《国民が身の回りの政治に関心を持たずして国は変わらない。》

山口良忠という裁判官をご存知だろうか。大東亜戦争の敗戦後の大食糧難の時代に、当時流通していた闇米を拒否して食糧管理法に沿った配給食糧のみを食べ続け、栄養失調で死亡(謂わば餓死)された事で知られる方だ。

山口氏は、1942年(昭和17年)に東京民事地方裁判所に転任後、1946年(昭和21年)に東京区裁判所の経済事犯専任判事となる。この部署では、主に闇米等を所持していて食糧管理法違反で検挙、起訴された被告人の事案を担当していた。

食糧管理法違反で起訴された被告人を担当し始め、配給食糧以外に違法である闇米を食べなければ生きていけないのに、それを取り締まる自分が闇米を食べていてはいけないのではないかという思いにより、1946年(昭和21年)10月初め頃から闇米を拒否するようになる。

山口氏は配給の殆んどを2人の子供に与え、自分は妻と共に殆んど汁だけの粥などをすすって生活した。義理の父親・親戚・友人などがその状況を見かねて食糧を送ったり、食事に招待するなどしたものの、山口はそれらを悉く拒否したという。

自ら畑を耕してイモを栽培したりと栄養状況を改善する努力もしていたが、次第に栄養失調に伴う疾病が身体に現れてきた。併し「担当の被告人100人をいつまでも未決犯のままでいさせる訳にはいかない」と療養する事をも拒否していた。

そして、とうとう1947年(昭和22年)8月27日に地裁の階段で倒れ、9月1日に最後の判決文を書いた後、やっと故郷の白石町で療養する事となる。同年10月11日、栄養失調に伴う肺浸潤(初期の肺結核)の為、33歳で死去された。これは遵法精神を貫いたが故の「餓死」である。

私たちの祖父・曽祖父たちはそういう事が現実に起きる時代を、今では信じられないような時代を生き抜いたのである。比較的最近、テレビで池上彰氏が、敗戦直後の日本を面白おかしく解説していたが、例によって視聴者の為になるような解説は一切しなかった。

私は腹が立った。私自身は戦後世代だが、小さい頃から東京都内に住む父母から敗戦直後の凄まじく苦しい生活を聞かされて育った。当時は法に従っていたら生きていけない時代だった。私の父母も違法と分かった上で闇米の買い出しに度々出かけて農家から直接食べ物を手に入れて生き抜いた。

父は軍隊から支給された「踵の無い」靴下を、長男である私の兄が成人したら履かせようと大切にしまっていた。踵部分が擦り切れないように少しづつ回転させながら履くというアイディア靴下である。靴下など3足1,000円で買える時代になっても父はそれを捨てなかった。今では一足100円で買える。本当に物を大切にする人であった。

では当時の国会議員は飢えていたのだろうか? 皆、生きていたという事は闇米を喰っていたという事だろう。他の裁判官も餓死してはいない。
日本を悪し様に報じたNHKや朝日新聞の職員は飢えていたのだろうか? 日本人洗脳の為にGHQの肝入りでつくられた「憲法普及会」の連中は……GHQに擦り寄り、日本人を裏切った者共は、庶民の困窮を傍目にぬくぬくと結構いい生活をしていたのだろう。

余談になるが、戦後 韓国でキリスト教徒がいきなり増加したのは、教会に行くと食べ物にありつけたからだという。日本でも同じ布教方法をとったらしいが、成功しなかった。(キリスト教徒の方は気を悪くされないでいただきたい。これは飽くまでも一般論だから、個人の信仰を冒瀆するつもりは毛頭ありません。)

敗戦後の闇市と聞けば、困窮した日本人の足下を見て朝鮮人はボロ儲けをしていた。農家から盗んできた牛を朝鮮部落でその日の内に解体し、焼肉や肉入りスープにして飢えた日本人に売り捌いた。朝鮮人というと決まって徒党を組んで日本人に乱暴狼藉、強姦などをした記録もある。在日の真実を省いて敗戦直後の日本を語るのは欺瞞である。今、その欺瞞が罷り通っている。何しろNHKの幹部職員に3〜4名の在日が登用され、NHK内でハングルでの絵文字交換が流行っているとのニュースが何の抵抗もなく報道される世の中だ。

池上彰氏は日本の戦後史を語る上で決して外せない肝心な事、不逞鮮人には一切触れず、唯々当時の日本人は逞しく生活していたなどと、とても解説とは言えない与太噺をして、スタジオを沸かせていた。マスメディアで生き、持て囃されるという事は、こういう偽善者になるという事なのだろう。

国会議員が飢えて居なかったと先ほど書いたが、彼等はいつの時代もそうだった。幕末に例えれば、彼等は上級藩士である。上級藩士は明治維新に殆んど貢献していない。それこそ名も無き下級武士たちが、己れの損得を考えず、国を憂いて決起したのが明治維新であった。

全国の下級武士(地侍)の強みは、いざとなれば百姓をやり、誰に頼る事なく自給自足の生活ができた事だ。現代に置き換えれば「地方議員」である。地方議員は自分の票田を持っている。マスメディアに顔を出して全国に顔を売らなくとも、大企業に媚びずとも「票の自給自足」ができている方が多い。

再び日本に「維新」が必要な今、現代の下級武士たる「地方議員」たちが、大同団結して国を変えていく原動力になるのかも知れない。大企業やパチンコマネーに縁の無い地方議員には、こういう時代であればこそ、秘めたる力を発揮していただきたい。国民が身の回りの政治に関心を持たずして国は変わらない。