あからさまな言論統制を強行するFacebookの前近代的な「遡求検閲と投稿文削除、アカウント停止」の乱発に遭い、もはや言論の自由は無いものと諦めて、Blogに発信拠点を移行しはしたが、6,000名以上にもなるFBFFollowerの方々とのご縁をどうにか無に帰させまいと、こちらも色々と試行錯誤してきた。やられっぱなしで引き下がるのも癪に触るから、検閲しているであろう在日朝鮮人たちに付け入る隙を与えまいと、朝鮮関係の過去2年間の投稿を自ら削除して、在日たちの検閲を封じ、今のところ検閲のない「Blog更新の案内にFacebookを利用」し始めて約一年が経過した。


途中、体調を壊した際には約一箇月間はBlog更新もできなかったが、それを機に更新ペースを週一回に減らして、マイペースでのBlog更新と、「Facebookでの更新案内」を気持ちよくこなしていた。ところが、相手もさるもの引っ掻くもの、二年以上前の、然も朝鮮民族には関係のない投稿文を問題視して、またしても投稿文削除とアカウント停止30日間の処分を喰らわせてきた。低脳な左翼日本人や在日朝鮮人、そして日本国籍朝鮮人たちは、念仏のように現行の「亡国憲法」を信奉しているのに、そこで保証されている「言論の自由」は簡単に封じ込める。


要するに反日亡者たちは、何が何でも愛国心を持つ日本人が気に入らないのである。もうこうなると、このままではFacebookはどうにも使えない。アカウント停止が解除されたら、今度は過去の投稿文を総て削除して、文句をつけられないようにする。その上で、またBlog更新の案内にFacebookを利用するつもりである。それでもペナルティを課されるようなら、Facebookとは綺麗さっぱり縁を切るしかないだろう。今の私にできる事は「日本の韓国化」、「朝鮮民族による日本乗っ取り計画」が着々と進行している事実をBlogで訴える事くらいだが、こうなったら今まで以上に気を入れて警鐘を鳴らすしかないだろう。


今回、Facebookが削除した投稿文は文章を書き馴れていない当時の稚拙なものだが、推敲せずにそのまま以下にコピペした。この投稿文のどこがいけないというのだろうか? この文章が検閲に引っかかり、削除されるのが今の日本の現実なのである。これをお読みいただいた方には、「今の日本が如何に危機に瀕しているか」という問題意識を共有していただければ幸いである。


ーーー以下、Facebookの削除申し渡しーーーーーーーーー

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《成りすまし「戦勝国」中共の卑劣。「南京大虐殺」を無かったと言えない日本政府の腑抜けぶり。》


2次大戦の終結から今年で70年となるのを記念した式典が5日、国連本部で開かれ、中共の劉結一国連大使は「侵略の歴史をぼかしたり、否定・美化したりする如何なる言動も、被害国を含む各国や人民から許容される事はないだろう」と指摘した。安倍首相が夏に発表する戦後70年談話を念頭に置いた発言であろう。


劉大使は演説で「抗日戦争に於いて、物心両面で支援してくれた国際社会の友人を中共人民は決して忘れない。南京大虐殺などによる避難民への支援を提供してくれた外国の友人の事も忘れないだろう」と強調した。これは有りもしない大嘘、すっかり戦勝国気取りである。


日本は中共とは戦っていない。従って、中共政府の「戦勝国ヅラ」「被害国ヅラ」は虚構・演技であり、所謂「南京大虐殺」をいつまでも、政治カードとして使うつもりである。こういう捏造発言の時々に、日本政府は今まで何ひとつ抗議してこなかったから、今では既成事実化してしまい、日本人ですら中共を戦勝国と思い込み、中共の嘘八百を疑う事なく信じている始末である。


真実を知る方々が急激に減少していかれる中、捏造を捏造と言えない日本政府は、自らの立場をどんどん悪くしている。多少の国際的軋轢があろうとも、日本の政治家は真実を世界に発信していく「最低限の勇気」を持たなければならない。63年間、何の努力もしてこなかったツケは途轍もなく大きい。


南京大虐殺とは1937年(昭和12年)に日本軍が城塞都市 南京市に入城して行なったとされる「世紀の大嘘」である。この大嘘は、米国が原子爆弾で瞬殺した民間人の犠牲者数と相殺するべく東京裁判の為に主導して蒋介石の中華民国とでっち上げた歴史の大改竄である。「中華人民共和国が建国される12年も前の出来事」という事になる。


こんな昔の嘘を持ち出して、出す、或いは出すと予告する必要もない「安倍談話」の内容に中共は牽制を加えている訳だ。この筋違いな言い掛かりへの反論は、安倍政権には期待できない。今の日本の国力では無理であろうし、とにかく史実を確認もせず、或いは史実を確認した上で、米国議会で歴史を反省してしまった政権である。


これからできる事は、党派はどこでもいいから政権外の政治家が、外国人記者クラブあたりで「不当な言い掛かりである」と、堂々と「世界に真実を発信する」事である。与党議員であれば申し分ない。政権はその議員の行為を放任するだけで充分である。無知な国際社会の非難は相当なものであると覚悟せねばならないだろうが、誰かが一刻も早くやらなければならない大事な仕事だ。


いったいいつまで日本の政治家は、身に覚えの無い「冤罪」に知らん顔を決め込んでいるつもりだろうか。例え直ぐには聞入れられなくても、冤罪はその不当性を折りに触れ訴え続けなければ、何れ真実と信じられてしまう。それが歴史的な冤罪であれば、嘘が史実として定着してしまう。これは慰安婦問題も同じである。


1937年(昭和12年)12月、日本軍は支那事変を終結させる為に南京へ侵攻。1213日にそこを占領した。所謂「南京大虐殺」とは、その占領から僅か6週間の間に20万人の市民や捕虜が日本軍によって虐殺されたとするものだ。いつの間にか30万人にしてしまう辺りが支那人らしい。


という訳で中共が公式に述べてきたものとしては、その人数30万人。中共にある南京大屠殺記念館の外壁には、大きな文字で「300,000」の数が、犠牲者数として掲げられており、中共の子ども達は「反日感情を植え付ける為に」毎年そこへ行かされている。これは江沢民時代に始められた人民洗脳行事である。


この「南京大虐殺」は、日本でも戦後、共産党員や共産主義シンパなどを中心に広められ、その後、多くの売国左翼が飛びつき、教科書にまで書かれ、日本人の「自虐史観」の根底に流れてきた。併し今日では、このような30万人もの大虐殺、日本軍による大規模な民間人虐殺、または小規模な虐殺さえも、実際には無かった事が多くの証拠によって明らかになっている。


日本兵たちによるある程度の犯罪があった可能性までは否定しない。併し、それはどこの国の軍隊にもあるものであり、寧ろ南京での日本軍の活動を見てみると、非常に人道的なものが多く目につく。それは当時の新聞が証明している。日本軍の規律は世界一のものであった。


南京戦の最中、南京市内に居た民間人は全員、南京市内に設けられた「安全区」に集まっていた。日本軍はそこを攻撃しなかったので、安全区の民間人らは誰一人死ななかった。これも記録に残っている。


日本軍による南京占領が間近に迫ると、支那兵の多くは軍服を脱ぎ捨て、支那人市民を殺して服を奪い、民間人に化けて南京の安全区に逃げ込んだという。なぜ城外に逃げなかったかというと、中国国民党軍には督戦隊という自軍の逃亡兵を専門に射殺する部隊があり、敗残兵は逃げるに逃げられない状態であったからだ。


安全区に逃げ込んだ支那兵の中には、武器を隠し持ち市街戦を準備する者、また安全区内で略奪や強姦、殺人などを行ない、それを日本兵の仕業に見せかけたり、被害者を脅迫して「日本兵が犯人」と言わせる反日工作をする者たちも居た。


日本軍は彼らを見つけ出すと、彼らのうち特に反抗的な不法戦闘員数千名を処刑した。国際法では、こうした不法戦闘員は「捕虜」としての扱いを受ける事ができず、処刑されても致し方ないとされている。こうした不法戦闘員の処刑が、誤って「捕虜の虐殺」と伝えられたという学者も居るが、規模が違い過ぎるだろう。却って下手な言い訳に聞こえてしまう。


日本軍は、市民や捕虜に対し多くの人道的援助活動を行なっている。その結果、日本軍占領下で飢えの為に死ぬ南京市民は一人も居なかった。また日本軍の活動に感激して、その後、汪兆銘の親日政府軍に入った支那人捕虜たちも大勢居たという。

 

南京に於いて非道行為を行なったのは、寧ろ支那兵たちであった。軍服を脱ぎ捨てて民間人の中に紛れ込んだ支那兵たちは、裸で紛れ込む訳にはいかないから、民間人の服を奪う為に民間人を殺した。そうした事をエスピーという米国副領事その他の人々が目撃、証言している。虐殺を行なったのは日本軍ではなく、支那兵たちだったのが真相である。米国は当然それを知っている。


熱心な日本人学者が苦労に苦労を重ねて解き明かした「南京大虐殺」が虚構である事を、日本の政治家が知らぬ筈は無い。知って居ながら、特亜や米国の非難に黙していい加減にやり過ごす姿は、日本人として本当に情けない。安倍首相には大いなる反省を求めたい。そして、誰でもいいから勇気ある政治家よ、立ち上がれ!

ーーー以上、コミュニティ違反なんて冗談ではない!ーーー