《これからの日本は米国抜きのバランス・オブ・パワーへの道を構築しておく必要がある》


独立記念日(Independence Day)は、1776年にアメリカ独立宣言が公布された日を記念して、毎年74日に定められているアメリカ合衆国の祝日である。米国では「Independence Day」と呼ばれるのがもっとも一般的であるが、単に「Fourth of July」(74日)とだけ言う事もある。


アメリカ合衆国は、英国の北米植民地が177674日に独立を宣言して成立した国家であり「建国の父」らによる「アメリカ独立宣言」に於いて全ての(白人)人民の権利と平等を謳い、政府をその保障手段と明確に位置づけ、建国時から1865年のアメリカ合衆国憲法修正第13条批准までは、奴隷制のような矛盾を抱えつつも、ジョン・ロックらの白人々権思想を理念的基盤として歩んできた歴史を有する。


少数のネイティブ・アメリカン(先住民はアメリカ・インディアンと自らを呼称する)と呼ばれる先住民以外の国民は、主にユーラシア大陸からの移民もしくはアフリカ大陸から奴隷貿易によって強制連行されてきた者の子孫である。その為、その母体となった国々や、その他多くの国家の特徴を経済的、政治的、軍事的、そして文化的にも合わせ持っている。


国土は、北アメリカ大陸中央部の大西洋と太平洋に挟まれた本土(48州と連邦政府直轄地である首都ワシントンD.C.)、大陸北西部のアラスカとアリューシャン列島(アラスカ州)、太平洋のハワイ諸島(ハワイ州)。更に本国の他に、プエルトリコやグアム島などの海外領土を領有する。


日本は大東亜戦争に於いて、米国に完膚なきまでの敗戦を喫し、長きに亘る占領統治で徹底的に自主独立思想を挫かれてしまった。敗戦は日本国民にとっては単なる敗戦ではなかった。時代のパラダイムの一大転換であり、絶大なる「勅令」の力も加わって、GHQへの旧日本軍の蜂起も、民衆の抵抗も一切起きなかった。


東京裁判に於ける首席検察官ジョセフ・B・キーナンが局長を務める国際検察局は、天皇の訴追に断固反対した。これによるマッカーサーの国体護持の判断なくして、これ程までの静かなる「平定」は成し得なかっただろう。


この奇跡的に平和的な被占領国民の態度が、米国に大いなる勘違いを齎らし、米国は日本型統治を他国でも実現させようと次々に戦争を仕掛けては、ある時は敗戦し、ある時は勝利しても占領統治に失敗し続けて国家的な痛手を被った。そして国民の間に厭戦気分が蔓延し、2013年9月、米国大統領バラク・オバマは世界の警察官を辞任すると発表した。トランプ新政権になっても、遣り方は異なるだろうが米国は世界の警察官へは復帰しないだろう。


敗戦国日本の占領統治をしたGHQSCAPは賢明にも「靖國神社」の処遇でも、駐日ローマ法王庁・バチカン公使代理のブルーノ・ビッテル神父に意見を求め、彼の進言でその存続を許した。(宗教法人化を強制したが)この進言に従わなければ、靖國神社は潰されドッグレース場になっていた。その暴挙を当時の日本国民は許さなかっただろう。敗戦当時の日本人にもそれくらいの気概と英霊を敬う心は残っていたと信じたい。


併し、誇り高く、死をも顧みない勇猛果敢な大日本帝国臣民は、時代のパラダイムの一大転換に翻弄されると共に、一夜にして強い自制心を示した。D・マッカーサーは「勅令」に従う日本人に接して「これほど臆病な国民を見たことがない」と発言している。当時の日本人は臆病者ではなかった。ただ尊敬する天皇陛下の「勅令」に従っただけだ。


併し、次第にGHQSCAPの長きに亘る強硬な洗脳政策が功を奏し、いつしか本物の臆病者が幅を利かせる世の中となってしまった。NHK、朝日新聞社はGHQSCAPという権力に阿(おもね)る卑怯者に成り下がり、恐るべき効果を生んだ「公職追放例」の穴を埋めた敗戦利得者は反日左翼を劣化再生産していった。教育界に敗戦利得者が多く居た事は日本にとって致命的であった。


そして、GHQSCAPが悪意を持って意図的に仕込んでいった在日韓国朝鮮人は戦後の混乱期に信じられない程の乱暴狼藉・強姦や殺害などを戦勝国民を僭称して日本人に対して為した。GHQSCAPの占領統治が終わり、日本がサンフランシスコ講和条約に調印して国際社会に復帰し、次第に国内の治安維持に力を入れ始めると、在日韓国朝鮮人たちは急に温順(おとな)しく振る舞い、〈加害者の立場を捨て〉いつしか〈被害者を偽装〉するようになった。そして、政財界・中央と地方の公務員・法曹界・教育界・マスメディア界・芸能界など、社会的に影響力を持つ業界に多数潜り込み、〈日本の真の復活〉を妨げた。


また、在日韓国朝鮮人たちは好んで貸金業・パチンコ業界・風俗業などで財を成し、多くは一端の実業家を名乗った。今を時めくSOFT BANKの孫正義氏も父親は母国で白丁でありながら日本に密航してきて高利貸しで財を成し、息子である正義氏が企業する資金をつくった。次第に在日たちは日本人社会に紛れ込み、息を潜めそして〈奴隷の平和〉が訪れた。


私は戦前・戦中・戦後を生き抜き、私をこの世に生み、育ててくれた今は亡き両親を心から尊敬する。幼少期からニューギニアで餓死を遂げた叔父の話などを、嫌というほど母から聞いて育った。だから戦後世代にしては、戦争の悲惨さを身近に感じている方だと思う。朝鮮人たちの悪行の数々も父から直接聞かされた。


併し、私的感情を抜きに国際力学を俯瞰すると、嫌が上でも日本の自主独立の必要性を感じずには居られない。今のままの日本であってはならない。保護貿易主義を掲げるトランプ氏が米国大統領に当選した今、1年後5年後にも日米安全保障条約が今のまま有効だと楽観視する事はできなくなった。日本が真の独立を果たさざるを得ない時は必ずくる。トランプ新大統領の米国がそれを望まなくとも、日本は軍事的独立の準備をしなければならない。


今から241年前に米国もまた、産みの苦しみの中から英国からの独立を果たした。「我に自由を与えよ。しからずんば、死を。自由は鮮血をもって買わざるべからず」。アメリカ独立運動の闘士パトリック・ヘンリー(17361799年)のこの言葉は、日本の明治初期の自由民権運動家たちのスローガンともなった。真の自由とは、ちゃらついた甘い考えで手に入るものではない。一見自由社会と思える今の日本でさえ真の言論の自由は保証されていない。マスメディアしかりFaceBook然りである。


嘗て、世界経済の成長期にあって、保護貿易の立場に立ち、輸出産業を育成し、貿易差額によって国富を増大させてきた英国。その近世国家の管理経済である英国本国の重商主義的圧迫に対し、植民地側はボストン茶会事件や大陸会議開催などの抵抗を行ない、1775年、アメリカの13の植民地が英国からの独立を目指し戦闘に突入、翌年独立宣言を発表した。


1776年、トマス・ペイン(17371809年)は有名な『コモン=センス』を発表し、アメリカの独立は当然の権利であり、必然であると正統化して、独立戦争に大きな勇気を与えた。そして独立軍は1781年ヨークタウンの戦いで大勝し、1783年パリ条約により独立を達成、8年間に亘るドロドロの独立戦争は漸く終結した。


米国も英国と袂を分かつ時、宗主国に筋を通した8年間の闘争を経験している。そこに私は注目したい。勿論、日本が米国からの軍事的独立を果たす時は、戦に依らず徹底的に平和的に「筋を通す」覚悟が必要である。米国の日本に対する(多くの日本人が想像すらできない)深い敵愾心、警戒心を解く為には8年どころか10年20年かけても足りないだろう。併し、日本は徹底的に「筋を通し、理を尽くし、時を掛けて」米国の理解を得なければならない。嘗ての勢いを失なったとはいえ超大国である米国を敵に回さないように細心の注意を払って米国からの独立を果たすのだ。


これからの世界で、日本は平和の上にしか繁栄し得ない。太平洋の彼方の「地域大国」となるかも知れない米国との友好関係は重要である。特亜三国とは価値観を共有できないが米国の価値観は日本と近いものがある。嘗て大東亜戦争に追い込まれた時は、一切の逃げ道を塞がれていた。そういう目に遭わない為にもこれからの日本は国力を増強し、米国抜きのバランス・オブ・パワーへの道を構築しておく必要がある。その実現の為の自主防衛力強化である。日本一国で国を護る為の防衛力強化ではない。


ロシアとの平和友好条約締結も必要であろう。インドとの軍事同盟締結、東南アジア諸国との友好・同盟も重要である。米国と争わず、できれば日米安全保障条約を維持しつつ、特亜諸国を真面に相手にしないで生きていくのだ。軍事力を誇示する覇権主義国、中共との間にバランスを取るのは至難の技である。その為にも「自主防衛、核武装」+「新たなる集団安全保障」の構築が重要である。その道しか日本が生き残る未来はない。