日本はアジア支配を目論んで侵略戦争である「太平洋戦争」を米国に仕掛けて惨敗した。それ以後、日本は米国に統治され、改心して、国際社会の優等生として貢献してきた。 …こんな捻じ曲げられた歴史が、国際社会でも、日本国内でも、「正史」として語られている。もともと「正史」というのは、戦争で勝利した国が自分たちの都合の良いように歴史を上書きして遺ったものだから、真実とは程遠いものなのである。中共や韓国などは、「日本の謝罪はまだまだ足りないし、日本が武力を強化したら、また世界侵略を繰り返すから、憲法改正など以ての外、自衛隊の装備強化にも警戒を怠ってはならない」という立場を未だに取り続けている。

日本人として自ら進んで共に「大東亜戦争」を戦った朝鮮人は、北と南に別れて対立しているが、彼等によれば、国家分断も侵略戦争をした日本のせいで、朝鮮は日本に武力侵攻されて植民地統治されながらも、果敢に日本軍と戦った。韓国は日本の侵略を跳ね返して独力で主権を回復した。その記念すべき日が「光復節」であるなどとの妄想史観を国民に教育し、韓国国民のほぼ総てがこの妄想史観を盲信している。韓国人は「朝鮮半島を植民地搾取した日帝を決して許しはしない。悪辣な日帝は朝鮮人少女を20万人も強制連行して、麻薬を投与し、天皇のプレゼントとして性に飢えた日本兵に与えたが、敗戦が決定的になると、証拠隠滅の為に多くの朝鮮人少女を殺戮した」とまで妄想を膨らませて、いつの間にか自らの妄想を史実と固く信じて、世界中でプロパガンダ工作をしているのだから、日本人としては堪らない。

そんな朝鮮民族の妄想の逞しさが、在日たちの手によって、日本のテレビ業界で再び勢いを増している。数年前に電通の仕掛けにより人為的に起こされた韓流ブームは既に下火になり、東京新大久保などの韓国人街は寂れる一方だが、日本のテレビ業界では当時の韓流ブーム花盛りを思わせるように、韓国ドラマが急増している。地上波でも韓国ドラマの復活が見られるが、BS放送では眼に余るほど繰り返し韓国の捏造歴史ドラマの番宣がこれでもかというほど垂れ流されている。在日韓国人以外は好んで虚飾に満ちた捏造歴史ドラマを視聴するとは思えないが、「戦後教育」の被害者である日本国民の一定数は矢張り嘘塗れの韓国歴史ドラマを無自覚に受け容れているのであろうか? 日本国内には、韓国の国策企業であるLINE(株)の無料通信アプリの使用者が6,800万人もいるというのだから、朝鮮民族の危険性など殆んどの日本国民には関係ないのかも知れない。日本政府まで行政にLINEアプリを取り入れてしまったのだから恐ろしい限りである。

真実が日本国民の間に浸透するまで何度でも主張するが、「亜人種」である朝鮮民族には「約束」とか「契約」、「条約」の概念がないから、とうの昔に解決済みの問題を何回でも蒸し返して日本国民の血税は繰り返しタカられ続けている。そもそも日本が、犯してもいない過去の罪に謝罪してしまったのが間違っていたのである。韓国は「戦時売春婦問題」や「戦時徴用工問題」を何度でも蒸し返し、中共は「南京大虐殺」をUNESCOにまで登録して、「日本を道徳的に劣る国」として国際社会に印象付けようとしている。そんな中共には世界に散らばる朝鮮人は絶好の捨て駒となって日本貶め工作に役立っている。日本に居座る在日も中共にとっては重宝な捨て駒である。際限なく続く彼等の冤罪非難に日本はこれから先、何年にも亘って執拗に追及され、悩まされ続けるのだろう。

冤罪に対しては初動の対決姿勢が如何に毅然たるものであったかが問われる。「大東亜戦争」に敗れた日本は、犯してもいない罪を毅然と跳ね除ける姿勢に欠けていた。歴史的に「敗戦の経験」が薄い日本は、「負け方の所作」とでも言おうか、将来に禍根を残さない「敗戦のけじめのつけ方」を知らなかった。詫びるべきは詫び、否定すべき冤罪は毅然と否定し、当然の権利は堂々と主張するという、敗戦後の日本が避けた行為こそが、実は極めて重要な「負け方の極意」であった。第一次世界大戦で負けを喫したドイツなどは、その辺を実に巧妙に切り抜けた。戦慣れした国家は、そういう謂わば「負けるが勝ち」の方法論を弁えているものだが、近代日本は、憖(なまじ)優れた資質と勇猛さを備えていた為に、勝者の経験しか知らずに、いきなり大戦争に負けてしまった。謂わば茫然自失の状態に追い込まれ、相手の良いように冤罪をなすり付けられてしまったのである。日本は未だにそれを覆せないで苦しめられている。

国際社会は、一度でも謝罪してしまった日本の冤罪をそう簡単には冤罪とは認めはしないだろう。白人諸国は自分たちが為した有色人種国家への侵略と植民地搾取の歴史を棚に上げて、「日本が認めた侵略戦争」を、実は「自衛の為の望まぬ戦争」であったという史実を決して認めはしまい。「大東亜戦争」が侵略戦争などではなかった事実は、これからも折に触れ主張し続けるべきなのは言うまでもない事だが、一方で日本は「嘗て侵略戦争をした国家」という汚名をこれからも宿命として背負い続けざるを得ない立場に自らを追い込んでしまった事実からは逃れられないと覚悟を決める必要もある。今更、「大東亜戦争は米国が仕組んだ日本無力化の罠だった」という真理は通用しないのである。今も昔も「勝てば官軍」なのである。一部の識者が「米国も史実を認めつつある」などというのは耳に聞こえの良い只の希望的観測でしかない。

前述した通り「正史」とは勝者が自分に都合よく真実を糊塗して語り継がれるものである現実はいきなり変わりはしないのである。自ら冤罪を認めてしまったからといって、これから産まれてくる日本の子々孫々には、嘗て日本が戦わざるを得なかった「大東亜戦争の大義」を伝える必要性は決して色褪せる事は無い。これからの国際社会で、存在感と発言力を高めていく為には、日本が置かれている現実を認める苦しい政治決断も必要であるが、せめて我々の大切な子孫に真実を伝える努力を怠ってはならない。現実の国際社会に於いては、過去の真実に拘るより、一旦は受け容れた冤罪を表面的には潔く受け容れたと見せて、現在と未来に賭ける「現実的政治決断」の道は避けられないという事だ。

誤解を避ける為に念を押すが、特亜が言い募る事実無根の濡れ衣を全て認めろなどと曲解されては困る。「追軍売春婦」や「南京大虐殺」などの言い掛かりには、これからも毅然とした態度を崩すべきではない。併し、安倍政権が認めてしまった「日韓合意」は、もはや国家としての日本は覆せはしない。「追軍売春婦問題」は「普遍的な女性の人権問題」にすり替えられ、日本政府は韓国政府に対して正式に謝罪してしまったのだから、この問題はこれで決着させざるを得ないのである。真実はともかく、国際社会では「謝罪したものが負け」だからである。公式に謝罪した以上、謝罪した事実は決して消えはしないのである。

数十年も昔に一世を風靡した米国製西部劇で描かれたリンチ騒動にも似た、所謂「東京裁判」に対しても、同様な現実的対応をせざるを得ない側面もあるという事だ。覆せる言い掛かりには毅然と反論する行為が重要であると同時に、真実を主張すればするほど不利になる「不条理」は、今となっては受け容れざるを得ないのである。これからの日本には、その辺をどこで線引きするかを戦略的に考え抜いておく必要に迫られるだろう。悔しい事ではあるが、それが現実的政治判断というものである。そして、これからの日本は、常に勝者の側に立ち続ける賢明な政治判断が求められる。安倍政権以降の日本には、そういった狡猾さを絶対に身に着けなければいけない。騒げば騒ぐほど不利になる問題には、いつまでも拘泥せずに潔く切り捨てる判断も必要である。

一旦認めてしまった冤罪は、如何に理不尽であろうとも、国際的、政治的には一朝一夕には覆せないと知るべきである。併し、国家間レベルでは当面は諦めざるを得ない理不尽な冤罪も、民間レベルの研究は真実を探求し続けるに何の支障もない。日本政府は、「慰安婦問題」では、もはや公然とは何も言葉を返せない。韓国の誇大妄想的捏造と悪意ある政治プロパガンダを縛ったつもりの縄は、日本政府をも縛っているのである。愚かな「合意」を結んだものだ。併し、民間研究者は性奴隷と曲解されてしまった慰安婦が只の追軍売春婦・軍人相手の高級娼婦であり、韓国が流布する誇大捏造被害が如何に真実を捻じ曲げたものであるかを、様々な証拠を以って研究を重ね、国際社会にどんどん発信し続ければ良い。

2014年の仏アングレームの国際漫画祭では10年も前から韓国お得意の賄賂攻勢で捏造甚だしいプロパガンダに現地アングレームのフランス人スタッフは完全に凋落され、日本側有志の「論破プロジェクト」の反証行動は歯牙にも掛けられなかった苦い経験がある。追軍売春婦を巡っては、米ワシントンの国立公文書館に、大東亜戦争中の1944年に米軍による売春婦たちからの聞き取り調査した報告書が残っており、「慰安婦と呼ばれた売春婦たちは強制されたものではなく雇用されていた」、「接客を断る権利を認められていた」、「女性たちは大金を持って楽しんでいた」、「洋服や化粧品など好きな物を買う事ができた」、「母国の親に家を買ってあげたり、宝石を身に着けて街を遊び歩いた」などの聞き取り調査の結果が文書で残されている。

英フィナンシャル・タイムズや、米ニューヨーク・タイムズの東京支局長などを歴任された高名なジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークス氏も、著書「英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄」(祥伝社新書)で、「『慰安婦』の実体は、勿論、『性奴隷』では全くない」「高級娼婦(=売春婦)だ」と記している。湾岸戦争などでの実績を認められたフリーランスの米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏も、「慰安婦は韓国の捏造」であると証言しつつ、綿密な取材により「韓国は中共の操り人形」であるとの核心を突いた結論を公表している。こうした米国内の機運を無視しての「日韓合意」という安倍政権の政治決断は、オバマ政権の圧力があったとはいえ、返す返すも残念な取り返しのつかない過ちであった。冤罪は一度認めたら容易く覆せるものではない。

馬鹿ばかしい理不尽な冤罪攻撃には、飽くまでも毅然と否定し、抗議し続けるべきであった。 …安倍政権が決断に追い込まれた「日韓合意」は、この分野での民間活動家の努力を圧迫し、より一層不利にしている。安倍首相には強く諫言しておきたい。今後は如何に米国の政治的圧力があったとはいえ、醜敵を利する無定見な謝罪である「日韓合意」は、絶対にしてはいけない過ちであったと、貴重な教訓として肝に銘じていただきたい。教訓にでも活かさない限り、命懸けで尽くした国家の手で顔に泥を塗られた英霊が報われないというものだ。このことは、くれぐれも強く諫言しておきたい。

韓国が何度でも蒸し返してくる「慰安婦問題や徴用工問題」を、裏で資金力と組織力で支える中共には決して気を許してはいけないが、いちいち馬鹿正直に言い返したい気持ちは賢く抑制するべきである。韓国も、北朝鮮も、中共も、唾棄すべき仇敵である事に変わりはないが、朝鮮民族と支那人の習性は分けて考えるべきである。朝鮮民族に対してはまともに対峙してはならない。彼等は我々ホモ・サピエンスではない「黒い山葡萄原人の末裔」であり、彼等に対しては言葉による応酬は無意味である。朝鮮民族は極めて語彙の乏しい民族である。そこが我々人類とは異なる分岐点なのである。徹底的な排除の論理こそ朝鮮民族には相応しい。韓国も、北朝鮮も、在日朝鮮人も、日本国籍朝鮮人も、背乗り朝鮮人も見つけ出して、ひたすら排除するという姿勢を貫くべきである。彼等は「ヒトでは無い」という真実を忘れない事だ。

国際社会も、朝鮮民族の異常性に気づきつつあるから、朝鮮民族が「亜人種」であるという真実は、国際関係上の朝鮮人との上部の付き合いは激変こそしないだろうが、遠からず人類共通の認識になるだろう。そういう時代が訪れるまでは、日本人が人種差別をしているとの誤解は避けるべきだろう。朝鮮民族に対しては、知恵遅れの者をあやすように接するのが得策である。ある時は叱りつけ、ある時は宥(なだ)め、こちらが賢く硬軟使い分けて彼等のペースに巻き込まれない事だ。このコツを掴めば韓国と北朝鮮に対する接し方も自ずと分かってくる。朝鮮人をヒトだと誤解しているから、韓国や北朝鮮の異常性が理解できず、「話せば分かる」などと、うつけた戯言を言うものが後を絶たないのである。

問題なのは支那人である。運良く中国共産党が立ち行かなくなって中共が分裂でもしてくれれば良いのだが、中共政府と世界に拡がる華僑ネットワークは、あらゆる手を使って日本を道徳的に劣る国との印象操作を止めないだろう。野獣レベルの感情論で日本を憎む「亜人種」朝鮮民族とは訳が違う。中共政府の日本貶め工作には気の長い具体的目標が秘められている。嘗て、鄧小平は国力が付くまでひたすら我慢に我慢を重ねて、日本から資金と技術を盗み取る野心を隠し通して、松下幸之助氏の松下電器産業を三顧の礼を以って中共に迎え入れた。日本からの投資と技術移転が目当てであった。鄧小平以降、中共は約40年の歳月を掛けて国力を増強してから、初めて覇権主義国家の顔を見せるようになった。

韓国や北朝鮮の亜人種と違い、支那人は人間である。それも飛び切り悪辣で執念深い日本の敵国である。様々な研究者の成果により、とても史実とは掛け離れた「南京大虐殺」を未だに針小棒大に言い募り、国際社会で日本を道徳的に貶め続ける動機は、朝鮮民族とは全く異なる。中共政府と華僑ネットワークが総力を挙げて、朝鮮民族を利用し、「南京大虐殺」に拘るのは、将来、日本を侵略する絶好の口実にする為である。中共政府は明確なタイムスケジュールを描いて行動している。朝鮮民族などの原人・亜人種とは質が異なる。彼等は権謀術数に長けており、中共政府がこのまま経済破綻せずに持ち堪えれば、必ず日本に手を掛けてくる。満州や、チベットや、東トルキスタンの二の舞になるのだ。

「大東亜戦争」を含む「第二次世界大戦」以降、他国を侵略し、民族浄化をして退けた国家は中華人民共和国を置いて他にない。太古から民族存亡を賭けての戦いを続け、その戦いに勝ち抜いたのが今の支那人である。中共政府こそが太古から現在にかけて民族の権力闘争を勝ち抜いてきた猛者なのである。だから支那人の残虐さは半端ではない。今の平和呆けした日本人など米国の助け無しではひとたまりもなく滅ぼされてしまうだろう。支那人は本気で50年、100年の先を見据えて日本侵略を企んでいる。中共と日米同盟の軍事バランスが崩れた時、日本は必ず中共の侵略を受ける。パーマストンの名言をあげるまでもなく、永遠の軍事同盟など無いとすれば、日本の選択肢は自ずと見えてこよう。

愚かな亜人種、北朝鮮の冒険主義的核恫喝を奇貨として、今こそ日本は核武装国家へと舵を切るべきである。それ以外に大和民族が生き延びる道は無い。超大国が超大国であり続けた例は無い。支那の王朝も、スペイン、ポルトガルも、大英帝国も、栄華を極めた後には必ず衰退していった。現在の超大国、米国とて歴史の必然に逆らう事は出来ない。何れは衰退し、日本を護り切るなどと大見得を切れる時代は終わる。既にその兆しは見えている。日本が支那の侵略から身を護る術は「核武装国家」として独り立ちするしか無いのである。その為には、日本国内の反政府左翼を黙らせ、在日朝鮮人、日本国籍朝鮮人、背乗り朝鮮人問題を解決するしかない。日本から亜人種、朝鮮民族を一掃して、総ての日本国民が結束して、押しも押されもしない「真の主権国家」に変貌するしか日本が生き延びる道は無い。いつまでも平和呆けしている暇は無い。日本人に残されている時間は極めて少ないのである。