朝鮮民族と一口に言っても、韓国人と北朝鮮人と中共に住む朝鮮族がいる。中共国内での分布は東北部(本来の満洲)に集中し、中でも吉林省全体と南部の延辺朝鮮族自治州(延吉市)に集中している。このほか、黒竜江省、遼寧省、内モンゴル自治区(本来の南モンゴル)にも分布し、関内(山海関以内)の北京、天津、青島、上海などの大都市にも進出している。元々、朝鮮民族というのは、彼等独特の起源により、一箇所に留まらずに、外へ外へと広がっていく特性がある民族なのである。私が確信する彼等の起源については、異論も多いようだから今回は朝鮮民族の起源については触れない。

朝鮮民族、特に我々現代の日本人には、身近な存在である韓国人とは、利害さえ絡まず、無責任に遠くから観察しているだけならば、多分、非常に興味深く、且つ滑稽な人たちで、笑える民族なのである。勿論、お人好しの日本人とは異なり、性根には、かなり曲がった性根とケモノ的残虐性を持っている事は忘れてはならない。歴史的に一貫して被害者であった立場の日本人にしてみれば、そんな呑気な感想など言うべきではないのは、重々承知しているが、たまには被害者の視点以外から、客観的に朝鮮民族という人々について考察して見るのも、強(あなが)ち無意味ではないかも知れない。念の為に、繰り返す。日本人は歴史的に朝鮮民族の被害者である。一度として加害者であった事は無い。併し、偽りの贖罪意識から未だに目醒めないで、日本人が加害者であると思い込んでいる者が多いのは、実に悲しむべき現実である。

併し、騙されたまま自分たちの曾祖父母や祖父母が加害者だったと信じ込んでいる場合も、賢明にも真実に気づいて、実は日本人こそ被害者である事を知っている場合も、今回の論考は、どちらを信じる方であっても構わずに書き進められる内容である。何れにせよ、日本人が心の底に抱える特別な感情を持たない、普通の外国人の立場から見た場合、朝鮮民族、特に韓国人はどう見られているのか、また、日本という外国に棲み着いている在日朝鮮人たちは、日本人や朝鮮人以外の外国人からどのように見られているのか。これは日本人が日常は想像もしない視点であるから、この視点を理解する事は決して無駄ではないだろう。

そういう、日韓どちらの立場にも立たない中立の立場になる前に、殆んどの日本人が胸の内に秘めている、日本人の言い分を整理して明らかにしておきたい。朝鮮民族が日本人を恨むというなら、日本人にも言い分はある。ただ、「東京裁判史観」に歪められた「戦後教育」では、正しい歴史を教えないから、普通の日本人は、真実を知らずに、日本を悪し様に言う韓国人に、漠然と不満を抱いているだけなのである。日本政府と日本国民が油断している間に、漠然と不満を抱く日本人の数も少なくなり、韓国は隣国なのだから、日本のネトウヨはつべこべ言わずに、もっと平和的になり、韓国人と仲良く共存するべきだ、と言う呑気な日本人が増加してきている。共存せざるを得ないのなら、いがみ合わずに上手く共存する道を探ろうとする心は、それはそれで大切ではあるが、いがみ合っている片方だけが一方的に譲歩し、無防備に接近するのは危険である。

この、片方だけが一方的に無防備に相手を迎え入れる行為を良しとする考え方こそ、所謂「東京裁判史観」により歪められた、間違った「戦後教育」の産物なのである。世界各地の紛争地帯に無防備のまま足を踏み入れるのが、愚かな行為であるように、民族問題で片方の民族、ここでいう日本人だけが一方的に朝鮮人に対して無防備に接近するのは、愚かであるばかりか、非常に危険でさえある。この辺の無神経な発想が、戦後の日本人が平和呆けしていると言われる所以である。和解しようとする心は大切だが、「和解」というからには、和解すべき確執の原因が必ずある。物事の原因や本質を何も知らぬまま、ただ「仲良くしよう」と言い出すのは、戦後日本人の悪い癖である。その考え方は国際社会では絶対に通用しない。物事の本質を見極める努力をする。これは、これからの日本人に求められる、国際社会で生き抜く為の必要不可欠な要素である。

日本人というのは、実は自分たちが外国人からどう見られているのかを、常に非常に気にかけている癖に、利害が生じる朝鮮人(多くの場合は韓国人)の事となると、途端に視野が狭く、良くも悪しくも独善的にしか観る事ができなくなってしまう。在日朝鮮人の場合は、彼等を「差別され、抑圧されている少数民族」と考えるのは、間違いである。彼等は決して、少数ゆえの弱者などではなく、声の大きい、横柄な、主に許可も得ていない居候みたいな輩である。私は個人的には朝鮮民族が大嫌いである。100年ほど前の朝鮮は、大日本帝國の力に頼って清国から独立させて貰ったはいいが、独立国の経験が一切なく、新たな独立国としては、よちよち歩きの大韓帝国は、結局は経済破綻してしまい、どの国からも厄介者扱いされていた。その状況で、朝鮮人たちは、「日韓併合」を四度も懇願してきて、日本が大韓帝国の借金を全部肩代わりして、然も、日本自体が未だ未だ貧しかった中から、毎年国家予算の20〜30%も朝鮮の近代化の為に資本投下して、未開な原始的生活を送る朝鮮人を、一端(いっぱし)の文明国に教育してあげた

西洋医学を導入した近代的病院や、一般庶民の為には一校も無かった学校も、日本国民の血税で何千校も建ててあげた。当時の朝鮮の開明的指導者たちが望んだ以上の平和的な統治を、大日本帝國はした。朝鮮総督府には多くの朝鮮人が採用され、日本人と朝鮮人は、共に手を携えて朝鮮の近代化に努力した。日本の敗戦により朝鮮総督府が解体されるまでの35年間で、朝鮮人庶民の識字率は0%から67%に向上し、人口も平均寿命も倍増した。一般に当時の識字率は4%ほどあったと様々な書物に書いてあるが、それは両班と言われる特権階級が漢文を読み書きできた分を計算に入れた数字である。一般庶民は100%の文盲と言って間違いない。両班は6〜8%いたが、両班にも文盲がいた事を統計が示している事は余り語られていない。白人たちに植民地統治された国では、原住民の為の学校や病院などを建設した例は皆無である。それどころか、インドを統治した英国人は、優れた若者を見つけると、学業を続けられないように片手首、或いは、両手首を切断するという、残酷な統治をした。将来、知恵をつけて反抗されると困るから、無知蒙昧のままにしておく方が、奴隷的使役には好都合だからだ。朝鮮は日本に、このような白人式の残虐な植民地統治をされず、朝鮮人の強い懇願により、平和的に、条約によって「併合」されたのである。つまり、日本人は朝鮮人を同胞として迎えた。日本人と同等に処遇したのである。日本人が「戦後教育」で教えられるように、武力により朝鮮を植民地搾取したのでは断じてない。

明治天皇は、朝鮮の王族に対して大変な気遣いのお心を示され、朝鮮の王族は日本の準皇族として処遇された。日本の皇族が朝鮮の王族に嫁いだ例もあるくらいだ。併し、多くの両班と言われる、それまでの支配層は、併合により、それまで享受していた特権的生活を失ない、多くは一般庶民と同じ扱いを受ける事に反感を抱き、日本の統治を好ましく思わない者もいただろう。日本式統治は、朝鮮の激しい身分差別や地域差別、女性蔑視を禁じ、日常茶飯に行なわれていた拷問を禁じ、近親相姦を禁じ、それまで一軒も無かった一般国民の為の学校を物凄い勢いで建て、近代的病院を建て、幹線道路や橋やダムを建設した。それまでの朝鮮には無かった、貨幣経済を導入し、度量衡を定め、日本式灌漑設備の導入は朝鮮のコメの収穫量を一気に三倍にまで伸ばした。それにより、朝鮮から飢餓が一掃された。未開の朝鮮は、日本により急速に近代化されていったのである。商店すらなかった不毛の地に、日本人は百貨店まで建ててあげた。その資金は全て日本国民の血税で賄われた。併合前に大韓帝国が外国から借りまくって、返済できなくなった借金を全て日本が返済した上での資本投下であるから、未だ貧しかった当時の日本も大変であった。

大日本帝國が、嘗ての朝鮮の宗主国である清国よりも、ロシア帝國よりも強い時代は、朝鮮人は自ら日本人を慕い、従順だった。あの慈愛に満ちた日本式の統治により、初めて文化・文明を与えられ、それを存分に享受して、大喜びして、日本人として天皇陛下への忠誠を誓った朝鮮人は、挙って倍率の高い日本兵となるべく志願に殺到した。朝鮮人日本兵は、殆んど最前線には送られず、主に捕虜を管理するという安全な職務に就かされた。朝鮮人は過酷に差別されるどころか、一般の日本兵より優遇されていたのである。朝鮮人は強い者には恭順し、弱い者に対しては見下し、横柄な態度をとる、という民族特有の悪い性格を持っていた。戦後解放された外国人捕虜が「日本兵に虐待された」というのは、殆んど日本人にではなく、朝鮮人日本兵が威張り散らした結果である。外国人捕虜には、日本人と朝鮮人の区別はつかない。

そういう民族性を持った朝鮮人は、日本が大東亜戦争に敗れた途端に、日本を見下すようになり、米占領軍が「朝鮮人民を日本から解放する」などと言ったものだから、それに乗じて、「自分たちは日本人に奴隷的に植民地搾取されていた」などと言い出し、今まで共に戦っていた我々のご先祖に対して、昨日まで従順だった朝鮮人たちは、一夜にして突然、鬼畜の如き蛮行を働くケモノに変貌した。この朝鮮人の民族的特性を「事大主義」であると、現代の日本人は無理矢理理解しているが、当時の朝鮮半島に暮らしていた普通の日本人や、満州などからの引揚者として、朝鮮半島を通過しようとした、一般庶民である日本人には、朝鮮人が唐突にケモノの如く日本人に襲いかかるという変貌ぶりは到底理解できない事であった。「事大主義」などという簡単な言葉で片付けられはしない。只のケモノである。昨日まで同胞であり、友人であった朝鮮人が突然ケモノに変貌したのである。現在の韓国人は日本を虚偽で「性奴隷国家」などと貶めるが、朝鮮人こそが、「民族的強姦魔」なのである。今の韓国人は、男の多くはDVを働き、女の多くは実に安易に身体を売る。ひと昔前、日本人女性は米国人から「Yellow Cab」(金さえ払えば誰でも乗せるタクシー)と揶揄されていたが、実は売春目的で米国に渡った韓国女が、片言の日本語を喋って、日本女性に成り済ましていたのである。今でも、米国の買春犯罪には、韓国の男女が組織的に日本人に成り済まして、大勢検挙されている。

当時、自由意志で日本に渡航してきた在日一世たちも、我々の祖父母や曾祖父母に、筆舌に尽くし難い所業を働いた。そんな、人として許されない罪を犯しておきながら、現在に至るも知らん顔を決め込み、有ろう事か、日本人に酷い目に遭わされたなどと嘘をつく朝鮮人を、私は断じて許せない。日本軍に強制連行されてきたなどと嘘をついているが、自由意志で渡航してきた今の日本に暮らす朝鮮人は、例外なく本人の意志で不当に居座っているのである。それも、敗戦のどさくさに紛れて、日本人所有の土地家屋に図々しく居座ったのである。敗戦で無力化された警察に訴えても、「ここ私の家」などと叫ぶ朝鮮人を排除する事はできなかった。泣き寝入りである。それが在日と呼ばれる朝鮮人の本性なのである。本当に嫌がるのに無理矢理強制連行されてきたのなら、日本の敗戦後になぜ帰国せずに、在日六世になるまで日本に棲んでいるのか? 何よりも、大勢が志願して日本兵になり、日本人と共に戦ったのに、日本が敗戦を迎えた途端に、戦友だった事は忘れて、日本の先人の慈愛に満ちた統治を「過酷で奴隷的な植民地搾取だった」などと大嘘をつき、更に、在日も「日本軍に強制連行されてきた」などと嘘をついて現在に至っている。こんな事を事勿れ主義で追認する日本政府は間違っている。

朝鮮人は日本が米国に統治されていた、所謂「弱者」の地位に甘んじていた時は、凶暴性を発揮して悪徳の限りを尽くし、日本が独立すると、今度は「被害者ビジネス」を始めた。言い出したら、切りが無いほど朝鮮人は嘘をつき続けているのである。そして日本人に対しては、限りなく図々しく、迷惑で、然も残虐な民族である。そういう日本人と朝鮮民族の関係の真実を、殆んど何も知らない外国人は、朝鮮民族…と言っても、今は主に北と南に分かれて暮らしている朝鮮半島の朝鮮人を、果たしてどう観ているのだろうか? 外国人と言った場合、その種類は実に様々である。人類は現在、200弱にも及ぶ国々に別れて暮らしている。併し、所謂外国人をよく見ると、実は大雑把に三種類に分ける事ができる。「戦後教育」の歴史を誠実に学んだ人から見れば、余りにも乱暴な分類に見えるかも知れないが、一度、教え込まれた知識を一旦忘れて、従来の分け隔てを捨てた目で、見詰め直して、読んでいただきたい。

大雑把に三種類に分けられる外国人の見方とは、以下の通りの分類である。
1)支配民族、2)被支配民族、3)支配者、被支配者の何れにも属さない民族
単純にこの三つの範疇に詰め込むには無理があるのは重々承知であるが、話を単純化した方が、理解し易いので、このまま話を進める。

1)支配民族とは、大航海時代に世界各地に植民地をつくった、主に白人主要国と、支那大陸の各王朝を構成した民族であるが、今では漢民族である。旧ロシア帝國と旧ソ連、そして現在のロシアも支配民族である。
2)被支配民族とは、嘗ての亜細亜諸国や、中東、アフリカに住んでいた民族で、支配民族に植民地にされて搾取されたり、奴隷使役されたり、酷い場合は民族そのものが絶滅させられたりした。大昔のマヤ、アステカ、インカで文明を築いていた嘗て存在した民族や、白人が入植してくる前のアメリカ大陸にいた先住民族(白人にほぼ絶滅されたアメリカ・インディアン)、そして、支那大陸の時々の王朝に朝貢した民族も、この被支配民族と言える。また、チベット、東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)、内モンゴル(正しくは、モンゴル南部)などは、漢民族により現在進行形で民族浄化の憂き目に遭っているし、満州人などは既に浄化され、消滅して、嘗て満州人が住んでいた地域には、今では朝鮮族が棲み着いている。
3)1と2のどちらにも属さない民族は極めて少なく、亜細亜ではシャム(現在のタイ)と日本、アフリカではエチオピア。その他は気候が厳しかったり、資源が乏しかったりして、植民地に適さない国々の人々である。

日本は、亜細亜では数少ない3の分類にいたが、白人からの外圧を経験して独力で欧米の文明を取り入れ、一時期は欧米列強に伍し、1の、支配民族になったが、結局は米国に潰されて、現在は2の、被支配民族の地位に甘んじている。「現在の日本は被支配民族ではない」との反論が聞こえてきそうだが、安全保障を米国に依存し、自力で国家主権を護れない状況では、米国に支配されている属領でしかない。その意味で、日本は明確に2に分類できる。朝鮮民族は、日清戦争の講和会議である1985年の下関条約から1910年の日韓併合までの15年間と大東亜戦争で日本(朝鮮を含む)の敗戦後に米国の軍政を解かれた1948年以降という、ごく短期間を除いて、一貫して2の分類にいた。支那は阿片戦争や日清戦争の敗戦を経験しているが、易姓革命により、王朝はその都度、民族ごと入れ換わりはしたが、長い目で観れば、現在の漢民族に至るまで支那を治めたそれぞれの民族は、1の、支配民族である。

極めて大雑把にではあるが、こうして分類してみると、主に1)の支配民族であった、欧米先進国から観た、日本と朝鮮は明らかに、今、韓国が主張しているように、日本が支配民族であった頃、現在の韓国を含む朝鮮半島の人たちを、被支配民族と看做していたと見られても、何も不思議ではない。「日韓併合」により、日本がどれほど朝鮮半島の発展に寄与し、世界史的に類例の無いほど、他民族である朝鮮民族に愛情を注ぎ、如何に一方的に尽くしてきたかは、先入観を捨てて、歴史を丹念に調べ直しでもしない限り、外国人には歴史の真実など到底理解できないだろう。韓国人が言うように、日本が朝鮮を過酷に植民地搾取したと言う虚偽の方が、殆んどの外国人から観れば、説得力があり、自然に受け容れ易いのである。だから、「追軍売春婦」を「性奴隷」などと偽る韓国の主張が、欧米豪などには、実にすんなりと受け容れられるのである。ヨーロッパでは、ナチスの悪辣さに比肩し得る日本の存在をドイツが必要としている為に、尚更、中共や韓国の捏造史観が歓迎される傾向がある。ドイツは、自分だけが悪者にされるのを避ける為に、何が何でも日本をドイツ以上に悪い国家と貶めておきたいのである。

日本が国際社会で誇りある主権国家に返り咲く為には、先ず第一に、日本自体が自力で国家防衛ができるようにならなければ、話にもならない。口先だけで何を言おうと、日本は「言葉と、それを実行する力(=軍事力)」という、両輪が備わっていて初めて機能する「外交」の片輪(軍事力)を持っていない為、例えば、北朝鮮に国民を拉致されても、「口頭による抗議」か「返してくれるようお願いする」しか手段を持たない。外交手段の片腕をもがれた、謂わば「弱い国」の日本が、外交交渉で、中共と韓国による嘘による日本貶めを跳ね返すのが、どれほど困難を極めるかは、上述のような分類をして見ると、改めて、その困難さが際立って理解できるだろう。

従来の日本による、中韓の反日プロパガンダとの戦い方には、「外国人の視点という、極めて日本には不利な視点」が欠けており、日本人は日本人同士でしか通用しない「性善説」に近い感覚で、「一生懸命になって説明すれば分かって貰える筈だ」という、言って見れば、極めて甘い考え方を基にして、悪意ある反日プロパガンダに対抗してきたのである。理不尽に奪われた「北方領土」も、「竹島」も、半ば奪われてしまっている「尖閣諸島」も、日本が口先だけで何を言おうと、何れも軍事力で奪われたか、これから軍事力で奪おうとしている国には馬耳東風なのである。既に武力で手に入れた領土は勿論、これから武力で領土を奪おうとしている国を相手に、言葉だけで盗まれた領土を取り返したり、これから侵略しようとする国を、言葉だけで制止する事はできない。上の分類で、支配者の地位にいた旧ロシア帝国を受け継いだ現ロシアは、今は被支配者の地位に甘んじている旧大日本帝国の成れの果てである現日本に、日露戦争で敗れた辱しめは、民族的に絶対に忘れてはいない。普段は親日的な顔を見せるロシア国民も、領土問題となると、日露戦争敗戦の屈辱感が蘇ってくるという。安倍首相とプーチン大統領の個人的関係を、幾ら強めたところで「北方領土」は口先の交渉では、決して返しては貰えない。精々、莫大な経済支援と引き換えで、小さな島2つを共同統治しようと言われるのが関の山であろう。

外国人の視点(=相手の立場に立った視点)と日本人のみの視点という、天と地の開きがあるほどに不利な日本が置かれている状況を、予め理解して戦略的に対抗しなければ、不利な土俵で、不利な戦いを強いられ、結果的に敗れるのは当然である。況してや、日本人はその場の「空気」に極めて弱い。外国人たちが持つ先入観を過敏に感じ取り、自ら負けてしまうひ弱な傾向が日本人は国民性として持っている。冤罪を進んで認めるという、他国では信じ難い売国行為を、数多くの日本人自らが演じるのは、こんな、交渉相手が醸し出す「空気」を忖度する日本人の悪しき国民性に由来するのではないだろうか? このひ弱な国民性に、未だ脱却できない「東京裁判史観」が覆い被さっているのである。この視点で見直してみれば、幾ら経済大国になったからといって、戦後の国際社会で一方的に不利な立場に置かれている日本は、それでも良く頑張っている方だと言える。

1に分類した支配民族とは、例え優秀であっても、日本人の感覚としては理解が及ばないほどに、人としては実に冷酷で残虐なケモノ性を剥き出しにして、支配者の地位を獲得した。1の支配民族から、2の被支配民族に脱落した日本人は、幸いにも支配者に必要な、冷酷さ、残虐さを民族性として持ち合わせていなかった。だから、「南京大虐殺」など無かった事は、日本人なら直感的に、肌感覚として分かる。朝鮮人が並べ立てる嘘八百の数々も、日本人なら偽りだと直ぐに分かる。肝心なのは、日本人が彼等の嘘を簡単に見抜けたからといって、多くの外国人には、先ずその嘘は見抜けないという現実である。諸外国は、これからも中共や韓国の反日プロパガンダに騙され続け、日本の反論は、単なる言い訳としか受け取られない。日本はこの、不利な現実を直視し、一刻も早くこの状況を覆さなければならない。

論理的に考えれば、答えは簡単である。独りよがりの性善説を捨て、相手が醸し出す「空気」の忖度をやめ、「東京裁判史観」から脱却し、有効な軍事力を保有する。 …これに尽きるのである。愚かな国ではあるが北朝鮮の軍事的台頭と、アメリカ・ファーストを唱えるトランプ米大統領の登場は、国際社会の在り方を根本から変えるかも知れない。まだまだ国際社会全体はグローバリズムを良しとする傾向にあるが、ナショナリズムが急速に台頭し始めている。さながら巨大なバネが収縮して弾ける力を溜め込んでいるように、ナショナリズムは一気に弾ける時を待っている。私は常々、グローバリズム的傾向は、ここまで世界が狭くなると、ある程度は避けられないと感じていたが、グローバリズムに健全という言葉は不適切かもしれないが、敢えて言えば、健全なグローバリズムは健全なナショナリズムの集合体としての一線を超えてはならないと考えている。「世界統一」とか、「世界市民」などというものは、傲慢なグローバリストと、現実を直視できない愚かな理想主義者の妄想にとどめておいて欲しい。

米国ワシントンで30年近く生活されている、国際政治学者の伊藤貫氏は、常々、米国は、「例え韓国の核武装は許しはしても、日本にだけは絶対に核を持たせない」と言うのが、米国ワシントンの、CIA、国防総省、国務省、ホワイトハウスの動かぬ方針だと言い続けてこられた。私も、恐らくその通りなのだろうと考えてきた。ロシアのプーチン大統領も、「日本が核開発を始めたら日本列島を海に沈める」と宣言してきた。これが、所謂「戦勝国クラブ」の常識であった。併し、「常識は時代と共に変遷する」と言うのが私の持論である。核武装についても、私の持論が適用される機運が高まってきているようだ。米国は北朝鮮の核武装を、もはや事実上やめさせる事はできない事を既に悟っている。中共の軍事費の増強も、米国にとっては重荷になりつつある。そこで、トランプ政権には、東亜細亜の軍事バランスの重石に日本を活用しよう、と言う選択肢が見えてきたようだ。日本に戦術核を配備させようと言う、今までには考えられなかった米国の方針転換である。トランプ政権に近い民間有力者から、それらしき観測気球が、既に幾つも上がっている。

安倍政権は、この機を逃してはならない。先に述べた「独りよがりの性善説を捨て、相手が醸し出し出す「空気」の忖度をやめ、「東京裁判史観」から脱却し、有効な軍事力を保有する」という、日本が打破すべき四つの難問の最後の難関の扉が、期せずして、今、開こうとしているのである。日本の核武装とは、事実上、自衛隊の国軍化を意味する。白洲次郎は、戦前戦中と戦後の日本国民の変貌ぶりを見て、「日本人には自分がない」と嘆いた。要するに、日本人は周りを支配する「空気」により如何様にも変わると評したのである。表層的に理解すれば、投げやりの諦観から出た言葉に聞こえるが、白洲は「空気」が変われば、日本はまた、敗戦直後の臆病者から全く逆方向にも変わり得るのだと言ったとも考えられる。今の国際社会は、戦後世界秩序一辺倒の「空気」が変わる前触れを示している。その波に乗り遅れさえしなければ、日本が「充実した真の主権国家」に返り咲く事も、決して不可能ではない。だからこそ、今論じるべきは「一部改憲」などではなく、「原稿憲法を破棄」した上での「自主憲法制定」、若しくは「自然法、習慣法への回帰」なのである。今回のBlog更新の趣旨から外れるので、この件に関しては、別途、論考する機会をつくる。

冒頭の朝鮮民族論に話を戻すが、他人事と考えれば、朝鮮人ほどけったいで、嗤える民族はいない。彼等が「特別な存在」である事に、国際社会は気付くべきである。自分の国の歴史を全然知らない癖に、「歴史を直視せよ」と言ったり、中共の「真実とは懸け離れた、中国四千年の歴史」に対抗して、「韓国半万年の歴史」と言ってみたり。やたらと韓国起源説を唱えて、「端午の節句」や「活版印刷」を発明したのは自分たちだと言って支那人を怒らせたり、英国人の起源は韓国にあり、英国人は元々は韓国人で、サッカー発祥の地も実は韓国だという。ピザやパスタも韓国発祥で、日本の伝統文化は殆んど全て韓国起源だとも言う。それが全部本気なのだから恐れ入る。創立者本人が日本の空手を真似たと言っていたのに、いつの間にか五輪種目にテコンドーを、韓国独自の武術と偽って加えてしまった。日本独自の剣道も韓国の侍(サブラビ)が始めた剣道(クムド)だと言って、世界各地に堂々と道場を開いている。韓国の歴史を観れば、侍や武道家など全くいなかったのは疑いようがない。最近、折り紙も韓国文化だと言い始めて国家目標として官民挙げての活動を始めもした。茶道、華道、柔道、空手、剣道も皆、韓国発祥。寿司も桜もみんな韓国。真実味を持たせる為にYouTubeを活用したが、韓国伝統茶道の茶道具はステンレスポットを使うという間抜けぶり。

サッカーW杯の日本開催が決まると、日韓共催にしろと捻じ込んで実現させてしまい、イカサマとファウルのし放題で強豪国から総スカンを喰らっても我関せず。そこで、日本サポーターがスタンドのゴミを持ち帰って評判になれば、スタジアムのゴミ拾いは韓国サポーターが始めたと、せっせとゴミ拾いをしてみせるが、誰も褒めてあげないと、知らぬ間に元のゴミだらけのスタンドに戻ってしまう。日本が東京五輪を招致すると聞けば、官民挙げて、子供まで動員して妨害する。その癖、平昌と東京の五輪は一緒に成功させましょうと真顔で政府高官が擦り寄ってくる。通貨スワップは誰がみても韓国の危なげな経済を破綻させない為のものだったが、韓国人は日本の為にしてあげたのだと胸を張って言う。何度も日本に経済支援されながら、三度の経済破綻で日本は一度も助けてくれなかったと言う。
 
日本の津波被害を子供のように大喜びして、YouTubeでは歓喜の祝福動画が溢れ、何とソウルの市庁舎を巨大な津波型に新規建設してしまう。そんな不謹慎で非道徳的な国家が他にあるだろうか? 3.11直後には(TSUTAYAも怪しからんが)TSUTAYAの棚には韓国の津波ドラマが目白押し。何よりも、自ら懇願し続けて実現した「日韓併合」を、米国の悪知恵に乗ったとは言え「過酷な植民地搾取」で、在りもしなかった朝鮮の産業を奪ったと言う。朝日新聞の植村隆と在日の福島瑞穂に「従軍慰安婦」と言う言葉を教えられると「従軍慰安婦」と言い、戸塚悦郎に「性奴隷」と耳打ちされると「性奴隷」と騒ぎ、「性奴隷」を「平和の少女像」に変えたのは見事なオリジナルの嘘だが、それをまた「強制連行された性奴隷」と呼ぶ。韓国にとって「性奴隷」騒動は、もはや国民的娯楽と化し、本当は朝鮮戦争時の売春婦だった「偽日本軍性奴隷の嘘つき婆さん」はそっちのけである。旧日本軍が若い娘や妹を強制連行する蛮行を、朝鮮人男性が無抵抗で見ていたという恥ずかしい矛盾は、国民全員がスルーできてしまうところが、いつもながら凄い。

最後は何と言っても、糞尿文化。日本大使館には「その場で」ペットボトルに器用に脱糞し、投げ込んで抗議の奇声をあげる。未だに人糞に漬け込んだ漬物を喰い、人糞が原料の酒を密かに嗜む。人糞酒の肴は人糞の漬物の他に、殺す前に美味くなるように直前まで苦しませ虐め抜いた犬猫をナマで喰らう。韓国ご自慢の韓国海苔にはトイレットペーパーが混じり込んでいる場合がある。韓国人はそれを平気で食べる。食中毒にすらならない。本当は日本の日清食品の前身とも言える安藤百福氏という日本人の発明なのだが、即席ラーメンは韓国では韓国人が発明した事になっている。その中の一番の売筋「辛ラーメン」には、度々ウジが湧いている。 …まだまだあるが、ここまで色々資料に目を通しているうちに気分が悪くなってきた。要するに、「朝鮮民族とはヒトに非ず」、なのである。日本人の立場を離れて、外国人の目で客観的に見ても、やはり「朝鮮民族とは、ヒトに非ず」、である。ではいったい何者なのか? …今回はやめておこう。