先ず、法的に日本国籍取得を済ませている朝鮮人に対して、なぜ私が「日本国籍朝鮮人」という呼び方をするのかを説明しておきたい。左翼系の思慮が浅い日本人は、直ぐ「差別だ、蔑称だ」と勝手に決めつけて、そこで思考停止してしまうから、説明しても無駄かも知れないが、まともな日本人なら私の説明を理解できる筈である。帰化とは、「本人の希望によって他国の国籍を取得し、その国の国民となる事」である。日本への帰化とは「日本国民となる事」=「書類の上でも精神的にも日本人になる事」を意味する。日本では米国などと比べて、実に簡単に法務大臣の許可を得て日本国籍を取得する事ができる。私は常々「帰化要件の厳格化」を主張してきた。日本政府と法務省は日本国籍というものを軽く見過ぎており、日本国籍を安売りしている事に気づいていない。帰化を済ませても母国への愛情や望郷の念が消える事がないのは人として当然の心情である。併し、朝鮮民族だけは「望郷の念」どころか、母国への異常な執着を断ち切れず、帰化後も決して帰化した国に愛情や愛着を持てず、当然、帰化時に確認されるべき帰化した国家への忠誠心を持てない。日本でも、米国でも、カナダでも、どこの国でも、朝鮮民族特有のこの精神構造が変わる事はない。(日本では帰化時に日本国への忠誠を誓わせない!)

「日本国籍朝鮮人」とは、日本国籍を取得した後も、決して日本という国に愛情や愛着、そして忠誠心を持とうとは努力しないし、できない朝鮮人の事である。朝鮮民族とは帰化手続き完了後も日本と日本人を憎み蔑み嫉妬し続ける傾向が極めて強い。この点に於いては朝鮮民族以外の外国人とは比較にならない。日本に帰化する外国人の多くは、日本という国柄や日本社会、そして日本の伝統文化や日本人を好きになり、残された生涯を日本で過ごし、日本に骨を埋める決心をした人々であり、彼等に対しては、例えば、ベトナム系日本人とかポーランド系日本人、ロシア系日本人と呼ぶ事に何の抵抗も感じない。その意味で私は、決して異民族排斥主義者ではない。併し、朝鮮系日本人や韓国系日本人という呼び方には、強い抵抗感を持っている。基本的に、朝鮮系日本人や韓国系日本人というのは存在しないと考えるべきだ。例え白丁(朝鮮に於ける最下層の奴隷階級)出身者でも自分は両班だと偽り、母国朝鮮に対して虚構に満ちた異常とも思える誇りを持ち、内面で激しく日本を憎み蔑んでいるからだ。従って「日本国籍朝鮮人」とは、日本国籍を持っていても日本を憎む事でしかアイデンティティを見出せない人々、所詮は日本を憎み蔑む朝鮮人である事には何の変わりもないという意味を込めた呼び方である。

併し、そういう彼等であっても諸外国からは普通の日本人と見做される。根っからの日本人さえ、通名という偽名に隠された彼等を自分たちと同じ日本人であると騙されている。前回のBlogで「2015年の静岡県通名使用裁判」に触れたが、今の日本では、「堂々と本名を名乗りなさい」と言っただけで、彼等は「朝鮮人だと明らかにされて傷つけられた」と訴え出て、それを日本の最高裁が「本名を名乗れというのは確かに在日の心を傷付ける行為だから相応の賠償をしなさい」と判決を下すという異常さが罷り通っているのである。2007年に英会話学校NOVAの英国人英語講師のリンゼイ・アン・ホートンさんに対して暴力を振るった末に強姦殺人に及んだ挙句、死体を遺棄して、逃げ延びる為に整形手術までしていた市橋達也被告は日本国籍朝鮮人(厳密にはハーフ。父が朝鮮人で母が日本人)であるが、日本では普通の日本人として報道され、被害者の母国英国ではコリア系日本人(Korean Japanese )と報道されていた。普通の英国人は若い英国人女性がひとりで日本に行って日本人に強姦殺害されたと思っただろう。何より遣る瀬無いのは日本では「鮮害」著しいマスメディアが通名のみ報道したから、大部分の日本国民は日本人の犯罪であると信じている事である。

「鮮害」著しいと書いたが、実際、日本のマスメディアには多くの朝鮮人が入り込み、今では彼等が重要な役職に就いている為、日本よりも韓国の利益を優先している。だから容疑者が朝鮮系(=韓国系)の場合、ほぼ通名しか報道しない。マスメディアだけではない。近年ではインターネットの世界でも朝鮮人の隠蔽工作が際立って目に付く。中共で「天安門事件」が起きたのが6月4日であった事から、「天安門事件」とか「64」と検索しても何もヒットしないが、それと同じような事が日本でも起きているのである。インターネットが普及するずっと前からマスメディアは朝鮮人に半ば乗っ取られてしまっていたが、それと同じ事がインターネットの世界でも横行しているのである。前述の市橋達也被告の事件に限らず、朝鮮人が関わった事件を検索しようとすると何もヒットしない期間が一定期間続くのである。世界的にマスメディアの恣意的不作為に対抗してきたのが、「Twitter」や「Facebook」などのSNSや、「Wikipedia」、「WikiLeaks」などであったが、インターネットの世界も随分と虚報と捏造工作が蔓延している。

日本でも、今年の9月頃からFacebook日本法人が、「在日朝鮮人が犯してきた数々の立証された事例に関する投稿」を悉く一方的に削除し始めた。現代日本では考えられない「検閲」を実施しているのである。それも数年前の投稿に遡っての検閲までしているのだから呆れる。先進国では事後法(訴求法)は認められないが、現代の日本でFacebookは、投稿時点では在りもしなかった「コミュニティ規定」とやらに抵触したとして、1年も2年も前の投稿文を勝手に探し出し、削除し、投稿者に一定期間のアカウント停止というペナルティを課す。飽くまでも抵抗するとアカウントの永久削除までするという徹底振りである。日本国籍朝鮮人や在日朝鮮人の母国韓国で罷り通る「事後法」と同じ事を日本で行なっているのである。この傾向は随分以前から見られたが、「在日擁護法」とも呼ぶべき悪法、所謂「ヘイトスピーチ対策法」が施行(しこう)されてから一気に顕在化した。

Google検索でも同じ現象が起きている。今年の6月に起きた事件で、「東名高速夫婦死亡事故」というのがある。直前にインターチェンジで乱暴な運転を注意した夫婦を逆恨みした男が、東名高速で追い越し車線に無理やり停車させて、胸ぐらを掴むなどの暴行を働いた末に、10歳の娘の目の前で後続のトラックに夫婦が轢かれて死亡した事件である。マスメディアは、容疑者を日本人 石橋和歩として報道したが、容疑者が在日朝鮮人だと判明した途端にピタリと報道をやめた。その事故を「在日」とか「朝鮮人」と関連づけてGoogle検索にかけると何もヒットせず、404とかNot foundと表示された。Googleでも朝鮮人たちの隠蔽工作が活発化しているのである。数日置いて検索すると、この事件をいち早く取り上げたBlogなどが幾つかヒットした。Wikipediaなどでは日常茶飯に起きている。「朝鮮人による隠蔽工作」=「朝鮮人の書き換え」と「日本人の書き直し」というイタチごっこが眼に余るほど増えてきている。こういう現実を知ると、Blogで真実を書き記す行為の重要性を改めてひしひしと感じる。手をこまねいていては、日本は朝鮮人に完全に乗っ取られてしまうだろう。併し、この現実をどれだけの日本国民が気付いているだろうか? 甚だ疑問である。

姜尚中(カンサンジュン)氏という著名な朝鮮人が日本で活躍している。彼は熊本県生まれの在日朝鮮人二世である。彼の言動を見れば、彼が日本に生まれ育った普通の日本人とは全く異なる内面を持った、根っからの朝鮮人である事が分かる。姜尚中氏は熊本の済々黌高等学校を経て早稲田大学政治経済学部を卒業後、同大学大学院政治学研究科博士課程を修了した。その後、明治学院大学講師、国際基督教大学準教授などを経て、東大教授になった。そして今は東大の名誉教授である。おそらく彼は、彼本人の資質と努力もあろうが、この日本で虐められる事も差別される事もなくエリート街道をまっしぐらに歩んできたのであろう。何しろ東大名誉教授になったのだから研究者、教育者の道を選んだ者としては最高の地位に到達した成功者と言える。ところが、日本に生活基盤を持つ姜尚中氏の発言は朝鮮人そのものである。半島に帰る気など更々無く、これからも日本で裕福に生活していくつもりなのだろう。何しろ彼の年収は億単位である。朝鮮半島に活動拠点もないのに未だに韓国籍を維持し、生涯日本で有識者として優雅に暮らしていくのだろうが、彼には日本に対する愛も尊敬心も皆無である。

姜尚中氏の今ある立場を考えれば、日本という国は彼に好意的に接してきた筈である。東大名誉教授になれた事が、日本で差別も排除もされなかった何よりの証拠である。然るに「竹島は韓国領である。軍隊を入れて実行支配しているのだから、日本が何を言っても関係ない。言わせておけばよい。日本が幾ら自国の領土だと言っても相手にする必要はない」などと平然と公言する。姜尚中氏は日本で恵まれた生活を送りながら、日本の天皇陛下を「日王」と呼ぶ。彼の小中華思想と朝鮮劣化儒教の世界観では、日本は支那の冊封体制に組み込まれている国だから、皇帝は支那にしか存在しない。その皇帝から任じられたのが朝鮮王で、日本の天皇もそのうちの一人だと看做している。然も朝鮮民族の頭の中では日王は朝鮮王よりもずっと格下なのである。姜尚中氏は「断固として天皇を『日王』と呼ばせてもらう」と公言してもいる。こういう人物を東大名誉教授に祭り上げる文科省は異常で自虐的ですらある。そして、朝鮮人たちに支配されてしまったマスメディアの中でも取り分け反日主義丸出しのTBSテレビの「サンデーモーニング」という番組中で、来たる政権選択選挙に於いては野党に投票しろと言わんばかりの論評を展開していた。雲散霧消の只中にある朝鮮民進党の残党への投票を促したのである。

姜尚中氏は日本国籍朝鮮人ではなくれっきとした韓国の国籍を持った韓国人であるが、御多分に洩れず日本に強制連行されてきたと偽る両親の下で韓国ではなく日本に生まれ、人並み以上に恵まれた人生を歩んできた。併し、所詮は朝鮮民族、日本と日本人を憎み見下しているのである。彼を受け容れ、分け隔てなく接した日本社会に対する感謝の念など彼の心の中には皆無なのである。在日二世の彼は、彼に何もしてくれなかった母国韓国の国籍を選択し、彼を育んだ日本社会には憎しみと蔑みの感情しか抱けないのである。そういう特質を持つ朝鮮民族を敗戦後もずっと日本に居座る事を許してしまった日本の政治選択は絶対に間違っていた。戦争に負けた日本を弱い国だと思い込んでしまった朝鮮人は皆、日本から追い出すべきであったのだ。最初から無理だと決めつけ、諦めて、何の努力もせず、行動も起こさずに、在日たちにやられ放題にしてきた日本政府と日本社会の不作為は絶対に間違っていた。この問題については、敗戦後の日本人は臆病に過ぎた。今でも日本人の臆病は治っていない。在日朝鮮人問題、日本国籍朝鮮人問題を提起すると、まるで悪者扱いする日本社会の今の風潮は狂っている。深く考えもせず、ただ単に「ヘイトはいけない事だ」と思い込んで、そこで思考停止してしまうのは楽なのだろうが、日本人が乗り越えなければならない大きな課題である。

大東亜戦争に敗戦して米国に統治、洗脳されて以降というもの、日本政府の政策は、外交も内政もとにかくおかしくなってしまった。散華された英霊や、ご苦労の末に復員された元日本兵の方々にすれば、何の為に命懸けで闘ったのかと、さぞかし無念で仕方がない事だろう。今のように日本が変になってしまった要因を、ひとつに絞る事は難しいが、大きく括れば「東京裁判史観」である事は間違いない。併し、その捻じ曲げられた歴史観に影響された具体的事例の中で、一番に指摘しておきたい事は、これまで述べてきた通り、何と言っても在日朝鮮人を居座らせて、然も特別待遇を与えてしまった事だと思う。彼等は本来ならこの日本に住んでいるべきではない者たちである。大恩ある日本人に、単に恩知らずという言葉では表現しきれないほどの獣のような仕打ちをして、今ではその史実を隠蔽して「日本軍に強制連行されてきた」と嘘をつき、被害者ヅラをして日本にのさばっている。朝鮮民族というのは歴史的にそういう道を歩んできた。「戦後教育」では絶対に教えられる事はないが、朝鮮半島に今の朝鮮人が居着く前の民族は彼等によって悉く滅ぼされてしまったのである。朝鮮半島では、百済は660年に滅亡し、高句麗も668年に滅亡、新羅も935年に滅亡している。今の朝鮮半島に蔓延っているのは「山葡萄原人」と呼ばれる普通の人間とは別起源の原人の末裔たちなのである。

それは、最新の遺伝子研究の成果を見ても容易に導き出せる結論である。ソウル大学医科大学遺伝体医学研究所とマクローゼン生命科学研究所が昨年、韓国人のヒトゲノム(DNA、RNA)解析の一部を権威ある科学誌ネイチャーに発表したが、余りに常軌を逸した研究成果の為、日本に於いては全容は未だに明らかにされずじまいである。朝鮮人のDNAは朝鮮人以外の人類のDNAと850万個も異なっていたのである。そのうち220万個は新発見の遺伝子だという。100や200ではない。1,000や2,000でもない。朝鮮人は普通の人類とは850万個も異なるDNAを持っているのである。近親相姦を繰り返してきた歴然たる証拠も発見されている。父と娘、母と息子、或いは兄妹などの間にしか産まれ得ないDNAが数多く見つかっている。また韓国人の40%が発症すると言われる統合失調症は近親相姦の結果だと思われている。国民全体の40%とは何と驚異的な数字ではないか! これはもう韓国と北朝鮮は正常な国家ではないと言っていい数字ではないだろうか? 本来なら、このような民族に主権国家を運営させる事は人類に災いしか齎さないと言っていい。国連などが責任を持って保護国として管理するべきである。日本は嘗て朝鮮人とその政府に懇願されて併合に応じて、散々血税を注ぎ込んで誠心誠意尽くしたが、それを感謝される事もなく逆恨みされているのだから二度と保護国の役割は御免被りたい。

歴史書によれば、古代朝鮮人が何者であったのか未だにはっきりとはしていない。「魏志倭人伝」には半島南部一帯には倭人が住んでいたという記述がある事から、嘗て日本人が住んでいた事は間違いないだろう。「任那日本府」の存在も朝鮮人は否定するが歴史書の中に明記されている。併し、半島北部や中央部の人たちは何者なのか、未だに明らかにはされてはいない。歴史学者でさえ「朝鮮民族とは何者か」を殆んど解明できていないのが現状である。

2015年に韓国で猛威を振るった「韓国マーズ」の致死率は40%にも上ったが、普通は人間には感染しない病原体であった。人間に感染しないウイルスに韓国人だけが感染したのである。普通の人間とは850万個もDNAが異なるから、中東のラクダにしか感染しないウイルスが韓国人にだけ感染したのである。この問題で韓国政府は為す術もなく頭を抱えていたが、「韓国マーズ(中東呼吸器症候群)」のワクチンを開発したのは、日本の京都府立大大学院の塚本康浩教授のチームであった。塚本教授のチームはダチョウの卵を使用し、韓国マーズウイルスに強く結合する抗体を大量精製する事に成功したのである。日本のマスメディアは、韓国政府の福音となったこの快挙をさらりと報道しただけで、日本国民の間で大きな話題になる事は無かった。何故なら、日本人の中でも口の悪い人は韓国人を指して「ヒトモドキ」などと蔑む風潮が確かにあるから、人間では朝鮮人だけが感染する韓国マーズを大きくは取り上げたくなかったし、況してや散々反日工作を続ける韓国政府を日本人が救ったとは公表したくなかったからである。朝鮮人が主要ポストに就いている為、韓国寄りの報道に終始する「鮮害」著しいマスメディアにとっては必死に隠したい事であろう。そして、またも日本人に救われたというのに、韓国政府が公式に日本政府や日本の研究者に感謝の言葉を伝えてきたという報道はとうとう聞けなかった。

私は朝鮮人を大嫌いだが、だからと言って彼等を「ヒトモドキ」という言葉で貶めた事はない。そういう言葉で特定の民族や国家を貶めるのは決して褒められた事ではないし、口汚いヘイトスピーチなども日本人はするべきではない。併し、今の韓国と北朝鮮の理不尽極まりない言動の数々と、中共に住む朝鮮族たちも含めて、今、朝鮮民族と呼ばれている者たちの日本に対する恩知らず振りと過去の蛮行は決して許されるべき行為ではないし、最大限の言葉で糾弾されるべきであるとも思っている。問題はやり方である。日本人として天に唾するような行為は慎むべきである。併し、今も日本に居座って日本という国家に仇なす朝鮮民族(=日本国籍朝鮮人と在日朝鮮人)は日本から追い出すか、今ある力を削ぐべき存在であるとも確信している。既に日本国籍を取得してしまった朝鮮民族の日本国籍を見直す事は困難を極める作業ではあるが絶対に必要である。併し、彼等と同じ低劣な土俵で争ってはならない。心無い非難に臆せず、日本人の子々孫々の為に、日本政府は必要とされるあらゆる手段を堂々と行使するべきである。これは「日本国首相の首を賭ける価値がある」問題である。

「罪を憎んで人を憎まず」という先人の教えがある。それに従えば、「朝鮮人が為した数々の日本人やベトナム人に対する行為は憎まれて然るべき」だが、彼等「朝鮮民族そのものを憎んではいけない」という事になる。日本人とて只の人間であるから、聖人君子の如く振る舞うのは難しいが、この問題への取り組みにこそ、日本人本来が持つ清廉な心が求められる。彼等朝鮮民族は憐れむべき事に、重篤な精神病に冒されているのである。国民の40%もが統合失調症などの精神疾患者であるなど、健康な国家、民族では有り得ない事であろう。彼等の過去の蛮行と現在の常軌を逸した言動は憎むべきものだが、彼等は民族としては憎むべき存在というより、寧ろ憐れむべき存在なのである。そう考えれば、韓国人が日韓併合に感謝できず、日本の敗戦の混乱をいい事に、獣の如き蛮行を振るい、竹島を略奪したり、有りもしない韓国半万年の歴史に耽溺するという異常行動も理解できる。朝鮮人独特の子供じみた嘘や獣生も理解できない事はない。北朝鮮の常軌を逸した、自国民の餓死を尻目の核開発やミサイル開発をやめない異常性も理解できる。彼等は謂わば「気狂い」なのである。朝鮮民族の言動は確かに憎むべきだが、重篤な精神病患者なのだから民族としては憎むのではなく憐れむべきなのである。

個々の日本人にとっては、朝鮮民族が実は「憐れむべき存在」であるとしても、彼等の幼稚な嘘や野蛮な行動や、現在進行している朝鮮民族の恐ろしい習性ともいえる獣生から「国民の生命財産を護る使命は国家にはある」。他民族を憐れんで日本が滅びてしまうのでは意味がない。日本政府には日本国民を朝鮮民族から護り通す責務がある。もはや何も行動を起こさないでは許されない。お人好しも大概にするべきである。日本は国家として、もう充分に朝鮮民族に憐れみの情をかけてきた。併し、今 朝鮮人と呼ばれている民族がその昔、朝鮮半島の先住民と半島南部一帯に住んでいた倭人(=日本人)を滅亡させた史実を無視してはいけない。敗戦後ずっと不当に日本に居座り続けてきた朝鮮民族は一刻も早く日本から追い出すべきである。くどいようだが、この避けてはならない責務は、個々の日本人ではなく、国家、日本政府が果たすべきものである。この問題に個人が手を出してはいけない。だから今回の政権選択選挙は重要なのである。有権者に選ばれた政権には、「朝鮮民族の手から日本人と日本という国家を護る」という重大な責務が生じるのである。

朝鮮半島と日本列島に棲息する現在の朝鮮民族は我々普通の人類とは一線を画する民族である。間違いだらけの「戦後教育」で育った我々の世代は、この事実が判明しても、「特定の民族差別はいけない」と骨の髄まで刷り込まれているから、朝鮮民族を特別視する事を避け続けてきた。「戦後教育」で育ったのは、何も一般国民だけではない。教育者や研究者、そして政治家たちも「戦後教育」の犠牲者なのである。だから、今朝鮮民族と呼ばれている者たちが、実は「山葡萄原人」を起源とする別の人類である事を決して公にはしない。「戦後教育」に毒されていない研究者の中には、この事実を明確に理解している者もいる。直ぐ「差別だ、民族主義だ、軍国主義だ」と騒ぐ日本社会の悪しき風潮はこの事実の公表を阻害している。併し、よく考えてみれば解る事だが、勝手にやって来ては、そこに居座り、遂には先住する民族を滅ぼして来たのが、今 朝鮮民族と呼ばれている民族なのである。

今の日本は、政・財界、法曹界、教育界、マスメディア界、芸能界、アミューズメント界、など国家の枢要で国民意識をリードするような業界・世界は悉くマイノリティである朝鮮民族に席巻されてしまっている。朝鮮人に乗っ取られた財界には日本を代表する大企業も沢山ある。現在の経団連会長(兼東レ相談役)の榊原定征氏やソフトバンクの孫正義氏も朝鮮民族の純粋種である。軽視されがちな暴力団の世界や風俗業界、 AV(アダルトビデオ)業界も殆んど朝鮮人が仕切っている。嘗て、朝鮮半島で起きた先住民族を滅ぼして、そのまま乗っ取ってしまうという、恐ろしい彼等の民族性が、この日本でも如何なく発揮されているのである。「朝鮮民族=背乗り民族」と言ってもいい。

この事態は、「性犯罪」や「凶悪犯罪」など、朝鮮民族の特性と言われている個別の犯罪などに目を奪われている場合ではない。今しも大和民族そのものが朝鮮民族にとって変わられようとしているのである。ミクロの事例に目を奪われて、マクロで進行している恐ろしい「民族乗っ取り」の進行に気付き、いち早く防衛措置を講じなければ、100年後には大和民族は、この地球上から消し去られてしまうだろう。そうさせない為に絶対に必要な事は、悪しき「東京裁判史観」という洗脳から目覚め、「東京裁判史観」に基づいた歪な「戦後教育」を改め、先ずは「教育界」と「マスメディア界」の浄化(=日本人化)が必要である。

「教育改革」と「マスメディア改革」の正常化は困難と雖(いえど)も、大和民族存続の為には避けて通れない道である。「東京裁判史観」の権化とも言える現行の「日本国憲法」は勇気を以って「破棄」すべきである。「大日本帝国憲法」を日本人の手で時間を掛けて改正するも良し、「大日本帝国憲法」制定前の日本や、現在の英国のように「習慣法」に戻るも良し、とにかく現行の「亡国憲法」からは完全に脱却する必要がある。

衆議院議員選挙では私は安倍政権を支持したが、安倍政権に白紙委任状を渡したつもりはない。支持した以上は生温い政策など許しはしない。そもそも「日本の韓国化」を放置するどころか寧ろ推進してきたのは歴代自民党政権である。関東大震災時に日本人自警団が犯したとされる「朝鮮人虐殺」の虚偽に異を唱えなかったのは自民党よりずっと古い戦前の加藤友三郎政権だが、戦後誕生した自由民主党はその決定を覆さなかった。謂わば追認したのである。所謂「在日特権」を認めたのも自民党政権下の行政判断であった。朝日新聞が捏造した「慰安婦の強制性」を認めたのも自民党政権、「日韓合意」で公式謝罪し、賠償金と受け取られかねない国費10億円を支払ったのは安倍政権である。これ以外にも、安倍政権は数々の誤った政治選択を重ねてきた。戦後72年間のうち大部分を占める期間、自民党は政権政党であり続けた。謂わば日本人全体を悪しき方向に誘導してきた自民党政権ではあるが、自民党を支持し続けたのは紛れもなく日本国民である。過去の事をくどくど言っても何も解決しはしない。ここまで狂気が定着してしまった日本を正しい方向に転換するには強大な政治権力を必要とする。我々を裏切り続けるであろう即席の新政党に期待をかけるには無理がある。胡乱(うろん)な新政党に虚しい期待をかけるより、現政権の変化に期待をかける方が日本を立て直す可能性は遥かに高い。

これまで散々 歴代自民党政権を批判してきた私が、今回の政権選択選挙で安倍自民党を支持した所以である。この上は何としても安倍政権には変わって貰わなければならない。衆議院議員選挙後の安倍政権には厳しい要求を突き付け、我々が与えた絶大なる政権の力を以ってこの日本を護り抜かせなければならない。安倍政権が生き残ったからといって、我々が必要な要求をし続ける努力を怠るなら、従来の自民党政権とは何も変わりはしないだろう。危機意識を共有する日本国民が、自らが理解している危機を時の政権に要求し続ける事でしか、政権政党というものは動かない。その国の国民以上の政権は絶対に生まれはしない。困難を先送りして保身に奔る方が多くの政治家にとって楽である事も悲しい現実である。日本国民は今こそ眼醒めなければならないのである。安倍政権が強い権力を維持しているうちに、「朝鮮民族による日本乗っ取り計画」を阻む端緒につけなければ日本は終わるだろう。来年の自民党総裁選では、この衆議院議員選挙で大勝した安倍晋三氏が三期目を決めるであろう可能性が高い。安倍氏にはぜひ三期目の自民党総裁を務めて貰い、強い安倍政権が健在なうちに、確かな稔りの兆しを得なければ、私たちの子々孫々に幸福な未来はない。

日本が生き残る為には、何としても強い政権基盤を持った安倍政権に変わって貰わなければならない。私個人にできる事は限られているが、大和民族の命運を護り抜く為に残りの生涯を捧げるつもりである。今の日本で最も優先されるべきは、何をさておいても『日本に不法に居座った朝鮮民族を日本から駆逐し始める事』である。核やミサイルという目に見える北朝鮮問題に対処する事も重要な政治課題ではあるが、『より根源的な危機は日本に居座る朝鮮民族問題』である事は幾ら強調してもし過ぎという事はない。この本当の危機を多くの日本国民が理解していない事は非常に重大な問題である。

今の世の中を見渡してみるといい。朝鮮民族が強い発言権を国の中枢で行使している現実は一般国民には見え難いのは仕方がないとしても、テレビは地上波でこそ減ってはきたが、BSでは未だに韓国の捏造ドラマが垂れ流されない日はない。K-POPも、日本にいる朝鮮民族の推定数以上に売れているようだ。日本人は韓国や北朝鮮(=朝鮮民族)を過小評価し過ぎて居はしまいか? 「戦後教育」では「朝鮮人に懇願された日韓併合」を「武力による植民地支配」と日本国民に嘘を教えている。政治家も、官僚も、財界人も、判事も、弁護士も、教育者も、芸能人も、スポーツマンも、在日だらけではないか。経団連会長も朝鮮人、日本を代表するアイドルグループであったSMAPも全員朝鮮人、日本を代表する女優吉永小百合さんも朝鮮人。数え上げたらキリがない。日本人が油断している隙に朝鮮人はここまで日本を侵食しているのである。皇室にまで朝鮮民族の脅威は迫っている。このままでは日本文明は消滅してしまうだろう。決して大袈裟な表現ではない。これは私が個人的に勉強を重ね、調査研究して導き出した、アカデミズムでは決して辿り着けない結論である。

低脳左翼や反日人権派には、この重要な「警鐘」の意味は永遠に理解されないだろう。日本という尊い国の将来を憂う心ある日本人の差し迫った「危機回避の政治要求」に対して、彼等反日日本人たちは「朝鮮民族の背乗り習性」に加担して凄まじい非難を浴びせ、抵抗してくるだろう。「民族差別はいけない事だ」と正面から言われれば、普通の日本人なら言葉に詰まる。「戦後教育」は日本国民にそう教えてきた。これは正論であるが、その考え方が今の惨状を生み出したのは紛れもない事実ではないか? だから、個々の日本国民が朝鮮民族の排斥を訴える事は避けて、盤石な政権基盤を築いた安倍政権に、支持者の立場から「危機回避の政治選択を託す」事が重要なのである。日本国民が直接、朝鮮人排斥を訴えたら、今までと同じ「ヘイトスピーチ」で片付けられてしまう。強い政権基盤を維持した安倍政権に「真の日本の危機」を理解させ、政治主導で「朝鮮民族に支配されている日本社会」を変革させるのである。

前述したが、「この問題は日本の首相の首を賭ける価値がある」。「安倍晋三氏の政治生命を賭ける意義がある」、と有権者が信じて、政権に直接要求する必要がある。日本国民は「安倍政権が未だその必要性に気付いていない変革」を政権に直接訴えるのである。今の安倍晋三氏が理解しているとは思えない「真の日本の惨状」を、支持者の立場から訴えかける工夫と努力が必要なのである。言い換えれば「安倍晋三という政治家に日本の為に泥を被って貰う」のである。「在日擁護法」とも言うべき、所謂「ヘイトスピーチ対策法」を発議して、国会を通した張本人とも言える安倍政権に「朝鮮民族の危険性」を理解させるのは至難の技であろう。併し、それを成し遂げられなければ、我々の子々孫々に「高貴なる日本という国家」を遺す事はできない。我々の国である日本に居ながら、日本を護る戦いが困難で不利な戦いである事自体が狂っているとは思わないか? 日本人は「負ける訳にはいかない戦い」を今直ぐに始めなければならないほど追い詰められているのである。ひとりでも多くの日本人にこの文章が読まれ、今、考えられている問題とは全く別の、「真の国難に直面しているとの危機意識」を共有して戴きたい。