朝鮮人というのは本当に約束を守らない。「息を吐くように嘘をつく」とはよく朝鮮人を表している。朝鮮民族とは本質的に、「嘘つきで、恩知らずで、恥知らずで、卑劣、図々しくて厚かましく、性にふしだらで、暴力的で獣的残忍性を持ち、他民族の伝統や文化を乗っ取り、戸籍までも乗っ取って、憧れた民族に成り済まして潜り込み、果ては民族全体を乗っ取ってしまう」という、そういう持って生まれたこの上なく悪しき恐ろしい資質・習性を備えている。本性を現す前の彼等は「外華内貧の見栄っ張り」で「約束や契約の概念を理解できず」、「創造性は無いが他者を剽窃する狡賢さに長けた」只の下賎な連中である。そんな「ヒトとは思えぬ」迷惑な朝鮮人たちは、日本人が望んだ訳でもないのに、この狭い日本列島で日本人と共存せざるを得ない状況を自らつくった。占領軍である米国の「分割統治」の手法の産物である事は間違いないが、朝鮮人たちは図に乗って「日本軍に強制連行されてきた」と嘘をついて、「不当に居座り」、「敗戦直後の日本人に鬼畜の蛮行を振るい」、自分たちが犯した数知れない犯罪行為に知らぬ振りを決め込み、「被害者詐欺」を続けながら「史実隠蔽を画策し、実行している」。今では国際的風潮の追い風を受けて、「人権」を盾にとって居直っている始末である。


「人権」なる魔法の言葉に、反政府左翼と在日朝鮮人、日本国籍朝鮮人、背乗り朝鮮人たちは飛びつき、十二分に活用している。「東京裁判史観」により歪められた「戦後教育」により、真実から遠ざけられている日本国民には、明らかに真実とは異なる「朝鮮人の妄想史観」への反論に後ろめたさすら感じさせる。


千田夏光や吉田清治なる日本人とも限らない如何わしい作家が捏造し、在日韓国人を妻にもつ朝日新聞の植村隆(当時)記者が火を点けた、所謂「(従軍)慰安婦」=(追軍売春婦)問題も、いつの間にか「性奴隷」と呼び名を変えられ、序でに「20万人もの朝鮮人少女が日本軍に強制連行され麻薬を打たれた挙句に、証拠隠滅の為に大量に殺戮された」との朝鮮民族にしか思いつかない誇大妄想で脚色して、「国際社会に言い付け外交」をして回るという恥知らず振りである。「日本軍による強制連行」の証拠が見つからないと知ると、朝鮮人と反政府左翼は「普遍的な女性の人権」に論点を摺り替える狡猾ぶりをみせ、国際社会に取り入る事に成功した。大東亜戦争の敗戦により、開戦前から日本に悪意を持っていた米国に「偽りの贖罪意識」刷り込まれた日本国全体がすっかり臆病風に吹かれ、朝鮮人の言いなりになってしまったのを良い事に、「性奴隷」の次は「普遍的な女性の人権」を日本軍が踏み躙ったと言い張り、更には解決済みの「徴用工問題」を持ち出してカネをせびる破廉恥行為を朝鮮人たちは堂々とやる。彼等の好む「被害者詐欺」はとどまる事を知らない。


Blogでは、「朝鮮民族亜人種論」の展開に力を入れているが、近年 盛り上がりを見せる「人権至上主義とも言える偽善的風潮」の前には、俄かには信じ難いというだけの理由で「正真正銘の真実」は霞む一方である。国際的にも、国内的にも、「人権を尊べという正論は感情論の色彩を帯びて」しまい、「それに対する反論は理屈抜きに邪悪に聞こえてしまう」ものである。「過剰な自己主張をせず和を尊ぶ」という日本人の国民性は、「東京裁判史観」に基づいた「戦後教育」による「偽りの贖罪意識」と相まって、「差別だ、ヘイトスピーチだ」と非難されるとひとたまりもなく「真実の主張」を引っ込めてしまう傾向がある。「嘘」の前に「真実」が霞むどころか、「真実」を述べる事が「悪」と認定されてしまうという不条理に日本人は悩まされ続けている。こういう悪循環の中で、米サンフランシスコ市が「売春婦像」を公共物とした事に抗議して「姉妹都市」の関係を解消するという大阪市の当然の行為が国際社会から非難されるのは避けられぬ風潮であり、「日本が置かれている不条理を象徴」するものと言える。


コペルニクスやガリレオを例に挙げるのは些か不遜な気もするが、歴史とは近視眼的に見れば「真実」に対しては常に過酷である。併し、「時の経過という審判」の前に勝利するのは「真実」のみであるのは「時代を超越した真理」である。これは歴史が証明している。


その意味で、安倍政権が選択した「日韓合意」は、近視眼的に見れば「政治手腕の勝利」と評価されるかも知れないが、歴史を巨視的に見た場合には、冤罪を認めて謝罪し、カネまで支払ってしまった行為は売国の誹りを免れない。謂わば、「尊い先人の顔に泥を塗った」に等しい行為だからである。「日韓合意」の為に海外在住の日本人の子供たちがどれほど理不尽な虐めを受けているか、安倍首相は真摯に受け止めるべきである。「日韓合意」は政治的勝利などでは決してない。必ずや「時の審判」の前に、我々の子孫から非難されるだろう。


「日本を道徳的に劣る国家」と印象付ける事で、「将来の日本侵略の正当性」を担保したい支那人や華僑ネットワークの活動は、当面は朝鮮人の事実無根の日本非難を国際社会で後押しするだろう。「大東亜戦争」を含む、先の「第二次世界大戦」は大国の植民地経営や覇権的侵略行為を事実上終焉させた。このパラダイム転換に唯一抗って周辺国への侵略を続けて人権を踏み躙っているのは唯一国、中華人民共和国だけであるが、この支那人たちにとって朝鮮民族の常軌を逸した執念ほど都合良く利用価値の高いものはないだろう。世界に散らばる朝鮮民族たちは、妬み嫉みから日本に対する異常な執念を滾らせているが、彼等には国際社会の趨勢を左右する組織力は無い。日本を貶める朝鮮人の活動を裏で資金援助し、組織的に支援して成果を挙げているのは中共と華僑ネットワークである。先述の「売春婦像」を公共物と市議会で可決したのも朝鮮人などではなく、サンフランシスコ市民の約20%を占める中華系市民と中華系のエドウィン・M・リー市長である。


日本政府は、これから先も延々と中共を後ろ盾とした朝鮮民族との戦いを強いられるだろう。併し、この重大な時代の趨勢を安倍政権は正確に認識できずに見誤っているようである。今の日本は建国史上最大の危機に直面しているが、安倍政権の眼に映る「日本の危機」は、「北朝鮮の核恫喝と日本国民の拉致、そして中共による尖閣諸島への侵略行為」だけのようだ。それら諸問題が日本の危機である事に間違いはないのだが、実際に日本が国を挙げて戦い、何としても勝ち抜かねばならない「日本の危機」の本質は、先ず以って「国内の朝鮮民族問題」である。歴代自民党政権は結党以来というもの、親韓派売国議員の下賎な欲望である金欲と権力欲の赴くまま、韓国政府と日本国内の朝鮮人を優遇してきた。「東京裁判史観からの脱却」も「憲法改正」も口先ばかりで、結党以来なにひとつ成果を挙げてはいない。自民党こそ、今の「大和民族の危機」である国内の朝鮮民族を野放しにして、日本国民より優遇してきた元凶である。


結党以来ずっと自民党が健全な保守政党であった事は一度もなかった。自民党は間違いなく「親米左派政党」であり続けた。日本国民が「東京裁判史観」の呪縛から逃れる為には、占領軍が朝鮮人に組織させた「日教組」がリードする「戦後教育」を根本から改める必要があったが、何も成し得ぬうちに、自民党議員自らを始め、日本国民全体が悪しき「戦後教育の被害者」となるに任せてきたのが歴代自民党政権である。当然の如く「安倍政権もまた戦後教育の被害者」である。この現実が、日本国民が「東京裁判史観」から脱却する事をこの上なく困難にしている。併し、今の政界を見渡す限り、この日本を立て直す大任を委ねられる政治家は見当たらない。現状では日本国民に直前まで逼迫した危機から逃れる政治決断を付託できるのは、朝鮮民族への警戒心ゼロの安倍政権しか存在しないのである。


トランプ米大統領が掲げる「アメリカ・ファースト」のスローガンは甚だ身勝手な白人のアメリカを象徴しており、実際、米国では人種差別を公言する勢力が台頭している。イスラム系移民との衝突が絶えない欧州でも異民族排斥の機運が高まっている。その反動として、移民容認派や人種差別への反対者が人権至上主義の感情を荒げているのが今の国際社会の様相である。嘗て、国際会議の場で、白人に向かって人類史上初の「人種差別撤廃提案」をしたのは、他ならぬ日本である。併し、今の日本は「朝鮮民族差別」を否定し、彼等の日本乗っ取りを容認する立場をとってはいられない状況に置かれている。政界には判明しているだけでも150人の日本国籍朝鮮人が反政府活動をしている。彼等は追軍売春婦問題や外国人参政権問題で国益を損なう活動を公然と繰り広げている。財界のトップとも言える経団連会長も日本国籍朝鮮人である。公共放送を標榜するNHKは約3,000名の社員を擁するが、うち500名は朝鮮人である。この中には日本国籍すら取得していない所謂「在日」朝鮮人も大勢いる。NHKの看板番組であるニュースウォッチ9の旧メインキャスターであった大越謙介氏は在日韓国人で、嘗て「在日コリアン一世は強制連行されて苦労を重ねてきた方々」などと公然と虚偽報道をして降板した。一昨年の814日に同番組に出演した安倍首相を睨みつけて顰蹙を買った鈴木奈穂子アナも在日との噂が絶えない。


NHKに限らずマスメディアには数千名の朝鮮人が通名で潜り込んで反日偏向報道を続けている。TBSテレビの女子アナは全員在日朝鮮人だとも言われている。法曹界も教育界も、日本の中枢は悉く歴代自民党政権が甘やかした朝鮮民族に席巻されている。華やかな芸能界も朝鮮人だらけであり、テレビ局はこぞって韓国の歴史妄想ドラマを垂れ流している。在日だらけの教育界で悪しき「戦後教育」に洗脳された日本国民は学校から帰っても、社会に出てからも朝鮮民族の妄想史観を刷り込まれて、知らず知らずのうちに韓国好きになっていく中で、日本という国家が韓国化し、圧倒的少数の朝鮮人に乗っ取られる瀬戸際に追い詰められている。企業の新人研修では朝鮮式の挨拶を教え込まれる。国家がこんな苦境に追い詰められている時に、俄か知識の「人権擁護」=(朝鮮人擁護)などに日本人は流されてはならない。声高に人権擁護を叫ぶ人権派弁護士や教師たち、そしてマスメディアの偏向報道に騙されてはならない。彼等は殆んど日本を憎み貶めようとする朝鮮人である。連綿と続く伝統文化と深い歴史を持つ日本を朝鮮人の自由にさせてはならない。


肌の色や後進国出身者を差別する行為は人として恥ずべきものだが、日本を乗っ取ろうと画策する朝鮮民族を今、排斥しないのでは、我々をこの世に産み出してくれたご先祖に顔向けができない。敵を敵として排除する事は「自衛の戦い」であり、それを「民族差別だとの論点すり替え」には毅然と応じなければならない。身に疚しい事があるから彼等は声を荒げて、日本人の温順しさに付け入ってくるのである。国家と民族を護る事に怖気付いてはならない。敗戦以来、日本人は些か臆病な国民に成り下がった嫌いがある。「大和民族存亡の機」に臆病風や偽善は禁物である。「人権を守れ」と声高に叫ぶ「敵」に恩情を注ぐ者には「自ら滅びていく運命」しか待っていない。敵は打ち負かさねばならない。「人権だ、差別だ、ヘイトだ」と言い募り、隙を突いて牙を剝く「敵」との共存などできる筈がない。日本国民の何事も性善説で応じるお人好しな国民性は今、邪悪な民族に付け入られようとしている。国を喪いたくなかったら、「友人」と「敵」を峻別して毅然と対応する事だ。