2013年に東レが韓国に世界最大の炭素繊維の先端技術工場を建設するという報道に接し、乱暴な言い方をすれば「愚かな裏切り者企業」ではないかと腹を立てた記憶がある。韓国からの続報を読み直してみて感じた事を書いてみる


韓国 中央日報(日本語版)の20161020日の『多様なインセンティブ、東レの5兆ウォン韓国投資を引き出した』という記事を読み直してみて、改めて大きな危機感と疑問を持った。いや、正直に書こう。私は日本人として怒りさえ感じた。韓国でも産業の空洞化は末期的だとも言われているが、当時の朴槿恵大統領の自国企業への韓国回帰誘導政策を以ってしても韓国企業が韓国に戻ってこようとしない中、日本企業の東レだけがなぜ最先端技術である炭素繊維生産の一大拠点を韓国に移転する決断をしたのだろうか? 


然も、炭素繊維生産工場としては世界最大規模である。これからの国際的競争に勝ち抜く為に不可欠な日本の最先端技術の生産拠点が、日本ではなく韓国に移転した事を、企業の経営陣と日本政府はどのように考えているのだろうか? 人件費の安さ、従業員の真面目さ、器用さなどは東南アジア、例えばベトナムなどの方が圧倒的に有望な筈である。競争相手が殆んど居ない訳だから日本の人件費が高いとはいえ日本に拠点を置き続ける選択肢も除外できない筈であったのではないか。


また、日本政府はこういった日本独自の最先端技術が外国、特に韓国などの日本に敵対する国に漏れていかないような政策を検討しなかったのだろうか? 特殊技術を護る為の特例インセンティブとして税制優遇措置を設ける事も、しようと思えばできない事はなかったのではないか? 炭素繊維の技術漏洩を防ぐ為なら補助金を出しても良かったのではないか?


嘗ては白物家電の作り方を韓国に教え、韓国に追い抜かれ、テレビ事業でも韓国の安い製品に打ち勝てず、日本企業は次々とテレビ事業から撤退した。IT製品などの先進技術でも日本はリードしていながら決断の遅さ故、韓国の後塵を拝した。液晶事業は為替操作に太刀打ちできなかったし、有機ELディスプレイでも日本が先行していながら韓国の方が先に実用化した。日本企業は韓国に技術を与え、或いは盗まれた事で嫌というほど煮え湯を飲まされた筈である。併し、その失敗から何も学んでいない。日本政府も韓国に対抗する目に見えた経済的対抗措置はとっていない。日本が長年開発し、韓国に真似されて大儲けされてしまう構図で苦杯を嘗める失敗を、日本企業と日本政府は何度でも繰り返す。


東レが惹かれた韓国政府の多様なインセンティブの一つに電力価格が日本の半分以下というのがあった。まともに考えて日本の半分以下で採算が取れる訳がない。従って、東レが約束を取り付けた数十年に及ぶ数々の政府インセンティブは韓国政府の台所事情次第で突然反故にされるリスクがある。韓国の海運大手「韓進海運」の破綻は日本が神戸の大震災に襲われたのをチャンスとみた韓国政府が海運事業に破格の補助金を付けて、事実上のダンピングで日本が受注していたコンテナ輸送をごっそり奪っていくなどして日本の海運会社を苦しめて自国の企業を躍進させるという韓国得意の汚い遣り口だった。併し、韓国政府が補助金を付けられなくなった事で「韓進海運」は価格競争力を失ない破綻した。


テレビ事業でも、白物家電でも、液晶事業でも、全てこの韓国政府のインセンティブというダンピング奨励策で日本は市場を奪われた。恐らく韓国政府は、東レから炭素繊維の技術を吸収したと判断したら、苦しい台所事情を無理して日本企業へのインセンティブを続けはしないだろう。いずれ東レは後悔する事になる。


産業再生機構の制止を振り切って鴻海精密工業に身売りしたシャープ経営陣の自己保身最優先の意思決定も見苦しかった。産業再生機構はシャープ経営陣の総入れ替えを求めたが、鴻海精密工業は経営陣の人事には口出ししないとした。そんな訳がないとも知らずシャープは鴻海に転んだ。最近では「国家への忠誠心」などと言うと、当たり前の事なのに軍国主義の復活だなどと非難される風潮があるが、ならば言葉を変えて、東レ、シャープ経営陣に共通する事は日本企業としての「アイデンティティの欠如」ではないだろうか? 先ずは、以下に中央日報の記事を全文引用する。(為替レートは2017919日のものに差し替えた)

 

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東レグループの子会社である東レ尖端素材が19日に慶尚北道亀尾(キョンサンブド・クミ)の国家第5産業団地で亀尾第4工場建設に向け起工式を行った。これは東レ尖端素材が韓国に作る5番目の工場だ。2021年に完工すれば亀尾ハイテクバレーに変身する第5産業団地の入居企業第1号となる。 


東レの工場設立は韓国企業が海外に工場を移し韓国国内の産業空洞化に対する懸念が大きくなっている中でのことで意味がある。韓国政府は2013年から海外にある韓国企業の国内復帰を誘導する法律(海外進出企業の国内復帰に関する法律)を用意したが、成果はわずかだ。東レは亀尾第4工場に外国人直接投資資金(FDI1416億ウォン(約150億円)を含めて合計4250億ウォン(451億円)を投資する。中長期的に2030年まで5兆ウォン(5308億円)が投資される予定だ。記事を読むと韓国政府が用意した各種インセンティブ(経済的優遇策 金で技術を盗む計画)が功を奏したようだ。韓国企業さえ離れていくのになぜ東レは人件費が安い東南アジアや市場が大きい中国ではなく亀尾を選んだのだろうか。 

  

まず長期にわたり亀尾で地ならしをしており地域基盤が硬い。1972年に韓国と日本の合弁で設立した第一合繊が母体だ。東レ尖端素材の李泳官(イ・ヨングァン)会長が「亀尾地域に長期にわたり基盤を置いた企業として、亀尾ハイテクバレーに初めての入居企業としての使命感を持って韓国東レグループは投資誘致活性化に寄与していく」と話したことや、東レの日覚昭広社長が「韓国政府と自治体の積極的な支援で成長することができた」と感謝を表明したのも同じ脈絡だ。 


韓国政府が先端技術保有企業に与える各種インセンティブと優遇策も今回の決定に一役買った。産業団地の土地は50年間無償で使え、地方税は15年間、法人税は7年間免除・減免される。韓中自由貿易協定(FTA)締結で中国に輸出する際に関税の恩恵を得られるのも長所だ。道路・物流など社会的インフラが整っており優秀な人材が豊富だということも魅力的だった。 


慶尚北道が推進する融合・複合炭素整形部品産業クラスターにかける期待も大きい。アジアでの需要増大に先制的に対応するため亀尾工場増設を決めたという説明だ。第4工場を中心に炭素繊維と複合材料事業を拡大する予定だ。自動車軽量化素材とエコカー核心部品供給体制を作ることができる。ポリエステルフィルム生産施設の増設は次世代ディスプレー産業拡大に対応するためだ。ポリエステルフィルムはモバイル機器やテレビなどのディスプレー機器、電気自動車に使われる電機電子用素材で今後関連産業の成長が予想される。 


東レ尖端素材関係者は「亀尾には前後方産業がそろっており、自治体と政府レベルで支援する各種育成計画も注視した。特に不織布生産は世界拠点のうち韓国が核心になるだろう」と話した。 


これに先立ち7月に全羅北道セマングム団地に完工した東レ尖端素材の群山(クンサン)工場も当初は東南アジアに建てられる計画だった。2013年の決定当時には荒野だったセマングムに工場を作るのは一種の冒険だった。世界で初めてポリフェニレンサルファイド樹脂(PPS、スーパーエンジニアリングプラスチック)、PPSに炭酸カルシウムを混ぜ丈夫にしたPPSコンパウンドと、原料になる硫化水素ナトリウム(NaSH)、パラジクロロベンゼン(p-DCB)を生産する一貫工場であり、より悩みが多かった。だが自治体と政府の積極的な誘致努力のため心を決めたという。 


結局2014年7月に215000平方メートルの敷地で起工され、今年7月にPPS樹脂年産8600トン、PPSコンパウンド年産3300トン規模の工場がセマングム団地にできることになった。中国に輸出されるPPSに課される関税は2019年にはゼロになり価格競争力が高まる見通しで期待が大きい。東レ関係者は「PPS生産に必須のNaSHとベンゼンは群山と麗水(ヨス)近隣で求めることができ物流費も減らすことができた」と話した。 


この日亀尾第4工場の起工式には朴槿恵大統領とチョン・マンギ産業通商資源部第1次官、金寛容慶尚北道知事、長嶺安政駐韓日本大使ら500人余りが参加した。 


朴大統領は「第4次産業革命に積極的に対応するためには素材産業の育成が重要だ。新産業に対する投資と外国人投資誘致を拡大するだろう」と強調した。

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この記事を読んだ日本での読者(必ずしも日本人とは限らない)の反応は 興味深い(19件)、悲しい(11件)、すっきり(1件)、腹立つ(360件)、役に立つ(2件)であったという。


東レが炭素繊維の生産拠点を韓国に移転した3年後の中央日報には、「韓国産炭素繊維、日本企業の独壇場に挑戦状」という華々しい見出しの記事が踊った。韓国の素材技術力が米ボーイング社などに認められ、仁荷大化学科のパク・スジン教授は「ボーイングが韓国製品に関心を持つというのは、それだけ技術力を認められたという意味」とし「炭素繊維は航空だけでなく自動車にも適用される可能性があり、輸出効果が大きい」と述べた。この日のミーティングに参加した周亨煥(チュ・ヒョンファン)産業部長官も「航空部品の輸出額を昨年の18億ドルから2020年までに45億ドルに増やす」と述べたという。炭素繊維は韓国のお家芸と言われる日もそう遠くはないだろう。


また、記事には T1000と呼ばれる高強度炭素繊維製品は戦闘機やミサイルに使われるため輸出統制も受ける。とも書いてあった。日本政府・日本企業には先端技術の漏洩から「日本の国益を護る」重要性を考えているのだろうか? 

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◼︎国産炭素繊維、日本企業の独壇場に挑戦状

http://japanese.joins.com/article/768/214768.html