《 日本の技術力は世界一流である。日本に足りないのは勝利への自信と自国への誇りである。先人の知恵は我々にも確実に受け継がれている 》

多くの白人が現在でも、有色人種より自分たち白色人種の方が優れていると思い込んでいる。実際には肌の色で、人種の優劣はつけられないという自明の理が多くの白人には理解できないらしい。その理解力の無さ、思い込みは、寧ろ、劣性と言われても仕方がない。

確かに18世紀半ばから19世紀にかけて「産業革命」を起こした英国人は優秀であったが、人類の三大発明と言われる「火薬・羅針盤・活版印刷」を発明したのは、黄色人種である支那人である。紙を発明したのも紀元前150年頃の支那人である。

世界的には、ドイツ出身の金属加工職人、印刷業者であるヨハネス・グーテンベルクが、活版印刷技術の発明者といわれ、活版印刷術の父として広く知られているが、その発明年は1445年であり、支那より遅れる事、約1600年もある。グーテンベルクの着想とそれに伴う苦労は察するが、活版印刷技術の発明者とは到底 呼べない。

飛行機もライト兄弟に先駆ける事12年前に日本人、二宮忠八が無人機を飛ばしている。1891年(明治24年)4月29日、3mの自力滑走の後、離陸して10mを飛行させて、日本初のプロペラ飛行実験を成功させた。翌日には手投げ発進の後、約36mを飛行させた。

2年後の1893年(明治26年)10月には有人飛行を前提にした飛行機「玉虫型飛行器」の縮小模型(翼幅2m)を作成した。併し、陸軍の上司である参謀の長岡外史大佐と大島義昌旅団長に上申したが却下されてしまった。惜しい話である。因みに「飛行器」と日本語で命名したのも二宮忠八である。

ゴム動力の模型飛行機はフランスで1871年に既に製作され飛行している。二宮忠八に先駆ける事、20年、これが人類史上初の「飛行機」の発明であるが、発明者の詳細は不明である。

有名なライト兄弟は、米国出身の動力飛行機の発明者で世界初の飛行機パイロット。世界最先端のグライダーパイロットであった。自転車屋をしながら兄弟で研究を続け、1903年に飛行機による動力式有人飛行に世界で初めて成功した。

従ってライト兄弟の功績は、正確には「動力飛行機の発明者で世界初の飛行機パイロット。世界最先端のグライダーパイロット」という事になる。
日本人としては、〈有人飛行機の現実的な「発案者・設計者」〉は、日本人の二宮忠八であると強調したい。

1887年(明治20年)、忠八は徴兵され、香川県の丸亀歩兵第12連隊第1大隊に入隊した。1889年11月のある日、忠八は野外演習の休憩で昼食を取っている時に滑空しているカラスを見て、羽ばたいていないのに気付く。そして、翼で向かってくる風を受けとめる事ができれば、空を飛べるのではないかと考えた。これが「固定翼の着想」であったという。

15世紀〜16世紀の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが、幼少期に空を飛ぶ鳥を眺めながら、「人間の飛行」を夢見たという逸話を彷彿とさせる。

ライト兄弟に先駆ける事、10年前に「有人飛行機」の開発を願い出た、二宮忠八の熱意に、上官である陸軍参謀と旅団長が無理解であったのは、二宮にとっても、日本人にとっても、誠に残念な事である。

ここまでで、白人のみが優れている訳ではない事は明らかであろう。時代によっては白人の方が未開であった。人間は、「環境と努力」により進歩の度合いは変わるが、それは肌の色とは無関係。これを理解する白人は、残念な事に実際は少ないと思われる。

ソニーのウォークマンも画期的な発明であったが、ハードディスクドライブ方式のiPodの登場で、Apple社に瞬く間に抜き去られた。併し、iPodに先駆ける事、数年前にソニーの技術者はハードディスクドライブ方式のウォークマンを上司に提案しているが、二宮忠八の時と同様に上司の無理解により、発明の芽を摘まれている。

タッチパネル方式のパソコンともいえるiPadも、Apple社に先駆けて、日本人の技術者が試作品を製作した記録がある。併し、これもまた上司に却下され世界初の栄誉を逃している。日本は肝心なところで立て続けに勝機を逸し続けた。これらから派生するスマートフォンの隆盛を見ると、返す返すも惜しい大きな機会損失であった。

Apple社の製品のタッチパネルの技術(クリックホイール)で、日本人発明家 斉藤氏が、特許出願中に Apple社に営業し、ライセンス交渉が成立しない中で、Apple社が勝手に採用して世界に販売した事を司法は認め、Apple社に損害賠償請求を命じた。2014年4月の事である。

異論はあるだろうが、スティーブ・ジョブス氏は偉大な発明者ではなく、偉大なる応用者、商品開発者であると思う。スティーブ・ジョブス氏とApple社の栄光の陰には、名も無き日本の多勢の技術者の存在がある事を知らねばならない。スティーブ・ジョブス氏を敬愛し、Macintosh 以来の Apple 製品のヘビーユーザーである私が言うのだから間違いない。

因みに、世界初のスマートフォンである iPhone は Apple 社の画期的な応用発明品であるが、世界的には後発の模倣品ともいえるアンドロイド携帯に押され気味だが、 iPhone が1台売れる毎に32%の利益が日本に入ってくるのに対して Apple 社は6%しか利益を上げられていない。これが日本の部品産業の底力である。

嘗ては iPhone が売れると利益の半分以上が日本の部品メーカーの売り上げになっていた。スティーブ・ジョブズ氏が日本の部品メーカーの製造工程をビデオに録画して後進国に真似させるなど強引に安上がりな部品調達を実現させる事によって、日本への利益流出に歯止めをかけた。それでも未だ32%の利益が日本の部品メーカーに入ってくる。日本の技術力はまだまだ世界的に侮れない力を保持しているのだ。特亜がつくっている工業製品も殆んど日本の部品メーカーに頼っている現状はそう簡単には変わらないだろう。

模倣・応用ばかりで日本人は発明が苦手だといられるが、実際にはそうでもない。ここで日本が発明した製品を幾つか列挙してみる。
1887年『乾電池』屋井先蔵氏
1899年『インスタントコーヒー』加藤サトリ氏
1915年『シャープペンシル』早川徳次氏
1926年『ブラウン管テレビ』高柳健次郎氏
(世界的にブラウン管の発明者とされるドイツ人物理学者フェルディナンド・ブラウン氏が、ブラウン管オシロスコープを製作したのは1892年だが、ブラウン管テレビを発明したのは日本人である)
1926年『八木アンテナ』八木秀次氏
1950年『胃カメラ』宇治達郎氏・杉浦睦夫氏・深海正治氏
1955年『電気炊飯器』三並義忠氏
1956年『折る刃式カッターナイフ』岡田良男氏:オルファの創業者
1958年『インスタントラーメン』安藤百福氏:日清食品の創業者
1960年『シュレッダー』高木禮二氏:明光商会の前社長
1964年『新幹線』日本国有鉄道
1964年『光ファイバー』西澤潤一氏
1967年『自動改札機』立石電機(現オムロン)
1968年『レトルト食品』大塚食品
1971年『カラオケ』井上大佑氏
1976年『VHSビデオレコーダー』日本ビクター
1979年『ウォークマン』ソニー
1980年『ウォシュレット』TOTO
1981年『カーナビゲーション』ホンダ自動車
1984年『フラッシュメモリー』舛岡富士雄氏
1988年『CD-R』太陽誘電
等、等、等.…まだまだ調べれば沢山ある筈だ。

日本の発想力・技術力は、まだまだ捨てたものではない。それどころか、世界に冠たる日本の発想力・技術力は、日本が目指す「国力」(軍事力・経済力・政治力・外交力)の源となるだろう。日本には世界をリードしていく潜在的な力がある。併し、それを活かすも殺すも日本国民の勝利にかける〈精神力〉である。日本国民よ、自信を持とう。その上で日本国民は平和的勝利を目指すべき政治と外交・経済から目を逸らしてはいけない。

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