《 大日本帝国はその意思に反して米国との戦争に引きずり込まれた。そして「真珠湾攻撃」を米国は事前に承知していた。多くの日本国民は史実を知らされていない 》

日本を大東亜戦争に引き摺り込んだ、米国からの最後通牒、ハルノートは実際には2通存在した。米国国務長官にして、なんとノーベル平和賞受賞者 コーデル・ハルが書いた〈本物〉と、日本に突き付けられた〈偽物〉のハルノート。

コーデル・ハルが書いた本物は、日本に対して非常に宥和的な内容となっており、チャーチルや蒋介石、インドネシアのオランダ臨時政府らには受け容れ難いものであった。「もっと厳しい内容でなければ駄目だ」と同盟国に反対させる為につくられたのである。ルーズベルトの意地悪い思惑通りに恣意的に宥和的に書かれたハルノートは同盟国の賛同を得られず、米国は〈止むを得ず〉強硬な内容のものに書き直すという形式を踏んだ。

強硬な内容に書き直された〈偽物のハルノート〉は、財務次官補ハリー・デクスター・ホワイトにつくらせ、然もどの同盟国にも見せられる事は無かった。F・ルーズベルト政権でも、極限られた者にしか知らされなかった、米国議会さえ知らされないままホワイトハウスの一存による、その卑劣な要求を知らされたのは日本だけである。因みにハリー・D・ホワイトは、後にコミンテルンのメンバー(ソ連のスパイ)であった事が明らかになっている。

偽物は1941年11月26日にワシントンに於いて駐米日本大使 野村吉三郎に手渡された。実は日本は後世ハルノートと呼ばれる偽物の内容を、手渡される前に知っていた。日本は米国との友好の証しに、数ある米国の外交暗号のどのパターンを既に読み解いているかを知らせていた。米国は敢えて解読される事を承知で、11月22日、駐日米国大使グルー宛てに強硬な最後通牒を打電していた。

なんと意地の悪いやり方だろう。当然の如く解読した日本側は強い衝撃を受けた。それにしても、どのパターンの暗号を読み解いていたかを知らせる程に、日本は米国に恭順の意を示していた事は今の日本人にも殆んど知られていない。日本は米国と戦う意思の無い事を随所で示していたのである。日本政府・文科省はこういう史実こそ正確に日本国民に教育するべきである。

ハリー・D・ホワイトが書いたハルノートの概略は以下の通りである
 1、日本軍の支那、仏印からの無条件撤退
 2、支那に於ける重慶政府(蒋介石政権)以外の政府、政権の否定
       (日本が支援する南京国民政府の否定)
 3、日独伊三国同盟の一方的解消
…石油も鉄も食料も全面禁輸されている日本に対し大陸に於ける権益を全て放棄し『明治維新前の日本に戻れ』と言うのである。

ハリー・D・ホワイト作のハルノートには〈江戸時代に強制的に開国させられて以来、知恵を絞り、血の滲む努力の末、白人国家・欧米列強に伍した日本に「また江戸時代の日本に戻れ」と言い渡しながら、その代償に「経済封鎖を解くとは一言も書かれていなかった!」〉

「今次戦争についていえば、真珠湾攻撃の直前に米国国務省が日本政府に送ったものと同じような通牒を受取った場合、モナコ王国やルクセンブルグ大公国でさえも合衆国に対して戈をとって起ちあがったであろう」…これはアルバート・ジェイ・ノックという米国の歴史家が記した言葉で、後にあの茶番劇「極東国際軍事裁判」(所謂 東京裁判)に於いて同じく米国人のブレイクニー弁護士が引用し、それをパール判事も判決書の中で引用した。

「あれは例え話で現実には軍隊も持たないモナコ王国が合衆国に戦争を仕掛ける訳がない」などと言う人が居るが、それはあの時代を生きた日本人に対して余りにも愛情を欠く意見である。現代人の感覚で歴史を裁く誤ちを犯してはいけない。当時を必死に生き抜こうとした日本人に失礼であり、日本という祖国に愛情を持たない反日左翼の身勝手な言い分である。

更に、米国は米国内にも絶対機密のハルノートを突き付けた後も、天皇陛下に対して「両国の友好を深めたい」などとの戯れ言を平然と親書として送りつけてきていた。大日本帝国は文字通り感情を弄ばれていたのである。

当然の事ながら、米国は真珠湾攻撃を事前に知っていたから、空母、潜水艦などの重要艦は真珠湾から疎開していた。更に大日本帝国連合艦隊の現在地点と行先を調べた上で、絶対に遭遇しないように厳重注意を発していた。日本の艦隊は無人の海を「細心の注意を凝らして」進んで行ったのである。

攻撃機の編隊は、米国に無線を傍受されるのを警戒して、一説には一切の無線を禁じていたとされているが、実際には無線は自由に使われていた。当然の如く米国に傍受され、日本軍の計画は筒抜けであった。

併し、日本軍に先に手を出させて参戦を正当化する為とは言え、攻撃を知りながら真珠湾に無防備で繋留されていた米国の軍艦の乗組員の命を、大統領であったルーズベルトはどう考えていたのだろうか。唯々参戦したいが為に、追い詰められてもいないのに自国民を捨て石にする指導者とは、とても真面な神経の持ち主とは思えない。真実を知ったらご遺族はどう感じられるだろうか。

人と人が殺し合うのが戦争である。そんな戦争を真面な精神で安易に実行できるものではない。殆んどの場合、一部の異常者の暴走が戦争を招く。戦争は当事国全ての国民の心を千々に切り裂き、後々まで深い傷を遺す。米国は大いなる勘違い国家である事に拍車をかけた。そして敗戦国日本は米GHQの占領政策の悪意に満ちた実験的洗脳政策から未だ完全には脱していない。これは米国が意図的に仕込んでいった在日韓国朝鮮人たちの反日感情と祖国を裏切った敗戦利得者の自己正当化という身勝手な思惑も大いに影響している。

占領期に植え付けられた〈自虐感情〉から71年後も脱し切れていないという事態はどう考えても異常である。ハルノートが2通あった事を知らされていない日本人は、後に米国最高裁所判事になったコーデル・ハルに〈勲一等菊花大綬章〉を授与し、200箇所以上にも及ぶ都市部絨毯爆撃を指揮したカーティス・ルメイ少将には〈勲一等旭日大綬章〉を授与した。日本の内閣府賞勲局は自虐史観に塗れている。

勲一等の授与は天皇陛下が直接お手渡しされる〈親授〉が通例であるが、昭和天皇はこの〈親授〉をされなかったという。日本政府と異なり昭和天皇は自虐史観などに穢されはしなかったという事だ。

蛇足ながら売国奴 河野洋平も〈桐花大綬章〉を授与されている。桐花大綬章は日本の勲章の中でも1888年(明治21年)1月4日に旭日章の最上位として追加制定された程の勲章である。〈勲一等菊花大綬章〉や〈桐花大綬章〉を日本を戦争に引き摺り込み、日本人を多勢焼き殺した米国人や日本の名誉を著しく貶めた売国奴に、日本という国は勲章を授けたのだ。国家そのものが自虐史観に穢されているとしか思えない奇行である。

一方の米国人は「…この剣を携えて殺戮する手も、また、もはや人間の手ではなく、神の御手であり、人間が絞首し、車裂きにし、斬首し、殺戮し、戦争をするのではなく、神が之をし給うのである。すべては神の御業であり神の審判である」などと考えている。日本人に対する大量殺戮は自分たち米国人ではなく「神のみ技」であると考えているのだ。心が痛まない訳である。

私は人殺しを「神のみ技」などと宗教を悪用して正当化する行為には絶対反対である。宗教を悪用して人殺しを正当化する行為は、あの悍(おぞ)ましいオウム真理教のようなカルト集団の行為と何ら変わる所はない。