《「モンゴル人30万人大虐殺」を隠蔽する為に、中共は「南京大虐殺30万人」に固執している。UNESCOに登録されてしまったからといって、日本は中共の捏造を追認する必要はない。偽りは偽り、真実は真実である。日本人は毅然と真実を訴え続けるべきである》


中共の習近平国家主席は南京大虐殺の犠牲者「30万人」に異常なほど固執している。何故か? 別稿で漢民族は100年も昔から「日本を人道に悖る犯罪国家」として貶めておいて「正義の側に立つ漢民族が道徳的に劣る日本を属国化する、或いは完全に征服する」事を目的としている、と書いた。併し、それ以外にも「30万人」という数字には重い意味がある。それを知るには、漢民族が犯し、隠蔽している「モンゴル30万人大虐殺」を白日の下に晒す必要がある。


「中ソ論争」の頃から中国共産党は独自路線を歩み始めた。「中ソ論争」とは、中国共産党とソビエト連邦共産党の理論的対立である。スターリン批判を契機として、両国の対立は、1960年頃から国際社会で表面化した。 ソ連が米国との平和共存を主張するのに対し、中共は米国に対する反帝国主義闘争を強めアジア・アフリカの解放を主張し、ソ連の態度を「修正主義」として批判した。


中国共産党内部では「反右派闘争」、「大躍進政策」などの路線闘争、権力闘争が絶えず、毛沢東が失墜しかかった自らの実権を強化する為に、1966年に発動した「文化大革命」で、その混乱は頂点に達した。それで、毛沢東批判さえしなければ、共産党ですら批判しても良いという風潮が蔓延し、これまで政治的な発言が厳しく統制されてきた人民たちの政治的欝憤が一気に爆発した。


全国各地に張り巡らされていた既存の党委員会は解体され、代わって革命委員会が設立されるようになった。毛沢東が国家主席として推進した「大躍進政策」の失敗後、経済の調整に取り組んできた劉少奇は、毛沢東から〈打倒すべき筆頭〉と見做され、失脚の後に獄死させられた。劉少奇は周恩来と同年生まれで中国共産党創設期からの指導者の一人として中華人民共和国建国の功労者であった。独裁国家では、粛清・失脚はつきものである。


一国二制度の発案者、鄧小平も何度か失脚している。地方で苦役に従事させられたが稀に見る強運の持ち主で、1973年に現役復帰を遂げた。また、1971年、「毛沢東の後継者と憲法にまで規定された林彪(りんぴょう)」の一派は毛沢東暗殺を画策するも失敗し、飛行機でソ連へ逃亡途中にモンゴルで墜落死した(林彪事件)。各国のメディアが林彪死亡を報じる中、朝日新聞だけは中共政府の公式発表に同調して、ギリギリまで林彪健在を報じ続けた。朝日新聞の恥知らず振りがうかがえる。


この動乱期の始まりである1966年から中共で吹き荒れた「文化大革命」で、モンゴル人に対して為されたとされ、現在では闇に葬られている事件がある。事件を主導したのは毛沢東を始めとした漢民族たちである。欧米の研究者は、拘束されたモンゴル人約50万人、うち殺害された者10万人。殺害された者と釈放され自宅に戻ってから亡くなった者の合計は「30万人」としている。毛沢東以降、歴代の中共国家主席と習近平国家主席が拘っている人数と符合する。


そして、この大事件を報じる日本のマスメディアは皆無である。福田康夫元首相ではないが、日本のマスメディアは「相手の嫌がる事はしない」らしい。この場合の相手とは勿論、支那人である。


内モンゴル(本来は南モンゴルと呼ぶべき地域)自治区政府幹部・ジェリム盟出身のアムルリングイは、地面に押さえつけられて、真っ赤に焼いた鉄棒を肛門に挿入され、鉄釘を頭に打ち込まれて殺されたという。また、あるモンゴル人はマイナス40度まで下がるモンゴル高原の冬に、膝まで水を満たした「水牢」に入れられ、その足は水とともに凍ってしまったという。


その他、衆人環視の中、ブタやロバとの性行為を強制するとか、燃えている棍棒を陰部に挿入するなど、支那人(漢民族)たちはおよそ人間とは思えない残虐な行為を、平然と、然も、数限りなく行なっていた。妊娠中の女性の胎内に素手を入れて、胎児を引っ張り出すという凄惨且つ猟奇的惨殺なども行なわれ、支那人たちは、これを「芯を抉(えぐ)り出す」と呼んで喜んだそうだ。日本人には決して生まれない発想であり、正常な人間には絶対にできない行為である。


この日本人には想像もできない残虐行為は、漢民族や華僑たちが「南京大虐殺」を騙る時の定番である。漢民族のプロパガンダが想像を絶する残忍性ゆえに、我々日本国民には同じ日本人である旧日本軍にできる筈が無いと、国民性として自然に理解できる。併し、同様に残虐な歴史を歩んできた白人たちには、漢民族のプロパガンダが極自然に納得できてしまう。漢民族や朝鮮民族の荒唐無稽なプロパガンダが受け入れられる土壌が白人国家にはある。


これは、残忍性という特性を持つという意味に於いて、漢民族や朝鮮民族と白人たちが同類である事を示している。この事は、ともすれば白人国家を上位に見上げる傾向がある日本人には絶対に理解しておかなければならない重要な事である。我々日本人・大和民族だけが突出して高い道徳律を持っているのである。自らを否定する事が恰も「善」であるかのように錯覚する偽善的左翼人士には、これが理解できない悲しさがある。代表例が大江健三郎氏や村上春樹氏である。


モンゴル人にとって「文化大革命」は『ジェノサイド』そのものであった。毛沢東と人民の味方を名乗る共産党幹部が断罪した『民族分裂主義者』(=モンゴル人)たちを殺害する事は、躊躇する必要のない善なる「革命行為」と是認され、実行されていった。内モンゴル自治区などと勝手に呼ばれた「南モンゴル」の人々が「民族分裂主義者」と断罪された時、漢民族は「善なる者」として平然と拷問・虐殺を為したのである。


これを考えると100年計画で日本人を貶めるプロパガンダに固執する漢民族である習近平が、我が大和民族の未来をどう思い描いているかが想像できてしまい、背筋が凍る。習近平(=漢民族&華僑たち)にとって日本人とは、チベット人や東トルキスタン(ウイグル)人、南モンゴル人、そして消滅させられてしまった満州人たちと同様、「善なる漢民族が弾圧・迫害すべき民族」であるのだ。日本人はその恐ろしい漢民族(中共)を、経済援助と技術支援で強大化させてしまったのである。


知られざる「モンゴル人大虐殺」は、「チベット問題」や「ウイグル問題」など、ユーラシア大陸に於ける漢民族の所業に苦しんできた被害者民族の側から見た、「漢民族の真の姿」をよく表している。日本人こそ、漢民族が為した残虐な「モンゴル人大虐殺」を国際社会に知らしめる使命を帯びている。その使命を果たさなければ、次に犠牲となる民族は、我々大和民族である。呑気に「日中親善」など論じている場合ではないのだ。


中華人民共和国はこのような事実を絶対に認めようとしない。もはや隠しようがない「文化大革命」の実態すら、何喰わぬ顔で闇に葬っているのである。そのような国が「南京30万人大虐殺」を言い募っているのである。南京事件それ自体と、30万人という数字が過大なものであると、国際社会にアピールする際、裏には漢民族が拘る深い「数字の意味」と「日本征服の為の100年計画」があると日本人は理解するべきである。中共を始めとした特亜三兄弟と米国を始めとした白人諸国が「歴史修正主義」だと非難してこようが、日本政府は怯む事無く真実を理解し、主張し続ける必要がある。


所謂「東京裁判」に於いて、米国が無辜の日本国民を対象に「原子爆弾を実験投下」した大罪を矮小化させる為に、漢民族(蒋介石)と共謀してでっちあげた「南京大虐殺」の被害者数は、「東京裁判」当時の広島・長崎で曝殺された被害者数20万人にピタリと一致させた数字である。併し、白髪三千丈が身についている支那人はその数を何時しか30万人に増加させ、今では35万人とまで言い出した。村上春樹氏に至っては40万人と真顔で言っている。当時の南京の人口動態の統計を無視する数字が独り歩きしている。


習近平はYouTubeなどで笑い者にされているほどの愚か者ではない。ただの愚か者では中国共産党のトップにまで登り詰められない。お花畑に暮らす苦労知らずな日本人には想像もできないほど恐ろしい人物である。日本政府と日本国民はモンゴルを始めとしたユーラシア外交にもっと目を向けるべきである。能天気に「日中友好」を説く日本人は、中共支配下の内モンゴル自治区(本来の南モンゴル)や、新疆ウイグル自治区(本来の東トルキスタン共和国)、焼身自殺による抗議活動が続いているチベット自治区(チベット国も中共の版図ではない)の実態を知るべきである。


習近平政権は、所謂「南京大虐殺」をUNESCOに遺産登録してしまった。下卑た子分である韓国を従えて、今度は所謂「日本軍性奴隷強制連行」を『世界記憶遺産』に登録しようと企てている。腹の据わった政治家が一人でも日本に居れば、そんな企ては硬軟織り交ぜた外交でやめさせられるのだが、今の日本にはそういう政治家は居ない。


最近の「森友学園騒動」を巡る国会のドタバタを見せられると甚だ心許ないが、中共が「南京大虐殺」で日本を貶めてきたら「チベット問題・ウイグル問題・南モンゴル問題」を取り上げて追求すれば良い。或いは「文化大革命」や「大躍進政策」をUNESCOに推奨すると言ってあしらえば良い。人道の名の下に偽りの罪科で日本を責めるなら、漢民族が本当に犯した罪を『国際司法裁判所』に提訴する事も辞さない姿勢を示せば良い。


何をされても言われても、唯々身を縮めて、「既に謝罪に代えて莫大な経済援助をしてきました」としか主張できない日本政府と外務省に、「外交」を任せておくのは甚だ心もとない限りである。これ以上、我が物顔の中共の横暴を許してはいけない。日本政府が自国の正当性を主張するのを躊躇うようでは、国際社会は日本を〈去勢された男のような存在〉と認識するだろう。