《日米は日米安全保障条約という軍事同盟を結んでいるが、決して米国は日本の真の友人ではない。トランプ新大統領の下では尚更だ》


米国の歴代指導層は心の底では日本を憎み、また歯向かってくるのではないかと警戒している。これには訝る意見も多いようだ。米国は多くの日本人に好まれている。併し、冷静に考えてみて欲しい。長年問題になっている「南京大虐殺、慰安婦問題、竹島不法占領、尖閣諸島の日本の領有権帰属」。これらの真実を米国は知り尽くしており、数々の証拠を持っているにも関わらず、これまで日本に資する事は、米国政府としては何ひとつ明らかにしない。日本にとっては唯一最大の軍事同盟国にして、最大の友好国である米国は、なぜ日本の味方をしないのか?


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嘗てクリントン政権の時代に米国は特別チームを編成して、「細菌兵器、人体実験」などで悪名高い旧日本軍の「731部隊」の悪行を暴こうと、10万ページにも及ぶ「米公文書」を詳細に調べたが、証拠は何一つ発見できず、却って731部隊の「無実を証明」する事になってしまった。落胆したクリントンは中共政府に対して「残念だ」と語り、公式には何も発表しなかった。


更に時代を遡れば、米国は、大東亜戦争末期の「5箇月間に約200都市への絨毯爆撃、原子爆弾2発もの投下」を断行した。これはホロコーストそのものであり、人類として永遠に許される事ではない。併し、私刑でしかない、所謂東京裁判では、日本だけが「人道に対する罪」を負い、米国は罪に問われなかった。「南京大虐殺」など東京裁判が始まるまでは日本軍さえ知らなかった。これは原爆により一瞬にして爆殺された被害者の人数と符合する、原爆投下を正当化するデッチあげである。(当時はどちらも20万人とされていたが、中共はその後30万人に南京大虐殺の被害者人数を嵩上げした)更に当時は「慰安婦」など問題にすらなっていない。現在に至るも米国は日本を悪者に仕立て上げたままである。


19452月下旬、米司令部から絨毯爆撃の指示を受けたルメイは、日本の人口密度の高い地域はどこか、そこを焼き尽くすのに、どれだけの焼夷弾が必要かの計算を部下に命じた。ルメイは作戦文書に「これは市民に対する無差別爆撃ではない。重要産業、戦略目標への攻撃である」と虚偽を記している。


絨毯爆撃はドイツ軍によるスペインの都市ゲルニカへの爆撃が最初とされる。カーチス・ルメイは、機銃座、銃撃座、弾薬保管場所をB29から取り除き、一機当たりの爆弾積載量を200kg増やせるように改造し、編隊ではなく単機直列に変更して爆撃による被害を最大化しようと工夫した。この作戦の成功でルメイは空軍少将に昇進する。そして、あろうことか戦後、無差別大量殺戮者ルメイは日本から勲一等旭日大綬章を叙勲されている。


194539日午前515分、新型焼夷弾を積んだ300機を超えるB29の日本焦土化作戦は開始された。米軍は日本側に対策を立てる隙を与えない為に、徹底的 且つ連続的な集中攻撃を行なった。10日間で300機の大編隊が東京、名古屋、大阪などの大都市に襲いかかった。そのたった10日間で1万発の焼夷弾を投下したという。


空襲は1945年(昭和20年)310日の東京大空襲に始まり815日の終戦当日までの5箇月間に少なくとも全国(内地)で200以上の都市が被災し、死者は33万人、負傷者は43万人、被災人口は970万人に及んだ。町を火の海にする空からの集中大焼殺は、後の米国の戦いの基準になったとされる。


日本全国の都市を撮影した膨大な偵察写真には、いずれも町の真ん中に奇妙な黄色の円が描かれている。爆撃目標エリアである。B29は半径120kmのこの円の中に焼夷弾を集中投下するよう命令されていた。ここに住む無辜の民を目がけて5万発もの焼夷弾が降り注いだのである。これをホロコーストと呼ばずして何をホロコーストと言うのか!


もうひとつのホロコースト、日本への原子爆弾投下は、人類史上初めて、そして唯一核兵器が実戦使用された例となる。謂わば人体実験である。その証拠に現地近くに急派された米国の医療チームは、一切の治療を行なう事なくひたすら経過観察をし、その資料は全て米国に持ち帰った。広島でも長崎でも全く同じであった。


日本への原子爆弾投下までの道程は、その6年前のルーズベルト米大統領に届けられた科学者たちの手紙に遡る。そして、マンハッタン計画により開発中であった原子爆弾の使用対象として日本が決定されたのは、19435月であった。


ナチスから逃れて米国に亡命していた物理学者のレオ・シラードたちは、当時研究が始まっていた原子爆弾をドイツが保有する事を最も憂慮し、アインシュタインと相談して、原子爆弾の可能性と政府の注意喚起を米国大統領フランクリン・ルーズベルトに進言する手紙(アインシュタイン=シラードの手紙)を作成した。併し、この時点では、まだ核兵器の実現可能性は未知数であり、ルーズベルトは大した関心を示さなかった。


2年後の19417月、英国への亡命物理学者たちが、「ウラン型原子爆弾」の基本原理と、これに必要なウランの臨界量の理論計算をレポートにまとめ、これによって英国首相チャーチルが北アフリカでの英国軍の大敗などを憂慮して米国に働きかけ、このレポートの内容を検討したルーズベルトが、194110月に日本に使用する為に原子爆弾の開発を決断する。


開発総責任者はロバート・オッペンハイマー博士。1944918日、ルーズベルトとチャーチルは、ニューヨーク州ハイドパークで首脳会談をした。内容は核に関する秘密協定(ハイドパーク協定)であり、日本への原子爆弾投下の意志が示され、『核開発に関する米英の協力と将来の核管理』についての合意がなされた。


デンマークの理論物理学者ニールス・ボーアは、193927日、ウラン同位体の中でウラン235が低速中性子によって核分裂すると予言し、同年425日に核分裂の理論を米物理学会で発表した。この時点ではボーアは自分の発見が世界にもたらす影響の大きさに気づいていなかった。


1944516日にボーアはチャーチルと会談し兵器としての危険性を説得したが失敗、同年826日にはルーズベルトとも会談したが同様に失敗した。逆に同年918日の米英のハイドパーク協定(既述)では、ボーアの活動監視とソ連との接触阻止が盛り込まれてしまう。


1945611日には、シカゴ大学のジェイムス・フランクが、7名の科学者と連名で報告書「フランクレポート」を大統領諮問委員会である暫定委員会に提出した。その中で、社会倫理的に都市への原子爆弾投下に反対し『砂漠か無人島でその威力を各国にデモンストレーションする』事により戦争終結の目的が果たせると提案したが、暫定委員会の決定が覆る事はなかった。


軍人では、アイゼンハワー将軍が、対日戦にもはや原子爆弾の使用は不要である事を1945720日にトルーマンに進言しており、米国太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ提督も、都市への投下には消極的で、ロタ島への爆撃を示唆している。また政府側近でも、ラルフ・バードのように原子爆弾を使用するとしても、事前警告無しに投下する事には反対する者もいた。〈彼等は米国の良心であった〉。


しかし、トルーマンは、ニューメキシコ州での核実験(トリニティ実験)の成功により、日本への原子爆弾投下を命令し、ここに全ての原子爆弾投下阻止の試みは潰え去った。

194586日、広島市にウラニウム型原子爆弾リトルボーイが投下された。

194589日、長崎市にプルトニウム型原子爆弾ファットマンが投下された。


東京裁判では、日本側弁護人ブレークニーにより「原爆使用を決定した政策こそがナチスのホロコーストに唯一比肩しうる行為」と論じ、米国による原爆投下こそが、国家による非戦闘員の生命財産の無差別破壊であるとの陳述がなされた。その陳述を始め、日本を擁護する発言は日本語の速記録には「以下、通訳なし」としか記載されなかった。当時の日本人には知らされなかったのである。

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私は米国人全員を未来永劫に亘って責め続ける気などない。私は米国からの謝罪や賠償も求めない。(心からの謝罪を受け容れる用意はあるが)。

併し、あれから72年が経とうとしている。中共、韓国は未だに虚偽を益々誇張し、国際社会で日本を貶めようとしている。米国は嘗ての米国と中共・韓国の歴史捏造を覆すべく、今こそ真実を明かすべきではないか?


冒頭で述べた「南京大虐殺、慰安婦問題、竹島不法占領、尖閣諸島の日本の領有権帰属」これらについて米国は〈公文書を議会で取り上げる〉という形で、国際社会に真実を明かす事ができる。併し、日本の汚名を挽回する気は無いようだ。退任したオバマ元大統領はもはや維持する事など不可能な戦勝国主導の「戦後国際秩序」に拘り続け、過去の真実に光を当てようとしなかった。


トランプ新大統領は、「損得勘定に専念」する余り、大統領就任式では「正義」や「道徳」を米国の理念として掲げようとはしなかった。トランプ新大統領の米国は誰も特をしない愚かな政策を次々と実行に移そうとしている。史上最低の米国大統領と評される所以である。理念なき大国が国際社会の良きリーダーであり続ける事などできはしまい。


日本は独立自尊を追求しながらも、開国以来、欧米に憧れ続けてきた。戦後、GHQの悪意ある洗脳統治を受け、70年以上も米国に恋い焦がれてきた。多くの日本人は米国が好きである。我が日本も真の独立を果たし、世界の安定の為に、世界のリーダーとして正気を取り戻した米国と手を携えて歩んでいきたい。


併し、米国の支配層は日本の期待を裏切り続けている。米国が「日本の真の存在価値」に気づかない限り、日・米はいずれ袂を分かつ事になるだろう。日米安全保障条約も永遠には続かない。〈現状が劇的に変わらない限り〉形はどうあれ、我が日本は覇権的独裁国家中共に悩まされ続けるだろう。


19世紀英国の名宰相パーマストン卿は、「国家には永遠の友も同盟国もない。あるのは永遠の国益だけだ」という名言を遺している。日米同盟も永遠ではない。日本は厳しさを増す国際社会で生き抜く為に、可能な限り長く日米同盟を継続すると同時に、自主防衛力を高め、インドを始めとした特亜を除くアジア諸国との友好を深めて、時には米国以外の国との軍事同盟も模索して、国家の安定に万全を期さねばならない。