※今回も13,000文字くらいの長い文章です。400字詰め原稿用紙にして33〜34枚程度です。ですから、ご興味のある方のみお読みください。

日本人は良くも悪しくも協調性が高い。だから内心で「これは少し違うな」と思っても、周りと異なる意見を隠してその場を遣り過す。その方が余計な波風も立たずに何事もスムースに進む。また、常識とか旧来の考え方を尊重する傾向も極めて強い。異論・極論を嫌うのは、調和のとれた社会であれば理に適った行為とも言えるが、調和の崩れた社会にあっては、多くの人が共有する所謂 常識とか前例踏襲の積み重ねは寧ろ害毒を齎らす。現代の日本のように戦後強要された偽りの歴史観・国家観を見直さなければ如何ともし難い、大変革・大改革が求められる国難を迎えた社会に於いて、「事勿れ主義」は行く手を阻む壁となり、しばしば「怠惰・臆病」と同義となる。その悪しき風潮に慣れ切ってしまえば「赤信号、皆んなで渡れば怖くない」とばかりに、日本社会そのものが間違いを助長してしまう事にもなりかねない。事実、今の日本社会はそういう悪い方向に進んでいる。極力 争いを避けようと相手を気遣い、何事につけても和を重んじる日本人の国民性は、それはそれで貴い精神性であり美徳とも言えるが、明らかに「これはおかしい」、「こんな筋違いを許して良いのか?」という不条理を相手側が押し通そうとした場合は、例え諍いを招くと分かっていても、堂々と自分が信じる処を主張するべきである。併し、「戦後教育」はそれをいけない行為であるかのように教えてきた。このBlogで再三に亘り主張してきたように、「東京裁判史観」と、その間違った歴史観・国家観を日本人に教育し続けてきた「戦後教育」が日本人を今のような腑抜けにしたのである。

「東京裁判史観」「戦後教育」は、敵対勢力が嵩に掛かって押し通そうとする理不尽な行為に対してさえ、波風が立つのを恐れて、真実を堂々と自己主張できない日本人をつくってしまった。先月(2018年10月)の韓国人4人による所謂「徴用工裁判」の不当判決に対しては、鮮害著しい日本のマスメディアも一様に批判的な立場をとり、首相や官房長官、外相も口を揃えて「理解不能だ」、「到底受け容れられない」などと韓国の在りようを批判した。併し、殆んどの日本人は、この日本のマスメディアや政治家たちの批判の根拠が如何に本質を見誤った的外れであるかに気付いていない。これは実は恐ろしい日本人の劣化の極みを示している。国際法や国際常識に照らして、韓国司法の、それも日本の最高裁判所に当たる韓国大法院の判決は、明らかに「許すまじき理不尽」ではあるが、それに対して「1965年の『日韓請求権協定』により全てが解決している」という日本政府と多くの日本国民の認識は、明らかにその根本が狂っている。更に、「今後の日韓関係に悪影響が出ないように」と日本政府に注文を付ける日本の経済界に至っては、狂気と恥の上塗りをしている自身の愚かさに気付いてもいないという点で絶望的としか言いようがない。「徴用工詐欺」に肩入れして日本企業に賠償責任があるとの、判決というには余りにも劣情に駆られた、法理とは対極にある韓国司法の暴走に対して、日本政府は1965年の「日韓請求権協定」を持ち出して、「全ては解決済み」と言って済ませようとしている。併し、これでは「性奴隷詐欺」に対して「日韓慰安婦合意」で逃れようとしたのと同様に、国際社会に向かって冤罪を認めたのと同じである。韓国側に諌(いさ)めるように日本もまた、国家同士が外交的判断の名の下に交わした約束事を、それが間違っていたと後から言い出して反故にできないのは当然だから「日韓請求権協定」それ自体を今更 無かった事にできはしない。併し、その協定を金科玉条の如く持ち出して全てを納めようとする姿勢には、日本人が喪失してしまった「自立した歴史観・国家観」を取り戻す事を放棄するような臭いが漂っている。朝鮮人には何も期待はできないが、せめて日本人だけは嘘の上塗りを続けるのを、もういい加減にやめるべきである。

「性奴隷詐欺」や「徴用工詐欺」に対しては、個々の言い掛かりにではなく、そもそも朝鮮民族が依って立つ歴史観が根本的に狂った被害妄想の産物である事実を指摘する必要がある。彼等による個々の強請(ゆす)り集(たか)りの案件にその都度「日本は既に謝罪賠償を済ませました」などという言い逃れをしていては切りがない。その言い訳には、本質を見失わせる落とし穴が潜んでいる。歴代自民党政権は、立党以来ずっと在らぬ冤罪に怯えてきた。一度たりとも真っ向から「私たちの先人は貴方たちが言うような蛮行は行なっていない」と日本人の側に立った真実の主張をしてこなかった。米軍に都市部への絨毯爆撃を受け、原子爆弾を実験投下され無辜の民を大勢失なった敗戦国民である日本人は、その都度「悪いのはお前たちだろうに」と思いながら、「敗戦国だから仕方がない」と、これまた事勿れ主義と言うよりは臆病と言った方が相応しい不作為に終始してきた。朝鮮人特有の事大主義に凝り固まった安倍晋三は未だに米国の奴隷の立場に甘んじて、トランプに気に入られた首相として、意地悪な言い方をすれば得意満面である。日本は特亜三国に対してだけではなく米国を始めとした連合国群に対しても、甚だ不誠実な対応をしてきた。「取り敢えずは謝罪してこの場を遣り過ごそう」と本質的な問題解決を先送りする事を常としてきた。これは長い日本の歴史上の一大汚点である。そもそも国際正義などというものは国家の数だけあるものだから、日本だけが全ての罪を引っ被って戦勝国と第三国には一切の責任を問わないなどという理不尽を延々と受け容れ続けるべきではない。戦後73年、サンフランシスコ講和条約批准(=主権回復)後66年も経ってしまう前に、自らの手で過去を総括するべきであった。日本人は「戦争に負けたのだから仕方がない」を言い訳に、大東亜戦争を総括する努力さえ怠ってきたのは恥ずべき事実である。戦後の日本人は、義は義と、非は非と認める勇気を示さなかった。そのツケが今、回ってきたのである。故事に曰く「過ちては則ち改むるに憚る事勿れ」という。今の日本人には未だにこれを実行する準備ができていないのは誠に情けない現実である。時計の針を過去に戻す事はできないが、遅かりしと雖(いえど)もこの自覚だけは持たなければいけない。

繰り返すが「徴用工詐欺」に対して、「『日韓請求権協定』で解決済み」(=もう謝罪も賠償も済ませました。あなた方も納得したでしょう。)と言って全てに幕引きを図るのは、国家間の協定が一見は正統な言い逃れとして成り立ちはするものの、「日本人は本当に朝鮮民族に対して悪い事を為してきたのか?」という日本人と朝鮮人の間に横たわる本質的な問題には、真実の光を当てずじまいで終わってしまうのである。正統性ある史実から目を逸らしたまま、表層に現れた醜い魂胆に振り回されるばかりで、最終的な問題解決からは程遠いのである。〈ソウル聯合ニュース〉によると、韓国政府機関「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会」は、2012年8月29日、日本植民地時代に朝鮮人を強制連行して働かせた日本の企業を「戦犯企業」として公表した。 強制連行の事実がある日本企業1493社を調査した結果、299社が現存していると把握されたという。労働者の供託金関連文書や厚生年金台帳など日本の政府と企業が作成した強制動員に関する記録、新聞、研究資料、該当企業ホームページなどから確認したそうである。2012年と言えば「大韓民国建国」から64年目、「日韓併合」から102年目になる。1世紀以上遡って日本企業を告発し続けようとの韓国人の執念たるや日本人の想像を遥かに超えた凄まじい怨恨感情である。「自称徴用工」の4人に下された韓国大法院の判決がどうのこうのという問題ではない。日本政府は「『日韓請求権協定』で解決済み」と個々の言い掛かりを突っ撥ねるのではなく朝鮮人の日本に対する凄まじい怨恨感情に真っ向から対処する覚悟を示さなければ、この手の醜い言い掛かりは永遠に続くという事に気付くべきである。そして「日本は朝鮮人に恨まれる筋合いなど無い」と明確に史実を突き付けてこそ、この煩わしい問題は解決するのである。

2012年といえば、今回取り沙汰された新日鉄住金が、「韓国で事業展開を続ける以上、金を払えば解決するというならば いっその事、原告の主張を受け容れて賠償金を支払おうではないか」と役員会議で賠償金支払いの意向を固めた年である。幸いにも思い止まったようだが、韓国の如き恐喝犯は一度味をしめたら際限なく何度でも強請(ゆす)り続けるという恐ろしさを知らないというか、余りにも相手を甘く見ているとしか言いようがない。日本は官民ともに朝鮮人を甘く見過ぎている。繰り返すが、個々の問題でいっときは朝鮮人の納得を引き出しても、その甘さが際限のない強請り集りを生み出すのである。韓国の次には北朝鮮が控えているという事を忘れてはならない。今の文在寅政権は極め付きの親北政権である。文在寅の思惑通りに南北統一が実現するとも思えないが、統一してもしなくても北朝鮮の金王朝は反米で国内を纏めてきた独裁政権である。金正恩がこのままトランプ米大統領と会談を重ねていけば、国内を結束させる為につくった外敵、米国と表向きの友好関係を築く可能性も出てくる。中共と同じく独裁体制には外敵が必要だから、北朝鮮には対米融和と同時に新たな敵が必要となる。北朝鮮の敵として日本ほど都合の良い国はない。文在寅が師と仰ぐ盧武鉉政権の時に、盧武鉉は「徴用工問題は解決済み」と明言し、その時、文在寅は政権中枢にいて事の成り行きを見ていた筈だが、文在寅は自身が韓国大統領となると、「徴用工問題は未解決」だと言い出した。これは明らかに南北統一を夢想する文在寅の金正恩に対する忖度である。分断国家でも統一朝鮮でも日本は永遠に朝鮮民族の敵役(かたきやく)を演じさせられるのである。そういう悪夢を阻止する為にも「日本は朝鮮人に恨まれる筋合いなど無い」と明確に史実を突き付けるべきなのである。

「日韓請求権協定」は国家同士の約束であるから、それを基に法的に韓国司法・韓国の国民感情を撥ね付けるのには一理はあるが、そんな末節の小手先で幕引きを図ってはならないという意味がお分かりだろうか? これを機に、日本は自国民に刷り込まれた偽りの歴史観を見直し、「先の大東亜戦争には、日本にも日本なりの義があった」と先ずは日本国民に周知するべきである。だからと言って、戦後の日本政府の言動の全てを撤回する必要など無いし、それは不可能である。既に支払った賠償金やODA外交に込められた謝罪賠償という見え透いた裏の意味を取り消して、今更返済を迫る事など非現実的な戯言でしかないのは言うまでもない。「長らく日本は戦勝国側の歴史観を追認してきたが、時を経た現在、熟慮の末に歴史解釈を改める」と政治判断をすれば良いのである。その前に日本国民に刷り込まれた捏造史観を国民的議論の下に訂正する合意を取り付ける努力をするのは当然である。日本の弱味に付け入ってきた多くの国々からの猛反発を受け止める覚悟で、日本人の歴史観を正常化するのである。これは今の安倍政権には到底期待できない事であるが、この方向に国民意識を少しづつでも近付けて行く努力を、日本国民一人ひとりが今日から始めなければならない。いったいいつまで日本人は先人を貶めれば気が済むというのだろうか? 確かに日本は米国に惨敗はしたが、もうこの辺で日本人本来の誇りを取り戻しても良いのではないだろうか? このまま日本人が勇気を出して立ち上がろうとの意欲を見せなければ、日本は本当に卑しい朝鮮人どもに奪われてしまうのは目に見えている。国家間の約束が容易に反故にはできないのと同様に、強制連行されてきたなどという嘘をついて不当に日本に棲み着いてしまった朝鮮人を悉(ことごと)く追放するのも、人道上も好ましくはなく、もはや不可能と諦めるしかない。併し、最低限の目標として「政界、財界、官界(地方自治体を含む行政府)、法曹界、教育界、マスメディア」などの日本の枢要な各層から敵性外国人勢力(主に朝鮮人)を駆逐するべきである。

「先の大戦で、日本が亜細亜各国に『侵略した』事を謝罪しなければならないとするならば、その何十倍もの謝罪を欧米諸国は亜細亜各国に対してしなければならない」、との〈「渡部昇一の『国益原論』入門」〉にある言葉は、かなり控えめな表現である。確かに大日本帝國も幾つか植民地を持ったが、その植民地政策は欧米列強諸国(白人国家)が有色人種国家にしてきた植民地政策とは次元を異にすると言っていいほどの違いがあった。台湾やパラオなど、大日本帝國の植民地支配を受けた国や地域の人々に対して、日本人は拷問や搾取は決してしなかったし、現地のインフラを整備し、現地の人々の為に状況が許す限り医療や教育を施した。それに対して、白人列強は有色人種を同じ人間として扱う事は決してせず、国家・民族を滅亡の淵へと追いやる策略を幾度となく繰り返し仕掛け、殺戮や拷問を平然と為し、現地の人々の為のインフラ整備や教育など絶対に行なわなかった。英国人はインド人の子どもが文字を書いたり勉強したりできないように、年端も行かない子どもたちの手首を平然と切り落しさえした。稀に酔狂な者の気紛れか、可愛がった現地の若者を本国に留学させたりした例はあっても、現地人を奴隷のままに搾取し続ける為には知恵を授ける事は絶対禁物であった。ガンジーなどは英国人の気紛れで英国留学させられたに過ぎず、そのような例は例外中の例外であった。白人列強の植民地が過酷であったからと言って大日本帝國の植民地を同列に扱われては敵わない。非常に重要な事だから繰り返すが、「朝鮮半島は日本の植民地では無かった」というのが動かぬ史実である。既にすっかり行き渡ってしまった「東京裁判史観」「戦後教育」では、日本は嘗て朝鮮を武力により過酷な植民地支配をした事にされているが、これは事実無根である。日本という国家が国民に嘘を教育しているのである。マスメディアに出演する自称知識人や与野党政治家が平然と「日本は韓国を植民地支配した」などというのは噴飯ものである。

有りうべからざる「戦後補償」の独り歩きの背景には、日本国民が被った米軍による非人道的空襲や原子爆弾の実験投下などの被害者約50万人への補償問題が未だ解決されずに放置されているという根深い問題も少なからず影響していると考えられる。日本政府(自民党政権)は「『サンフランシスコ講和条約』に於ける日本国民の連合国に対する請求権放棄」について、「外国による国民の権利を保護しないという消極的な決定をしただけだ」と国会で言葉足らずな答弁をしている。対米請求権を放棄した日本国に原爆被害への補償を求めた被爆者訴訟でも、同様の論理で国に補償義務は無いと主張してもいる。日本政府はその後、個人の請求権は消滅していないが、相手国・国民がこれに応じる法的義務は消滅しているので「救済されない権利」であるという何とも煮え切らない苦し紛れの説明をするようになった。「『日韓請求権協定』で個人請求権が消滅していない」という解釈は、これを参考にしているものだろう。日本国民に補償しないで済むように捻り出された論理の矛盾が、韓国人に悪用されている訳である。外務省の柳井俊二(当時)条約局長は1991年8月の参院予算委員会で、日韓請求権協定と個人請求権の関係について、「日韓請求権協定に於きまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した訳でございます。(…中略)これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したという事でございます。従いまして、所謂 個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げる事はできない、こういう意味でございます」と述べている。安倍政権下でも、岸田文雄(当時)外相が2013年11月の参院外交防衛委員会で「日韓請求権、そして経済協力協定の下では、個人が裁判所に対して個人として訴えを提起すること自体は妨げられていないものと理解をしています。併しながらこの協定に基づきまして、このような個人の請求権は法的には救済されないという事になります」と答弁している。日本政府は、あやふやながらも一貫して「請求権協定で解決済み」という立場をとっているのである。

このように「徴用工詐欺」に対しては、日本では国会も司法も既に悉く応じないと最終判断をしているが、その棄却理由は飽くまでも「日韓請求権協定で解決済み」とする立場である。所謂「東京裁判」に於いて先人に着せられた汚名はそのままに、締結の必要すら無かった「日韓請求権協定」に準拠しているのである。現時点での方便として「日韓請求権協定で解決済み」と突っ撥ねるなら未だしも、この詐欺行為を許す土壌とも言える「本質」から目を逸らして韓国への贖罪意識を引き摺るのは日本の未来にとって極めて深刻な過ちである。そもそも日本人が持つべき精神的屋台骨とも言える先人の尊厳を疎かにするから日本は舐められるのである。だから韓国は高給を提示した公募に応じた元追軍売春婦の老婆を性奴隷などと称して因縁を付けて、事勿れ主義に逃げ腰の日本国を強請り続けてこられたのである。徴用工も追軍売春婦も当時の社会規範に照らしてみれば、悲しい出来事ではあるが、日本人に謝罪や賠償を強要する事などできない問題である。日本の援助で先進国の仲間入りを果たした今の韓国人には、日韓併合を切望した当時の朝鮮人の思いなど分かる筈がない。日本人にもそういう輩はいるが、現代の基準で過去を裁くのは卑劣である。況してや「日韓併合」は先述した通り、「過酷な植民地支配」とか「日帝強占」などと言うものとは全然異なる真っ赤な嘘の卑劣な言い掛かりである。韓国に限らず中共も同じ穴の狢だが、悪しき「東京裁判史観」に塗れた嘘だらけの「戦後教育」を施された殆んどの日本国民は、そもそも感じる必要のない「偽りの贖罪意識」を真実と信じ込まされているのである。その惨めな境遇に甘んじている日本人が愚かと言えばそれまでだが、太平洋戦争ならぬ「大東亜戦争」が終結して既に四分の三世紀が経とうというのだから、お人好しで気弱な日本人もそろそろ自我に目醒めても良い頃だ。中共は政治的に、韓国は感情的に、北朝鮮は秘密裏に武力を行使して日本の弱みに付け入っているというのに、肝心の日本人が「悪いのは全て我々のご先祖様です」と卑屈に振る舞うから、特亜三国の如き卑劣漢は益々増長するのである。其れも此れも日本国民が主権国家の主人(あるじ)としての自覚を持たない事に起因する。この事に気付かない限りこの手の問題は永遠に解決しない。

嘗て日本は戦争に負けて主権を取り上げられた。国民の依り処となる国家を喪失したのである。実際の戦闘期間の倍近くにも及ぶ年月を連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)に占領統治され、徹底的に無力化され、国家再興の芽を悉(ことごと)く摘まれてしまった。GHQ/SCAPによる非道は、その非道を幾重にも覆い隠す工夫が凝らされているだけに更に非道である。「東京裁判」自体が近代法の理念を無視した事後法を含んでおり、我が国の建国の歴史や国家理念、社会構造までも手前勝手に創り変える卑劣な勝者の私刑(リンチ)であった。GHQ/SCAPは、連合国に都合の悪い事実には徹底的に言論統制を敷き、検閲は言うに及ばず焚書までして退けた。公称15万人の教職・公職追放令の実態は70万人とも90万人とも言われる。そして厄介な事に在日朝鮮人を権力中枢に起用(日本人が無力なうちに朝鮮人に権力を与え優遇)した。アーノルド・トインビーがその重要性を説いた神話教育と歴史教育を全面禁止し、日本教職員組合(日教組)を朝鮮人に組織させ、GHQ/SCAPの共産主義的傾向の強い素人集団に作らせた英文憲法をまともな指導者を失なった日本の国会に認めさせた。国際法違反どころか人道上も理不尽極まりない手前勝手を敗戦国日本は押し付けられたのである。外交交渉でも武力行使でも敗れた当時の日本がGHQ/SCAPの強権を拒否できなかったのは無理からぬ事であり、弱肉強食の国際社会に於ける敗者の立場では如何ともし難かった。併し、GHQ/SCAPが日本を去って今年(2018年)で66年になる。東西冷戦という漁夫の利を得る形で米国の支援を受けたとは言うものの、我々の父母・祖父母の世代の血の滲むような努力の甲斐あって今の先進国日本がある事を忘れてはいけない。日本人はいつまで米国の属領・奴隷の立場で惰眠を貪る気だろうか? 「東京裁判史観」から脱却しない限り、日本以外の国々から見れば日本は間違いなく米国の属国である。いつも米国の顔色を窺う決して自由にはなれない奴隷である。そう思っていないのは日本だけである事に多くの日本人は気付いてさえいない。奴隷が自分が奴隷である事実を自覚していないのは本当に救いがない事である。

日本人の立場から見れば、ふんだんに救援物資を配給してくれる心優しい米兵の裏の顔は、思い遣りの欠片も無い非情な盗賊である。狼の群れなす弱肉強食の国際社会で一時的にせよ敗残者となった日本は、彼等と彼等の威を借りた朝鮮人どもに何も彼も踏み躙られた。在日朝鮮人の支配階級へのレールはこの時期に確立したのである。怜悧な目で今の日本を眺めれば、日本は未だ敗者の地位から自ら立ち上がろうとしない負け犬である。大日本帝國に対する戦勝国は米国一国だけであるが、米国の仲間内である連合国諸国が日本を負け犬と看做したのは致し方ないとしても、勝者の仲間ですらない、所謂第三国である中共と南北朝鮮からさえ日本は未だに負け犬と看做されている。この不条理が何故 今の日本人には分からないのだろうか? 何故、犯してもいない罪を中共や南北朝鮮に論(あげつら)われてまともに言葉も返せないのだろうか? 朝鮮半島と臍の緒が繋がっている歴代自民党政権と、特に安倍晋三が先人の冤罪を認めて国際社会に向けて謝罪するのを何故、誇り高い先人の血を引く今の日本人は傍観できるのだろうか? 傍観どころか安倍晋三を日本のリーダーと仰ぎ、日本を滅茶苦茶にした朝鮮人、小泉純一郎の次男、小泉進次郎を男前だからと唯それだけの理由で次代の内閣総理大臣と期待する声さえあげる日本の有権者は世界に類例のない愚か者の集団である。その馬鹿さ加減が微妙(いみじ)くも今回の「徴用工詐欺」に対する反論の論拠が「日韓請求権協定により解決済み」とする本質を身失なった迂闊さに表れている。「日韓請求権協定」を錦の御旗にして反論している段階で、日本人は先人が連綿と築き上げてきた日本の誇りを踏み躙っている事に気付くべきである。日本は韓国に植民地支配を謝罪する必要など断じて無い。植民地になどしていないのだから何に対する謝罪賠償なのか? 当時も今も日本政府は史実に対して余りにも不誠実に過ぎる。朝鮮人特有の事大主義を(密かに)掲げる歴代自民党政権は徹底的に米国に阿(おもね)り通してきた。日本人の腑抜けさを見下し切った安倍晋三政権になって、事大主義と朝鮮半島への異常な愛着という馬脚を露わしたのを好機と捉えて、今こそ日本人は精神的に生まれ変わるべきである。

卑怯卑劣を極める韓国政府と朝鮮人どもは、「日韓請求権協定は当時、まだまだ立場の弱かった韓国が嫌々飲まされた不当な協定だった」、だから「日韓請求権協定で交わされた合意そのものに正統性はない」、従って「日本企業は(実際は自由意志で徴用に応募してきた)四人の強制徴用されたと主張する老人たちに賠償金を支払え」という。一応は国家同士の協定を元に「賠償責任はない」と突っ撥ねるのは良いとして、「何故いつまでも日本は下手に出なくてはならないのか」という本質的な疑問を持たないのはどう考えても可笑しい。「日本が韓国に謝罪する必要がないのは、日本が朝鮮半島の住人に対して謝罪するような事は何ひとつしていないからだ」と、政治家もマスメディアも知識人も、誰一人として史実に基づいた主張をしないのは、それだけ日本社会が「東京裁判史観」と勝者の威を借りた朝鮮人どもに好き放題に蹂躙され尽くしている証しである。既に大きな影響力を手に入れた日本国籍朝鮮人や在日朝鮮人実力者を恐れて本当の事を言えないのだろうか? 「東京裁判史観」を否定したら大学教授の席は失なうだろうし、韓国人を朝鮮人と言っただけで、マスメディアから干されるであろう評論家の先生方は無難な解説しかするつもりはなさそうである。政界、法曹界、一流企業、一流大学、マスメディアには少なからぬ在日枠が設けられ、朝鮮人が日本の中枢にどんどん潜り込むルートが確立している。彼等の将来は約束されたも同然で、一方の日本人は在日ではないというハンデを負って落ちこぼれる。これが今の日本の歪(いびつ)な社会構造なのである。

「日韓請求権協定」が交わされたのは1965年である。当時、韓国政府は4000人近い日本人漁民を海上から攫って「竹島」を強奪し、「日韓請求権協定」を有利に進めようと人質外交を繰り広げていた。親方である米国から韓国とは上手くやれと圧力を掛けられ、韓国には4000人の人質を取られている。この状況を「韓国はまだまだ力がなく不利な状況の中で嘘臭い協定を嫌々認めさせられた」などとよく言えたものだ。親方米国の命令と4000人の漁民のご家族の心情を考慮すれば、日本側は大きな譲歩で纏めるしか無かった協定であった。請求権協定締結に先立つ事13年前に韓国の初代大統領李承晩は勝手に「李承晩ライン」を宣言し、武力で日本領「竹島」を含む「李承晩ライン」を宣言した。一切の武力を禁じられた日本側は韓国との話し合いで人質を返してもらえるよう、尊大に振る舞い、取り合おうともしない韓国側窓口と成果なき交渉を重ねていた。劣悪な環境で日本人漁民は13年後に解放された。13年後と言えば「日韓請求権協定」が韓国の思い通りに纏まった年である。日本にしてみれば人質を盾に取られた卑劣極まりない屈辱的な外交交渉であった。卑怯卑劣な手段で莫大な金を集(たか)った韓国が、「まだまだ立場の弱かった韓国が無理矢理飲まされた不利な協定だったというのだから、何をか言わんやである。まともな相手ではない。日本政府は、そういう闇に葬られた韓国の犯罪行為を詳(つまび)らかにする事もなく、何ら糾弾する事もなく、「日韓請求権協定」を錦の御旗のように韓国司法の出鱈目な判決に対抗する論拠としているのである。先人が「日韓併合」で朝鮮人に限りなく愛情を注いだ史実は、韓国による「過酷な植民地支配」、「日帝強占」という嘘、出鱈目の前に霞むばかりである。

日本人にとって重要な事であるから何度でも執拗に主張するが、そもそも「東京裁判史観」という「狂い」を正さない限り、日本人には真実とか国際正義を語る資格は無いのである。日本に劣情の限りを尽くす朝鮮人を非難する前に、日本人自らが正しい歴史観と正しい国家観を取り戻さないと、日本人は朝鮮民族の薄汚い価値観に翻弄されている事にすら気付かないまま、負のスパイラルに取り込まれて、尊い先人の献身は永遠に浮かばれずに、今のように闇に葬られたまま放置され続けてしまうだろう。ここまで書いても、はたと真実に気付く日本人は少ないというのが今の実情ではないか? 「徴用工裁判の判決」が「日韓請求権協定 締結以来 築き上げてきた日本と韓国の協力関係を台無しにしてしまう」というマスメディアや日本政府の主張そのものが、そもそもおかしいのである。「日韓請求権協定」を肯定的に捉えている段階で、既に日本人は「東京裁判史観」に捉われて真実を見失なっているのである。「徴用工詐欺裁判」の判決が出て以降、私は政治家や言論人、マスメディアの動向を注視してきた。この問題を語る自民党政治家の口からは「日本は嘗て韓国を植民地にして迷惑を掛けたが、その清算は『日韓請求権協定』により完全に決着しているのだから、『徴用工』問題は韓国の国内問題だ」という趣旨の言い訳を何度も聞いた。愚かな政治家が「日本は嘗て韓国を植民地にした」という浅はか且つ事実無根の歴史観を変えない限り、日本という国家と国民は、国際社会に於いて永遠に誇りある立場には立てないだろう。大日本帝國は朝鮮半島を植民地になどした事実は無い。一切無い。そのように教えてきた「戦後教育」が狂っているのだから、その大元である「東京裁判史観」を覆さなければ日本の再興は無い。この「正論」は、日本社会が忌み嫌う波風を大いに立て、現状認識を変えたくない勢力の猛反発を喰らうだろう。併し「事勿れ主義」とか「戦後の常識」とは対極にあるこの主張を堂々と掲げない限り日本人は永遠に救われない。

細かい事までいちいち覚える必要はないが、日本人たるもの最低限、以下の概要くらいは識っておくべきである。先ず、「『日韓併合』は朝鮮側から頻(しき)りに当時の大日本帝國を頼ってきて、正式には四度に亘って『併合』を懇願してきた」という史実を確りと認識するべきである。今の韓国人や「戦後教育」が言うような植民地にするなら、単に武力侵略すれば事足りた筈であるが、当時その実力(軍事力)を持っていた日本はそうはしなかった。「日本は国際社会の主要国すべての了承を得て後、条約により平和裡に朝鮮人の願いを叶えて朝鮮人を日本人として迎え入れてあげた。それが『日韓併合』である」。そして35年の併合期間中、日本人は朝鮮系日本人となった朝鮮の人々を迫害したり、搾取したり、況してや拷問など一切していない」、これも史実である。搾取や拷問をしたのは朝鮮人同士であり、日本はそういう野蛮な行為を禁じ、取り締まっていた。厳しい階級差別も奴隷制度も近親相姦や愚昧な迷信も日本人が禁じて文明を開いた。35年に及んだ併合が日本の敗戦により終了するまで朝鮮人は日本人であったのだから、戦時に徴用される事に何の不法性もある筈がない。徴用が強制性を伴うものだとしても、徴兵とか徴用とは、元来そういうものであるのだから「強制徴用」などとの言い方はおかしい。寧ろ、内地の日本人の徴用では間に合わなくなった大東亜戦争末期に至って、漸く朝鮮系日本人の徴用は始まり数箇月で終わった。彼等は内地の日本人より気遣われ、優遇されていたのである。当時の朝鮮人の希望通りに日本の一部になれた35年間というもの、日本は朝鮮半島に莫大な資金と人材を投じ、惜しみない愛情を注いだ。皆無であった朝鮮のインフラを構築し、貨幣経済すら無かった朝鮮社会を一気に近代化させた。日本人のお人好し過ぎる尽力により、併合期間中に朝鮮人の寿命も人口もほぼ倍増した。特権階級による搾取や拷問を日本が禁じたからこそ為し得た事である。日本が併合してあげた時点の朝鮮人の識字率は6〜7%と詐称されているが、それは朝鮮全体の人口に占める王族や両班という特権階級の人口比率であり、93〜94%の特権を持たない朝鮮人の識字率は0%であった。ハングルそのものを当時の朝鮮人が埋もれさせていたのだから国民が無学文盲なのは当たり前である。

最初に朝鮮人に埋もれていたハングルの存在を教えたのは日朝修好条規の時に訪朝した日本人の学者であったが、数年後の日韓併合時にはハングルはまたも散逸し忘れ去られていた。併合後に福沢諭吉の弟子にあたる井上角五郎が朝鮮人に日本語とハングルを教育した。その時、用いられた教科書の写真を見ても尚、韓国人は「日帝強占当時、日本人は朝鮮人からハングルを奪った」と嘯(うそぶ)くだろう。朝鮮民族を説き伏せ、真実に目醒めさせるのは恐らく不可能だろう。深く朝鮮の歴史を学ばなくとも、この一世紀ほどの朝鮮人の所業を見れば、彼等には更生の余地が無い事くらいは誰にでも理解できる筈なのだが…。 日本人が「東京裁判史観」と「戦後教育」を盲信しているうちは、私の意見など「悪しき極論」の一言で片付けられてしまうだろう。総ての日本人に問い質してみたい。自らが真実を見失なったまま、「朝鮮人に真実を見つめろ」などと言えるのか? 先人の紡いだ歴史を識らずして、「朝鮮人こそ歴史を直視しろ」などと言い返せるのか? …と。