あの GHQSCAP による7年弱の『洗脳統治』が無ければ、日本人であれば全員、教育されている筈の『精神的系譜』とも言うべき日本の神話を紹介する。漢字の読みが分かり辛いが、最低限、この位は知っておきたい。


--------------------

日本神話の始まりはギリシア神話に類似した『混沌(カオス)』から始まるが、天上世界である高天原(たかまがはら)に最初に出現するのは、天之御中主神(アメノミナカヌシ)という天上の摂理を司る独神である。


独神とは配偶者のいない単独で屹立する型の神であり、日本の最初期の5柱の神々の事を『別天つ神五柱(ことあまつかみ・いつはしら)』と呼ぶ。


アメノミナカヌシに続いて現れた神が、高御産巣日神(タカミムスビ)と神産巣日神(カミムスビ)という独神であり、その3柱に宇摩志阿斯詞備比古遲神(ウマシアシカビヒコヂ)と天之常立神(アメノトコタチ)を加えて始原の『別天つ神五柱』となる。


宇宙の始まりに生成した5柱の神々は、現世にその姿を現す事のない観念的・抽象的な神としての性格を強く持っており、アメノミナカヌシは特に天上の至高神としての位置づけであるが、タカミムスビとカミムスビは農作物を豊かに実らせ男女を結合させて生命を生み出す産霊(むすび)の神とされており、大和・出雲・壱岐・対馬など地域の多くの豪族から信仰を受けていた。


天皇陛下は神道の最高権威であり五穀豊穣を祈る祭祀を執り行う神官でもあられるが、天皇御即位の後に行なわれる豊穣に感謝する収穫祭である『大嘗祭(だいじょうさい)』でも、タカミムスビが斎田の傍らに祀られていた。カミムスビは母性原理を担当する女神とされており、その後に多くの神々を新たに産み出している。


アメノミナカヌシ・タカミムスビ・カミムスビの3柱は天地開闢(天地創造)を行なったという意味で『造化の三神』とも呼ばれるが、神々の起源を3柱の神に置いているのは『三尊三清(さんぞんさんせい)』という道教思想の影響だと考えられている。


タカミムスビとカミムスビの後には、神世七代の神々が生み出されたとされるが、その最後に生まれたのが『国生み・国土形成の二神』として知られる伊邪那岐神(イザナギ)と伊邪那美神(イザナミ)の夫婦神である。


世界が始まったばかりの時期には、原始の広大な海にどろどろした固まらない国土がバラバラに浮かんで漂っていたとされるが、アメノミナカヌシを筆頭とする天津神がイザナギとイザナミに『この国土を造り固めよ』という命令を出して、天の沼矛(あめのぬぼこ)を授けた。


イザナギとイザナミは天の浮橋に立って、下界に下ろした天の沼矛でコオロコオロと海をかき混ぜて引き上げると、矛の先から滴り落ちる塩が凝り固まっていき、自然に『オノゴロ島』という島ができ上がった。


『オノゴロ島』の意味は、自ずから凝り固まって出来上がった島という意味であり、神話上の見立てでは淡路島近郊の島がオノゴロ島と仮定されている。


『出雲国風土記』には巨大な鋤で海に浮かぶ国土を引き寄せて島根半島の岬にしたという『国引き神話』があるが、国土を海に浮かぶ魚のように見立てるアイデアは『漁撈民の集合無意識』に発しているとも推測されている。


イザナギ・イザナミはオノゴロ島の上に降り立って婚約を結び、天の御柱(あめのみはしら)を立てて広大な宮殿・八尋殿(やひろどの)を建設する。


そして、柱の周囲をお互いに逆周りに回って、出会ったところで『あなにやし えをとこを(あぁ、何と言う素敵な男か)』とイザナミが言い、『あなにやし、えをみなを(あぁ、何と言う素敵な女か)』とイザナギが言って性的結合をして、日本国土の大八洲(おおやしま)となる子ども達を生む。


併し、初めに生んだ子どもは淡島と手足の不自由な蛭子(ヒルコ)だったので、ヒルコは流して捨ててしまう。


太占(ふとまに)という占いをして天津神に伺いを立てると、最初に女であるイザナミが声を掛けたのが良くないという事で、今度は男であるイザナギが初めに『あぁ、何という良い女か』と声を掛けてから性的な交わりを行い、新たな国土となる子ども達をイザナミが生み出した。



イザナギとイザナミの夫婦神の神話には、『天父神・地母神の結合~分離』と『兄妹神的な近親相姦の問題(原罪)』というモチーフが関与しているともされるが、近親相姦的な神々の交わりによって初めは不具(奇形・動物)の子どもが生まれるというテーマは、中国や台湾、東南アジアの『原始洪水型の神話』としても広く見られる。


イザナミが生んだ蛭子(ヒルコ)は『日本書紀』では、3歳になるまで脚が立たなかった身体障害児として記されているが、これは古代に於ける『捨て子の慣習(流産児・未熟児・障害児の遺棄)』を反映していると考えられている。


その一方で、蛭子は本来は『日子(ヒルコ)』と表記される方が適切という仮説もあり、この場合には太陽神としての日子が捨てられて後に大きな事績を残したという『貴種漂流譚』の一種として解釈する事ができる。


イザナギとイザナミは二度目の性の交わりによって、淡路島・四国・九州・隠岐・壱岐・対馬・佐渡・本州という『大八洲・大八島(おおやしま)』を産む事に成功して、ここに日本列島が誕生する『国生み』が行なわれた事になる。


イザナミはその後も森羅万象を担当する自然神などを生むが、火の神である軻遇突智(迦具土神・カグツチ)を産んだ時に陰部に火傷を負ってしまいそれが原因で亡くなる。臨終時にも、尿・糞・吐瀉物から神々を産み出すというほどの地母神ぶりを発揮しながらの死であった。


イザナギは愛するイザナミを焼死させたカグツチに激怒して斬り殺してしまう。イザナミは死後の国である『黄泉国(よみのくに)』に送られるが、イザナミの事を諦めきれないイザナギは黄泉国までイザナミを追いかけていき何とか再会を果たす。


黄泉国では、黄泉国の竈(かまど)で炊いた食物を食べる『黄泉戸喫(よもつへぐい)』をしてしまうと現世には戻れないという厳しいルールがあるのだが、イザナミは既に黄泉戸喫をしてしまっていた。


イザナミは何とか現世に戻して貰えないか黄泉の神々に相談してみると言い残して別室に入っていくのだが、いくら待っても戻ってこないイザナミを待ちきれなくなったイザナギは櫛の歯を折ってそれに火を灯し、部屋の中を覗きこんでしまう。


すると美しく可憐だったイザナミの姿はそこに無く、腐敗して蛆が湧き悪臭を放っている死体の変わり果てたイザナミがそこにいた。『よくもこんな姿を覗き見て、私に恥を掻かせてくれましたね』とイザナギに激怒したイザナミが追いかけてくる。


イザナミは黄泉醜女(ヨミノシコメ)という鬼女を差し向けてイザナギを追跡するが、イザナギは櫛や髪飾りをタケノコ・ブドウに変えて投げつけ、黄泉醜女らがそれを食べ漁っている間に逃げる。霊力を持つとされる桃の実を投げつけて、黄泉醜女の撃退に成功する。


イザナギは現世と黄泉国の境界にある『黄泉比良坂(よみのひらさか)』でイザナミに追いつかれるが、そこを巨大な岩で塞ぎこんでからイザナミとの離婚を宣言した。


離婚を一方的に宣言するイザナギの態度に激昂したイザナミは『黄泉国の神となってあなたの国の人間を一日に千人殺す』と脅しを掛けるが、それに対してイザナギは『ならば、私は一日に千五百人の子どもを産んで更に産屋を立てよう』と返した。


黄泉国の竈で炊いた食物を食べる『黄泉戸喫(よもつへぐい)』をすると現世に帰れなくなるというルールは、『同じ釜の飯を食べた人間は仲間・同族血族である』という共同飲食の信仰に根ざしたものであり、ギリシア神話でも冥王プルートに攫われたペルセフォネー(豊穣神デメテルの娘)が冥界のザクロを食べて地上に戻れなくなった説話などがある。


『死者の食物』を題材にした宗教信仰や神話伝承、呪術・呪医(シャーマニズム)などは、日本だけではなくアジアやヨーロッパ、アメリカ、オセアニア、未開民族などあらゆる地域に見られるという。


--------------------

▪️『古事記』『日本書紀』の日本神話より引用