マスメディアの低能・偽善・裏切り、から抜け出る道を65年間も待たされた日本国民は、いつまでも待ち惚けを喰らうのか? 今の日本は「大鉈を振るう」政治家を待ち望んでいる


大東亜戦争 開戦前、当時の新聞は「米国と英国と戦っても日本は勝てる」と華々しい世論扇動で、大東亜戦争に向けて国民世論を扇動した。戦争が始まると、今度は軍部(大本営)の言いなりで、有る事無い事針小棒大に垂れ流し報道をした。そして、戦争が終わると、あれほど開戦へと国民世論を扇動しておきながら「よく考えもせず、勝算もないのに無謀な戦争をした」と政府批判を繰り返すようになった。GHQSCAPによるプレスコードがあったうちは仕方が無いとしても、1952428日にGHQSCAPが日本を去っていった後は、報道機関としてまともな報道をするべきであった。


併し、日本のマスメディアは GHQSCAP と共謀関係にあった事を隠そうとするかのように、占領当時の論調を変えようとしなかった。現在に至るも続けられているマスメディアの偽善である。本来なら、サンフランシスコ講和條約締結後には、真っ先に「検閲」の事実を詳(つまび)らかにし、大東亜戦争に至った経緯を検証し、戦前にマスメディアとして冷静さを欠いた扇動記事を書いた事を日本国民に詫びるべきであった。だがマスメディアは、それをしなかった。日本に於けるマスメディアの死は1952428日に始まったのである。


晴れて国際社会への復帰を許された時こそ、悪しき『東京裁判史観』を払拭して、日本が一から出直す絶好機であったのに、その後もマスメディアは『東京裁判史観』を是とする偽善を続け、自らつくり出した「裏切りの風土」にドップリと浸りきり、国民を欺き続けた。それは、新生 日本政府も日本国民も、共に果たさねばならない禊(みそぎ)であった。


敗戦後の焼け跡から自分たちの生活を取り戻し切れていない、その日を生きるのに必死であったあの当時に一般国民に対して「大東亜戦争の総括」を期待するのは酷であったかも知れない。戦争責任を糺すのは日本国民自身の責務であった事は間違いないが、その責務の重要性を一般国民に気づかせる事こそ、マスメディアの役割であったであろうに、マスメディアは「戦勝国の私刑」でしかない「東京裁判」を以って手打ちとしてしまった。こうして自ら「責任追及」をしないまま今日に至ったのは、マスメディアの事大主義と国民に対する不誠実さ、卑劣さの故であると言える。


勿論、日本政府にこそ第一義的な責任があった事は言うまでもない。併し、マスメディアは自らを「第三の権力」と称して実権を振るっているではないか。ならば、日本政府の在りようを国民に報せ、時には厳しく批判する役割を担っていたのではないか? 国民や政府に「大東亜戦争の総括」を求める責任があったのではないか? 当時の政府には GHQSCAP が為した「公職追放令」により、国家を正しい方向へと導く人材は、皆無ではないが殆んど居なかった。なればこそマスメディアの責任は重大であったのだが、マスメディアは日本国民を裏切り続けてきた。


時の大権力、大本営とそれに続く GHQSCAP に逆らえなかった事は致し方ないとしても、形骸的とはいえ独立国となったサンフランシスコ講和條約発効後も、自由意志で日本国民を裏切り続けたのは「公職追放令」が絶大な効果を発揮したとはいえ、独立後の65年の長きに亘る歳月を考えると、真実を隠蔽し続けたマスメディアの責任は重大である。昨今は「森友学園問題」など終日報じ続けるに値しない下らぬ報道で、優先的に国民に報じるべき情報から意図的に国民の耳目を逸らしているのか、単なる無能なのか分からぬ体たらく振りである。多数の在日韓国朝鮮人に潜り込まれて、事実上の実権まで握られてしまったマスメディアには、もはや「第三の権力」たる行動を期待する事は諦めざるを得ない。


余りにも遅きに失したとは言え、先ず第一に正すべきは、歪められた「近現代史教育」の正常化と「日本建国の歴史」と「道徳教育」の復活であろう。幼少期より学ぶべき正確な国史を断たれ、人の道を指導されない今の日本人の中身は、半人前のままである。嘗ての日本人は、日本国の何たるかを知り、人の道の何たるかを知っていた。国史を知らず、道徳を知らず、人の道を知らない今の日本人は、外国人に「英霊の社」に感謝する行為を蔑ろにされても、ただ参拝を自粛する事しかできない。そのような外国人に阿(おもね)る者は国賊か偽善者か臆病者である。そういう風潮に拍車をかけているのが日本人社会に不当に紛れ込んでいる「在日」である。彼等は現代日本社会に於ける「獅子身中の癌」である。


つい先頃も、NHK政治部記者の大越健介キャスターが「在日は強制連行されてきた方々」であると、看板番組であるニュースウオッチ9で堂々と語った。そして数日後には番組一新という名目でワシントン支局に身を潜め、ほとぼり覚めやらぬ内に帰国して平然と他の番組に出演している。NHKなる公共放送は、国民にとってもはや害毒でしかない。解体するか国営放送へと組織そのものを根本的に立て直すべきだろう。東大文学部国文学科を卒業して、NHKのメインキャスターになった在日キャスターは、庶民から見ればエリートである。そのエリートにして、真顔で虚偽を報じて訂正もせず、その地位を維持し続けていられるNHKは何の為に存在が許されているのか。


現代は例え大した教育を受けていなくとも、真実を知る努力を怠らなければ、比較的容易に真実に辿り着く事ができる時代だ。大越健介なる在日キャスターは知的怠惰か確信犯的反日主義者の誹りを免れない。NHKという金看板を背負った彼の発言を聞いた普通の日本人の多くは、自分たちの祖父、曽祖父が「朝鮮人を強制連行してきた」と信じてしまうだろう。悪意ある嘘をそれと知りつつ垂れ流すマスメディアの偽善は罪深い。敗戦とその後の洗脳統治で負った日本人の傷口に塩を塗る。日本の標準語普及を謳ったNHKは、いつしか方言ドラマに力を入れ、「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と言い続け、戦勝国と特亜目線でしか日本を語らない。


靖國参拝の正統性、尖閣領有の正統性、韓国政府による竹島不法占拠問題、ロシアによる南樺太、千島列島を含む北方四島の日本帰属問題、現行日本国憲法の不当性、日本の自主防衛問題、日本を穢す在日韓国朝鮮人問題これら全てにNHKを始めとするマスメディアは日本に「敵対的立場」か「敵対国に及び腰」である。自由を標榜する日本であるなら、そういうメディアが一つや二つあっても良い。併し、マスメディアが押し並べて「反日的」と言うのは異常である。本来は大部分のマスメディアは日本の立場で報道を行なうべきである。先の米国大統領選挙報道では米国のマスメディアの偏向振りが際立ち、米国マスメディアの無能が曝け出されたが、その愚かしい米国メディアをなぞるだけの日本のマスメディアは更なる無能を晒した。


その国のメディアが何を報じたかは、海外にその国の国民の声として理解される。ある国のメディアが、日本非難の大合唱をすれば、その国民が実は親日的であっても、日本国民は自国がその国全体に非難されていると錯覚する。であれば、日本のマスメディアが何を報じているかは、諸外国にとって日本人が何を考えているかを知る尺度となる。日本のマスメディアの無能は日本人の無能と認識されてしまう。日本のマスメディアが今のように無能なままでは、日本国民にとっては非常に迷惑であるのだ。


私の知る限り日本のマスメディアは、日本人の最大公約数となる意見を報じた事がない。靖國参拝問題では常に特亜と米国に「非難をせがみ」、尖閣・竹島では「臆病風をアピール」し、自主防衛を語ると「軍国主義、右傾化」と騒ぎ、「在日を強制連行してきた」と論じる。諸外国には、これが日本国民の総意として伝わっていくのである。日本のマスメディアの低脳振り、米国メディアの低脳振りどころではない。「本来の日本」を憎み、敵愾視し、売国に努めているとしか言いようがない。戦勝国からの独立後、一貫して日本を貶め続けているマスメディアを正常化するには、大鉈(おおなた)を振るうしか無い。その意味では、「訂正、取り消し」されてしまいはしたが、20163月の高市早苗総務省の放送法に基づく「電波停止」発言を私は支持する。


現実的ではないかも知れないが、昨今の在日汚染された日本社会全体を正常化するには「ある程度の独裁政治しかないのではないか」との極端な思想に奔りたくもなる。勿論、極論だが、本当に日本を憂い、日本を愛し、日本を託せるだけの政治家が現れれば、その人材に国政の大半を一任しても構わないとも思ってしまう。理不尽が大手を振って罷り通る「民主主義」だけが完成された政治制度であるとは限らない。正直なところ私は、今の日本が冒されている病根は、〈まともな歴史観を持つ国の指導者〉に今以上の権力を預けないと恢復しないと思っている。米国が押し付けた国際法違反の現行憲法を遵守している限りは、本来の日本には立ち帰れない。


未来永劫、日本人が日本人であり続ける為に、日本国が日本国であり続ける為に、愚かしい現行の所謂「日本国憲法」=「占領時統治法」を棄て去る日を待ち望む。愚かしい現行憲法を金科玉条の如く押し戴く似非知識人を好んで起用して、自身の邪(よこしま)な意見を代弁させるマスメディアには日本に対する愛は全く感じられない。

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NHKの大越健介が「在日1世は強制的に連れて来られた」と仰天発言

http://youtu.be/RaV10gT1ct0