日本人は何でも直ぐ忘れてしまう。「過ぎた事は水に流す」という日本社会では美徳とされる国民性があるからだろうが、こんな、自分たちが受けた甚大な被害に対しても、無頓着でサバサバして直ぐに水に流して忘れてしまうような国民性は国際社会では理解されず通用もしない。どのような被害を受けようとも、決して執念深く恨み事を言わない日本人は、国際社会では往々にして「お人好し」だと理解され、多くの場合、何を言っても、しても、決して反抗してこない、良く言えば「おとなしい国民」、悪く言えば「臆病な国民」だと理解されている。その場を気まずい雰囲気にするのを避けるという日本人の気質は、敵をつくらない代わりに尊敬心も勝ち取れない。また敗戦後は特に言える事だが、外交に対する「事勿れ主義」は日本国の尊厳を深く傷つけている。自国の在り方を客観視できれば容易に思い至るこのような誤った外交姿勢を続ける限り、日本という国家と国民は国際社会から舐められ続けるだろう。この現実に日本政府と多くの日本国民は気付いていない。

故ムアンマル・アル=カッザーフィー氏は、日本ではカダフィ大佐として記憶されているリビアの指導者であった。カダフィ大佐が射殺された経緯の詳細は未だ完全には解明されず、謎多き非業の死を遂げた革命指導者であったが、直接に手を下してはいないとはいえ、彼を死に追いやった国が米国である事は間違いない。米国から強い政治的恫喝を受けていた生前のカダフィ大佐は、「米国に原子爆弾を二発も落とされた日本がなぜ米国と軍事同盟を結んでいるのか?」と仇敵を恨まず、寧ろ親しく接する日本人の神経を訝る発言をしていた。敗戦後の日本が選択した日米同盟という政治選択と、自らが起こした革命政権を潰しにかかり、反政府勢力を支援する米国に対するカダフィ大佐が抱く反米感情と、どちらが人類普遍の感情かと言えば、カダフィ大佐の感情の方が普通の人間が持つ、ごく自然な感情、国際標準の考え方だと言える。日本人だけが極めて特殊なのである。

フロンティア・スピリットの美名の下、東海岸に流れ着いた英国人やオランダ人を始めとした白人たちを心優しく受け入れた先住民、アメリカ・インディアンたちを身勝手にも大陸の西へと追いやり、その西でゴールドラッシュが始まると、遂にはアメリカ・インディアンを悉く殲滅しながら、アメリカ合衆国という国は建国された。白人の人種偏見は凄まじく、奴隷に不向きだというただそれだけの理由で、誇り高いアメリカ・インディアンを滅ぼしてしまったのである。代わりに白人がアフリカで大勢拉致してきたアフリカ人奴隷を購入し、酷使して国を豊かに繁栄させたのが米国である。西へ西へと向かう米国人のフロンティア・スピリットの名の下の蛮行は止まる事を知らず、海を越えてハワイ王朝を滅ぼし、遂には日本へとその魔手を伸ばしてきた。日本が「大東亜戦争」に突入せざるを得なかったのは米国の身勝手な悪意に基づく作戦であった事は疑いようがない。米英首脳が結託して、巧妙に日本に先に手を出させる悪辣な工作の果てに「大東亜戦争」は始まった。開戦前の思惑通りに、米国は日本を徹底的に無力な国家に改造した。

米国は、自分たちに不都合な存在であったアメリカ・インディアンを滅ぼしたのと同じ論法で、アジアに於ける植民地経営に乗り出す為に不都合な存在であった日本を滅ぼしにかかったのである。米国は、敗戦 色濃い1944年(昭和19年)末から、制空権を奪われた日本の各都市に対して絨毯爆撃を行なった。国家防衛調査委員会(NDRC)焼夷弾研究開発部門長でスタンダード・オイル社副社長のラッセルは、「軍需工場を爆撃する精密爆撃よりも焼夷弾による市街地絨毯爆撃を行なうべきだ」と主張した。それは取りも直さず非戦闘員である「民間人を大量に殺戮してしまえ」という事であった。都市部への絨毯爆撃を指揮したカーティス・ルメイは、周到にも日本人が住む木と紙でできた日本家屋を模した街をつくって焼夷弾の類焼効果を実験してから、日本本土の200箇所あまりの民間人が密集する都市部への絨毯爆撃を命じた。

ルメイが指揮した「絨毯爆撃」とは、始めに四辺を爆撃して住民の退路を絶った上で、さながら絨毯を敷き詰めるように焼夷弾を降り注ぐように浴びせるという残虐極まりない作戦であった。こうした本土爆撃に為す術もない時点で日本の敗戦は確定していた。勝利を確信した上で尚且つ米大統領ハリー・トルーマンは、広島県と長崎県に二種類の異なる原子爆弾の実験投下を命じたのである。無辜の民間の日本人を使っての原子爆弾の破壊力と、その後の放射能被害の効果を測定する為の人体実験以外の何物でもない。

開戦、戦中、敗戦という困難な状況に日本人はどの国の国民よりも整然と規律正しく臨んだ。兵士は敵国が恐れを為すほどに勇猛果敢に戦い、沖縄県や本土の一般国民も皆 玉砕を覚悟していた。併し、天皇陛下の「終戦の詔勅」の知らせを直接間接に聞いた日本軍は一斉に武器を置き、一般の日本国民も素直に占領軍(連合国軍最高司令官総司令部=GHQ/SCAP=米国一国)に従った。降伏したからには占領軍へのテロ攻撃などは一切しなかった。それは、日本人は例外なく天皇陛下の臣民であり、例え「終戦の詔勅」の細部の意味までは理解できなくとも、「天皇陛下の命により日本は敗戦を受け容れた」と理解したからである。米国はこの戦争の日本人の負けっぷりの良さを誤解して、戦後も様々な国に戦争を仕掛けては苦い経験をしている。戦争に勝って日本人が思いの外 素直に従った為、その成功体験に酔い痴れ、他国も負ければ日本人のようにおとなしく占領統治を受けるものと考えたが、当時の日本人は米国を恐れておとなしく屈服したのではなく、「天皇陛下の詔勅」に従ったまでである。他国でそうはいかないのは当然である。

米国、というより白人たちは、日本の占領統治と同じ事ができるものと勘違いし、中東諸国でもアフリカ諸国でも、武力を以って思いのままに操れると誤解した結果、今、イスラム過激派のテロ攻撃という痛いしっぺ返しを受けている。テロなどというものを私は決して正当化したり、擁護したりはしないが、イスラム教徒の中から過激派が現れ、今のように犯罪的なテロ攻撃に奔るのには、長い長い、キリスト教徒とイスラム教徒の紛争の歴史が根底に流れている。キリスト教徒というものはそれだけイスラム教徒を虐げ酷い仕打ちをして恨まれているのである。白人たちは今、そういう歴史のツケを支払わされているとも言える。産業革命を成し遂げ、植民地経営で富を築き、武装大国となった白人列強諸国は、アジアでも、中東でも、アフリカでも、非白人国家をまるで虫けらの如く扱って肥え太ってきた。日本だけがそういう白人支配に異を唱え、有色人種の中で唯一の非白人国家の帝国主義を実現した。

日本人は、白人たちが人種差別を当然の如く行なっていた時代から「人種差別はいけない事」だと白人列強諸国に説いたのである。第一次世界大戦に於ける戦後処理を行なう為に開かれた、1919年の国際連盟委員会のパリ講和会議に於いて、日本の代表である牧野伸顕次席全権大使が白人たちに「人種差別撤廃提案」をした。米国のポトマック河畔に日本から友好の徴(しるし)として6040本の桜の苗木を送ったのだが、その返礼の如く始まった日本人移民排斥政策に胸を痛めた事と、これから生まれる国際連盟の中核となる白人列強諸国からの人種的偏見により日本の存続が脅かされる可能性を危惧した日本は、慎重かつ穏便に問題を解決する為に、この提案を発議したのである。国際会議に於いて、「人種差別撤廃」を世界で初めて明確に主張したのが日本である事に日本人はもっと誇りを持っていい。 当時は国際的に武力による覇権主義、帝国主義が正当化され、国際法上も合法であり善であった。ただ日本人が唱えた「人種差別撤廃」は、白人の本国を豊かにする収奪目的の植民地であったアジア諸国からの白人排斥と同義であり、白人諸国としては到底受け容れる訳にはいかなかった。「大東亜戦争」とは、アジアの民族自決と共存共栄を唱えた、小生意気な有色人種国家、大日本帝国への白人による手酷い仕置であった。

そのような理不尽な理由により追い詰められた当時の日本人は、「座して死を待つか、白人の奴隷となるか、戦って散るも誇りだけでも後世に伝えるか」、の厳しい選択を迫られたのである。国力に於いて何十倍も優位に立つ米国に戦争を仕掛けるなど、当時の天皇陛下と日本の指導者たちの決断を非難する日本人が大勢いるが、彼等は「現在の知識と価値基準で歴史を断罪する」という愚を犯している。当時の日本人の立場に立てば「大東亜戦争」は避けられぬ戦争であった。米国は、日本が日露戦争に勝利した直後から「日本を仮想敵国」として、日本を壊滅させる戦争計画を立てていた。戦死者88,000人、負傷者38万人という「日露戦争」の傷跡に苦しむ日本に対し、米国の新聞は「日系ハワイ移民排斥論」を、 ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世は「黄禍論」をそれぞれ唱えて日本人を表立って邪魔者に仕立て上げた。セオドア・ルーズベルト米大統領の片腕マハンは、「日本の実情を自分の目で見たい」と軍艦「イロコイ号」で1987年12月に長崎に来航する。数箇月の日本滞在でマハン海軍少佐が見聞したものは、幕末の混乱期の日本であった。マハンは、半ば未開に見えた「日本に対する侮蔑」と「宗主国英国に対する尊敬」の感情を対比して、「日本人排斥の黄禍論」と「米国の太平洋覇権」の強硬な主張者となる。

後に米国大統領となるセオドア・ルーズベルト海軍次官が、ハワイ侵略の前年に策定した「オレンジ計画」とは、 「太平洋制覇の為の19世紀的日本征服計画」であり、その後、米海軍が研究を積み重ねて、より精度の高い現実的なものに増補改訂していった。 セオドア・ルーズベルトの甥であるフランクリン・ルーズベルトは、「貴方がたのご子息を戦地に送るような戦争は決してしない」との公約で米大統領に当選した。だからF・ルーズベルトは米国から戦争を仕掛けるのを避けて、狡猾にも外交的裏工作を駆使して日本を追い込み、「真珠湾攻撃」に打って出るよう誘い出した。謂わば、「日本は米国の野望を果たす為に望まぬ戦争に引き摺り込まれた」のである。米国は、1906年に策定した「オレンジ計画」を、遂に1941年に発動したのである。「大東亜戦争」開戦の実に35年前から米国は日本を標的にした戦争計画を練っていたのである。「大東亜戦争」開戦を非難する現代日本人は、当時の日本人に「座して死を待て」、或いは「白人の奴隷になれ」と言えるだろうか? 所謂「ABCD包囲網」という、外交交渉の余地のない武力包囲網に取り囲まれた日本には戦う以外の道は閉ざされていた。

何年も後になって、「あの戦争は間違いだった」などと先人の苦労も意に介さず、あれこれ非難するのは誰にでもできる。歴史を評価する時に忘れてならない事は「当時の常識や社会通念と国際情勢を理解した上で、客観的に観る事」である。否応無く戦争へと追い込まれた先人の立場に立って観る事である。戦争を美化しろというのではない。先人たちが置かれた立場に立って、あの戦争「大東亜戦争が不可避であった」現実に目を向けるべきだと言っているのである。過去は決して変えられないが、起きてしまった過去の出来事を客観視できて初めて未来への判断材料が増して、間違いを犯す確率を軽減できる。それを経験則という。先人たちが止むを得ず戦ってくださり、散華され、或いはご苦労の末に復員されて、初めて今の日本が存在する。その陰には、仇敵である米国と、味方と思っていた裏切り者どもに殺戮された無数の無辜の民間人犠牲者の無念もある事は厳粛に受け止めなければならない。米国人と朝鮮人が為した蛮行を、日本人は決して忘れてはならない。いつまでも恨みがましくしろとは言わない。臥薪嘗胆、心の奥底に史実を銘じて、強靭な精神力とするのである。

先人たちは力尽きて最低限の「有条件降伏」を決断した。広島への人類史上初の原子爆弾の投下、そして不可侵条約を結んでいたソ連の唐突なる参戦、続く長崎への原爆投下により、日本政府の中では「ポツダム宣言を受諾するしかない」という意見が支配的となり、受諾の方針が決まった。東郷茂徳外務大臣は1945年(昭和20年)8月10日午前、スイスとスウェーデンの大使に次の内容を緊急打電した。「天皇の平和への願いにより即時戦争終結が決まった事、そして『ポツダム宣言の中に天皇の国家統治の大権を変更する要求を含まない事を確認した上で当該宣言を受諾する』という内容である」。これをスイス、スウェーデン両政府を通じて四箇国(米国・英国・中華民国・オランダ)に伝達するよう要請した。ポツダム宣言受託の意思表示、則ち最低限の条件をつけて敗戦を認めたのである。

この日本による最終解答にあるように、日本は最低限の条件を付して降伏の条件とした。明確な「条件降伏」である。併し、日本占領の為に上陸したダグラス・マッカーサーは、占領統治を始めてから、日本は「無条件降伏」をしたのだと言い出し、更に日本人による朝鮮人奴隷化政策から朝鮮人を解放したとの虚構捏造を宣言した。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)=米国主導による偽りに満ちた勝者のリンチ、所謂「東京裁判」で日本を一方的に裁いて、その茶番劇の最中から厳しい言論統制を敷き、偽りの「東京裁判史観」で日本人を洗脳したのである。奴隷などではなく、日本人として共に戦った朝鮮人たちは、マッカーサーの言葉を聞くと欣喜雀躍し、「自分たち朝鮮人は戦勝国民だ」と言い出した。当時の状況を厳密に理解した上でも、この朝鮮人たちの言い分は筋の通らない理解不能な考え方である。昨日まで共に連合国と戦っていたのに、なぜ突然「自分たち朝鮮人は戦勝国民だ」という事になるのか? 今も昔も朝鮮民族という人非人の思考回路は常識では理解できない狂気で歪んでいる。何についても言える事だが、決して恨みがましく過去に拘らない日本人も、これら「大東亜戦争」に纏わる理不尽な出来事だけは決して忘れてはならない。

更に、満州などからの引揚げ(敗戦による帰国)者に、朝鮮人たちが何をしたかは、確かに記録として残っているのだから、現代日本人は理不尽にも朝鮮人たちに、財産を強奪され、婦女子は殆んど強姦され、果ては男も女も大勢の日本人が帰国途上で無念の死を遂げた史実を語り継いでいくべきである。日本の統治が終了すると獣に帰った朝鮮人たちは、殺戮した遺体の金歯まで抜き去ってその場に放置したという。今の韓国、北朝鮮という国家の国民たちは、散乱する日本人の遺体を埋葬もせず風化させて、その上を土足で踏み躙っているのである。北朝鮮の都市平壌も、韓国の都市ソウルも、無念の内に死に追い遣られ、埋葬もされず放置された日本人遺体の上に築かれた街なのである。彼ら朝鮮人たちは、そういう無念の死を遂げた日本人の遺体の上を現在も尚、土足で踏み荒らしているのである。その上で、朝鮮人側から懇願されて、損を覚悟でそれに応じて朝鮮の発展に尽くした「日韓併合」を、「武力による過酷な植民地統治」だと嘘偽りを言い募り、被害者を偽って強請りたかりをしてくる彼ら朝鮮人を、日本人は決して許してはならない。

GHQ/SCAPは、在日朝鮮人の母国への帰還を許さず、朝鮮進駐軍などによる日本人へのケモノ的暴虐を静観した。在日朝鮮人を集めて「日教組」を組織させ、偽りの「戦後教育」を始めさせたのも米国である。日本を望まぬ戦争に引き摺り込んだ挙句に、二度と白人国家に逆らえない無力な国にする為に、国際法に違反して「大日本帝国憲法改憲を偽装」し、亡国憲法とも言える「日本国憲法」を押し付けたのも米国である。「大日本帝国憲法」は7年の歳月を費やして制定されたが、その日本が持っていた憲法の改憲を偽装して、GHQ/SCAPは僅か7日間で素人集団にやっつけ仕事をさせて、ゼロから英文による現行の「日本国憲法」作成し、日本に対して「これを呑まねば天皇の命は保証しない」と暗に通告して、これを受け容れさせた。併し、敗戦後72年、主権回復後65年を経た現在も尚、日本政府は「東京裁判史観」に捕らわれて、自主憲法すら忌避している。安倍政権は何をしているのだろうか? 今、日本を取り巻く国際情勢は一刻の猶予も無いほど逼迫しているのに、押しつけ憲法、亡国憲法とも言うべき現行の「日本国憲法」の一部改憲、或いは一部加憲を実現しようと汲々と無駄な努力をしている。

現行の「日本国憲法」と呼んできた「正統性無き駄文」など、さっさと破棄してしまえば良いのである。「東京裁判史観」と、その歪められた歴史観と米国の悪意が生み出した「戦後教育」にすっかり洗脳されている現代日本人を蝕む左翼反政府思想と、GHQ/SCAPの悪意により日本に不当に居座って国家の中枢に巣喰ってしまった朝鮮人の末裔たちは、「正統性無き駄文」の破棄など以ての外だと大騒ぎするだろうが、国家の命運を握る為政者は、例え一命を賭してでも、日本の進路を正しい方向に改めて行く使命がある。安倍晋三首相ご自身も、悪しき「戦後教育」の被害者である事は分かるが、腐っても日本国の内閣総理大臣であるという自覚を持っていただきたい。今までの、米国に付き従っていれば安泰であった時代は終わりつつある。没後150年にもなるが、嘗ての大英帝国の首相パーマストン卿は「我が英国にとって、永遠の同盟もなければ永遠の敵もない。あるのは唯一つ、永遠の英国の国益のみ」と語った。オバマ政権までの米国が拘り続けた「戦後世界秩序」なる米国の身勝手が通る時代は終わったのである。旧態依然とした国際秩序に綻びが生じ始めたこの時代にこそ、不退転の決意で自国の利益を追求したパーマストン卿の外交理念が今の日本に必要なのではないだろうか?

現政権を含む歴代自民党政権が摂ってきた米国一辺倒の外交政策はそれなりの成果を上げ、日本を自由主義国の中で経済大国と呼ばれるまでに発展させはした。併し、今、時代は変わろうとしている。今までは歴代自民党政権の正の側面が成功してきたが、その成功の裏で日本に巣喰う朝鮮民族の存在が、負の側面として際立ってきている。日本の指導者として安倍首相に今求められているのは、掛け声だけではない、真の「東京裁判史観からの脱却」と、「日本の中枢に巣喰う朝鮮民族の排除」である。「東京裁判史観」からの脱却の為に避けて通れないのが「憲法問題」である。安倍首相は、現実主義者と言われているから、飽く迄も慎重に現行憲法の暫時改憲を進めようと努力されているが、歴代の自民党が結党以来63年間も手をつけてこなかった難題である。今更、手垢のついた改憲論議を続けて如何許(いかばか)りの成果を上げられよう。何処も彼処(かしこ)も狂った駄文で占められている現行憲法など、さっさと破棄して「大日本帝国憲法改憲」に挑戦するも良し、「大日本帝国憲法」制定以前の習慣法、自然法に帰るも良し、何れにせよ日本は生まれ変わらねば、これからの国際社会を生き抜いては行けない。

「日本の中枢に巣喰う朝鮮民族の排除」も、何も努力も挑戦もせずに彼等の思いのままにのさばらせていては、この日本は朝鮮民族に「背乗り」されてしまうだろう。既に危険水域は超えた。これ以上、朝鮮民族の末裔の自由にさせてはいけない。「戦後教育」は、日本国民の義務を疎かにして過剰な人権意識ばかり植え付けてきた。只々日本人をお人好しな坊々の如く育ててしまった。「戦後教育」は決して米国や韓国の本質を教えず、史実を隠蔽して嘘を国民に刷り込んできた。「東京裁判史観からの脱却」も、「日本の中枢に巣喰う朝鮮民族の排除」も、難しく考える事はない。ただ常識を以って日本を客観視さえできれば、戦後の日本が歩んできた道の異常性が見えてくる。この日本は日本人、大和民族の為の国である。日本は米国の属国ではない独立した主権国家である。そして、朝鮮民族に悪しき事など何もしていない。寧ろ、充分すぎるほど尽くしてきたのだから、偽りの贖罪意識に騙される事なく、在日朝鮮人を普通の外国人として処遇すれば良いだけの話だ。彼等が「強制連行されてきた」というのは真っ赤な嘘で、卑劣な被害者詐欺を続けているだけである。恩知らずにも日本を恨み蔑み、憎むだけの外国人に特権や永住権など与えたまま放任していてはいけない。

私には、歴代自民党政権の負の側面がはっきりと見えている。河野洋平氏の国会証人喚問の見送りなど、安倍政権になってからも由々しき失政を続けている。無責任な未確認情報では安倍首相も朝鮮人だという噂が流れている。事実無根だと思いたいが、歴代自民党政権に一定数の影響力を持った親韓派がいる事は事実だし、安倍政権により、「在日擁護法」ともいうべき悪法、所謂「ヘイトスピーチ対策法」を国会提出し、可決、立法化した為に、今の日本では前近代的な言論統制が敷かれているのも事実だ。また、冤罪である慰安婦問題で国家として韓国に正式に謝罪し、国家賠償と受け取られかねない10億円を拠出した「日韓合意」を結んだのも安倍政権である。そして、韓国の国策企業であるLINE株式会社に日本国民全員の個人情報を引き渡す「マイナポータル制度」を決めたのも安倍政権である。まるで戦後から長い年月をかけて日本の中枢に朝鮮民族を招き入れた歴代自民党政権親韓派による「朝鮮民族への日本明け渡し工作」の総仕上げとも言うべき失政の連続である。

安倍首相は、これらの疑惑に「行動で答える」責務がある。何も一国の首相に「私は朝鮮人ではありません」などと答えろなどとは言えない。政治家は結果が総てであるから安倍首相は行動と結果で事実無根の悪意ある安倍批判に答えれば良い。安倍晋三氏は祖父の代から三代に亘って日本の中央政界の枢要な職責を担ってきた政治家一族である。安倍晋三氏の祖父にあたる岸信介元首相が「日韓国交正常化」を利用して、地元山口県と韓国にまたがる地域で築いた「王国」と「人脈」は、彼の秘書官を経て政界に打って出た娘婿の安倍晋太郎氏(安倍晋三首相の実父)に受け継がれた。その上、晋太郎氏は在日朝鮮人との強いパイプを持っていた事も政界通ならば知らぬ者はいない。自民党政権で幾つもの要職を務め、将来の内閣総理大臣を嘱望された晋太郎氏は道半ばで他界された。巷では安倍晋太郎氏こそ実は朝鮮人であるとの噂が絶えなかった。幾ら根拠を探しても確証は得られなかったが、昔、私と付き合いのあった日本国籍朝鮮人の創業社長の執務室で、安倍晋太郎氏への何冊にも及ぶ政治献金記録をこの目で見た事はある。その時私は、安倍晋太郎という政治家が朝鮮人と深い関わりを持っている確証を得た気がした。

安倍晋太郎氏が居住され、今は息子の安倍晋三首相名義となっている敷地面積2,000㎡の豪邸は、地元下関市街を見下ろす高台に建っている。この家の嘗ての持ち主は吉本章治氏という福岡市に本社を置くパチンコ店チェーン七洋物産の創業者で、日本国籍朝鮮人一世であるという。晋太郎氏は長らく自宅を七洋物産の子会社から格安で賃借していた他、福岡の地元事務所を無償で借り受け、人的支援(勿論、彼等の給与の面倒)まで見て貰っていたという。自宅は後に格安で購入しているが、地元事務所は安倍晋三首相の代になっ現在も、父の跡を継いだ日本国籍朝鮮人二世から借り続けている。安倍晋三氏は今や日本国の首相である。朝鮮人との悪意ある噂が囁かれている原因のひとつである「地元事務所の所有者が日本国籍朝鮮人から先代から借り続けている」なら、事務所は移転された方がいいだろう。悪意ある噂話はまだある。晋太郎氏と晋三氏の一家に40年余り家政婦として仕えた久保ウメさんは、嘗て雑誌のインタビューに応え、晋太郎氏について以下のような話をしている。
「お棺に入れる時にあの人の骨格、あれはやっぱり日本人のものじゃないと思ったの。肩の幅から下まで真っ直ぐに定規を引いたみたいな。これは完全に韓国の体形。自分で『僕は朝鮮だ、朝鮮だ』と言っていたけども、なるほどこれは朝鮮だなと思った。だから、あっちで凄くモテたってよ」

…私が直接取材した訳ではないし真実かどうかも定かではない話で、飽くまでも古い週刊誌ネタの伝聞である。長年家政婦として仕え、慎太郎氏のご遺体を見送った老婦人の印象など信じるに値しないが、この類の記事を信じる者が相当数いる事は確かだ。政治家に捏造スキャンダルがつきものなのは今も昔も変わりはない。現時点で私はこの陰口を信じてはいない。重責を担い、日々激務をこなす政治家がこの手のスキャンダルに一々答える必要もない。併し、三代に亘る中央政界の大物一族が朝鮮民族との浅からぬ因縁を様々なエピソードで語られているのは歴然たる事実である。安倍政権には、これから「東京裁判史観からの脱却」に再挑戦していただかねばならないし、戦後日本に不当に居座り、今では日本の中枢にまで巣喰う「朝鮮民族の排除」に取り掛かっていただかなければならない。私は常々主張してきた。「現行憲法の改憲」など単なる弥縫策(びほうさく)に過ぎず、真に取り組むべきは、歪められ真実から遠く離れ過ぎてしまった「国民意識の改革」こそ最優先すべきであると。国民意識が今のままでは、「東京裁判史観からの脱却」も「朝鮮民族の排除」も夢のまた夢である。

私は安倍首相一族の朝鮮民族との因縁話を知った上で、今回の衆議院議員選挙では安倍政権支持を公言した。波乱含みの国際環境にあって、日本が長期安定政権を維持するメリットは大きい。岸信介氏と安倍晋太郎氏という大物政治家が、韓国利権や北朝鮮利権を自身の権力基盤の強化に利用した事を責めるつもりはない。政治家に聖人君子としての生き方を求めるのはナイーブ過ぎるし、その必要もない。政治家は泥塗れになろうとも国家と国民の為に結果を出せばそれで良い。併し、中央政界の大物政治家一族が自身の野望を満たす為に、この日本を朝鮮民族に売り渡す行為だけは決して許してはならない。今までの安倍政権は些か韓国側に有利となる失政を続け過ぎた嫌いがある。安倍晋三首相が一人の人間として朝鮮人に好意を寄せているとしたら、それを気に入りはしないが、公平性を重んじる人間性は現在の日本社会からは歓迎され、人間としての懐の深さと認める事も吝かではない。併し、朝鮮民族に乗っ取られようとしている今の日本の首相の責務は、醜い下心のある朝鮮民族を日本から排除する冷徹さである。朝鮮民族に慕われ、彼等を利用してきた安倍一族が日本の行く末の為にその手法を変える事を期待したい。

朝鮮人と安倍首相の良からぬ関わりの噂を否定する、ひとつの有力な現象がある。朝鮮民族にすっかり支配されてしまっているマスメディアが、安倍政権を蛇蝎の如く嫌っている事だ。安倍首相が外遊先で大歓迎を受けている事を、マスメディアは一切報じず、相変わらず説明責任を果たした筈の、下らぬモリかけ問題ばかり取り上げて安倍首相への攻撃に躍起になっている事も、安倍首相が日本のマスメディアに巣喰う左翼反日主義者や朝鮮民族に好ましくないと思われている証である。朝日新聞やTBSテレビ、フジテレビの主張の「逆の政策」こそが日本を良くする政策である事は経験から確かな真実である。安倍一族を貶める在日朝鮮人や日本国籍朝鮮人との良からぬ関わりは、鮮害著しいマスメディアの報道姿勢を見れば、否定的に見た方が正しい。だから私は、この衆議院議員選挙で安倍自民党に一票を投じた。勿論、選挙での投票は「白紙委任状ではない」から、これからも是々非々で批判するべき政策には執拗に批判を続けていくつもりである。

戦後72年が経過した今も、米国は日本を属国と看做しながら、日本政府と日本国民には、日本は主権国家であるかの如く信じさせている。72年という歳月を考えると、もはや悪いのは傲慢な米国であるとの言い逃れは日本人には許されない。前述したカダフィ大佐のような疑問を日本人が一度として考えなかったという事は有り得ない。過去の仕打ちを過ぎ去った事として忘れようとしてきた日本国民は、自らに対する不誠実さからずっと目を背けてきた。「覆水盆に返らず」は真理であるかも知れぬが、「過ぎた事は水に流す」という日本人独自の考え方は、時として自らの臆病に目を瞑り、自らの卑怯な行為を正当化する。冷戦構造の只中で米国に甘やかされて繁栄を謳歌していた時代の終焉は間近に迫っている。歴代自民党政権内の親韓派政治家こそが、この大切な日本を朝鮮民族に売り渡すお先棒を担いできた事は紛れもない事実である。その悪しき党体質を安倍首相には断ち切っていただきたい。また、米国に対する卑屈な外交からも脱却するべき時がきている。北朝鮮の危機への対処は重要だが、米国に利用され過ぎる事には警戒するべきだろう。トランプ大統領の米国は間違いなく日本を都合よく利用するつもりだ。米国からも、韓国からも「用日」されるのは御免である。

いずれにせよ、安倍政権を支持した者として、今後も安倍自民党の政権運営とは如何許りのものかと注視し続けて行きたい。今回の安倍政権支持の選択が間違いであったなら確実に日本は終わる。日本国民が今のまま、それと意識しないまま、日本は奈落の底に落ちて行き、100年後には大和民族はこの世から消え去る。本来の朝鮮半島に栄えた民族に溶け込み、朝鮮半島南部で栄えた倭人をも「背乗り」して滅ぼした今の朝鮮民族は人類にとっては低劣でケモノ的な悪魔のような存在である。その彼等が、今の日本社会に定着して、日本古来から続く大和民族の気高き民族性と3,000年に亘る、他民族が興した文明とは一線を画する独自の「日本文明圏」を形成した我々の祖先のDNAを消滅させる訳にはいかない。リスクを覚悟で安倍政権を支持したからには、朝鮮民族の薄汚れた魔の手から、古来から連綿と続く万世一系の天皇を護持し通し、我々日本国民の子々孫々が幸福に暮らせる未来の日本の姿を是非にも垣間見せていただきたい。「東京裁判史観からの脱却」と「朝鮮民族の排除」という困難な使命を、安倍政権が健在なうちに、せめて目的実現の為の端緒に着いた兆しだけでも見せていただきたいものである。