相手にせず、これから文科省は、日本人が自国の過去に誇りを持てるような教育を意識して始めなければならない。〈国の中枢や要所に潜り込んだ在日や反日帰化人〉と〈精神的奇形者である反日日本人〉の頑なな抵抗に遭うだろうが、彼らとは本気で戦う覚悟を決める必要がある。教育環境に於いて〈事勿れ主義・臆病・偽善〉は一切排除されなければならない。

アジアの激戦地では、日本軍は現地の住民と戦ったのではない。現地を『植民地支配』していた白人宗主国と戦ったのである。白人宗主国は現地住民を戦いの第一線に立たせたから、現地の人々に多大な犠牲者が出た事は否定できない。併し、日本軍は現地住民には出来うる限りの配慮をした。そういった事例に関する現地の方々の証言には枚挙に暇が無い。

日英両軍の大激戦地の一つ、インド マニプール州2926高地近くに住むグルモハン・シン氏は『日本の兵隊さんは命を張って私たちを戦場から逃がし、戦ってくれました。今こうして私たちが生きていられるのも、みんな日本の兵隊さんのお陰だと思うと感謝の気持ちでいっぱいになります。一生この気持ちは忘れる事はできません』と語る。
 
そしてこの丘の麓のロトバナン村には、現地の人々によって建てられた日本兵の慰霊塔があり、毎年日本兵の供養が行なわれているという。そしてこの慰霊塔建立の推進役となったロトパチン村のモヘンドロ・シンハ村長はこう語っている。

『日本の兵隊さんは飢えの中でも実に勇敢に戦いました。そしてこの村のあちこちで壮烈な戦死を遂げていきました。この勇ましい行動のすべては、みんなインド独立の為の戦いだったのです。私たちはいつまでもこの壮絶な記憶を若い世代に残していこうと思っています。その為ここに兵隊さんへのお礼と供養のため慰霊塔を建て、独立インドのシンボルとしたのです』

『現地の人々は、日本人が軍規粛正で特に婦人暴行が全く無かった事を、常に称賛します。それは、コヒマでもインパールでも同様です。ここへ来た英印軍は、略奪と婦人暴行が相当 酷かった(西田将氏談)為、統制のとれた日本軍の姿が心に残ったのでしょう』(名越二荒之助編『世界から見た大東亜戦争』展転社)

特亜以外の証言が「日本人の誇り高さ・勇猛果敢さ・心優しさ」を、これほど明確に伝えてくれているのに、その子孫である我々が祖先を信じないばかりか、その顔に泥を塗って平然としていられるとは一体どういう事か! ご先祖を敬う日本人の心は何処へ行ってしまったのか!

こういった証言が沢山残っているのに、日本人はそれを誇りに思わずに、「東京裁判史観」に毒されたまま、自分たちの父・祖父・曽祖父が悪い事をしたと思い込まされて、韓国に「組織的強姦魔」と言われても、反射的に謝罪してしまう。これは相手の勘違いなどではなく、韓国の国家的悪意なのである。日本人はいい加減、中共や韓国の悪意に気付かなければならない。

史実を調べれば容易に真実が判明するのに、韓国人に『植民地支配』されたと言われると、そのまま聞き容れてしまう。実際には『大半の韓国人が熱望した併合』であると知っている者ですら、言葉の訂正を求めない。日本政府・外務省・マスメディア・所謂 知識人がその代表例である。『日本は韓国を苛酷に植民地支配などしていない』。

我々の先輩にあたる日本人が、身を削って韓国人を未開土人から文明人に育てあげた史実は完全に無視されたままである。何故か? 真実を言うと韓国が怒るからである。怒られたり、騒がれたく無いからその場で反論し訂正しようとしない。それを繰り返している内に、真実は塗り替えられ「植民地支配」と言う「嘘」がひとり歩きしてしまう。これを放任するのはただの事勿れ主義・臆病ではないか?

だいたい植民地支配や併合した宗主国で謝罪した例は世界で日本をおいて他に無い。また、民族・国家と言うものには「誇り」があるから、植民地化や併合された民族・国家は〈謝罪や施し〉を普通は決して求めない。同じ敗戦国であるドイツは大戦中にオーストリアを併合しており、オーストリア人はドイツ兵として戦った。そこは韓国人と同じである。異なるのはオーストリアは対戦した国々に敗戦国として謝罪したし、韓国のように〈被害者を騙って謝罪や施しを求め〉なかった。ドイツもただの1マルクもオーストリアに賠償金を支払っていない。

『東京裁判史観』は日本人から〈真実の重要性という意識を奪い〉、〈臆病者・偽善者に変えてしまった〉。GHQが日本を去って既に64年の歳月が経っているというのに日本人は真実から目を背け、臆病者・偽善者のままである。多少の軋轢を恐れて、些細な事と「嘘」を聞き流してしまっては日本に負わされた理不尽な汚名は永遠に取り除けない。我々は諦めずにできる事から正していく行動を起こすべきだ。我々の大切な子孫の為に少しばかりの勇気を出して、「真実」に陽を当てる努力を始めようではないか。その行動こそが「日本の再生」を成し遂げる第一歩になるのである。