《「日韓併合」は朝鮮人にとって「大いなる福音」であり、「熱烈な朝鮮人の協力により大成功」していた。それは数々の統計数字や当時の外国人の証言により明らかであるのに、日本人は『東京裁判史観』により植えつけられた偽りの贖罪意識により現在の韓国からの非難に反論さえしようとしない。悪いのは日本国民から精神的背骨を抜き去った米国であるが、独立回復後65年が経った現在では米国の所為ばかりにはしていられない。日本人自らが自主的に本来の日本人として歩み出さない限り、故無き汚名は永遠に続く》


日本統治時代の朝鮮を日本では主に「日韓併合」または「韓国併合」や「日本統治時代」などと呼んでいる。一方、現在の韓国に於いては、「日帝時代」「日帝暗黒期」「日帝植民統治時代」「倭政時代」「対日本戦争期」「対日抗争期」「国権被奪期」など様々で勝手放題な呼称があるが、何れも日本による統治を否定的に捉え、謂わば「歴史上最大の屈辱期間」と受け止めている。韓国国立国語院は「強制的に占領されていた時代」という意味で「日帝強占期」と表現している。


原始人同然の生活しか知らなかった朝鮮人が、日本のお陰で一人前の文明人になれた訳だが、様々な知識を得た朝鮮人が過去の自分たち民族のありのままの姿を恥じる気持ちは自然である。併し、真っ当な人間の感情があるなら、そんな原始生活から救い出してくれた日本人に対して「感謝する」事こそが在るべき姿であるのに、朝鮮人は日本が敗戦すると掌を返すように態度を荒げ、乱暴狼藉の限りを尽くし、「大恩」を「略奪・暴行・強姦・殺戮」で返してきた。人間にあるまじき行為である。


日本国民はいつまでも悪しき『東京裁判史観』により捻じ曲げられた大和民族の誇りを毀損されたまま放置するのではなく、血の滲むような苦労を重ねた先人に報いる為にも、一刻も早く、本来の「心正しく誇り高い日本人」の姿を取り戻さなければならない。


韓国人による「対日本戦争期」との表現は嗤わせるが、韓国人が「日韓併合」を嘘で塗り固めているのは、真実を勉強した日本人なら皆 知っている事だ。では、日本統治時代の朝鮮の本当の実態はどうだったのか? 日本による朝鮮統治の特徴は大雑把に言うと以下の通りであった。


1)韓国併合は武力によらず、合法的に条約により決められた。

2)多くの朝鮮人はもとより、国際社会でも韓国併合に反対する国は皆無だった。

3)欧米列強がとった植民地化(Colonization)では無く、日本は日本式の併合(Annexation)の形式をとった。

4)インフラ整備、衛生環境改善、教育の普及、封建的諸制度・因習の廃止・禁止 …etc. である。


日本は統治下に置いた朝鮮半島の開発に力を入れ、開発工事や運営の主な労働力を朝鮮人に求める事で雇用を創出して国民を豊かにした。これにより朝鮮人の海外への流失を抑制し、日本本土への流入も抑え、本土の失業率上昇や治安悪化をも防止しようとした。


1929年、カーネギー財団から朝鮮半島に派遣された米国人記者らは、「日本は併合以来19年間にして、数百年間停頓状態にあった朝鮮と、近代文明国との間に渡り橋を架けてやった。…また朝鮮人の苦しみもあるかも知れぬが、日本は朝鮮に莫大な利益を齎している事は明らかである」などと、李氏朝鮮時代よりも日本統治によって朝鮮人民は救われているとの評価をしている。


米国人記者がこう証言しているのに、F・ルーズベルト米大統領はカイロ会談で「日本人による朝鮮人奴隷化論」を捏造した。この捏造話はトルーマン米大統領、マッカーサーGHQ/SCAP総司令官に引き継がれ、敗戦時に朝鮮人と国際社会に告げられた。武力占領中は白を黒と言われても反論は許されまい。併し、こういう外国人による客観的証言は探せば幾らでもあるのに、サンフランシスコ講和條約発効後も、日本人は先人と自己に被せられた冤罪を晴らそうとはしなかった。そして未だに為してもいない罪に対して謝罪している。この情けない現状は、現在とこれからの世代の日本人が命懸けで正していかなければならない必須課題である。


米国人記者が証言した事こそが、日本式の併合(Annexation)であった。全てを例示する事は無理だが、1910年(明治43年)時点の朝鮮人の平均寿命が僅か24歳であったものを1942年(昭和17年)には45歳、1945年(昭和20年)には何と56歳まで延ばしている。また、人口は併合時1300万人であったのを2600万人まで倍増させている。両班を含めた全国民の識字率4%を1944年(昭和19年)には61%にしている。現在の韓国人が言うような『過酷な植民地支配(Colonization)による搾取』が本当であれば、有り得ない数字と証言である。韓国人が何と捏造しようと、日本人は「日韓併合」に誇りを持っていい筈である。


オランダが350年間に亘り植民地支配(Colonization)したインドネシアに於いては、1850年に強制栽培に凶作が重なり飢饉が起こり、ドゥマック村は人口が33万6000人から12万人に、ゴロボガン村では人口8万9500人が9000人に減少した。耕地面積の5分の1を強制的に、コーヒー、茶などの栽培に限定された為、多くの村が崩壊し、食料自給体制は解体、餓死者が続出した。この当時、植民地インドネシアでは宗主国オランダの国家予算の3分の1を稼ぎ出していた。


これが日本式 併合(Annexation)と白人による植民地支配(Colonization)の違いである。日本は搾取どころか、まだまだ貧しかった時代に、毎年 国家予算の2割以上を朝鮮半島に資本投下していた。朝鮮半島からの見返りは一切無かった。「日韓併合」は日本からの一方的持ち出しであった。韓国人が嘘を吐くのは朝鮮民族の特性として諦めもつくが、高い教育を受けた日本人、それも知識人と言われる者たち迄もが、テレビなどのマスメディアで、韓国併合を平然と〈植民地支配 Colonization〉と言うのには、何度聞いても容認できずに呆れるばかりである。


1931年(昭和6年)7月2日に支那吉林省長春市郊外で、朝鮮移住民と支那農民の衝突事件(万宝山事件)が起こり、その報復として、朝鮮人による華僑虐殺事件(朝鮮排華事件)が朝鮮および日本本土で起き日支間の外交問題となった。


1931年9月、満州事変が勃発すると、満州に居た多数の朝鮮人小作人は親日へと転化した。朝鮮半島でも「内鮮一体」が主張され、〈皇民化推進団体が朝鮮人により結成〉された。現在の韓国がよく例に挙げる「三・一独立運動」の首謀者の一人である崔麟も大東亜戦争開戦の時には親日家となっており、大東亜戦争を「聖戦」と讃え、日本の支援を積極的に行なった。


また、玄永燮は朝鮮語を禁じるべきだと主張し、李東華は朝鮮人にも日本人と同様に兵役の義務を与えるべきだと主張した。朝鮮神宮では「国威宣揚武運長久祈願祭」が挙行されるようになった。李覚鐘は「私共は大日本帝国の臣民であります」「私共は互いに心を合わせて、天皇陛下に忠誠を尽くします」「私共は忍苦鍛錬して、立派な強い国民となります」と書かれた皇国臣民ノ誓詞を書いた。


現在の韓国人はこういう歴史的事実を無視して、自国民に歴史を正反対に教育している。韓国の歴史教科書では、日本はまるで悪魔のように描かれている。国語教科書でも、音楽の教科書でも歴史教科書の捏造した日本像を継承している。建国以来、このように描かれた日本を韓国人が心底憎むようになるのは当然である。韓国では「反日」が国民のアイデンティティから、今や日本に対する憎悪感情は「反日カルト教」にまで変質してしまっている。


併し、現実には当時、1936年(昭和11年)に朝鮮に行った神戸正雄は「事変前には日本反抗の気分もあったが、第一に満州事変、次に支那事変によりて日本と合体する事の朝鮮人にとりて有利という事が明らかになって、今では全く日本内地と協調しつつある」と述べている。


日本に併合(Annexation)されたお陰で、近代国家の仲間入りをした韓国人にとって、「日韓併合」は100%手放しで喜ばしい事ばかりでは無かったとの民族的〈感情〉は日本人にも理解できる。韓国の先人たちが自身の手で国家を運営する力が無かった史実は、気の強い韓国人として容易に受け容れる事は難しいだろう。況してや大東亜戦争の敗戦国となった日本により近代化が為された歴史には悔しさを感じて当然だ。併し、例え直視したくない歴史であっても、それが真実の歴史であるなら、正面から向き合わなければならないのが、人間としての正しい生き方である。


歴史を、こうあれば良かったなどという妄想や卑しき捏造で捻じ曲げてはいけない。人類の長い歴史の中では高々一世紀前の出来事には数々の証拠が残っている。認めたくない事も史実と確認できれば認めざるを得ないという事を韓国人は学ばねばならない。見苦しい〈妄想・虚勢・捏造〉はやめて、「歴史を直視」出来なければ、韓国人は国際社会から軽蔑すべき国・民族である現実から永遠に脱却できないだろう。日本人も真実を知りながら、〈声高な嘘・虚勢〉にびくびくして、腫れ物に触るように韓国人に接して、真実を主張出来ず、謝罪を続けているようでは、これもまた国際社会から嗤い者にされ、軽蔑の対象になってしまうと肝に銘じるべきである。