《日本人は米国の悪意に鈍感過ぎる。米国の真意を知った上で米国と付き合う、良い意味での大人の外交を日本国民が選ぶ政権政党には身に付けて貰わなければならない。それができなければ、日本は滅びてしまうだろう》


今でこそ米国は日本の最も重要な同盟国であり、外見上は国家同士が友人として付き合っているように見えるが、大東亜戦争に引き摺り込み、「東京裁判史観」を植え付け、「亡国憲法」を押し付けた極悪国家と、その洗脳から未だ解かれる事を許されない日本が、戦後の72年間、米国とイコール・パートナーであった事は一度たりとも無い。米国人はつくづく執念深く、底意地が悪い。米国が特立宣言をしたのは、今から241年前だから、大東亜戦争に勝利した時は、建国後169年しか経っていない国であった。その若い国、米国が日本を何故あそこまで憎んだのであろうか。然も、憎しみの痕跡を後々にまで遺すのが米国の流儀である。


シリアル・キラー並みに記念日に拘る、その遣り口こそ、悪意に満ちた戦争犯罪と言わずして何が戦争犯罪かと言いたい。日本の主要都市200箇所余りに及ぶ絨毯爆撃の中でも、取り分け多くの被害者を出した「東京大空襲」は、日本にとっては310日の陸軍記念日の祝日であった。A級戦犯の汚名を被せた当時の指導者を絞首刑に処した日は、今上天皇の御目出度き誕生日である1223日であった。国際法では占領中は如何なる重要立法も認められないのに「所謂 日本国憲法」という名の占領時統治法をつくり、無力な日本政府に押し付けたのが113日の明治節である。明治節とは明治天皇の御誕生日である。


因みに、後にニクソンショックと言われる日本経済に多大な悪影響を与えた米国の経済政策の大転換日は、我が国が敗戦した815日に合わせて行なわれた。その一箇月前には米国に倣って中共とは一切国交を持たなかった日本の頭越しに突然訪中し、1971815日当日に、米ドルの金との兌(だ)換性を中止し、10%の課徴金を含む8項目の経済政策の大変更をしたのである。こんなに日付が重なる偶然などある筈がない。世界に影響を与えた、「日本狙い撃ち」という明確な悪意を持った経済政策の大変更を日本の敗戦日に擬(なぞら)えたのである。なんと意地の悪い遣り口だろう。これは巡り合わせなどでは決してない。


偶然はこんなには重ならない。明らかに恣意的なものである。米国の日本に対する強い憎しみと底意地の悪さは、ニクソン大統領時代も、そして現在も決して無くなった訳ではない。歴史的に米国は日本が鎖国を解いて近代化して以来、支那には幻想を抱くが、日本に対しては妙にサディスティックに対応してきたのである。〈人類史上初の「人種差別撤廃提案」を退けた〉ウッドロウ・ウィルソン、〈ロシアからの「戦時賠償金をゼロ」にし、「日韓併合」を日本に焚き付けた〉セオドア・ルーズベルト、〈「ハルノート」を突きつけ、日本を「大東亜戦争」に引き摺り込んだ〉フランクリン・ルーズベルト、〈日本の200都市に絨毯爆撃を命じ、原子爆弾で「人体実験」をした〉ハリー・トルーマンなど歴代大統領たちが、明らかに人種偏見が根底にあるとしか思えない行動をし、日本人を見下す言葉を遺している。最近では、ビル・クリントン大統領も〈731部隊の生物兵器計画を発見できず「中共に謝罪」し、「性奴隷の証拠発見に失敗」して残念がった〉という、明らかに日本に対する敵意に満ちた言動をしていた。ではなぜ米国は日本だけを目の敵にするのか、歴史を遡って検証してみたい。


1866816日、李氏朝鮮の時代にアメリカ合衆国の商船ジェネラル・シャーマン号が朝鮮近海を航行中、朝鮮側の奇襲により沈められ、船員20名全員が虐殺された事件がある。この事件を調査した米国は、「朝鮮人は真面に通商するに値しない民族である」と身にしみて理解した。この点では米国は日本より賢明であった事は歴史が証明している。


当時の日本人は、米国人のような人種偏見も、民族差別の感情も持たなかった代わりに、米国人のような怜悧で合理的な判断もできなかった。我々の先人は真剣に「人種差別撤廃」を世界に訴え、「八紘一宇」の精神の下、「五族協和」や「大東亜共栄圏構想」の実現に邁進していった。「穢れなき無垢な精神」は、国際社会では往々にして裏切られ、最後には馬鹿をみるものである。1894年の日清戦争の後に、日本と清国との間で結ばれた「下関条約」では、第1条に大韓帝国を名乗り始めた李氏朝鮮に対して、清王朝を中心とした冊封体制からの離脱と近代国家樹立を謳っている。日本は米国が見限った李氏朝鮮の独立を第一義として日清戦争を戦ったのである。朝鮮民族は日本のお陰で史上初めて独立国となったが、現実には独力で国家運営をする能力は無く、結局日本の保護下に置かれた。


その時、米国は朝鮮半島になど全く興味を示さず、スペインからフィリピンを奪い取る為に、フィリピンのアギナルド将軍を騙して加勢させて、結局、フィリピンを植民地にしてしまった。セオドア・ルーズベルト米大統領は、箸にも棒にもかからない朝鮮から引き揚げ、朝鮮は日本に災いを齎すだろうとの期待を持って、「私は日本が朝鮮を手に入れるところが見たい」などとの言葉を吐き捨てている。言葉通り、朝鮮から公館を撤収すると日本に押し付けて去って行った。1910年(明治43年)、日本は大韓帝国の希望通り併合を受け容れるが、これを見たT・ルーズベルト大統領は「日本は大変なお荷物を背負い込んだ」と喜んだという記録が遺っている。この時も米国は日本に対して良からぬ感情を抱いていたのである。


日韓併合の5年前の1905年、米国はサンフランシスコ大地震に見舞われるが、日本はこの時、無けなしの25万ドルの義援金を贈った。これに対する米国の返礼は、一般学校からの日系移民の児童75人の追放であった。また、1909年(明治42年)8月、タフト米大統領夫人は、首都ワシントンの都市計画に日本の桜を採り入れ、ポトマック河畔を桜並木にする計画を持っていた。これを旅行作家エリザ・R・シドモア氏が在米の高峰譲吉博士や水野総領事に話した。元衆議院議員で東京市長であった尾崎行雄はこの「桜の植樹計画」を知り、ワシントン市に桜の苗木を贈る事を決めた。歴史が持つ明暗の暗部を知らない日本人は、今ではすっかり米国の名所のひとつとなったポトマック河畔の桜並木を「日米友好のシンボル」などと思っているが、桜の苗木寄贈に対する米国の返礼は、日系移民の排斥であった。因みに、ポトマックの名は、米国人が殲滅したアメリカ・インディアンのアルゴンキン語族の一部族ポーワタン(Powhatan)の読みが欧州風に訛ったものであるとされている。


日本人の「過ぎた事は水に流す」執念深さを持たない淡白な国民性は「忘れやすい」という短所でもあるから、敢えて普段は余り語られない細かな裏の歴史を書いたが、「忘れやすい国民である」なら尚の事、戦勝国が飾り立てた歴史の影に隠れる「真実」に目を向けるべきである。米国が残して行った「東京裁判史観」と「亡国憲法」、そして「戦後教育」は、日本人が学ぶべき「歴史の真実を隠蔽」する事に重きを置いていた。日本人は、これら米国が悪意を持って日本に植え付けていった、占領統治の残滓を、いちど綺麗に振り払い、戦前の日本人が持っていた「気高き大和民族の精神性」を取り戻すべきだ。何も軍国主義に奔る必要も、帝国主義に戻る必要もない。先人が血を流してまでも護ろうとした「精神性」を取り戻せ、と言いたいのである。


実際のところ、米国が日本に対して悪い感情を抱いた要因は4つに絞られると私は考える。ひとつ目は間違いなく『人種偏見』であろう。ふたつ目は、1904年から1905年にかけて、有色人種の分際で、白人の強国、『ロシア帝国を打ち負かした』事である。3つ目は1919年のパリ講話会議の国際連盟委員会に於いて黄色人種の日本人が『人種差別撤廃』を白人諸国に提案した事である。そして4つ目は、『大東亜戦争で味わった辛酸』である。


ひとつ目の『人種偏見』は、米国人はアメリカインディアンを全滅させて、1,600万人もの黒人奴隷を金で買って、家畜の如く使役していた国である。アメリカ・インディアンへの人間とは思えない残虐な仕打ちの数々と、アフリカ人奴隷を家畜同然に扱って発展してきた米国は、人種偏見に満ちた国である。つい半世紀前まではアフリカ系米国人には公民権は愚か、基本的人権さえ与えていなかったし、様々な法整備で人種偏見を表面的には覆い隠した現在も、アフリカ系に対する白人警官の不当な発砲事件を契機とした暴動は毎年のように起きている。遅れてきた宗主国としてアジアで一儲けを目論んでいた米国は、有色人種でありながら白人列強諸国に伍した帝国主義国、日本人を殊更敵愾視した。白人女性はアフリカ系の奴隷の前で平気で裸を晒したという。家畜やペットの視線に恥じらう女性が居るだろうか? それほど白人にとっての有色人種に対する偏見は当然視されていたのである。


ふたつ目の『日露戦争』の結果は、ポーランドやフィンランドなどのロシア帝国に虐められていた白人国家のみならず、誰よりも喜びを湧き立たせたのは、白人には勝てないと諦めていたアジアその他の植民地の人々であっただろう。欧米列強には面白くない事だが、明治時代の大日本帝国だけは白人にも侮れないほどの軍事力を備えていた。白人至上主義者たちには、日本人が邪魔でならなかった事だろう。


3つ目の『人種差別撤廃提案』は、奴隷無しには国家が成り立たない米国は、何処よりも腹を立てた筈である。1898年の米西戦争勝利で汚い手を使って手に入れたフィリピンやキューバなどで、本国同様まだまだ奴隷使役での収奪を期待していた米国には、「人種差別撤廃」など絶対に受け容れ難い事であった。然も、黄色い日本人が提案したとなれば、怒りもひとしおであっただろう。白人に逆らった日本人に下されるべき当然の懲罰として、ABCD包囲網で苦しめ、先に手を出させるべく「ハルノート」を突き付け、最終的には「無辜の一般国民を大量に殺す為だけに」日本家屋を造って爆撃実験を繰り返し、紙と木でできた日本家屋を焼き尽くす焼夷弾(ゼリー状のガソリンが飛散する日本家屋用の新型爆弾)の開発までした。爆撃方法も、普通の爆弾で四辺を爆撃して逃げ道を断ってから、その中をさながら絨毯を敷くように爆撃する「絨毯爆撃」という作戦を編み出した。これは後に米国が言うような軍需施設への爆撃などではなく、明らかに一般国民を狙った「大量焼殺」である。


また、広島と長崎に投下した原子爆弾は、広島にはリトルボーイ(ウラン235型爆弾)を、長崎にはファットマン(プルトニウム型爆弾)と言う二種類の異なる種類の原子爆弾の実験投下であった。これは明らかなる人体実験であった。原子爆弾の開発に携わった科学者の多くは実戦使用ではなく、無人島などへのデモンストレーション爆撃で事足りると、日本本土への投下に反対したと言うが、政治家や官僚たち、そして時の米国大統領ハリー・トルーマンは、日本の一般国民への人体実験に固執して強行した。


原子爆弾の投下について米国の公式見解は、「米軍将兵50100万人の犠牲を出さない唯一の方法だった」と言うものであるが、数々の証言がそれが単なる方便である事を証明している。先ず、日本が降伏しない場合、米軍は昭和20年に九州上陸作戦を計画しており、その際には最大で25千人の戦死者を予測していた。翌年の昭和213月には東京正面の上陸作戦を計画しており、そこでは15千人から21千人の戦死者を予測していた。米軍の戦死者50万人というのは根拠がなく、最大で46千人の戦死者を予測していた事になる。また、都市部への「絨毯爆撃」を指揮した空軍のカーティス・ルメイ将軍は、「戦争は、本来、ロシアの侵入なしで、そして、原子爆弾なしで2週間で終わっていた。原子爆弾は、全く戦争の終わりと、関係がなかった」と証言しているし、カーター・クラーク准将は、「我々は、益々多くの商船を沈め、日本人を益々ひどい飢餓に陥れていた。この事だけでも、彼等に卑屈な屈服を強いる事ができた。我々はそれ(原爆投下)を行なう必要がなかった。我々は、それを行なう必要がないという事を知っていた。それでも、我々は日本人を2発の原爆の実験の為に利用した」と証言している。


広島の原爆投下では約14万人、長崎では約74千人が一瞬のうちに死亡した。広島や長崎で死亡したのは、非戦闘員である一般国民であった。一般人を無差別大量虐殺するのは、明らかなる戦時国際法違反である。原爆開発当事者たちが主張した通り、無人島などへの原爆投下を1回だけすれば事足りた筈である。タイプの異なる原爆を落としたのは、2種類の原爆が兵器としての殺傷能力や都市に与える被害効果を見る為出会ったのは明らかである。 戦後に進駐してきた米軍は、用意周到に広島と長崎に「原爆傷害調査委員会」(ABCC)を設置し、放射能の影響調査を始めた。そこに生存者を連れて行き、血液を採取し、傷やケロイドの写真、死亡した被爆者の臓器などを摘出して、様々な調査や記録を行なったが、治療をする事はなかった。被爆者への治療は当初から目的に無かったのである。白人国家に「人種差別撤廃提案」をした黄色い猿へのお仕置きにしては酷すぎるではないか。


四つの理由の最後、『大東亜戦争で味合わされた辛酸』は、13が無ければ起こり得なかった事であるが、現在も米国が日本を警戒し続け、米軍が駐留している最大の要因である。駐留米軍の存在を説明するのに「瓶の蓋論」と言うのがあるが、中共が経済的にも軍事的にも力を付け、覇権主義的になり法外な領土領海領空を主張しだし、北朝鮮が冒険主義的確信犯として核保有国である事を国際社会に認めさせようとする動きなどのアジア情勢の変化は、「瓶の蓋論」以外にも駐留米軍の必要性を増す事になってはいるが、日本に核武装を許し、米軍のイコールパートナーとしてアジア情勢の安定化を図るほどには日本に対する警戒感を解いてはいない。米軍の駐留を説明する13が大東亜戦争を引き起こし、4で日本を絶対に警戒心を解けなくなったのである。


F・ルーズベルトは、日本が真珠湾を攻撃する4ヶ月前に、ニューファンドランド島沖でチャーチルと日本の戦後処理について密談している。日本は永遠に武装解除して、絶対に独立させないと、この時に決められた。日本が真珠湾を攻撃する4箇月前にである。


1972年の周恩来、ニクソン、キッシンジャー会談でも、「日本には、朝鮮問題、台湾問題への発言権は与えない」と同時に、ここでも「日本は永遠に独立させない」と確認されている。これらの国家間の正式な約束事は、現在も実質的には厳然と生きている事を日本人は忘れてはいけない。日本人は人類史的にも、現在の国際社会でも、際立って性格が良い。これは裏を返せば「お人好し」、悪意ある相手国から見れば「愚か者」と言う事だ。サッカーのアーセン・ベンゲル監督は、日本人の人の良さや日本国内の治安の良さなどを例に挙げ、国際社会を狼の群に例えた発言をした親日家である。日本人選手が欧州など国際社会に出て行く事は「裸の無防備な赤子が狼の群れに囲まれるようなもの」なのだそうだ。この発言は、決して日本人を見くびってのものではなく、おそらく核心を突いている警告と捉えた方が良い。


縷々述べてえきた米国の悪意について、我が国の総理大臣が知らない様子なのが気掛かりである。数年前から「日本は国連(=連合国)の常任理事国になる資格も用意もできている」と力説されている。そんな資格も、用意も、必要性も、日本には無い。私は、常日頃から「反自民・反安倍」の主張をしているが、自民党以外に今の日本を仕切れる政党が居ない以上、その現実を現実主義的に受け容れてもいる。国際社会の混乱期にあって、安倍長期政権の功績は大きい。今の野党勢力が政権を取ったら、日本は最悪の状況に置かれるだろう。だが併し、一国のリーダーが近現代史を識らない様子である事は誠に哀しい現実であるとも考えている。できれば自民党に代わる真性保守政党が現れて欲しいものだ。でなければ、着々と進行中の「日本の韓国化」に歯止めが掛からず、韓国化した日本は最終的には中共の漢民族による侵略を受け、仮に「国家」や「亡国憲法」が残ったとしても、本来の日本人はこの国から消滅してしまうだろう。


人間社会に限らず、人間以外の生き物の世界、例えば、動物でも植物でも、日本の原生種より外来種の方が圧倒的に強い。そういった自然界の厳しい掟が存在する上に、人間社会では「外国人の悪意」と言う厄介な力が猛威を振るう。戦後72年間で日本は米国の計画通り、二度と白人諸国に立ち向かえない無力な国にされてしまった。そして、李明博(当時)韓国大統領は、「日本は既に韓国の思いのままだ」と日本制服宣言をした。その責任は、半世紀以上に亘って政権政党の座に就いてきた自民党政権の愚かしい国家運営の産物であり、自民党を信任し続けた日本国民の過ちである。日本が今のような左翼思想第一主義の愚かな国に堕する前に、真の主権国家に生まれ変わるチャンスが皆無であった訳ではないが、自民党を信任し続けた日本国民の愚かさ故、悉く日本が再生するチャンスの目は潰されてしまった。米国による洗脳統治の後遺症とはいえ、日本人はもっと賢明に、「先人の意思を継ぐ選択」をするべきであった。


国会議員と国会議員を目指される方には、歴史を猛烈に勉強していただきたい。何故なら多くの答えは歴史の中にあるのだから。人の生涯を決定づけるものが「人生観」であるとしたら、国家の命運を決定づけるものは、国家運営を任される政治家の「歴史観」である。残念ながら、現在の日本を率いる安倍首相の歴史観は、先人が命懸けで護ろうとした「大和民族の精神性」の存続を軽んじるものと断じざるを得ない。日本国民は、当面の間は安倍政権の下での安泰を享受するだろうが、10年先、20年先、50年先の日本を考えると、今までの自民党政権では確実に国を滅ぼす。心ある日本人は、2677年の歴史を振り返り、或いはまた、鎖国を解いて、欧米先進諸国に追い付こうと必死に努力した頃の、先人の心に思いを致し、貧しくはあったが、清廉で、慈愛に満ちた、「日本国民が気高かった頃の精神」を取り戻すべく、今、行動を起こさなければならない。我々の子々孫々に、誇りある平和を享受し続けて貰う為に。