《ウィリアム・グリフィス『隠者の国・朝鮮』から見える李氏朝鮮の実態》


ウィリアム・グリフィス (William Elliot Griffis, 1843~1928) は米国の牧師・東洋学者で、明治時代初期に日本に滞在し、福井と東京で西洋式教育制度の導入に尽力した。帰国後の1876年に出版した『皇国(The Mikado's Empire)』がベストセラーとなり、東洋学者としての名声を確立した。1882年に『隠者の国・朝鮮』を出版し評判となり、「隠者の国」というフレーズは西洋では朝鮮の代名詞として有名になった。


現代の韓国人は華夷秩序の中で何かと日本を自分たちより下に見て、日本に文化文明を齎したのはまるで朝鮮であったかのような言辞を弄するが、西洋人は朝鮮を文化的に非常に遅れた国と看做しており、現代の韓国人たちが言うように文化的に朝鮮が日本の兄貴分であったと言うのは一種の奢りであり史実とは異なる。常に支那に朝貢していた朝鮮には日本に無かったものが支那から伝わっていたが、朝鮮はそれを自国文化に昇華させる事はできず、朝鮮経由で伝わった支那の文化を自国の文化に上手く取り入れたのは日本であった。その意味で朝鮮は発展性のない日本より遅れた国であったと評価されても仕方がないだろう。ウィリアム・グリフィスは『隠者の国・朝鮮』の中で 『日本を除外して朝鮮の歴史を書くのは殆んど不可能で、それはフランスを無視して中世イングランドを語るようなものである。』と記述している。


また、こんな一節もある。『勇猛な女王は肥前の海岸から出航し、無事に新羅の海岸に上陸した。新羅王はそれまで九州の未開な部族しか見た事がなく、この東国から来た精強な軍隊と巨大な船団を見て大いに驚愕した。恐れ慄(おのの)いた新羅王は、直ちに服従の意を示した。彼は自分の手を縛って女王に拝謁し、自分は日本の奴隷であると宣言した。神功皇后は自分の矛を王宮の門に立て、新羅王の服従の証とした。彼女は門に「新羅国の大王は日本の犬なり」と書いたと言われている。』


韓国人を表現する時、「外華内貧」と言う言葉がよく使われる。儒教の教えから、親から授かった体や才能を努力で自ら磨き上げていく事を徳とする文化が生み出される筈だった。努力によって磨き抜かれた外見の美しさが、自分の内面を表すものという意味で、見かけが良ければ、中身も伴っているという考えだ。真っ当な考え方ができれば、中身を磨いて、その結果として外見が美しくなるように心掛ける筈である。併し、韓国では手っ取り早く外見だけ整えて中身も良くなっているとアピールするようになってしまった。非常に浅はかとしか言いようがない。外見が美しければ中身も伴っている筈だと考えてしまう事も考えてみればおかしな話である。


だから韓国では美容整形が異常に発達して、美女と言われる女性は皆同じ顔になってしまう不気味な社会が生まれた。『隠者の国・朝鮮』では

『朝鮮人による歴史の塗装作業の良い見本として、つらい現実には国産塗料を塗りたくり黄金に見せかける。更に後世の出来事に対しても公的な虚飾が巧妙に施され、敗戦すら輝かしい勝利に変えられる。』

と朝鮮を表現している。朝鮮人の「外華内貧」癖は古来から変わっていないという事だろう。


日本は韓国を併合して庶民の〈善導〉に努めたが、その一つとして朝鮮で異様に発達し日常的に行なわれていた「拷問の禁止」があった。ウィリアム・グリフィスは

『拷問の豊富さは、朝鮮が未だに半文明国にとどまっている事を示すに充分である。法院と監獄の発明品としては、鉄鎖、背中を打つ為の竹、尻を打ち据える為のパドル状の器具、肉が裂けるまでふくらはぎを叩く為の鞭、肉と内臓を苛む為のロープ、手枷、杖、そして膝と向こう脛を叩く為の板等がある。』

などと酷い拷問の悪習に言及している。日本でも時代劇などを観ると、罪人を竹で打ち据えたり、尖った木の上に正座させて石を積んだりと、拷問で自白させる場面を見かけるが、この分野では李氏朝鮮には到底敵わない。「日韓併合」まで朝鮮半島では、このような拷問が頻繁に行なわれていたのである。およそ文明国とは言い難い。


韓国人は、捏造性奴隷をゆすりネタにして、斜め上から「女性の普遍的人権」を日本人に説くが、実際には韓国の方が日本よりよほど男尊女卑が激しい。それは李氏朝鮮時代からの伝統である。『隠者の国・朝鮮』の中でグリフィスは

『結婚後は、女との接触は不可能である。女は殆んど常に内房に引き篭り、許しを受けずに家の外を覗く事すらできない。隔離があまりに厳しい為、部外者の指が触れたというだけで父は娘を、夫は妻を殺し、妻は自殺する事がある。』

と記述している。これはもはや男尊女卑というレベルではない。朝鮮の女性たちは「日韓併合」により史上初めて名前を与えられた。それまで女性は男性の為の性の道具または商品でしかなかった。韓国の女性は今でも安易に売春に奔り、国家としても韓国は世界一の売春婦 輸出大国である。これは韓国女性家族部 自身も認めるところである。また、男性の性犯罪者も異常に多く、強姦認知件数は日本の43倍に達する。こんな性的に堕落した国が、日本を〈性奴隷国家〉と捏造して吹聴して回っているのだから堪らない。


『隠者の国・朝鮮』には、次のような記述もある

『朝鮮の建築は極めて原始的な状態にある。城郭、要塞、寺院、修道院および公共建築は、日本や支那の壮麗さにまるで及ばない。石造の遺跡が殆んど無い。住居は瓦葺きか藁葺きで、殆んど例外なく一階建てである。』

「日韓併合」前まではこの状態が500年以上も続いていた。とにかくインフラが絶対的に整っていなかった。日本の統治で朝鮮は飛躍的に発展し、日本の敗戦による併合解消後も日本型近代化を後追いする事になる。


韓国の映画に「サブラビ」というのがある。日本より古くからサムライが居たという、お得意の妄想著しい虚飾に満ちた華麗な韓国時代劇だが、ウィリアム・グリフィスは『隠者の国・朝鮮』で明確に朝鮮には侍など居なかった事を証言している

『朝鮮にはサムライが居ない。日本にあって朝鮮に欠けているものは、心身ともによく鍛えられ、兵士であると同時に学者であり、忠誠心と愛国心と自己犠牲の高い理想を掲げる文化的集団である。』

そう、韓国人には耐え難い現実だろうが、これが韓国の基である朝鮮の真実の姿なのである。


常々不思議に思う事がある。現代の韓国人は広く海外に出て行き、海外留学や実際にその地に永住してしまう韓国人も非常に多い。それにも関わらず、客観的に韓国を眺める事ができないのは何故なのか? 韓国人は韓国を偉大な国と思っている。そう信じたい気持ちは分かるが、現実にはアジア地域でも最も遅れていた国であった事は明白だ。日本が不承不承ながらも併合してあげる前は、67%の両班以外の庶民は無学文盲で、一般庶民が通う学校すら無かった。学校をつくって庶民が分け隔てなく学べるようになったのは日本が階級社会を解放し差別を禁じ、学校を物凄い勢いでつくったからである。朝鮮には貨幣経済すら無く、日本が度量衡を定め貨幣経済をつくり、インフラを構築し、灌漑を整え主食のコメを増産した為に、僅か35年間で人口も寿命も倍増させた。埋もれていたハングル文字を掘り起こし体系化して庶民に教育したのも日本人である。


両班の一部は漢字を読めたが、ハングルが埋もれていた為、庶民は100%文盲であった。日本は朝鮮から言葉を奪うどころかハングル文字を教育し、35年間でハングルの識字率は64%にまで上がった。それまでの朝鮮は、水車をつくる技術はおろか木を丸く加工する技術も、衣服を染色する技術も知らなかった。全てとは言わないが殆んど日本人により近代化に導かれ文明国の仲間入りができたのは紛れもなく日本人のお陰の筈である。日本人には大恩を感じて当たり前なのに、なぜ韓国人は日本を憎むのか? 多くの日本人が持つ疑問である。