《歴代自民党政権が為してきた、韓国に対する異常に融和的な姿勢は日本国民を裏切る失政である。例え、韓国が大騒ぎして反論してくる事が目に見えていても、間違いは間違いと毅然と言い放つ、日本人としての気概を持った態度を日本国民は政府に要求するべきだ》


米国の強い要請があるとはいえ、日本政府から韓国に友好親善をお願いする必要は無い。経済的にも北朝鮮に対する安全保障の観点からも、必ずしも日本は韓国を必要としてはいない。勿論、韓国を相手にして経済的利益を上げている企業は多いが、本来、それらは日本国内に代替されるべきものが多い。そして北朝鮮に対する安全保障上の観点から韓国の協力を必要とするとの考え方は、韓国自体が潜在的に日本の敵対国である事に留意しない危険な発想である。日本は、対北朝鮮と共に対韓国に於いても策源地攻撃能力を配備するべきである。


日本が韓国との関わりを深めたのは1910年の「韓国併合」以前からであるが、国際社会の要請(厄介者の押し付け)と日本の安全保障、そして大韓帝国からの度重なる懇願、この三つの理由から「併合」は当時の判断では止むを得ない事であった。中でも大韓帝国の内閣総理大臣 李完用、韓国最大の政治結社「一進会」、一般の多くの朝鮮人、これらが熱烈に「併合」を懇願し、実際に大韓帝国政府が四度に亘って「併合」を懇願してきた歴史的事実を忘れてはならない。


今の韓国はその日本に対して、二言目には「歴史を忘れるな」と言い、「併合」を「人類史上、稀に見る過酷な植民地搾取」だなどというが、いったいどの口が言うのかと耳を疑う。


1965年の日韓国交正常化交渉の過程から、日本の政治家は韓国から「過酷な植民地支配をした」と言われると皆、身を縮める様な〈偽りの贖罪意識〉に臆病風を吹かす姿勢を示してきたようだが、『東京裁判史観』という捏造史観ではなく、自身で歴史を調べれば、韓国に日本が非難される筋合いは全くない事に気付く筈である。寧ろ、「竹島強奪」とその一連の過程で起きた理不尽な行為に対して、日本は猛然と抗議すべきであった。そして、竹島返還無くしての国交正常化など、あってはならない事であった。日韓国交正常化と呼ばれた十数年に亘る交渉過程は日本の敗北外交の最たるものである。


「過酷な植民地支配」など全くしていないのに…あれは日本人の常軌を逸したと言っていいほどの慈愛に満ちた「併合による統治」だったと訂正すらしない。「偽り」の出どころが米国であるだけに、韓国の主張のまま「植民地支配」を政治家たちは黙認してしまった。その当時の政治家は大東亜戦争の戦前・戦中・戦後を身を以て経験していた筈であるのに、なぜ偽りの贖罪意識を撥ね付けられなかったのか不思議でならない。日本人とはそんな気概なき民族だったのだろうか。然も、現代の中学校歴史教科書で文科省は、「日本は武力により朝鮮を植民地支配しました」と日本の青少年に公然と嘘の歴史を教育しているのだから呆れる。この記述は即刻、史実に沿った真実の記述に改めるべきである。


「日韓国交正常化」当時の日本の政治家が知っていた韓国の姿は、日本に「併合」されて35年も経って日本並みに文明化した韓国の姿であった。「併合」当時の〈未開で不衛生で無知蒙昧の原始人さながらの朝鮮人〉を実際に見て知っていた者はいなかったのだろうか。年代的に考えて一人も居なかったとは考えにくいが、実際に見ていなかったとしても、日本の政治家は先人の苦労を何も学んでいなかったのであろうか。それでは粉骨砕身、朝鮮を日本並みに文明化しようと努力した先人が浮かばれない。


戦後のGHQ/SCAPによる洗脳工作が如何に巧みであったとはいえ、政治家たる者、自らの国の正しい歴史ぐらい自分の力で勉強しておくべきであろう。それをした政治家がひとりとして居なかったから韓国の虚勢を張った大嘘にすっかり丸め込まれてしまったのか。いや、識っていても言い出す勇気の無い臆病者に変えられてしまったのだろう。全く情けないとしか言いようがない。


戦後の政治家という輩には、つくづく失望させられる。自分が身体を張って護るべき〈日本の国土と日本国民〉が、韓国の侵略によって44人も死傷者を出し、1952年~1965年の間に328隻の漁船を拿捕され、3929人の漁民を捕らえられ、何よりも竹島という日本の領土を奪われたままなのに、加害国である韓国に要求されるままに莫大な賠償金を支払ってまで国交を「正常化」させてしまった。これは「正常化」などとは呼べない「異常な」国交回復であった。


李承晩大統領率いる韓国が竹島領有を主張した時、米国のダレス国務長官は〈明確に日本の領土〉との裁定を下しておきながら、韓国の侵略を追認した。これも記録に残っている。併し、占領統治地域は域内で争わせておくに限る。これが英国発祥の原住民の分割統治方法である。少人数の白人で有色人種を管理する最適な方法であった。米国は敢えて意図的に日・韓に争いの火種を残した。「竹島問題」然り、何よりも禍根を残したのは「在日」を本国に送還させずに日本に居座らせた事である。


繰り返しになるが、日韓国交正常化交渉は、米国の強い圧力下で行なわれたのであろうが、それならば日本政府は〈米国に対して〉韓国による「竹島と3929人の拉致漁民の即時返還」を強く要求すれば良かっただけの事。この条件を満たさずに国交正常化や経済援助などあり得ないという正論を吐く政治家は一人として居なかったのが情けない。ビクビクせずに自らの命を懸けてでも米国に喰い下がろうという政治家は居なかった。まったく情けない話である。


今更歴史は元には戻らない。ならば現在の政治家に頑張って貰うしかない。韓国の竹島侵略をいつまで許しておく気か? 韓国政府の歴史捏造をいつまで放置しておく気か?


政治家とは一度なってしまえば勉強をしなくてもいいほど無責任な職業である。自国の近現代史に興味を持たないで務まるほど簡単な職業でもある。命懸けで国に尽くそうとする事もできる職業でありながら、一方で、自堕落で惰性的な姿勢でも勤まってしまうのが政治家という職業である。有権者は、よくよく政治家の人物を見極めないと、スカを引く事になると充分理解しておくべきだ。


「併合」時、李氏朝鮮時代から続く、余りに酷い拷問を知り、朝鮮総督府が早速「拷問禁止令」を出した事を知っている政治家はいったい何人居る事だろう。日本人がハングルを再発見し、散逸していた資料を整え、体系化して、朝鮮語として普及させた事を韓国人に諭せる政治家は日本に果たして一人でも居るだろうか?


韓国のタプコル公園の、三・一独立記念碑に90人の朝鮮人の名が刻まれている。日本人により拷問の末、死刑になった犠牲者の名前だと言う。併し、朝鮮総督府の記録によれば、日本人は三・一運動で朝鮮人を一人も死刑にしてはいない。最高刑でも3年であった。


ここで、三・一独立運動について触れておきたい。


第一次世界大戦末期の1918年(大正7年)1月、米国大統領ウッドロウ・ウィルソンにより「十四箇条の平和原則」が発表された。これを受け、民族自決の意識が高まった李光洙ら留日朝鮮人学生たちが東京府東京市神田区のYMCA会館に集まり「独立宣言書」を採択した事が伏線となったとされる。(二・八宣言)


これに呼応した朝鮮半島のキリスト教、仏教、天道教の指導者たち33名が、3月3日に予定された大韓帝国初代皇帝高宗(李太王)の葬儀に合わせ行動計画を定めたとされる。


三・一運動の直接的な契機は高宗の死であった。彼が高齢だったとはいえ、その死は驚きをもって人々に迎えられ、様々な風説が巷間で囁かれるようになる。その風聞とは、息子が日本の皇族と結婚する事に憤慨して自ら服毒したとも、或いは「併合」を自ら願ったという文書をパリ講和会議に提出するよう強いられ、それを峻拒した為に毒殺されたなどといったものである。


実際のところはそれらも皆、嘘であり、そのような事実はなかったが、そうした風説が流れるほど高宗が悲劇の王として民衆から悼まれ、またそれが民族の悲運と重ねられる事でナショナリズム的な機運が民衆の中に高まった事が、運動の引き金となった。


先述の通り、この三・一運動で騒ぎを煽ったとして捕らえられた朝鮮人への判決は最高の量刑が懲役3年であった。記録を調べれば誰でも分かる事である。然るに韓国のタプコル公園にある、三・一独立記念碑には拷問の末、死刑にされたとする90人の朝鮮人の名が刻まれている。


こういういい加減な記念碑建立に日本政府はこれまで一切抗議していない。現在の捏造性奴隷像の設置気運の常態化はこうした文脈上にあると言える。日本政府、外務省の不作為という大罪である。問題なのは日本政府も外務省も、それを自らの失政と自覚していない事である。自覚していない以上、同じ事が何度でも繰り返される可能性は大いにある。


三・一運動は200万人規模の大きな運動であったのは調べれば分かる。暴動や放火による事故死者も少なからず出た。併し、捕らえられた朝鮮人は殆んど釈放され、最高量刑が3年であった事は動かし難い歴史的事実である。日本に「歴史を忘れるな」と迫る韓国人には「妄想は勝手だが、歴史を捏造するな」と言い返すべきだ。黙っているのは国際社会では「黙認」と受け止められる。


一部を除く多くの政治家とマスメディアはとにかく勉強をしない。こんな簡単な事は大学生のアルバイトでも調べられるが、それを自分でしないのは政治家ならその資質に問題があるし、ジャーナリストなら職業選択の失敗である。GHQ/SCAPの公職追放令は後に解除された。その段階でさえも「追放解除の政治家」と「戦後政治家になった者」の違いは途轍もなく大きかった。GHQ/SCAPの検閲逃れを機にマスメディアは反日の側に寝返ったままである。ここにも『東京裁判史観』の悪影響が著しく表れている。


中・韓の反日の共通項は「政権の正統性」と言われる。中・韓ともに日本と戦って人民を救った事になっている。いずれもそんな戦いも勝利も無かったのだが。異なる点は中共は戦略的、韓国は情緒的に嘘をつく事である。韓国の場合は反日が国民的アイデンティティーから狂信的カルトに変質した。だから儒教国家を僭称しながら親日的発言をした老人が撲殺され、首都の顔でもあるソウル市庁舎のモチーフにツナミを使ったりできる。私に言わせれば殆んどの韓国人は精神が壊れている。


こんな醜い行動を実際にとり続ける韓国という国とは、日本は一刻も早く縁を切るべきである。現在、韓国には永住者だけで約3万人の日本人が在留し、常時5万人を超える日本人が滞在している。日本政府は今回のように北朝鮮有事が身近に迫っている時、或いは、普段から常軌を逸している韓国と衝突した時、この3万人~5万人の日本人を無事帰国させる手立てを持っているのだろうか? 隣国だからといって、こんな理不尽で醜悪な国と仲良くする価値は全く無い。〈経済的・欲得よりも大切なものを日本は韓国により毀損されている〉事に気づくべきだ。米国に遠慮し過ぎていては更に深傷を負ってしまう。


日本政府には今度、韓国がカネを無心してきたら、堂々と「竹島を返還してから出直しなさい」と正式に申し渡していただきたい。そして、一刻も早く韓国との様々な負の関係を断ち切っていただきたい。韓国との国交では、得るものは少なく、失うもののみ甚大である。国内に巣喰う在日や韓国系帰化人の不当な圧力に負けて政治判断を誤ってはいけない。日本人は日本人の誇りをもう一度見つめ直し、失なったものを取り戻すべきだろう。