先日、NHKの『クローズアップ現代+』(再放送)を観ていて、改めて慄然とさせられた。その日のタイトルは『日本ウィスキー快進撃!世界で大ブレイクの秘密!』であったのだが、ウィスキーの本場スコットランドを凌ぐほど、我が国のウィスキーが世界中で高く評価されている事実は、日本人として大いに喜ぶべき事ではあるのだが、その話題を取り上げたNHKと、予てから悪名高いこの番組の内容が、実態を知る日本人には相変わらず見るに耐えないものだったのである。「クローズアップ現代」は、そのタイトルに「+」が付いて番組が一新される前から様々な点で私には受け容れ難い、「汚鮮」された番組であった。当Blogでは再三、NHKには1000人を超える朝鮮人が潜り込んでいると指摘してきたが、今回はその朝鮮人たちがNHK内で、既に番組制作に強い影響力を行使する立場に就いている様をまざまざと見せつけられたのである。エグゼクティブ・アナウンサーの肩書きを持つ武田真一、帰国子女らしき田中泉の両キャスターが迎えたゲスト出演者は、あの伊集院静である。伊集院とは恐れ入るたいそうな苗字だが、彼は日本国籍朝鮮人である。在日の頃の通名は西山忠来(ただき)、本名は漢字表記では趙 忠來、朝鮮語では조 충래(読みはチョ・チュンネ)である。数々の文学賞の受賞暦から見て、文学の才能はあるのだろう。併し、『クローズアップ現代+』に出演し、日本のウィスキーづくりの機微を「私たち日本人にしかできない、外国人には到底分からない事です」と自身の薀蓄を交えて語る姿と、目を輝かせてそれに聞き入るNHKの両キャスターが醸し出す、虚構に満ちた雰囲気には、本当の日本人としては、辟易とするより絶望の駄目押しを喰らうような戦慄が奔った。日本に潜り込んだ朝鮮人同士が、日本人として日本を自画自賛しているのである。

私は今まで、どの評論家も言論人も指摘してこなかった「歴代自民党政権が累々と国民を謀(たばか)り続け、その系譜を受け継いだ安倍晋三が描く理想の日本国の姿は、日本人を騙(かた)る朝鮮人が、日本の支配層を占める『偽日本人による偽日本国の勃興』である」といい続けてきたのだが、本当の日本人にとっては、正に「日本という国家と大和民族の滅亡」としか言いようの無い現実が着々と進行している実態を、まざまざと見せ付けられる思いであった。私たちは「戦後教育」で、国家の三要件は「領土・主権・国民」であると学んできた。また、一定の領土と国民と排他的な統治組織とをもつ政治共同体とか、一定の地域(領土)を基礎に固有の統治権によって統治される継続的な公組織的共同社会とも教えられてきた。併し、「戦後教育」は、国家を一般化して教育する事はしても、「日本人に日本人とは、日本国とは、何たるものであるか」という、本来の精神性だけは決して教えてはこなかった。「日本人の日本人たる所以」を一切教える事無く、「戦後教育」は「東京裁判史観」を是とする「偽りの贖罪意識」を、必死で日本人に刷り込んできた。そうして肝心なところを恣意的に避けて、謂わば虚偽に基づく歴史観一色で育てられてきた我々の目には、戦後の日本が「『領土』はそのままに、『主権』と、『主権』を持つ『国民』が朝鮮人に取って代わられようとしている」という危機に直面している、という現実が見えないのである。心ある日本人、聡明な日本人は未だ数多く存在しはするが、この危機を、正に「国家存亡の機と捉え、警鐘を鳴らし続ける日本人」は、いったい何人いるだろうか? 「殆んどの日本人が気付いていない」というのが実態であろう。「戦後教育」に於いて優秀であったものであればあるほど、真実が見えていないのである。

ロシア革命を主導したボルシェビキには多くのユダヤ人が居たし、中央銀行制度設立に動き出した1913年以降の米国が一部のユダヤ人に取り仕切られ、支那が拝金主義者、グローバリストの中国共産党員に支配されている事は、知識欲旺盛な日本人には既によく知られている。意識の高い在野の知識人にとっては、全ての背後に通貨発行権を握る「闇の支配層」が蠢(うごめ)いている事は周知の事実であろう。日本人に限らず、全人類にとっても、そういった「闇の支配層」が究極的な敵であるのは事実なのだが、併し、日本人にとっては、何はさて置いても眼前の具体的な敵、朝鮮人の理不尽な野望を放置せず、今直ぐにでも立ち上がって戦いを始めなければ間に合わないほど事態は切迫している。結局は、「日本国籍朝鮮人や在日朝鮮人」も「闇の支配層」の手先なのだが、「闇の支配層」などという漠然としたものではなく、眼前で日本社会に蔓延(はびこ)り続ける朝鮮人という平然と姿を露わにしている敵に対して、感情論に基づく生理的拒否反応だけでは無く、論理的整合性を以って糾弾して行かなければ、日本人に勝ち目は無い。併し、マスメディアで活躍する言論人や知識人は、絶対に朝鮮人排斥を訴えようとはしない。彼等は偽りの贖罪意識に満ちた「戦後教育」の下での成功者であり「東京裁判史観」肯定論者であると同時に、マスメディアそのものが朝鮮人の支配下に置かれているからである。マスメディアの不興を買っては、言論人も知識人も飯の喰い上げであるからだ。今や朝鮮人を敵に回しては大学の教授職にも就けないのである。今の日本で、知識人とか文化人とか持て囃されている所謂 識者どもは、保身の為に「朝鮮人差別はいけない」などと、本質を知りながら真実から目を背ける卑怯者なのである。

国家にとって、「政治、司法、教育、メディア」は必要欠くべからざる要であり、この枢要な各層だけは絶対に外国人勢力の影響が及ばないように、最大限の気配りを怠ってはならないものなのだが、「明治維新」以降の日本は先ず政界に、そして「大東亜戦争」敗戦後の日本は、法曹界、教育界、マスメディア界に至るまで、数多くの朝鮮人が紛れ込むに任せてきた。影響が少ないとは言わないが、財界や芸能界、そして裏社会などに限って朝鮮人が紛れ込んでいるなら未だしも、朝鮮人どもは「政治、司法、教育、メディア」「一般国民」の中に、さながら黴菌が増殖するように、取り返しがつかないほどに日に日に増殖を続け、今や日本人が異論を唱える事すらできないほどに影響力を手中に納めてしまっている。このように今迎えている「大和民族存亡の機」を、ひとりでも多くの日本人に対して伝えなければならない。今までのように日本という国が国民に対して嘘を垂れ流すなら、日本国民はそれに従うべきではない。真の日本人なら寧ろ今の日本政府に反旗を翻すべきである。それを躊躇うなら、早晩、この日本は日本では無くなってしまうだろう。この意味を分かっていただけるだろうか? 日本国民が賢明である事は、歴史の証明する処ではあるが、今の日本社会を見ると、日本国民は只の蒙昧な羊の群れにしか見えない必死に働いて積み上げてきた年金を削られ、高齢化社会の到来など半世紀以上も前から分かっていながら、何も具体策を講じてこなかった自民党政権を支持し続けた挙句が、過去の無策を棚に上げての社会保障費の大幅削減である。一方、朝鮮人に潜り込まれ、支配されるに至った多くの大企業に対しては減税をする安倍政権を、日本の有権者はとうとう三選させてしまった。以前にも書いたが、様々な統計を試算すると、調べられる限りに於いて、外遊先で安倍首相は54兆円もの国富をばら撒いている。その全てを無駄とは言わないが、多くは何ら国益に資するものではない。歓待を受ける為の単なる手土産に血税を費やしたのである。

戦勝国の親玉である米国や、特亜三国は戦勝国ですらないが、政治的、或いは劣情を満たす為に身勝手な歴史観を日本に強要するが、歴史の見方は国家・民族の数だけ存在するものである。言い換えれば、異なる国家・民族同士では歴史の価値も解釈も異なって然るべきである。フランス人にとってナポレオンは英雄だが、英国人にとっては侵略者であり、ソ連邦解体後に独立した東欧諸国が、未だにロシアを最大の脅威と見るのは容易に理解できよう。日本と南北朝鮮の関係は、英仏やロシアと東欧諸国と対比する事すら可笑しいのだが、隣国同士で歴史観が異なるという意味に於いては同じである。併し、日本は朝鮮を侵略した事も植民地支配した事も無いという真実だけは、何度念を押しても押し過ぎるという事はない。マスメディアに登場する似非有識者どもが、平気で韓国に対して「日本は嘗て朝鮮を植民地にした」とか「侵略戦争をした」とか発言するのを、いつまでも放置していては、日本人自らが嘘を追認した事になってしまう。既に国際社会はそういう目で日本を見ている。今更、歴史の真実を訴え始めるのは、如何にも旗色が悪く、遅きに失した感はあるが、冤罪は黙り込んだら負けである。相手に歓迎されようが疎まれようが、真実は真実として訴え続けるべきである。朝鮮にルーツを持つ政治家が多い自民党や野党(結局は政界全般)が、戦後一貫して朝鮮に及び腰だったのを放置してきた日本国民の不作為の罪は実に重いのである。小泉純一郎が盧溝橋に出向いて行って謝罪したり、安倍晋三が先人の冤罪を国際社会に対して認めてしまった、所謂「日韓慰安婦合意」を結んだり、所謂「ヘイトスピーチ対策法」を法制化したり、在日韓国企業であるLINE(株)を通しての行政手続きを可能とした所謂「マイナポータル制」を決めたのも、事勿れ主義の日本国民が日本という国家を、日本国籍朝鮮人政治家に任せっきりにしてきたからである。これを自業自得と言って自嘲していては、何も始まりはしない。論語に『子曰、過而不改、是謂過矣』(=過ちて改めざるを、これ過ちという)と言うでは無いか …人は誰でも過ちを犯すものだが、過ちを犯した後に、それを反省しないでいる事が、本当の過ちである。

「政治、司法、教育、メディア」に外国人を関与させてはならないのと同様に、日本人の歴史観、国家観や様々な価値観に於いても、外国人に配慮し過ぎるのは考えものである。トランプ政権になってようやく米国はロシアや中共による政治やメディアへの関与に猛然と戦いを挑み始めた。日本にとっては良いお手本ではないか? 日本の価値観は外国人の評価を気にして変えるべきものではない事に日本人はいい加減に気付くべきである。日本人はとにかく温順(おとな)しい。温順しいと言うより寧ろ臆病でさえある。帝国主義、軍国主義政策を取らざるを得なかった一時期を除いて、歴史的に日本人というのは好戦性とは対極にあり、当然、選民思想などからも縁遠い民族であった。平和的、融和的なのは農耕民族の特性で、寧ろ日本とは対照的なのが特亜三国である。殊に日本に併合を懇願してきた朝鮮人が、当時の大日本帝國の威を借りて、威張り散らし、日本敗戦後は妄想に満ちた捏造史観を創り上げて歪で攻撃的な選民思想を身に付けてきた。その根源は、自らの民族的劣等感にある事を彼等は絶対に認めようとはしないだろう。そういう、日本人とは全く異なる醜く歪んだ価値観に基づいて、彼等は日本人を貶めているのである。日本人の価値観とは、そのような日本以外の国に配慮して変化させてはいけないものである。この道理を理解せずして、「中国(=支那)や韓国は大切な隣国なのだから、とにかく仲良くしましょう」などと呑気な事を言う日本人は定見無き愚か者である。国際観艦式に於いて自衛隊旗に難癖をつけてきた韓国政府に「残念だが、外交に影響が出ないよう、未来志向で行きましょう」などと言う日本政府は、主体性(=主権国家の要件)を疑われても仕方あるまい。笑顔で握手しながら、もう片方の手に握る刃物を手放さないという、外交交渉上の方便というなら分かりもするが、日本の政治家は、自らが血脈を引く朝鮮(=韓国政府)が使う方便(=嘘)に何回となく騙され続けてきた。もはや「政治家が朝鮮人だから仕方がない」などと無責任な諦観などしてはいられない状況に日本は追い込まれているのである。

つい先日のNewsweek日本版は、『毛沢東 日本軍と共謀した男』の著作で知られる遠藤 誉 東京福祉大学国際センター長の寄稿記事、「日本は中共との戦い方を知らない」で、中共政府に同じ手口で何回でも騙される日本政府に対する批判を展開していた。米国と折り合いが悪くなり、経済制裁やら高関税やらを課されて窮地に追い込まれると、決まって中共政府は日本に擦り寄ってくるのだという。「天安門事件」の時も、国際社会が協調して中共政府に経済制裁を課す中、鄧小平は直ちに部下を使って、日本の政財界に働きかけて日中友好の重要性を説き、微笑みかけてきた。すると、1987年7月に開催された先進国首脳会議(アルシュ・サミット)で日本の当時の宇野宗佑首相は「中国(中共)を孤立させるべきではない」と主張し、1991年には海部俊樹首相が対中円借款を再開し、西側諸国から背信行為として非難された。更に1992年4月、鄧小平の跡を継いで中共中央総書記に納まっていた江沢民は「日中国交正常化20周年記念」を口実に訪日し、病気療養中だった田中元首相を見舞って、天皇ご訪中を持ちかけている。この時、自民党幹事長の要職にあった、済州島出身の日本国籍朝鮮人、小沢一郎は無理やり宮中晩餐会を仕組んで江沢民を歓待した。江沢民は、「天皇ご訪中が実現すれば、中国(中共)は二度と歴史問題を提起しない」とさえ言っている。中共政府は「日本をたらし込んで天皇ご訪中さえ実現させれば、他の西側諸国、特に米国の対中経済封鎖網は必ず崩壊する」という戦略を立てていた。この江沢民の戦略は見事に当たり、1992年10月に天皇ご訪中が実現すると、米国も直ちに対中経済封鎖を解除して、西側諸国は我先にと中共への投資を競うようになった。この裏事情は、当時の銭 其琛 中共外交部長が回顧録の中で、天皇ご訪中を「対中制裁を打破する上で積極的な作用を発揮した出来事」と振り返っているし、また「日本は西側諸国が結束して結んだ鎖の輪の最も脆(もろ)い部分で、天皇(ご)訪中は西側諸国の対中制裁を崩す突破口となった」とも述懐している。

こうして、1992年の宮澤喜一政権が強行した天皇ご訪中の時には、米国に次ぐ世界2位のGDP(国内総生産)を誇っていた日本は、2010年には中共に追い越され、今では中共の3分の1の経済規模という為体(ていたらく)である。今回も、トランプ米大統領による厳しい対中強硬策に追い込まれた習近平国家主席は、安倍晋三首相に「頬笑み」を投げかける、いつもの手を使って危機を回避し、日本を上手く利用しようとしているのである。安倍晋三は「決して中共に利用されはしない」と言って、中共の軟化姿勢をこちらから逆利用してやろうと下手な功名心を見せて、自ら習近平が撒いた餌に喰らいつこうとしている。遠藤 誉 東京福祉大学国際センター長の指摘するように、実際、「日本は中共との戦い方を知らない」。安倍政権は、過去に何度も繰り返してきた同じ過ちを犯そうとしている。中共政府は日本政府より何枚も上手(うわて)であり、ずっと強かで戦略的な外交手腕を持っているから、結局はまた日本が一方的に利用されてしまうという歴史が繰り返される恐れは大いにある。日本は、米中貿易戦争を決して楽観視してはいけない。「所詮、中間選挙までの虚勢だ」とトランプの強気を軽視している外交評論家もいるが、米中対立の本質は、日本に対するよりも数段高い強かさで米国を騙し続けてきた中共の世界覇権の野心を目の当たりにした米国の政治支配層が、本気で中共を潰しにかかっていると見るべきである。その意味で、習近平は迂闊であった。過去の中共指導者はもっと細心の注意を払って本心を隠し、じわじわと己が野心を満たしてきた。経済で日本を抜き去り、抜き去られた日本の為体(ていたらく)と、トランプを過小評価する米国内のエスタブリッシュメントの姿を見て、慢心した習近平は、うっかり本心を露呈する愚行を犯したのである。米中がこのまま十年二十年と覇権争いを続けるなら、間に立たされた日本も無傷ではいられないだろう。そんな、真に国力が試される時代に朝鮮人政治家、安倍晋三が三選を果たしたのはこの上ない不幸である。安倍晋三を外交上手だなどと褒めそやす知識人、言論人には、日本が取るべき正しい選択など何も見えてはいないのだろう。

これからの時代、日本に求められるのは、何をさて置いても「強かな主体性(自主外交への姿勢)と、他の追随を許さない高度な科学技術」である。中共や韓国による「日本誣告政策」と真正面から戦おうともせずに冤罪を認めて許しを乞う指導者など日本には要らない。新幹線技術をまんまと盗まれるに任せ、高度な技術力を持つ日本企業が中共や韓国の企業に買収されるのを無策で見逃す指導者も要らない。無策どころか監督官庁である経済産業省は、不振に喘ぐ「東芝」の稼ぎ頭である「東芝メモリ」の売却先に韓国企業SKハイニックスを無理やり噛ませまでした。今年(2018年)、6月に東芝の半導体子会社「東芝メモリ」は、米Bain Capitalなどが組む「日米韓企業連合」に約2兆円で売却された。腹を括って臨めば充分回復可能な、累積赤字に狼狽した優良企業シャープは台湾の皮を被った中共企業に買収され、その翌年には簡単に黒字化した。東レの炭素繊維工場の韓国移転や、SOFT BANKの顧客情報センターの韓国への集約は、それぞれの企業の経営者が朝鮮人という事情もあるが、先端技術や顧客情報漏洩を国家的な安全保障の一環と捉えれば、監督官庁は民間の売国行為に待ったを掛けられる筈であるが、当の監督官庁や日本政府が進んで国家機密の漏洩を招いているのだから呆れる他ない。ここでまた、NHKの話をするが、NHKは嘗て日本が総力を挙げて挑戦した小惑星探査計画に於ける日本独自のイオン推進エンジンの技術を、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が韓国企業に惜しみなく教育する理解不能なほどお人好しな開発過程を、気味が悪いほど好意的なドキュメンタリー番組に仕立て上げた。何度教えても失敗する韓国企業に、JAXAの担当者が根気強く「イオン推進エンジン」の仕組みを教育していたのである。結局、「はやぶさ」に搭載されたイオン推進エンジンはJAXAがつくりあげ、小惑星「いとかわ」から帰還して世界を驚かせた。小惑星「りゅうぐう」探査機にも「イオン推進エンジン」の技術が活かされている。米航空宇宙局(NASA)も目を見張った日本独自の「イオン推進エンジン」の技術は、既に韓国の手に渡ってしまったのである。こういう国家的愚行をNHKは美談に仕立て上げ、それを見せられた日本人視聴者から大きな抗議運動すら起きないのである。此れ等を見て「日本が危機に直面している」と捉えない戦後日本人の姿を為体(ていたらく)と言わずして何と言おう?

僅か70年かそこら前の「大東亜戦争」敗戦後に、連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)によりでっち上げられた「日本を劣化させる為のまやかしの価値観」は、長い長い歴史を紡いできた先人たちが築き上げた「日本人の日本人たる所以」という一言では言い表せない至高の価値観を一夜にして覆した。そのまやかしの価値観こそが「東京裁判史観」であり、「GHQ憲法」や「戦後教育」なのである。そして、GHQ/SCAPが日本の中枢に放った朝鮮人どもは思う存分、日本を喰いものにしてきた。今、「東京裁判史観」を是とする日本人は、もはや被害者などではなく、GHQ/SCAPに権力を与えられた売国左翼や不当に日本に棲み着いた朝鮮人どもに加担する加害者と同様であると言えよう。安倍晋三を褒めそやす知識人然り、「GHQ憲法」の低級過ぎる「改憲」賛成論者然りである。偽りの贖罪意識に塗れた「戦後教育」で優秀な成績を修めた学識経験者の論評など、これから日本人が臨まなければならない熾烈な戦いに於いては、足を引っ張る邪魔でしかない。日本の「政治、司法、教育、メディア」から悉く朝鮮人を駆逐し切り、その上で「日本人の手で日本を再興する」、これを実現するのは並大抵の覚悟や犠牲では済まないだろう。併し、困難だからといって、日本の浄化・再興を諦めてしまっては、事実上、この国は滅んでしまうのである。亡国の苦難が我々の子孫を苦しめるのである。冒頭で紹介したNHKの『クローズアップ現代+』で見せられた猿芝居、「日本人に成り済ました朝鮮人同士が日本という国の素晴らしさを語り合う」という悪夢が、既に始まっているのである。歴代自民党政権の延長線上にある日本国籍朝鮮人政治家、安倍晋三は「朝鮮人が日本人に成り代わって、新日本人として日本国を治める国家」建設を着実に実行している。安倍政権が持つ日本人が渇望する光明の部分に騙されてはいけない。ローマ時代のカエサルは、「人は見たいと欲するものしか見ない」と言ったという。日本人は安倍晋三が演じる日本人保守主義者の芝居を見せられて期待を膨らませているに過ぎない。安倍晋三の些細な手柄ではなく、彼が為した日本人と日本国に対する負の側面、数々の裏切り行為にこそ日本国籍朝鮮人政治家の本性が現れている厳然たる事実から目を背けて、見たいと欲するものだけを見て満足してはいけない。