韓国という国は、暇さえあれば日本に難癖を付け、謝罪とカネを要求しようとする。今回は、「慰安婦問題」「徴用工問題」などで、事実無根の感情論だけで不当な成果を上げてきた韓国が、正攻法で攻めたのでは国際社会では勝てないと学んだ失敗例を検証すると同時に、望ましい日本側の対応について考えてみる


20011617日、米ボストンのシェラトンコマンダーホテルで、ハーバード大学のアジアセンター主催で「日韓併合」についての国際法の学術会議が開催された。この会議は韓国政府傘下の国際交流財団が財政的に支援し、韓国の学者たちの主導で準備された。ハワイと東京で2回の討論会を開いたのに続き、今回は日・韓・米のほか英・独の学者も加え、謂わば最終結論を出す総合学術会議であった。


韓国側は勿論、国際舞台で「日韓併合不法論」を確定しようと初めから企図し、その為に準備を整え、この国際学術会議に臨んだのであり、この会議の結論を以って日本に対する謝罪と補償の要求の根拠にしたかった事は明白であった。


日本からは海野福寿明大教授や笹川紀勝国際基督教大教授、原田環広島女子大教授ら5人が参加したが、海野教授の「不当だが合法論」や笹川教授の「不法論」など日本側の見解は別れていた。こういった政治色の強い国際会議で日本側に韓国の主張を支持する学者が参加していたのには驚く。こういう会議の人選は、どこで誰が決めるのであろうか? 日本人は『東京裁判史観』に捉われた戦後教育を受けて、故なき贖罪意識を持っている人物が多く、この点は充分に配慮して人選すべきであろう。


韓国側は先ず、如何に日本が不法に朝鮮を併合したかという事を主張した。ところが、国際法の専門家で英ケンブリッジ大学のJ・クロフォード教授が〈強い合法の主張〉を行なったのである。それは「自分で生きていけない国について周辺の国が国際秩序の観点からその国を取り込むという事は当時よくあった事であって、『日韓併合条約』は国際法上は不法なものではなかった」という主張であった。


当然、韓国側はこれに猛反発し、「日帝に強制された」といういつもの主張をした訳だが、同教授は「強制されたから不法という議論は第一次大戦(191418年)以降のもので、当時としては問題になるものではない」と一喝したという。


韓国側は「条約に国王の署名がない」事などを理由に「不法論」を主導している李泰鎮ソウル大教授はじめ全員が「不法論」で会議をリードしようとした。併し、併合条約に国王の署名や批准がなかった事についても、国際法上必ずしも必要なものではないとする見解が英国の学者らから出されたのである。


日本の原田教授は併合条約に先立ち日本が外交権を掌握し韓国を保護国にした日韓保護条約(1905年)について、皇帝(正確には被保護国の国王)の日記など韓国側資料の「日省録」や「承政院日記」などを分析し、高宗皇帝は条約に賛成し、批判的だった大臣たちの意見を却下していた事実を紹介し注目された。


日韓両国の間では、これまでも歴史問題を巡って様々な論争があったが、「日韓併合」が不法だったか否かという論点で、このような国際会議が持たれた事は一般には意外と知られていない。例えば、韓国側は今でも「日韓併合」は不法だったと言い、これを学会では「日韓併合合法不法論争」と評しているという。


「日韓併合は不法だ」という意見を持つのは韓国の自由だが、現在も韓国から日本には「日帝強占」だとか「人類史上稀に見る過酷な植民地支配」などという決め付けた言葉が浴びせられている。この国際会議の結論が日本国内に周知されていない為、日本の外務省は韓国に言葉すら返さず、文科省に至っては中学校歴史教科書の「日本は武力により朝鮮を植民地支配しました」などという間違った記述を認可している。


こういった「重要な国際学術会議に臨む際の日本政府の不関与方針」、または「学会側が外交問題に発展しうるという政治的重要性を認識していない為に政府に報告しない」などの日本側の外国政府に対するバラバラな対応は問題である。


この会議に出席した県立広島大学の原田環教授が、この点に関して注目すべき実証的研究成果を上げた。「青丘学術論集」という論文集の2004年の第24集に掲載されたもので、「第二次日韓協約調印と大韓帝国皇帝高宗」という題の論文である。


この論文によれば、「第二次協約の調印の時に高宗という王と、その周りに5人の大臣たちが居たが、その5人の大臣たちが、全て終わった後に王に上奏文を提出した。」その史料はこれまで埋もれていて、研究された事が無かったのだが、原田教授はそれを初めて評価され、「同協約の締結に関して韓国の高宗皇帝が、日本側の協約案を修正し調印する方向に、則ち交渉妥結という事で一貫した行動をとった」という事を実証するものであった。


従って、「第二次日韓協約は韓国の高宗皇帝の意図に沿って行なわれた」ものだったという事が分かってしまったのである。これは朝鮮史研究上の非常に大きな成果であって、これからはこの線に沿って研究が行なわれていくのが望ましい。韓国側にして見れば甚だ不利な研究成果が出された訳で、現在の韓国政府は上述の国際学術会議は無かったかのような対応をとっている。日本政府、外務省はこの国際会議の成果を、対韓外交に積極的に活かしていくべきだろう。


「日韓併合」については韓国や北朝鮮から今なお執拗に「不法論」が出され、謝罪や補償要求の根拠にされている。「日韓国交正常化」の際も激しく対立したが、合法・不法の結論は出さず「今や無効」との表現で国交正常化(1965年)に漕ぎ着けた経緯がある。


韓国はこの時、「第三国が入っての国際会議では、自国に100%有利な成果が上げられるとは限らない」という現実を学んだ。だから、「慰安婦(高給取りの追軍売春婦)」を「性奴隷少女と捏造」したり、「徴用工」を「強制連行された奴隷的労働者」と呼び変えたりする時に、第三国の学者を交えての国際会議など絶対に開催しなくなってしまった。


韓国にしてみれば、在りもしない証拠を要求される学術会議などを開催されては、嘘をつき通す事ができなくなってしまうし、わざわざ会議など開かなくても、「国際社会に感情論で声高に訴え続ければ日本政府は謝罪し賠償金を払う」という事を学んでしまった訳だから、今更、学術的裏付けなど必要ないのである。


韓国は、今では上記の国際学術会議での結論など無視して国際法に則った「日韓併合」を「人類史上稀に見る過酷な植民地支配」と言い続けた事により、嘘が恰(あたか)も真実になる事を学んでしまった。だから、次々と妄想に基づく捏造を生み出し、後は日本政府を国際社会で責め立てればいいだけの話である。そしてそれを着実に実行している。


日本の教育界もマスメディアも今では平然と正当な「日韓併合」を自ら「武力による植民地支配」と言い、国民にそのように教育し、報道している。韓国に限らず、日本は反日国(特に特亜三国)に対して戦略が無いと言われるが、実際その通りである。


一例を挙げれば、旧日本軍は大東亜戦争に敗れて各地で武装解除された。支那の地に於いても同様であり、武装解除された以上、日本軍が所持していた「武器弾薬・兵器類」の管理責任は戦勝国である中華民国政府に帰属する。併し、中華民国は国共内戦で中華人民共和国に敗れて台湾に敗走した。


常識的には、中華民国が逃げる時に放置していった「武器弾薬・兵器類」の管理責任は中共政府に受け継がれたと考えるか、放置して行った中華民国を追及すべきものである。併し、中共政府は日本軍による遺棄化学兵器と決めつけ、(恐らくダメもとで)その処理費用として日本政府に総額60兆円の請求をしてきた。自民党の麻生政権時は筋違いな中共の要求を毅然と拒否した。


併し、その後折悪しく民主党が政権を執り、その愚昧さに付け込んだ中共は根拠なき莫大な「遺棄化学兵器処理費用」を再び民主党政権に請求してきた。中共の予想通り民主党政権は、異常に膨大とも言える請求額をそのまま受け入れてしまった。国際法の知識がある民間識者でもついていれば、こんな無駄な出費は避けられていた筈である。


学術研究と政治外交は別物である。その方が望ましいに決まっているが、外国勢はそんな綺麗事を実践してはくれない。従って、今後は日本も外国勢の不当な抗議内容、補償・賠償要求には官民一体となって検証に当たり、論理的に必要がないと判断されたものについては毅然と撥ね付ける賢い対応が必要である。今後、官民協力の必要性は益々高まってくる事が予想される。日本政府が民間の知識を積極的に有効活用する事を望みたい。


--------------------

参考資料:産経新聞(2001.11.27

古田博司氏著『東アジア「反日」トライアングル』文春新書