《米国支配層の反日に警戒しつつ、日本は日本の国益を追求せよ》


日本人は、大東亜戦争末期の米国側の勝利目前の不必要な人類初の原子爆弾を実験投下された事を簡単に忘れてはいけない。中共のように被害を捏造して政治利用する必要はないし、韓国のように同じ日本人として戦っていながら、日本が負けると掌を返して日本の被害者を騙り、有りもしなかった被害を妄想・捏造して謝罪と金の無心を際限なく続ける必要もない。ただ長い時を経たからといって受けた被害者の無念が消える訳でもないし、米国が犯した非人道的な行為が許される訳でもない。当時を必死に生き、或いは亡くなられた我々の先人たちの思いを、現在の日本人は「一度たりとも歴史の正義を語らぬまま」軽々に忘れ去ってはならない。現代日本人は一度胸に手を当て立ち止まって考えてみる必要があるのではないだろうか?


オバマ前大統領が現役の米国大統領として広島を慰霊訪問し、返礼に安倍首相が真珠湾のアリゾナ記念館を慰霊訪問した。それはそれで美しい行動のように見えなくもない。併し、本当に必要だったかどうかも疑わしい。然も、大量の生きた人間を実験台とした原子爆弾の投下と、追い詰められた末の止むに止まれぬ真珠湾攻撃はどう考えても〈相対化〉などできるものではないし、「極東国際軍事裁判」という到底裁判などとは認められぬ〈私刑〉で日本国は貶められ、国際社会に反論の機会を与えられぬまま現在に至っている不条理は未だ未解決のままである。


日本には古来より「禊(みそぎ)」という独特の文化がある。自分の体に溜まった穢れや罪などを綺麗な川に浸かったり、滝に打たれたりする事で洗い流してしまうという考え方である。この「禊」の語源が「水濯ぎ(すすぎ)」だと言われており、この言葉から派生して「水に流す」という言葉が生まれた。詰まり「水に流す」という言葉には「禊を済ませましょう」という意味がある。だから日本人は過ぎ去った忌まわしい事を何時迄も遺恨として引き摺らずにある程度の時が経てば「水に流す」と言って忘れようとする。


一方の米国社会には今でも「原子爆弾の投下は必要だった」という考え方が根強く残っている。勿論、原爆の実験に成功した時点で、実戦使用は避けて無人島などへのデモンストレーション投下で事足りると大統領に進言した良心的な意見もあり、実戦使用は必要なかったと考える米国人も少なからず居る事は事実であるが決して多数派ではない。原子爆弾が投下されてから70年以上の時が経ち、日本人の心には被害者としての意識が薄れ、謝罪を受け容れる土壌が自然に醸成されているとはいえ、米国側は一度として謝罪めいた言葉を発していないどころか、原子爆弾の投下を正当化する教育を続け、実際に退役軍人会などは、エノラ・ゲイ展示に被害写真のコーナーを併設展示する事すら拒否している。


エノラ・ゲイ(Enola Gay)とは、1945年8月6日午前8時15分に広島市に人類史上初めて原子爆弾「リトルボー イ」を投下した事で世界的に知られている米空軍が使用したB-29爆撃機の機名である。その3日後に長崎に投下された原子爆弾「ファットマン」は同型のB29爆撃機で運ばれ、その機名はボックスカー(Bockscar)と名付けられていた。「リトルボーイ」は〈ウラン235型原子爆弾〉で「ファットマン」は〈プルトニウム239型原子爆弾〉である。同時期に2種類の原子爆弾を使用してその差を見極めたのである。それが〈無辜の日本国民を使った人体実験〉であった何よりの証拠である。現在は、ワシントンD.C.にあるスミソニアン航空宇宙博物館別館に於いて堂々と常設展示されている。


この感覚が我々日本人には理解できない。広島に於ける爆殺被害者は12月中に122,338人に上り、長崎では73,884人が爆殺されたと報告されている。2~3年後には広島、長崎両県でおよそ30万人以上が原爆により死亡している。当時も現在も多くの米国人には「無辜の民である日本人の大量殺戮が、人類史上稀に見る人道に悖る罪であるという意識の欠片も無い」のである。戦後72年にして、あのピカピカの機体の状態は、日本人には極めて不自然な事と思われる。グァムやサイパンで朽ち果てながら現場保存されている旧日本軍の戦車などとは大違いである。


実は任務遂行後、間も無く将来の展示に備えて、アンドルーズ空軍基地のエアフォースワン(大統領専用機)のサブ機の隣に、油紙に包まれて、晴れて展示される日を待って解体保存されていたのである。所属名義は勿論、スミソニアン博物館である。


スミソニアン側の説明によると、ライト兄弟から始まった航空技術の発展を技術的発展という観点から展示しようとしたものであると言う。空港ほどの大きさの建物に、戦争に使われたミサイルや航空機、また最近役目を終えたコンコルドなどが所狭しと展示されている。


併し、航空機の発展の歴史をテーマにしているというが、フロアの大半を埋めているのは、第二次大戦中の戦闘機である。ナチスの戦闘機などに紛れ、日本からはロケット推進の特攻機・桜花などが展示されている。また、「人類に貢献した航空機のテクノロジーを展示する」という建前にも関わらず、9.11テロの残骸(ワールド・トレード・センターの破片と炎上するペンタゴンの写真)も展示している。


戦勝50周年を祝う目的で企画された、1995年の「エノラ・ゲイ展」は、「エノラ・ゲイ」と、それが投下した原子爆弾「リトルボーイ」の威力、即ち広島での惨状の写真などを同時に展示しようとしたスミソニアン側に、前述した通り、退役軍人から強力な政治的圧力がかかり、展示開始を目前に被害写真の展示企画が頓挫してしまったという経緯がある。


この「エノラ・ゲイ問題」で見えてくるのは、「エノラ・ゲイ」と「原爆」に対する日米間の温度差である。日本はもとより大多数の国際社会では、「原爆」は〈使ってはいけない大量破壊兵器〉であり、人的被害の甚大さは決して忘れてはいけないものである。併し、米国では「エノラ・ゲイ」は第二次世界大戦を終結させた記念碑的功労機であり、当時の米国科学技術の究極であると国家の誇りとして展示している。


勿論、原爆を落として済まなかった、と思っている米国人も少なくないと信じたいが、一般的には殆んど忘れられているのが現実だ。また、日本と違い、米国では原爆についての被害教育が殆んどなされていない。ヒロシマで何が起こったか知らない者も少なくない。「原爆を落とした」と言えばわかるが、「エノラ・ゲイ」という名前を聞いて、それが何かとピンと来る米国人は少ないだろう。


「エノラ・ゲイ」という名称に関する下品なジョークが幾つもあるが、日本人として聞くに耐えず不愉快極まりないので、ここでは紹介しない。


現在は、スミソニアン航空宇宙博物館の別館となるスティーブン・F・ウドヴァーヘイジー・センター(ワシントン・ダレス国際空港近郊に位置)が完成した事により、その中で展示されている。重要な常設展示機体であり、その歴史的背景から破壊行為などが行なわれないよう、複数の監視モニターで監視され、厳重な管理下で公開されている。


さて、ここで考えたい。米国のあっけらかんとした「エノラ・ゲイ」の保存、戦勝50周年の記念展示に日本に対する悪意は全く無いと言えるのか甚だ疑問である。米国人というのは、とにかく記念日に拘る。子供のように拘る。そして日米間について考察する時、避けて通れない問題は、やはり人種差別問題である。


大東亜戦争に人種差別は関係無いと米国人は主張する。併し、米国人は徹底的に日本人を毛嫌いしたのは紛れもない事実である。日本人に対する人種偏見を証明する数々の証言記録も残っている。


1905年、サンフランシスコ大地震に於いて、当時貧しかった日本は25万ドルの義援金を支援した。その返礼が公立学校からの日本人子女子弟の追放であった。米国の首都ワシントンD.C.のポトマック河畔の桜並木は、世界の名所の一つになっている。この桜は明治の終わり頃に、米国のタフト大統領夫人の希望を受け、当時の尾崎行雄東京市長がプレゼントしたものだ。これに対して米国は日系移民の排斥で応えた。


米国人の心情は様々な記念日に現れている。A級戦犯の絞首刑は今上天皇(当時 皇太子殿下)の誕生日に執行された。押付け憲法(占領時統治法)の公布は11月3日の明治節であった。東京大空襲は陸軍記念日の3月10日である。陸軍記念日とは、1905年3月10日に、日露戦争の奉天会戦で大日本帝国陸軍が勝利し、奉天(現在の瀋陽)を占領して奉天城に入城した日である。


また、ニクソン(当時)米大統領は、わざわざ日本が敗戦した日を狙ってドル紙幣と金との兌換(だかん)一時停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制の終結を告げた。第2次ニクソン・ショック(ニクソン不況、ドル・ショック)は、1971年8月15日に発表された米国の新経済政策である。


全てが偶然と考えるのには無理がある。これほど重なる偶然など絶対に無いといえよう。米国は明らかに、100年以上も前から、日本に強い悪意を持っている。ここでいう米国とは、米国人全般を指すものではない。飽くまでも米国支配層と一部の米国人を指している。だから殊更、日本が反米に傾斜する必要はない。当面の間は反米思想は日本の国益に反する。(日米軍事同盟の賞味期限は精々あと10~20年と思われる)だから米国人が日本人をどのように思おうと日本は米国との平和友好、そして日米安全保障条約を毀損するような事をしてはならない。


併し、安倍首相の口から「日米両国の〈真の和解〉」という言葉を聞かされた時、私は釈然としないものを感じざるを得なかった。一度として「歴史の正義」を語らずして「戦争当事国同士の〈真の和解〉」など有り得るのだろうか?」 数知れない理不尽な行為を裁かれる事も無く、戦勝国側に都合の良い「戦後世界秩序」の中で不都合な事は全て敗戦国に押し付けて現在に至っている戦勝国が、何の悪びれもせず接近してきた時、我が日本は笑顔で応じるしかないのであろうか? 理不尽をそのままに、更に有りもしなかった罪まで責められ続け、「歴史の正義」を一言も語らないまま「和解」を語る事は、英霊や先人を蔑ろにする行為である。


オバマ元大統領との「和解・日米同盟の深化」も、トランプ新大統領との間の「首脳同士の相性の良さ・確固たる日米同盟の確認・日米両国の友情」も、悲しいかな単なる〈政治的な方便〉に過ぎないのである。我が日本国が誇りある主権国家として米国から自立し、国際社会から尊敬を勝ち取る為には『東京裁判史観』からの脱却は避けて通れない道である。何れ時来たり、晴れて「東京裁判」を否定できる環境整備を整え、数々の冤罪を晴らした時こそ、日本は真の独立国として自他共に認められる。「歴史を俯瞰して見る」とはそういう事ではないだろうか?