《南京大虐殺は無かった。日本は中共・韓国とは戦争をしていない。》


APAホテルの各部屋に「南京大虐殺」を否定する書籍が置いてある事を、中共が問題視して、国家が日本を旅行する自国民にAPAホテルへの宿泊をやめるように要請を出したり、国際社会に非難声明を出したり、日本政府に対してAPAホテル側に書籍を撤去するように圧力をかけるよう要請したり、と中共がなり振り構わず捏造史観を強引に押し付けてきている。これに対しAPAホテル側が毅然と書籍撤去要請を断った事は非常に頼もしい限りである。


APAホテルの元谷外志雄CEOが、悪意ある中共や、事実関係を理解していない無知な輩から謂れ無き非難を受けているのは甚だ理不尽である。これには反日なら何でもOKの国、韓国も一枚噛んでいたが、今回は「南京大虐殺」なる事件がそもそも事実無根である事を書きたいので、中共や韓国、そして不勉強な日本のマスメディアについて取り上げる事はやめておく。


南京事件は、1937年(昭和12年)の支那事変に於いて日本軍が中華民国の首都南京市を占領した際、約6週間から2箇月に亘って中華民国軍の便衣兵、敗残兵、捕虜、一般市民などを殺したとされる事件。この事件については、事件の規模、存否を含め様々な論争が存在している。


東京裁判でいきなり「南京大虐殺」の罪を問われて一番驚いたのは日本人であろう。米国が「史上初の人間に対する原子爆弾の実験投下」の虐殺規模を相殺する為に中華民国と口裏を合わせて「日本軍の〈20万人〉虐殺説」を捏造した冤罪である。当時は建国もしていなかった中華人民共和国の国際的プロパガンダが功を奏して一般には「南京大虐殺」と呼ばれる。


193789日から始まった第二次上海事変の戦闘に敗れた中華民国軍は撤退を始め、逃げながら「堅壁清野作戦」と称して、民家に押し入り、目ぼしいものを略奪した上で火を放ち、当時、中華民国の首都であった南京を中心として防衛線(複郭陣地)を構築し、抗戦する構えを見せた。


蒋介石は127日に南京を脱出し、後を任された唐生智も1212日に逃亡した。その際、兵を逃げられないようにトーチカの床に鎖で足を縛りつけ、長江への逃げ道になる南京城の邑江門には仲間を撃つ事を躊躇しない「督戦隊」を置いていった。「督戦隊」とは敗走する自軍の兵を殺す為の専門部隊である。


中華民国軍の複郭陣地を次々と突破した日本軍は、129日には南京城を包囲し、翌日正午を期限とする投降勧告を行なった。中華民国軍がこの投降勧告に応じなかった為、日本軍は1210日より総攻撃を開始。1213日、南京は陥落した。


所謂「南京大虐殺」とは、その占領から約6週間の間に数10万人単位の市民や捕虜が日本軍によって虐殺されたとする説である。中共が公式に述べてきたものとしては被殺害者数は次第に増えて現在は30万人。中共にある南京大虐殺記念館の外壁には、大きな文字で「300,000」の数が、犠牲者数として掲げられており、今も中共の子供たちは、反日感情を植え付けられる為に毎年そこへ行かされている。


「南京大虐殺」は、戦後、共産党員や共産主義シンパなどを中心に広められ、そののち多くの人々を巻き込み、教科書にまで載り、日本人の「自虐史観」の根底に根を張った。併し、今日ではこのような日本軍による30万人もの大虐殺、大規模な殺戮、また小規模な殺戮さえも、実際には無かった事が多くの証拠によって明らかになっている。


南京戦の最中、南京市内にいた20万人の民間人は全員、南京市内に設けられた「安全区」に集まっていた。日本軍はそこを攻撃しなかったので、安全区の民間人らは誰一人死ななかった。然も、大虐殺があったとされた後には南京市の人口は25万人に増加している。


南京陥落が間近に迫ると、支那兵の多くは軍服を脱ぎ捨て、南京市民を殺して服を奪い、民間人に化けて南京の安全区に逃げ込んだ。その中には、武器を隠し持ち市街戦を準備する者、また安全区内で強姦や、略奪、殺人などを行ない、それを日本兵の仕業に見せかけたり、被害者を脅迫して「日本兵が犯人」と言わせる反日工作をする者たちも居た。


現在では、中共政府や朝日新聞などのマスメディアが主張する「30万人虐殺」説については、もはや信じる研究者は国内では少数派と思われるが、東京裁判史観の洗脳から逃れられない自虐的日本人の中には「日本は侵略戦争を行なったのだから、事実関係や人数に関わらず中共の言い分を無批判に肯認せよ」とする無茶苦茶な論調すらある。現在の朝日新聞などのマスメディアの論調はこの考えを基本としている。


本多勝一氏(本名 崔泰英)は「南京大虐殺」肯定派の象徴的人物にして「ザ・レイプ・オブ・南京」を執筆して、後に謎の自殺を遂げた故アイリス・チャン氏も引用した、元朝日新聞の花形記者である。彼の記者活動のスタイルは、中共でも、北朝鮮でも、〈一切裏取りしない〉事である。反日を国是とした特亜の国家権力によるプロパガンダに徹底して同調し、〈日本を貶める事に生涯をかけた卑劣漢〉と言っていい。


本多勝一氏が朝日新聞で「中国の旅」を連載し始めた1971年は、財政破綻で苦境に立つ米国がキッシンジャ-(当時)国家安全保障担当大統領補佐官を支那に極秘訪問させた年でもある。反日論者のキッシンジャー氏は故 周恩来(当時)中共首相との密談で『対日封じ込め』戦略で一致した。利に聡い伊藤忠商事の故 瀬島龍三氏は、国交正常化を前に売国的な「周4原則」を受け容れ、早くも伊藤忠商事内に中共室を設置している。


更に我が国ではこの年に「日の丸・君が代」教育に反対する故 槙枝元文氏が日教組委員長に就任し、その後、我が国に対して内外ともに反日包囲網が形成されて行った。本田(崔)氏が暗躍したあの時代から、米国と中共は日本封じ込め・日本貶めを工作し、米国は日米貿易問題で恫喝、中共は賠償金に代わる援助資金を日本から如何にせしめるかを、キッシンジャー氏と共謀したのである。


時同じくして、中共の日本への執拗な歴史戦が始まった。中共と共謀したキッシンジャー氏の「暗躍同意」が在ったと推察される。それに乗ったのが情けない事に、朝日新聞とNHKを始めとした日本のマスメディアである。その後、本多(崔)氏の南京大虐殺捏造プロパガンダから、植村隆 元朝日新聞記者の捏造慰安婦強制連行報道へと朝日の売国報道は続いていく。


戦時中から戦後にかけて、中華民国の蒋介石政権は300回もの記者会見に応じているが「日本軍が南京で市民を虐殺した」とか 「捕虜の不法殺害を行なった」との非難は一切していない。もし「南京大虐殺」が真実なら、中華民国が唯の一度も記者会見でその話を持ち出さない事など有り得ない。 


南京事件の核心に迫ると思しき衝撃的な史料が亜細亜大学教授の東中野修道氏によって見つけ出された。そのひとつが、蒋介石の「指示」文書である。蒋介石は、日本軍が南京に入城する直前、城内から逃れたが、その時に「ここで日本軍による大虐殺があった事にしよう」との指示があったという内容だ。 


これらの事柄は東中野氏が、台北の国民党党史舘で発見した極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要1938年~1941年』に残されていると氏の著書『南京事件-国民党秘密文書から読み解く』(草思社)に記されている。 


この文書発見以前から南京陥落後、120名近くの記者が日本軍と共に南京に入城したが、朝日新聞を始めとする当時の新聞報道、記者らの証言の中で、虐殺事件の片鱗すら語られていない。事件は無かったのではないか、という疑問は当然出されていた。この主張が、支那側の資料から裏付けられたという点は大きい。


さすがの蒋介石総統も後ろめたかったのだろう。南京から逃げ出す前に「ここで日本軍による大虐殺があった事にしよう」との指示を出しておきながら、300回にも及ぶ記者会見で南京での自国民殺戮に触れる事は無かった。それどころか後に松井石根大将に殺戮の罪をなすりつけた事実を悔いる発言をした記録さえ史実を証明する証拠として残っている。


併し、敗戦後70年以上経った現在、当時は建国もしていなかったというのに中共の習近平主席は、2015年93日にロシアのプーチン大統領を招いて「対日戦勝記念日」を祝った。その場には当時日本軍として支那と戦った朝鮮人の娘である韓国の朴槿恵(当時)大統領と、同じ日本人として支那と戦った朝鮮人の息子でその時 国連事務総長を務めていた潘基文氏も同席していた。全く特亜の国は倒錯している。


日本軍として蒋介石総統の中国国民党と戦った今の韓国人と、日本軍と戦ってもいない中華人民共和国が、何の記念日でもない9月3日に、戦勝記念式典を開催するのは「悪意が見え透いた歴史捏造」ではないのか? ところが真の戦勝国である米国政府を始めとした連合国諸国も、敗戦国である日本政府も、中共による「偽りの対日戦勝記念式典」に抗議の声を上げない。


日本に悪意を持つ米国が特亜の反日行事を今まで通りに見て見ぬ振りをする事は諦めもするが、当の被害国である日本政府がなぜ抗議の声を上げないのか? 大東亜戦争での日本の敗戦は1945年である。中華人民共和国の建国はその4年後の1949年である。日本に併合されていて支那と戦って日本人として破れた朝鮮人が大韓民国を建国したのは1948年である。中共も中共だが、韓国政府は何をしらばっくれているのか? そして日本政府はなぜこんな無茶苦茶を放任しているのか?


このままでは戦いもしなかった中共の戦勝記念日が公式行事となってしまう。合わせて韓国政府の光復節とやらも公式行事として国際社会に定着してしまう。日本政府が毅然と正論を主張しない限り、国際社会は黙って見ているだけだ。どの国も日本に助け舟など出してはくれない。「日本政府よ、しっかりしろ!」と言いたい。