《日本を腑抜けにした「軽武装・経済重視政策」。これからは理念なき米国を盲信するのは国運を危うくする》


2017年以降の国際社会に於ける日本の安定は『バランス・オブ・パワー』を強く意識していかないと、日本が生き残るのは非常に困難になるだろう。今迄は米国について行けば致命的な損失は無かった。併し、米国の一極支配構造は米国自体が事実上拒絶し、トランプ新大統領は「アメリカファースト」を掲げて、国際的な法秩序や道徳的理念をかなぐり捨ててしまった。実際の行動はともかく、秩序維持や正義・人道などの理念を語るから米国は国際社会のリーダー足りえた。併し、理念無きトランプ新大統領の米国はリーダーの資質に欠ける国になってしまった。


米ソ冷戦時代の二局支配構造は、長い人類史上に於いては非常に稀な、寧ろ例外的に安定した期間であった。約半世紀近くにも亘った東西冷戦期間は日本にとっては誠に幸運な国際環境であったと言わざるを得ない。こんな時代しか知らない世代を生んだ事は、ある意味、負の遺産であるとも考えられる。米国の保護下で念仏平和主義を唱えていれば日本の平和は保たれると信じていられた無責任時代は終わった。旧ソ連邦の崩壊により東西冷戦が終焉し、四半世紀に及ぶ米国の一局支配が終わった今、日本は米国の保護を失って厳しい国際環境に船出する時代に突入したとの明確な認識と、自立できなければ生き残れないという覚悟が求められる。


今までの米国は真心(まごころ)暖かく日本を護ってくれていた訳ではない。米国は米国の国益の為に日米安全保障条約を結んだ。米国の意図が何処にあろうと、日本人として感謝すべきには素直に感謝したいのは勿論だが。併し、日本は用地提供という負担と74.5%もの米軍の駐留経費経負担をしてきたとはいえ、軍事的には片務的な条約が日本の為になる訳もないのに、日本は安穏と「美味しいとこ取り」とも言える経済活動一辺倒で発展を遂げてきた。要するに日本は「自国の安全保障にカネだけしか出していない」という〈印象〉なのである。


実際には海上保安庁や海上自衛隊の領海警備活動や、航空自衛隊による領空侵犯機へのスクランブル発進など、国民の知らないところで自衛隊は立派にこの国の安全保障を担っている。併し、「日本国憲法第九条」がある限り、「集団的自衛権行使容認」を決めようとも、国連(連合国)への協力で「駆け付け警護」を認めてPKO活動に参加しようとも、「自国の安全保障にカネだけしか出していない」という日本の〈印象〉は変わらないのである。


日本が道を誤ったのは、米国に防衛力増強を促されながら、敢えて軽武装で経済重視政策を選択した吉田茂元首相の愚策であった。日本の高度成長は吉田氏のお陰という意見があるのは承知しているが、私は経済発展した側面だけではなく、吉田氏の決断が戦後日本の理念を誤って方向づけた重大な分水嶺であったと思う。戦後一変したパラダイムに拍車をかけて吉田氏は日本人を平和呆けの偽善者、臆病者へと導いた。


韓国による竹島略奪を看過した時の首相も吉田茂氏であった。当時、日本には自衛隊すら無かった事は重々承知している。併し、吉田氏に命懸けで領土を護る気概はあったのか。一命を賭した外交努力の記録はない。吉田は「軍隊=戦争=悪」への嫌悪感醸成という、一国の指導者として国を導くには致命的とも言える不適格な欠陥を是正しなかった宰相であった。だから国軍であるべき自衛隊を軍隊ではないなどとの詭弁を弄した。米国の「瓶の蓋論」という締め付けはあったものの、最低限、自衛隊を国軍として位置付けるべきであった。


吉田氏の選択の誤りは、後々の政権にも悪影響を及ぼした。田中角栄元首相は領土問題で下手な策を弄し、後の世代にツケを残すなら、中共との「国交正常化」交渉の席を立つべきであった。そうしていれば今頃、中共が尖閣領有を主張する事はなかった。ダッカのハイジャック事件の時の首相福田赳夫氏は「人命は地球より重い」という世迷い事を吐き、日本は世界の嗤い者になった。では靖國に眠る英霊は何の為に散華されたのか? 一国のリーダーたる者、時には人命より重い決断を強いられる覚悟が必要だ。


また、嘗て ニクソン米大統領が日本に更なる軍事的貢献を期待して、当時の佐藤栄作首相と会談の機会を求めてきた。佐藤栄作首相は日本の軍事的負担を軽減する為、最低限の核武装の許可を求めに行った。ニクソン氏は実際に佐藤栄作氏本人に会って人物を値踏みしたという。結果、日本の武装強化を断念したという秘話が米国の記録に残っている。米国は米国の核の傘の有効性を強調し、2年後には沖縄を日本に返還して、日米同盟の絆の深さを見せつけた。吉田茂氏の選択は、それ程までに日本人を米国依存症にしてしまったのである。米国について行く、ただそれだけで日本は平和を享受できる。その考えは後の政権に連綿と受け継がれて行く。


教科書記述内容の虚報に対して韓国から猛抗議を受けた時には、直後に控えていた当時の宮沢喜一首相の訪韓を取りやめれば良いだけの話だった。宮澤首相と河野一郎官房長官、そして外務省は、日本の首相訪韓を穏便に成功させるのが外交成果であるとの勘違いの下、事実関係を精査する事無く中共や韓国に謝罪してしまった。本来なら虚報をした朝日新聞には厳重処分を下すべきであった。そして国際社会に類例のない「近隣諸国条項」が生まれた。韓国による「慰安婦強制連行」の捏造にも、日本は初期対応を誤った。韓国が言いがかりを付けてきた段階で、頑として撥ね付けるべきであった。虚偽捏造に毅然と対応していれば、現在も重大な日本の名誉毀損の象徴と化した醜い売春婦像は生まれなかったかも知れない。


何より「憲法改正」を党是としつつ、一向に改憲努力をしてこなかった、長きに亘る自民党政権の不作為の罪と腑抜け振りは、吉田茂元首相が拍車をかけた平和呆けと偽善的平和主義と符合する。人権尊重、人命至上主義一辺倒の国民意識は日本国民の間に深く根づいてしまった。どちらも大切な理念ではあるが、偏重の度合いが強すぎる。今の日本人は「人権尊重、人命至上主義」の何がいけないのかと問うだろう。分からぬ者には永遠に分からない事だ。少なくとも私は私の命より大切なものを持っている。そして国防が脅かされた時には私の人権がある程度制限されるのは当然であるとも考える。


日本に残された時間は余りにも少ない。理念なき米国との間で交わされている「日米安全保障条約」が有名無実化、或いは破棄された後、独立国として国民の生命、財産を護れる日本国である為には、核武装をも選択肢に入れた自主防衛体制の構築は必要不可欠である。その上で新しい集団安全保障の枠組みを構築せねばならない。これは国民に対する国家の最低限の責務である。これからは国際社会に於けるバランス・オブ・パワーの上にしか日本の平和は維持できない。黙って何もしないのでは平和は勝ち取れない。


今でも米国内で極めて少数派ではあるが、日本の軍事的独立に期待する米国指導層もいる。ブッシュJr.政権で国務次官や国連大使を務め、核兵器拡散防止を担当した、ジョン・ボルトン氏が日本の核武装に触れている。併し、少数派意見であると同時に、解せないのは、日本と同列に韓国を挙げている事である。安定的で尚且つ技術的能力があるアジアの同盟国であると。今の韓国ほど不安定な国はアジアでも見当たらないではないか。


日本の核武装に肯定的に言及した貴重な少数意見ではあるが、日本と韓国を同列に論じるほど、彼の目は節穴であるのだ。前職を解かれた後も、米国指導層に影響力を持っているとはとても思えない。余りにもアジア情勢に無知である。


やはり地に足のついた知識人で、米国に於いても一目置かれる真の知日派と信頼できるのは、高齢のZ・ブレジンスキー元国家安全保障問題担当大統領補佐官、K・ウォルツ博士、J・ミアシャイマー教授らしか少数しか居ないのだろうか。米国との無用な軋轢を避けつつ、これからの日本は「米国の一局支配構造後」の世界で自主防衛を果たす方法を模索し確立しなければならない。


最後に、国際法では他国に於ける「占領時の立法を禁じている」のはご存知だろうか。この点でも、現在の日本国憲法は明確に国際法に抵触している。私に言わせれば日本国憲法の研究者(護憲派しか知らないが)は総て愚か者である。したり顔でテレビに出演して「九条を護れ」などと呆けた解説をするのを見ると日本人として恥ずかしくなる。彼ら護憲派は日本に害しか及ぼさない。