《日本政府が冤罪を認めたり、放置するから、ひとり歩きする「旧日本軍の冤罪」。このままで良い訳がない!》


韓国・釜山の日本総領事館前に日韓合意やウィーン条約に反する売春婦像が設置された事を受け、一時帰国させていた駐韓大使の帰任時期について、日本政府高官は、「無期限待機」の意向を認めた。一方、韓国は「反日」色を強め、中学・高校で2018年度から導入予定の国定歴史教科書に「慰安婦の集団虐殺」というあり得ない記述を書き込むという。隣国は日本が大東亜戦争に敗戦して以来、正気を失って暴走し続けてきたが、その狂気はとうとうここまできてしまった。


失職中の朴槿恵氏の後の大統領職を目指す、京畿道城南市の李在明(イ・ジェミョン)市長(51)は20161214日、「日本は軍事的には韓国の敵性国家である」と述べた。2005年当時の盧武鉉元韓国大統領も同様の発言をした事がある。彼ら韓国人は史実を認めず歴史に空白をつくり、その空白部分に妄想と捏造を詰め込むという歴史改竄を日常茶飯にしてきた。そういう民族に懇願され1910年に日韓併合して以来、日本が敗戦するまで日本人が朝鮮を近代化させた事も、1965年の異常なる国交正常化以来、23兆円もの経済的支援と技術的・人的支援は一切無駄になったのである。


APAホテルの各部屋に所謂「南京大虐殺」を否定する書籍が置いてある事にも、中共政府が反発すると、それに足並みを揃えて韓国人もAPAホテルの不買運動(不使用運動?)をするというから、反日なら自国に関係なくても何でも良いのだろう。全く常軌を逸した厄介な隣国である。何故ここまで日本を憎むのか、大多数の日本人には理解できない事である。


私も所謂「南京大虐殺」否定論者である。日本軍によるとされる南京大虐殺の犠牲者数は、極東国際軍事裁判(という私刑)に於ける判決では20万人以上(松井石根司令官に対する判決文では10万人以上)、1947年の南京戦犯裁判軍事法廷(これも私刑)では30万人以上とされている。習近平は国際社会で今でも日本軍による30万人とか40万人の虐殺を非難している。


併し、最近の米カリフォルニア州の公立高校で使用されている、マグロウヒル社の教科書には、南京大虐殺の犠牲者数は何と東京裁判の数字を超えて最大値である40万人と明記されている。韓国の捏造慰安婦説も、韓国の言い分通りに掲載してある。我が先祖が朝鮮で14歳から20歳代の少女を 20万人 強制連行して、天皇のプレゼントとして強姦し、口封じの為に、多くの慰安婦を殺害したと、米国の高校教科書に明記されている。


これに対し、日本政府がこの件で毅然と強硬に抗議した事がないばかりか、安倍政権は2015年12月28日の「日韓合意」で韓国の捏造を認めてしまった。このままで良いのか? 米国で暮らす日本人の子弟がどのような目に合うか、我が子孫がこの先、延々と冤罪により貶められ、虐められ続ける事は容易に推測できる。日本政府は何故、本気で無実を主張しないのか? 国際社会では「日韓合意」により韓国の主張が正しかったと理解されている。


冤罪に陥れた犯人が「南京大虐殺は米中共謀」で「慰安婦問題は日本人自ら」であり、それを米国が両事件を日本軍の行ないにしていたい、というところに大きな困難がある。日本政府が米国の顔色を窺っている限り、反論は消極的なものにならざるを得ない。外務官僚に「事を荒立てても現状を変える」気概など期待しても無理である。ここまで来る前に、日本政府の政治家が毅然と正論を主張すべきであった。


南京大虐殺とは、193712月、日本軍は支那事変を終結させる為、南京へ侵攻。1213日に占領した。所謂「南京大虐殺」とは、その占領から約6週間の間に数十万人単位の人間(民間人や捕虜)が日本軍によって南京で虐殺されたとする説。中国共産党が公式に述べてきた被害者数は、年々増加して遂にその数はとうとう40万人と東京裁判の捏造数を大幅に超えてしまった。こんな事が許されて良い筈がない。


中共にある南京大虐殺記念館の外壁には、大きな文字で「300,000人」の数が、犠牲者数として掲げられており、中共の子供達は、反日感情を植え付ける為に毎年そこへ行かされている。いずれその数字は「400000人」に書き換えられるのだろう。コンクリート製の巨大文字だから大工事になるが、被害者数変更の工事現場を見る支那人たちには何の違和感も感じないのだろう。


この「南京大虐殺」は、日本でも戦後、共産党員や共産主義シンパなど反日日本人、在日などを中心に広められ、そののち多くの人々を巻き込み、教科書にまで書かれ、日本人の「自虐史観」の根底に刻まれてきた。併し、今日では、このような40万人もの大虐殺、日本軍による大規模、または小規模の虐殺さえも、実際には無かった事が多くの証拠によって明らかになっている。


南京戦では市内にいた民間人は全員、南京市内に設けられた「安全区」に集まっていた。日本軍はそこを攻撃しなかったので、安全区の民間人らは誰一人死なずに済んだ。


日本軍による南京占領が間近に迫ると、中国兵の多くは軍服を脱ぎ捨て、民間人を殺して服を奪い、南京の安全区に逃げ込んだ。安全区に逃げ込んだ中国兵の中には、武器を隠し持ち市街戦を準備する者、また安全区内で強姦や、略奪、殺人などを行ない、それを日本兵の仕業に見せかけたり、被害者を脅迫して「日本兵が犯人」と言わせる反日工作をする者たちもいた。


日本軍は彼らを見つけ出すと、彼らのうち特に反抗的な不法戦闘員数千名を処刑した。国際法では、こうした軍服を脱いだ不法戦闘員は「捕虜」としての扱いを受ける事ができず、「便衣兵」として処刑されても致し方ないとされている。こうした不法戦闘員の処刑が、誤って「捕虜の虐殺」と伝えられた可能性があるとする研究者もいる。南京大虐殺を誤解から生まれた事件だというのだ。そんな事は有り得ない。〈南京大虐殺は米軍による人類初の原子爆弾による大量爆殺という大規模生体実験の被害者数を相対化させる為に米国が仕組んだ冤罪〉だと確信せざるを得ない。


併し、実際には南京市に於いて日本軍は、市民や捕虜に対し多くの人道的援助活動を行なっていた。その結果、日本軍占領下で飢え死ぬ南京市民は一人もいなかった。また日本軍の活動に感激して、そののち汪兆銘の親日政権の軍に入った支那人捕虜たちが現実に数多くいたという事実がある。


南京に於いて非人道的行為を行なったのは、寧ろ支那兵たちだった。軍服を脱ぎ捨てて民間人に紛れ込んだ支那兵たちは、民間人の服を奪う為に民間人を殺したが、それをエスピーというアメリカ副領事その他の人々が目撃している。虐殺を行なったのは日本軍ではなく、支那兵たちだったのである。


南京市の人口は、日本軍の南京への攻撃開始前に約20万人だった。20万人しかいない所で、どうやって40万人を殺せるのか。然も日本軍の南京占領後、南京市民の多くは平和が回復した南京に戻ってきて、1箇月後に人口は約25万人に増えている。もし「虐殺」があったのなら、人々が戻ってきたりするだろうか。


日本軍の南京への攻撃開始の約1週間前の19371128日に、警察庁長官・王固磐は、南京で開かれた記者会見に於いて「南京には今なお20万人が住んでいる」と発表している。日本軍は1213日に南京を占領した。それから5日後、1218日には、南京国際委員会(南京の住民が集まっていた安全区を管轄する委員会)が人口「20万人」と発表している。


1221日には、南京外国人会が「南京の20万市民」に言及、更に南京陥落から1箇月後の114日には、国際委員会が人口「25万人」に増えたと公表している。渡部昇一氏によると、南京陥落から1箇月後に日本軍が約「25万人」の住民に食糧を配ったとの記録も残っているという。


こういう事実を、日本政府はなぜ長年無視してきたのか?  GHQ統治中ならともかく、サンフランシスコ講和条約締結後は、曲がりなりにも日本は独立国になった。なぜ事実関係を調べもせずに謝罪し続けたのか?  韓国に対しては調べた上で、無実を確認しながら謝罪を繰り返すという愚を犯している。


完膚無きまでの敗戦と、7年間弱に及ぶGHQの悪意に満ちた日本改造工作を経験したとはいえ、日本政府は「臆病で自虐的」になり過ぎた。そこを在日と反日左翼が勢いづかせて、65年間も無作為を続けてきてしまった。否、ある時は政府自らが中韓の捏造を助長した。日本は特異な国に作り変えられてしまったとはいえ、65年間という歳月は、今更責任の所在を他者に帰する事を許さない雰囲気を醸成してしまった。


米中韓3国は醜くく薄汚い嘘つきだが、責任は日本政府の政治家、日本国民にもある。国際社会で「明らかな嘘により日本を貶める」国との友好などあり得ない。外交上の方便として友好姿勢を見せる必要に迫られる事はあろうが、長年に亘って反日教育を続け、毎日のように反日映画や反日ドラマを放送している国と真の友好など築ける訳がない。併し、ここまで無作為を決め込んできてしまったからには、今更簡単に米中韓3国の嘘には勝てないのも事実である。ならば、勝てる相手から順番に潰していけばいい。


一番弱い韓国に即刻 経済制裁なり国交断絶をするべきである。日本無くして韓国は立ちいかないのは目に見えている。それは韓国も分かっている。分かっていながら反日を続けるのは日本を甘く見た上での甘えである。韓国の如き醜い国に甘えを許す余裕は日本には無い。日本が強い行動に出れば、慌てて黒幕である米国が割って入ってくるだろう。その時、初めて腹を据えての米国との話し合いが始められる。日本の行動は正当である。苦難を乗り越える覚悟が国民にあるのなら、政治は動く。動かさねばならない!