《漢民族のプロパガンダは日増しに有り得ないほどに増加を繰り返してきた。戦後教育を受けた多くの日本人はそれを真に受けている。それどころか偽善者は漢民族より日本を悪し様に言う。日本人は学校では教えてくれない歴史を自分の力で学び直す必要がある》


習近平国家主席は朴槿恵(当時)大統領と共謀して、世界中を訪れては、旧日本軍が支那人を3500万人も殺し、南京では35万人も大虐殺したとふれて回った。朴槿恵氏は失職したからもう発言力も何もないが、代わりに国際社会にはもっと大きな発信力がある日本人、村上春樹氏が南京の数字を40万人と上乗せした数字を発信した。大江健三郎氏といい村上春樹氏といい、文学者という輩の中にはなぜ自分の国を殊更悪し様に言う者が出るのだろうか? あれほどの知性があるのなら発言する前に歴史を精査するくらいの手間をなぜ怠るのだろう? 


ご両名とも「背乗り特亜」かと疑いたくもなるが、恐らくこれが日本の文化人と持て囃される人たちの現実なのだろう。「日本人の敵は日本人」とはよく言ったものだ。彼等に共通するものは「日本という国に生まれ、先祖が誠実に積み上げてきた歴史と社会に温かく包まれている事への感謝の心の欠如 」である。こういう「日本人に生まれた幸運」に気づいていれば、日本の名誉に関わる言葉を発する前には、真偽正誤を確かめるくらいの労を惜しむ筈がない。簡単に言えば彼等には「日本に愛され日本を愛する気持ち」が無いのである。そして彼等は間違いなく偽善者である。


勿論、いずれも虚偽の数字である事は言うまでもない。支那人も韓国人も、そして偽善的日本人も、どんどん膨らんでいく数字の根拠を糾されると、決まって「では1万人なら許される事なのか?」と論点をはぐらかす。中共も韓国もそうして偽被害者の人数を膨らませてきた歴史がある。


大陸では日本軍の進撃に対して、支那軍はひたすら逃走・撤退を重ねるというのが常であった為、日米戦争のような白兵戦・消耗戦・激戦は少なく、犠牲者もそれほど多くはなかった。支那側の犠牲者も軍人が中心であり、国共内戦や共産党の階級闘争のように住民を巻き込んでの、逃げ場のないような凄惨な大量虐殺は、基本的に行なわれなかったと思われる。


戦後に建国された中共では「大躍進政策」では4770万人、「文化大革命」では、2000万人~4000万人もの自国民を虐殺したり餓死に追い込んでいる。これは中共の国家統計局がはじき出した数字であり、実際にはもっと大勢の国民が殺されているだろう。中共は天安門事件の時にも自国民を簡単に殺している。そんな国が証拠も何もない、事実であったかも疑問の余地が大きい日本の罪(冤罪)を偉そうに追及できるのかと問いたい。


日本はその占領地域に於いて内戦を停止させ、支那の統一・社会の安定と発展に相当な努力を払っていた。当時日本は、支那で鉄道・港湾・電力・医療・インフラ・金融・財政・経済発展・民政の安定について、想像以上の大きな寄与をしていた。日本人は大陸でも朝鮮半島と同じように理想を追求したのである。当時の日本人は世界に類例を見ない「お人好し」と馬鹿にされる程「純真無垢」な民族であった。現在は大分薄汚れてきはしたが、まだまだ国際標準に照らせば「お人好し」である。


併しこれらの歴史的事実は無視されるどころか、むしろ歪曲・否定されてきた。産業や鉄道を始めとする近代的施設に対する破壊活動・略奪を行なったのは、日本軍ではなく他ならぬ支那人の各武装勢力・匪賊であった。そして住民の多数も同じ支那人の手によって殺されたのが真実であるのに、戦中戦後のプロパガンダでは日本軍は例外なく悪逆非道とされてきた。そして「東京裁判」によりプロパガンダは国際社会に刻印されてしまった。


真実は、日中戦争中ですら蒋介石の中華民国は基本的には100%の反日ではなく、占領各地の自治政府や汪兆銘政権の樹立を見ても、親日派が存在した事は事実である。併し、彼等が行なったプロパガンダに手加減は無かった。プロパガンダとはそういう性格のものであるのだ。


大陸を治めるというのは容易な事ではない。住民は生活物資が供給されないと暮らせないから、物資を供給してくれる側につきたがる。物資の供給をしなかったら、絶対に住民の支持は得られない。然も日本は占領地から鉄鉱石・石炭・綿花・塩などを確保したい。その為に鉱山を開発し、炭鉱を整備しなければならなかった。占領地の経済運営をやって、それで住民を食わせなくてはならないのだ。


戦闘だけやって勝てればいいというのではない。近代戦争とは全く様相の異なる戦争であった。日本軍が住民虐殺などやっていたら、たちまち立ち行かなくなっていただろう。支那人にも誇りも愛国心もあっただろうが、先ずは生きる事、生活の安定が先決であった。だからこそ住民は日本軍を選んで協力した。


併し、日清戦争の時代から、日本軍の兵糧は先ずは(兵站が整う迄は)現地調達が基本であった。生きて行くのがやっとの時代、占領各地にふんだんに食料があった筈もない。日本軍とて食料調達の為に現地人と争った事だろう。武装した軍隊と一般人が戦えば勝敗は見えている。その意味で日本軍は罪のない支那人を大勢殺傷したのも事実であろう。それでも支那人の武装勢力・匪賊などよりマシだったから住民は協力したのだ。


現代の価値観で裁けば日本軍は(力による食料の現地調達)という悪い事をした。併し、それが当時の戦争であった。古来から国家のあるところ、必ず「光と影」がある。過去を現代の価値観で裁く愚かさを知るべきである。そうしなければ全人類を裁かなければならなくなってしまう。70年以上前の戦争で、敢えて裁かれなければならないとしたら「無辜の民に対する大量殺戮」であろう。


米国が最も恐れる日本の「戦後レジームからの脱却」「東京裁判史観からの解放」は、米国が執拗に拘る「戦後世界秩序」を根本から覆してしまう。併し、残念ながら日本にはまだその力は備わっていない。1952428日に国際社会に晴れて復帰してから、チャンスは何度かあったが、日本政府と日本国民 自らが「真の独立」の機会を無にしてきた。考えられない事実だが、日本人は真の主権国家になる事を頑なに拒絶してきたのである。「便宜上の主権国家で充分、戦うのは絶対に嫌です」という訳だ。


蒋介石の国民党政府が発表した勝利覚書「対日戦争勝利の結果」によると、支那側が受けた損害は戦死者1,319,958人、戦傷者1,761,335人、行方不明1,300,126人で、合計4,381,419人となっている。米国側や国民党側の著書でもたいてい3400万人という数字であった。日本軍は世界一規律正しい軍隊であった。無用な殺生、強姦など許されなかった事がこの数字に現れている。


ソ連軍・米軍・韓国軍世界の軍隊の行く所、必ず「混血児」を沢山残しているが、200万人以上の旧日本軍の去った後には、日系の混血児は生まれなかった。世界常識では例外的に、規律正しい軍隊であった証拠で、日本人はそれを誇っていい。軍が職業売春婦を間接管理した事が間違いでなかった証拠である。


支那人犠牲者に話を戻す。

犠牲者数は江沢民氏の時代に激増し、一挙に3千万人になった。江沢民氏が各地に造らせた抗日記念館には、この根拠の無い3千万人の数字が大きく刻まれている。習近平首席になって更に500万人追加されて、今ではとうとう3500万人になってしまった。


指導者が反日を政治利用したいが為に、戦争犠牲者数が飛躍的に増えていく。国際社会が曇りのない目で見れば、習近平首席や朴槿恵元大統領が嘘をついているのは分かりそうなものだが、プロパガンダと言うものは、その対象(日本)に興味が無ければ無いほど有効なものである。


東京裁判でいきなり出てきた20万人もの南京大虐殺を疑う者は、裁かれている日本軍以外は居なかった。多くの一般の日本人ですら、信じ込まされたのだから、戦勝国側の白人たちと第三国人が疑う訳がない。東京裁判は紛れもなく「勝者のリンチ(私刑)とプロパガンダ」であった。


戦勝国側の罪は一切、裁判の俎上に上がらなかった。特に米国による都市部への絨毯爆撃(非戦闘員大焼殺)や原子爆弾の実験投下(非戦闘員大爆殺・生体実験)は罪にさえ問われなかった。永い日本史史上初めての敗戦と、思いもよらない理不尽な裁き。当時の日本人は茫然自失であった事だろう。


決して日本に味方しないGHQSCAPの統治下、傍若無人に振舞う第三国人ども。そういう社会情勢の下、これでもかと刷り込まれる日本国民への洗脳教育が、実際の戦闘期間の2倍近くの7年弱も続いた。それから解放されて65年、精神的後遺症は限りなく大きいが、よくここまで来たものである。併し、日本国民は捨て去らねばならないものを未だに引き摺って生きている。冒頭に登場した村上春樹氏のような人たちは、背負う必要のない重荷を更に増やす事が善であると勘違いしている悲しい日本人の姿なのである。


戦後72年が経過した今年、国際情勢の大変化の兆しを感じる。中共が潰れでもしない限り、2020年代半ばには、中共と米国の軍事バランスが局地的には逆転すると言われている。おそらく中共経済は衰退し、好ましくない独裁政権が続く可能性が高いが、残された少ない時間で、アジアに於ける日本の地位を盤石なものにしなければならない。方法は幾つかある。少なくとも米国だけを頼りにする現状は変えねばならない。我が日本国にも村上春樹氏に似た偽善的体質がある。綺麗事はやめて現実を直視し、少なくとも自主防衛の道への歩みを始めるべき時だ。


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ここで支那人の犠牲者数を整理してみよう。


終戦時 132 GHQ調査・発表 国民革命軍のみ

終戦時 132 国民党政府調査・発表 国民革命軍のみ

1948 438 国民党政府報告書 1948年までの確認数(この時加算された犠牲者数の中には日中戦争終戦後に勃発した国共内戦などでの犠牲者数が含まれている)

1950年代 1000 共産党政権発表

1970 1800 共産党政権発表

1985 2100 共産党政権発表(抗日勝利40周年) これ以後 博物館や教科書で公式数字となる

1998 3500 江沢民発表 江沢民氏の演説で発言後、南京大虐殺記念館での公式数字となる

2005 5000 卞修躍博士発表(抗日勝利60周年)

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こういう在り得ない虚偽の数字に、その都度、最大限の抗議をしてこなかった日本政府、長年続いた自民党政権の不作為の責任は限りなく重い。国際社会では真実の数字として記憶されている筈である。このまま放置したままでははいけない。