「大東亜戦争」の総括を避けてはいけない。また、国際社会では曖昧な態度を続けていては信用を失なう。軋轢を避けようとの事勿れ主義が一番いけない


「第二次世界大戦」とは、19399月のドイツ軍によるポーランド侵攻と続くソ連軍による侵攻、そして英仏からドイツへの宣戦布告と何れもヨーロッパを主戦場とした戦争と、その後194112月の日本と米国との開戦によって、戦火は文字通り全世界に拡大し、人類史上最大の大戦争となった。とされている。


併し、よくよく考えてみると〈「第二次世界大戦」をひとつの戦争と考えるのは「恣意的な誤りある括り」〉であり、あの当時をただ世界各地で戦争が繰り広げられたと単純に、或いは〈アジア地域での戦争の意義を矮小化〉した捉えた考え方であり、正確に世界史を理解するには不適切な概念と考えられる。


謂わば、「第二次世界大戦」とは、当時、繰り広げられた〈ヨーロッパとアジアに於ける別種の戦争を無理矢理一纏めにした〉ものを指した些か無理のある呼称なのである。


その「第二次世界大戦」を巨視的に観れば、「ヨーロッパの戦争」はドイツの侵略戦争を発端とした、謂わば〈白人たちが勝手に始めた戦争〉で、人類史的意義など何処にもない戦争である。それに対して「アジア地域に於ける戦争」は、〈白人諸国がアジア地域に持つ植民地権益を守ろうと有色人種国家の雄たる日本を壊滅せんと総掛かりで襲い掛かってきた戦争〉であり、その人類史的意義は計り知れないほど大きい。


「アジア地域の戦争」は、日本が白人列強諸国に追い詰められた末に起こした戦争とはいえ、その成果として〈有色人種国家の白人諸国からの独立〉をほぼ完全に成し遂げさせた。各植民地が完全に独立を果たしたのは日本が敗戦した年より遅れる事39年、ブルネイが英国から独立した1984年である。その後も、中東や南米、アフリカなどへと植民地諸国の白人宗主国からの独立機運は発展していった。


白人諸国により植民地とされていた有色人種国家の独立機運は、すべて「大東亜戦争」から始まったと言っても過言ではない。それを「第二次世界大戦」とか「太平洋戦争」などと歪曲・矮小化して呼び習わすのは、正しい人類史の意義を理解する妨げとなる。旧大日本帝國議会は、先の大戦を日本人の理想を込めて「大東亜戦争」と命名した。その真意を軽んじてはならない。


人類の歴史には、常に「明と暗」があるものだ。現代の価値基準に照らして見れば、日本の戦争意図に自国の権益を拡大しようとの覇権主義的思惑があった事は事実である。併し、当時の世界では帝国主義は悪ではなかった。そして「五族協和・八紘一宇・大東亜共栄圏構想」という大いなる理想が日本には確かにあった。


米英を始めとした白人諸国と、アジア諸国を裏切った中国国民党政権により、追い詰められた末に開戦の止む無きに至った大日本帝國には、始めから「大東亜戦争」を戦い切る計画はなかった。ある程度のところで講話条約に持ち込むという甘い目算があった事は否定できない。


併し、世界征服の為に、もともと勝利の目算の立たない戦争に闇雲に邁進したとの評価は「大東亜戦争」に追い詰めた白人諸国の悪意から目を背けた、正当な評価とは言えない。F・ルーズベルト米大統領とW・チャーチル英首相は真珠湾攻撃の4箇月前には、ニューファンドランド島沖の船上で、「日本を戦争に巻き込んで勝利した暁には日本を武装解除しよう」との密約を交わしていた。ある程度のところで講話条約に持ち込むという日本の計画は最初から通る話ではなかった。


また、第二次世界大戦の連合国の戦後処理構想の一環として開催されたカイロ会談(19431123日~27日)では、米大統領F・ルーズベルト、英首相W・チャーチル、中国国民党主席蔣介石が参加して、同月初めに日本の東条英機内閣が、大東亜共栄圏に組み込んだアジア諸国の代表を東京に招集して大東亜会議を開催し、116日には「大東亜共同宣言」を発表して、戦争目的を「アジア解放」に置いた事に対抗した。更に、〈日本の無条件降伏後の扱い〉についても話し合われた。


日本指導層に対する日本国民の責任追及は、日本国民の手によっては未だ手付かずで何も為されてはいない。敗戦後72年も経ってしまった今となっては、日本人としては戦争責任者を裁く事よりも、「大東亜戦争」そのものを自らの手で総括する必要があるだろう。況してや、1946年(昭和21年)53日から1948年(昭和23年)1112日にかけて大日本帝國 敗戦後に戦勝国側のみによって一方的に執り行なわれた極東国際軍事裁判(東京裁判)の検証は絶対にやらなくてはならない。


「第一次世界大戦」では敗戦国を戦勝国が裁く「戦争裁判」は執り行なわれなかった。敗戦国(ドイツ)は、再起不能と言われるほど莫大な賠償請求を受けたが、「道徳的に絶対悪」などとはされなかった。この「第一次世界大戦」と「第二次世界大戦」に於ける『戦争裁判の有無』は、日本にとっては非常に大きい。形容し難いほど大きい。


日本人には不得手と言われているが、戦争には「情報戦・宣伝戦」がつきものである。併し、戦争が終われば「情報戦・宣伝戦」も終わり、敵方になすり付けられた汚名も胡散霧消する。ところが「大東亜戦争」では、不幸な事に「東京裁判」なる私刑が執り行なわれた為に「情報戦・宣伝戦」(嘘)が後の世に確定的に浸透してしまった。


「第一次世界大戦」までは、『ウェストファリア体制の理念』とも言える、「戦争に善悪正邪を介在させないという不文律」が守られていたが、「第二次世界大戦」では戦勝国側は、その不文律を破って、勝者が正義の側に立ち、敗者を邪悪なものと決め付けて、急ごしらえの「事後法」を以って裁くという、文明に逆行する行為を働いた。


「南京大虐殺という虚構」も、後に生じた「慰安婦強制連行の虚構」も皆、この『ウェストファリア体制の理念という不文律を破ってしまった』という文脈状に生まれたのである。


戦勝国側(特に米国)及び戦時中は国家さえ誕生していなかった戦勝国を騙る中共や南北朝鮮は、現在に至るもその理不尽なスタンスを変える事を頑なに拒み、これを正そうとする者には「歴史修正主義」の烙印を押して、「戦後世界秩序」なる捻じ曲げられた史実にしがみついて自国を道徳的高みに置いて外交的地位を少しでも有利にしようと画策している。


大東亜戦争に於ける雌雄が実質的に決した後に米国が日本に為した〈都市部絨毯爆撃と原子爆弾の実験投下は、無辜の民を対象とした大量虐殺行為である〉。併し、米国やソ連が犯した戦争犯罪が法の裁きを受ける事は無かった。


大東亜戦争開戦に至る経緯こそ、F・ルーズベルト、W・チャーチルの「共同謀議」であり、在米日本資産の凍結や石油・屑鉄の禁輸、ABCD包囲網などは、既にれっきとした戦争行為であった。「第二次世界大戦」という曖昧な括りの中での「アジア地域に於ける戦争」は、真珠湾攻撃のずっと前から、実は始まっていたのである。


戦争末期の日本本土の各都市部200箇所余りへの絨毯爆撃(大量焼殺)・2種類の原子爆弾の実験投下(大量爆殺、及び放射能被曝加害)は、軍隊を対象としたものではなく、明らかに何れも無辜の民を標的に狙った卑劣な攻撃であった。国際法上も、人間としての道義に照らしても、公平な眼で見て判断すれば、間違いなく「犯罪行為」であった。併し、これについては誰も裁かれてはいない。


戦争とは普通は軍服を着た正規の軍隊同士で戦うものである。兵士が民間人を殺傷したら戦争犯罪である。米国は日本の一般人を90万人以上も殺戮した。その上で所謂「東京裁判」と連合国軍最高司令官総司令部(GHQSCAP)による戦闘期間の2倍弱に及ぶ「洗脳統治」をしたのである。何れも〈悪辣極まるもの〉であった。


併し、どういう訳か〈米国人を恨む日本人は極めて少ない〉。それどころか、右翼も、左翼も、偽善的平和論者も、米国政府を断罪し、謝罪・賠償を要求する者はこの72年間に一人として現れなかった。戦後の日本人の多くは、米国と米国人が大好きである。これは〈国家規模のストックホルム症候群〉に陥っているとしか思えない。


嘗て、米国に公然と立ち向かって殺されたリビアのカダフィ大佐は「原子爆弾を投下された日本人は、なぜ米国を恨まないのか?」と訝った。これが正常な判断というものだろう。「GHQSCAPによる洗脳の成果」と言ってしまえばそれまでだが、既に敗戦後72年が経過している。「洗脳の成果」であるならば、いい加減に目醒めても良さそうなものだ。


何も韓国のように、延々と恨みがましく謝罪と賠償をせがめというのではない。そもそも韓国の恨みの根拠は嘘である。例え真実であろうとも、いつまでも恨み続けて、謝罪や賠償を要求する行為は日本国民としての美学に反する。併し、正当な主張もせず、GHQSCAPの言いつけを守り続けて、「我々のご先祖は侵略戦争をしてアジア各地で悪い事をしたから、謝罪や経済援助をし続けるのは当たり前だとか、戦勝国である米国には逆らってはならない」と未だに考えているとしたら、それは間違いである。


あれほど勇猛果敢であった日本軍が一斉に武器を置いた。神風特別攻撃隊まで組織し、整然と散華された英霊が居られた日本軍が、部分的にすら、籠城したり、テロ行為に打って出たりもせず、一斉に武器を置いた。国民は玉砕を唱えて竹槍訓練までしていたのに、占領軍に襲いかかる日本人は一人も居なかった。天皇陛下が発せられた「勅令」の故である。


これは外国人には絶対に分からぬ事である。米国人がこれを理解できなかった事は、その後の米国の歴史が証明している。イラク戦に勝利しておきながら、日本のような占領統治はできなかった。米国はイラクを第二の日本のように見立てて中東支配ができると構想していたのだろうが、全ては脆くも崩れ去り、跡には地獄が残った。


テロの犠牲者数は正規の戦争犠牲者数を上回り、米国はイラクを中途半端な体制で投げ出してしまった。米国全体が厭戦気分に覆われ、2013910日、オバマ(当時)米大統領は「世界の警察官の辞任宣言」をした。その後はシリアに脅しをかけて見せるも、簡単に踏み躙られても手出しもできないという醜態を晒した。


こう見てくると、米国の洗脳統治が殊更 巧みであったのではなく、「恨みを持たない日本人」が国際標準から大きくかけ離れていた事が歴然と際立って見えてくる。


原爆被害者の慰霊碑に「二度と過ちは繰り返しません」と刻みこみ、毎年開催される慰霊祭では、米国に対する恨み言は一切出ないし、米国大統領の広島の慰霊祭への初訪問には感謝さえした。「東京大空襲」を語り継ぐ時も、戦争の悲惨さこそ強調されるが、ここでも米国に対する恨み言は一切出さない。日本は都市部大空襲を指揮したカーティス・ルメイ少将に勲一等旭日章を授与した。これはもう「玉音放送」の威力などでは無く、日本人の自虐的国民性と解釈せざるを得ない。


併し、これを日本人の国民性として簡単に見過ごしていていいのだろうか? 敗戦後は、明らかに理不尽な言いがかりにも日本政府は正式に謝罪してしまう。求められるままに何回も謝罪し、何回もカネを支払う。ところが、国家として正式に認めておきながら日本外務省は「史実と異なる」と抗議をする。民間識者たちも「南京大虐殺」「日本軍性奴隷」は無かったとの主張をやめない。勿論、正当な抗議をする事の方が正しいのだが、その前に日本政府が正式に冤罪を認めて謝罪賠償をしている。こういった行為は外国人から見てどう映るのだろうか?


認めては否定し、認めては否定する。これを繰り返す日本という国は本当に信頼できる国として国際社会に受け容れられるだろうか? 私ならそんな国は信用しない。敗戦後の日本という国は、戦時中の理不尽、東京裁判の判決の理不尽、特亜の言い掛かりの理不尽、これらに対して毅然と反論してこなかった。併し、心の中では「いや、それは違う」と言い続けてきたのだろう。だが、言葉に出さずに心の中を諸外国に理解してくれというのは無理である。


間違った事、筋違いな事には、毅然と反論する。それが国際常識なのである。否、国際常識というより人間社会の常識である。嘗て、竹村健一氏が言われた「日本の常識は世界の非常識」という言葉を日本は地で行なってきた。その場を荒立てずに一歩引いて場を治めるのは、国際常識では通用しない、寧ろ如何わしい行為なのである。


我が日本が、国際社会から一目置かれる「主権国家・独立国」の地位を獲得する為には、今までのあやふやな態度を大きく改める必要があるだろう。特に黒白をはっきりつける勇気を身に付けるべきである。その場の軋轢を恐れる事勿れ主義が一番いけない。今まで怪訝に見られてきた態度を真摯に反省し、潔く改めた上で、本当に他国から尊敬される主権国家を目指すべきである。