韓国人の日本憎しの感情はもはや狂信的な宗教である。反日を盲信する狂信者と祭祀を尊ぶ日本人が仲良く暮らせる訳が無い。異教徒は異なるから異教徒と呼ぶ。異なる者を別者と看做し、別々に生きようとする事は差別ではなく区別という


「韓国の反日」は、もはや〈主義主張〉でも〈偏向思想〉でも〈妄想史観への反発〉ですらない。そのような領域をとうに超えて韓国人の反日は「狂信的宗教」にまで特化している。韓国国民は反日教という暴力的な一神教に狂ったテロリストと同然である。だから、隣国と雖(いえど)も価値観の共有など有り得ない。


外見がどうあろうと内心で祖国に軸足を置く在日韓国朝鮮人とは、話し合いや、取引や、時が解決する、という事は先ず有り得ない。韓国と北朝鮮は1948年の建国と同時に反日教育を始めたが、実は朝鮮人たちは反日教育で洗脳される前に日本人を根強く憎み、蔑み、自分たちより劣った民族でなければならないと固く信じていた事が、日韓併合の末期には顕在化していた。


大東亜戦争末期から敗戦直後の日本人に対する朝鮮人のケモノ的蛮行は、韓国と在日による近現代史の真実隠蔽工作と捏造工作により、現代の普通の日本人には知らされていない。現代日本人は韓国や在日韓国朝鮮人と日本政府の国策により真実を教えられないまま言論弾圧を受け続け、「朝鮮進駐軍」や「二日市保養所」の史実すら知らないままノホホンと生きている。このままでは日本は駄目な国、国民に成り下がってしまう。日本人の覚醒を願って真実の一部を書き記す。


ここにフランス人宣教師が見た李氏朝鮮末期の記録を抜粋する。 日本の鎖国時代と違って、ただひたすら支那に媚び諂っていただけの厳重な鎖国体制下にあった李氏朝鮮に潜入し、一定期間居住した唯一のヨーロッパ人集団が、パリ外邦伝教会所属のフランス人宣教師たちであった。彼等の頻繁な通信を素材に描かれた名著『朝鮮事情』(金容権著、平凡社)の中で著者、シャルル・ダレは次のように語っている。


「朝鮮では父の仇を討たなかったならば、父子関係が否認され、その子は私生児となり、姓を名乗る権利さえも無くなってしまう。このような子の不幸は、祖先崇拝だけで成り立っているこの国の宗教の根本を侵す事になる。例え父が合法的に殺されたとしても、父の仇或いはその子を、父と同じ境遇に陥れなければならず、また父が流罪になればその敵を流罪にしてやらねばならない。父が暗殺された場合も、同じ行為が求められる。この場合、犯人は大抵無罪となる。何故なら、この国の宗教的国民的感情が彼に与するからである」

ちょっと分かり難い文章であるが、朝鮮の地では「正義を為す」事に重きを置かず、例え正義に反しても「受けた仕打ちに対しては同じ仕打ちを本人あるいは子孫に返さなければならない。そうしなければ身分も失ない人間として生きては行けないという事である。


儒教的伝統が色濃く歪に伝わっていた朝鮮半島に於いては、敵対者の罪は「千歳に及ぶ」のである。「千年の恨み」とは停職中の朴槿恵(元?)大統領のセリフを彷彿とさせる。シャルル・ダレが描いたのは李朝末期の朝鮮であるが、伝統や宗教に近いものはおよそ簡単な事で変わるものではない。現に朴槿恵氏が李朝時代の両班たちと同じ表現を使って恨み言を発した事実は実に興味深い。


2006713日に盧武鉉(当時)韓国大統領直属の国家機関として「親日反民族行為者財産調査委員会」が発足し、この委員会が中心となって日本統治時代の対日協力者を売国的な「反民族行為者」とし、彼等の行為の真相を究明し糾弾し始めた。そして「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」という遡及法(事後法)が成立した。


これは遥か昔の行為を暴き、現時点から遡及して犯罪と認定する〈事後法〉である。罪過を負う者が当事者ではなくその子孫であり、先祖の財産を没収する。これは私有権の完全なる否定である。近代法の精神を完全に無視した先進国では有り得ない法律である。韓国の政治家の法感覚は前近代的、封建的時代と同じなのかと驚愕する。韓国の政治家が理性や知性、論理からは程遠いところにある証である。大昔にシャルル・ダレが書き残した旧世界の再現であり、韓国は李朝末期から全く進歩していない事を証明したも同然である。日本の統治により身に着けた筈の「近代」を現代の韓国は忘れ去ってしまったのである。


1910年の日韓併合条約に調印した時の首相李完用を始めとする9人の子孫が所有する立法当時の円換算にして47千万円の土地が没収され、更に10人の「反民族行為者」の子孫が所有する136千万円の土地が没収された。この委員会は更なる対象者を調査という名目で物色しだしたのである。この特別法の目的は「日本帝国主義の植民地政策に協力し、我が民族を弾圧した反民族行為者が、当時蓄財した財産を国家の所有に戻す事により、正義を具現する」為だという。


近代法の理念が通用しない無茶苦茶な論理だが、この遡及法は現在の親日派に適用されるものではない。飽くまでも過去の、遥か昔の日本統治時代の親日派の者にのみ適用される。その意味で、単純に「親日罪」と呼ぶのは誤解を招く。現代の親日派には適用されないからだ。


日本統治時代を韓国人がどれほど憎んでいるかを知る好例がある。大日本帝国に日韓併合を4度に亘って懇願した当時の首相李完用に対する仕打ちは日本人の想像を絶するものである。盧武鉉政権は李完用の墓を暴き、憎しみを持って訪れた国民が李完用の遺骨を目視、見下す事ができるように墓の天井部分をガラス張りにつくり変えてしまったという。死者を晒し者にしたのである。


死者への冒涜行為。日本のマスメディアはこういう事実は決して報じないが、もし日本でこれが正確に報道されていたら、日本人の韓国人に対する「比較的日本人に近い人々」という誤った認識は一挙に覆った事だろう。


宣教師の報告する李氏朝鮮時代の仇討ち感覚は日本の仇討ちとは全く異なる。江戸時代の日本も仇討ちを奨励してはいたが、対象者は仇である本人だけであり、その一族郎党に類を及ぼす事は厳に禁じられていた。現代のインドが英国に、現代のベトナムがフランスに、現代のインドネシアがオランダに、〈旧宗主国に協力した者の子孫の財産を全て没収する法律を成立させる〉事など到底考えられない事だ。


十字軍が遠征した時代、敵側の侵略者と通じたキリスト教徒やイスラム教徒も居たが、十字軍撤退後、迫害を受けた者は極少数にとどまった。インド、中東は近代化や識字率では韓国に及ばないが、現代韓国は中世のインド、中東の寛容さにも及ばないという事である。然も、未開土人さながらに何のインフラも経済も産業も無く、近代化や識字率からは無縁だった朝鮮人を近代化させ識字率を上げたのは韓国人が憎む日本人である。日本が居なかったなら韓国は未だに最貧国のままであっただろう。併し、韓国人は日本人に恩義というものを全く感じていないばかりか、世界で一番日本人を憎んでいるのだから日本人としては堪らない。


韓国の全体主義的精神反応の異常性、突出した激情型の精神構造は李朝時代から続く非寛容さを彷彿とさせられる。そうであるならば日本国内の在日も全く同じ反日教を受け継いでいると言える。在日は祖国に憧憬を抱くも、日本人以上に本国の韓国人は彼等を疎んじている。在日である以上、彼等もまた「大日本帝国主義の統治に協力」した者の子孫と見做されるからだ。それでも韓国籍、朝鮮籍を変えようとせず、そして祖国に帰ろうともしない。彼等は日本人を憎みながら日本国民と同等以上の社会保障の恩恵に浴している。そうしながら〈異常な加害者〉である事をひたすら隠し、偽りの被害者を演じて生きる方が今更祖国に帰って差別視されるよりも生きていくのが楽だからだ。


在日が日本人と結婚し、その子孫はハーフ、クォーターとなり朝鮮民族の血は薄まるが、在日は所詮在日である。また、在日も3世、4世ともなると日本人同然と見る人も少なくないが、彼等は日本人とは決して同じではない事を忘れるべきではない。在日は死ぬまで日本に仇なす在日なのである。


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ここでは飽くまでも一般論として在日韓国朝鮮人について述べた。彼等の中にも例外的に真面な方が居られる可能性までは否定しない。