始める前から勝ち負けの見えた勝負ほどつまらないものはない。況してや、負け続けている側に立つ者としては つまらないなどと他人事(ひとごと)のように言って済ませられる訳もなく、日本人としては全く遣り切れない思いである。併し、殆んどの日本国民は自分たちが今なお負け続ける戦いの最中(さなか)にいるとの自覚すら持っていない。実際、近代を迎えて以降 現代に至るまで、歴史的に日本国民(=大和民族)は、卑劣で狡猾な異民族や 悪意ある強大な国に好き放題に喰い物にされ続けてきた。「明治維新」を機に一気に大和民族とは異なる民族に政治の中枢に潜り込まれ、国民の幸福な生活とは異なる方向を目指して国際社会に船出した大日本帝國は、表面的には優位に立ちながらも、内実はそういったならず者の民族や国家に集(たか)られ、乞われ、利用され、搾り取られ、顧みれば散々辛酸を嘗めさせられてきた。併し、肝心の日本国民にその自覚・当事者意識・被害者意識がないのは、本来、大和民族の精神性(建国の神話や正しい歴史観・国家観)と日本国民の生命財産を護る責務を負っている筈の日本政府が、150年余の長きに亘って、一貫して「偽りの歴史観」(歪められた皇国史観、東京裁判史観、所謂 戦後教育、等々)を率先して自国民に刷り込み続けてきたからである。ここで肝心な事は、現下の日本社会を蝕む「偽りの歴史観・国家観」を自国民に刷り込んできた日本政府(大日本帝國政府と現在の日本政府)が、「明治維新」及び「大東亜戦争敗戦」という二つの大きな時代の節目に捏造された「二つの嘘」で日本国民を騙し続けてきたという事実を認識する事である。


先ず、日本人として決して侵すべからざる「天皇」を政治利用して「現人神」などと殊更 神格化して、日本国民に計り知れない犠牲を強いる国家体制をつくった明治政府の罪は限りなく深く許し難いと言わねばならない。そして、その明治政府の嘘を引き継いだ大正・昭和初期の政府がつき通してきた嘘の上に、「大東亜戦争」(「太平洋戦争」なる呼称は米国の都合に合わせたまやかしである)に勝利をおさめて日本を占領統治し、日本の弱体化だけを企図して日本人の精神を挫(くじ)く為に新たな嘘の上塗りを強いたのが戦勝国米国である。その米国に迎合したのが、物心共に米国に組み伏せられた敗戦国日本の政府であった。自らの意思を持たない傀儡政府の不甲斐ない宦官の如き性根は、現在も尚 自由民主党の安倍政権に受け継がれている。世界の主だった国は表面的にはともかく、本音では決して日本をまともな主権国家だとは考えていない。国際社会は、日本はいつも主人(あるじ)の顔色を窺う米国の属国と看做している。命じられるままにカネを払うATM程度にしか考えていない。1991年の湾岸戦争終結の際に、クウェートが米国の主要新聞紙上に出稿した感謝広告には、総額130億ドル(当時のレートで15500億円)を支援した日本の名は無かった。舐められた話だが、それが国軍を持たない国の宿命である。それが国際社会から見た日本という国なのである。国際社会に於いて日本を主権国家であると信じているのは日本人だけと言い切るのは些か言い過ぎだが、中(あた)らずと雖(いえど)も遠からずであろう。


微妙(いみじ)くも安倍晋三首相と馬が合うと言われている米露両首脳のひとりプーチン露大統領は、日本の北方領土返還交渉の前のめりの姿勢に反発して見せる必要(国内事情)に迫られてか、つい先頃、世界中の記者を前にした演説で「日本には主権が無いなどと発言したが、これについて案の定、日本政府は何の反論もしていない。また、「北方領土・日本固有の領土」という呼称についてラブロフ露外相に難癖を付けられた安倍晋三首相は、今年1月モスクワに於けるプーチン大統領との首脳会談後の記者会見で「北方領土は不法占拠された日本固有の領土」という言い方を封印してしまった。日本の内閣総理大臣の立場でのプーチン大統領との会談は今回で25回目を迎える安倍首相が「主権が無い」とか「固有の領土と言うな」などと言われるままに口を噤んだのである。安倍首相はさながら横っ面を叩(はた)かれたような思いであっただろう。日本の保守層の多くが「安倍首相は外交分野が得意だ」と評価しているようだが、果たして本当だろうか? 敗戦後の日本の外交交渉の基本は「舐めるな!ふざけた事をぬかすと黙ってしまうぞ!」、或いは「日本を侮辱するなら話し合うぞ!」という姿勢であり、「そこまで日本を嘘で貶めるならカネで解決しよう」ともちかけるものであった。このような馬鹿馬鹿しい外交路線を是とするなら確かに安倍晋三首相は戦後最も外交交渉が得意な政治家と言えよう。何しろ安倍政権が海外に支援した金額は、新聞報道された目ぼしいものだけを累計しても284105.5億円に上る。これはスウェーデンの国家予算の約2.2倍にのぼる。私は統計の専門家ではないし、素人でも確認できる数字を大雑把に累計しただけだから多少の誤差はあるだろう。この数字には表明しただけで未だ支払っていない分も含まれていようが、何れにせよ尋常な金額ではない。海外に一切支援するなとは言わないが、バラマキと言われる首相外遊の手土産を半分でも節約すれば、景気冷え込みの決定打になる事必至の消費増税をあと何年も先延ばしできるだろうに


否、そもそも、何年先延ばししようが消費増税には百害あって一利無しなのは言うまでもない。財務省が目指すプライマリーバランスの黒字化のまやかしや、OECD諸国の中で日本だけが20年以上も給与所得が横ばいで、相対的に貧しくなっている事など、言いたい事は山ほどあるが、本稿の趣旨とは異なる為、経済問題については別稿に譲る。


話が逸れたが、「大東亜戦争」開戦の凡そ半世紀も前から米国は対日長期戦争に備えて戦略を策定し始めた。国を開いた後 短期間のうちに白人列強諸国に伍して世界五大国に指折られるまでに発言権を有してきた有色人種国家、大日本帝國を米国は、白人国家より数段劣った民族の国と見下して、日本を壊滅させようと具体的な戦争計画を練り始めていたのである。実際、日本への原子爆弾投下計画である「マンハッタン計画」を開始したフランクリン・ルーズベルト米大統領は、日本人を劣等人種として激しく差別していた事で知られている。当時の米海軍司令長官ウイリアム・F・ハルゼーなども「ジャップを殺せ、ジャップを殺せ!ジャップをもっと殺せ!首尾よく任務を遂行すれば、黄色い奴らを殺せるぞ!」更に、日本軍との戦闘に際しては「敵を殺せ、敵をもっと殺せ! 猿肉をもっとつくれ!」など度々過激な発言を繰り返したという。オーストラリアの軍人トマス・ブレーミー将軍も多くの米国軍人同様にこう演説していた。「諸君らが闘っているのは奇妙な人種である。人間と猿の中間にあると言っていい。文明存続の為に我々は最後まで戦い抜かねばならない。日本人を根絶しなければならない」。当時の一般の白人列強諸国の間にも、日本人に対する人種差別意識が蔓延していた。 米国では、「アメリカ人はドイツ人を憎む事を学ばなければならないが、日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。これは嘗てインディアンたちと戦った時と同様に自然なものだ」と堂々と一般の雑誌に掲載していた。米国に押し寄せてきたヨーロッパの落ち溢(こぼ)れたならず者たちは、数千万人は居たというアメリカ・インディアンを誇り高く奴隷に不向きであると、ただそれだけの理由で事実上皆殺しにしてしまった。その鬼畜の行為を今度は日本人で再現しようとしたのである。


実際、原子爆弾の実験投下は勝利を目前にした戦況や人道的見地から不必要だったと断言できる。米国は「都市部への絨毯爆撃」と「二種類の原子爆弾の実験投下」以外にも、日本本土の都市部に対する「大規模な毒ガス攻撃」をも計画していた事が現在では明らかになっている。何れも軍事施設に限った攻撃ではなく民間人諸共日本人を根絶やしにする攻撃計画だったのである。民間人とは文字通りの非戦争従事者(女性・子供・老人・病人など)である。『昭和天皇実録』には、天皇陛下の御英断として「敵の保障占領には一抹の不安無しとしないが、戦争を継続すれば国体も国家の将来も無くなる事、これに反し、即時停戦すれば将来発展の根基は残る事、武装解除・戦争犯罪人の差し出しは堪え難きも、国家と国民の幸福の為には、三国干渉時の明治天皇の御決断に倣い、決心した」旨を仰せられ、各員(御前会議出席者)の賛成を求められた。また、陸海軍の統制の困難を予想され、自らラジオにて放送すべき事を述べられた後、速やかに詔書の渙発により心持ちを伝える事をお命じになったとある。現在の感覚では遅きに失したと言えなくもないが、昭和天皇が主戦論(降伏反対)派の意見を押し切ってご決断されなければ日本人は本当にアメリカ・インディアン同様に絶滅させられていただろう。許し難いのは一斉に武装解除して一切の抵抗を示さなかった日本人に対する悪辣な洗脳工作である。検閲・投獄・焚書までして退け、更に日本国再興の芽を摘む「教職追放令」に始まる所謂「公職追放令」の実施と、日本社会の要所要所に在日朝鮮人を潜り込ませた事である。牙を抜かれた日本人を憎む民族が中枢を仕切る敗戦後の日本社会は「亡国憲法」や「戦後教育」など、充てがわれるもの全てに対して抵抗力の一切を失なってしまっていた


日本を占領統治してその任から離れる際には多くの日本国民から感謝されたという連合国軍最高司令官総司令部(GHQSCAP)のマッカーサー元帥は「科学、美術、宗教、文化などの発展の上からみて、アングロ・サクソン民族が45歳の壮年に達しているとすれば、ドイツ人もそれとほぼ同年齢である。 併し、日本人はまだ生徒の時代で、12歳の少年である。 ドイツ人が現代の道徳や国際道義を守るのを怠けたのは、それを意識してやったのであり、国際情勢に関する無知の為ではない。ドイツが犯した失敗は、日本人の失敗とは趣を異にするのである。ドイツ人は、今後も自分がこれと信ずる事に向かって行くであろう。日本人はドイツ人とは違う」などと平然と述べていた。当時の白人が有色人種を如何に蔑んでいたかが分かる。マッカーサー率いるGHQSCAPの洗脳が余程徹底していた為か、日本人が元々持つ国民性か定かではないが、とにかく敗戦後の日本人というのは自虐的であり憎悪と友好・親近感や感謝の感情が倒錯している。日本国民に絶大な人気のあったマッカーサー然(しか)り、東京大空襲に代表される全国数十箇所に及ぶ都市部大空襲を指揮したカーティス・ルメイ然りである。ルメイは当時38歳の最も歳若い将軍であった。ルメイの伝記を書いた歴史家のウォーレン・コザックによれば、ルメイは僅か10日間で一万トン、150万発の焼夷弾を無辜の民に対して投下し、更に膨大な量の焼夷弾の補給を続けた。その上でルメイは毒ガス攻撃計画を積極的に推進していた。明確に一般市民を攻撃目標に据えた戦争犯罪の遂行である。そのルメイに日本政府(時の首相は安倍晋三の叔父に当たる佐藤栄作)は1964年、『勲一等旭日大綬章』を贈った。「航空自衛隊の育成ならびに日米両国の親善関係に終始献身的な労力と積極的な熱意とをもって尽力した」というのが理由という。ルメイ自身は「もし我々が負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう」と振り返っている。自覚した鬼畜である。


米国ではリンカーン大統領は奴隷解放をした英雄とされているが、そのリンカーン家では奴隷を使役し続け、リンカーンは見せかけの奴隷解放後も、アメリカ・インディアンの頭の皮に高額な賞金を支払う契約書にサインしていた。そういう不届き者国家である米国が、東洋の黄色い猿を根絶しようと、あの手この手を用いて巧妙に日本を戦争に引き摺り込んだのである。そして、予(かね)てからの計画通りに日本人大殺戮を敢行した挙句に、お得意の勝者のリンチで数々の冤罪をでっち上げ、有りもしなかった正義を振り翳して世界中に喧伝し、日本を二度と再び自分たちに刃向かえない奴隷国家に改造して、新たな嘘が暴かれないように日本社会を洗脳し、自分たちに都合の良いように歴史観・国家観・社会構造を改造(改悪)したのである。米国は、「明治政府が始めた嘘」を葬り去り、「新たな嘘」で日本人を洗脳したのである。この「二つの嘘」を確りと認識する事が肝要である。歴史観・国家観という観点からは、この「二つの嘘」は大きな振り子の如く対極に位置するが、何れも時の権力者・支配層に都合よく真実を捻じ曲げた偽りである事に変わりはない。対極的なこの二つの「捏造史観・反国家観」を骨の髄まで信じ込まされてしまった日本国民の認識を一度機に完全に覆すのは、今となっては恐らく100%不可能だろう。特に二つ目の嘘である「東京裁判史観」とその偽り一色で洗脳する為の装置としての「戦後教育」に毒された日本社会の行く末は日本人(=大和民族)にとっては余りにも過酷である。このまま行けば私たちは何れは滅び去る運命にある。この過酷な現実を正しく認識している日本人は極めて少ない。総ての日本人は一度立ち止まって「正しい歴史観・国家観」だと信じ込まされてしまった「捏造史観・反国家観」が全くの偽りであると認識し直す必要がある。


「真に正しい歴史観・国家観」に辿り着く為には、この二つの「捏造史観・反国家観」の建て付けの為に幾重にも塗り固められた嘘を、一つひとつ覆して行くしか方法は無い。そのような弛(たゆ)まぬ真理探究を意識的に続けなければ、世代を超えて嘘を信じこまされてきた日本人が真実に辿り着く事は到底できはしない。我々日本人(=大和民族)は、「民族滅亡の機」を回避する為に、絶対に諦める事なく根気強くこの難題に対峙しなければならないのである。その手始めとして、何はさて置いても今から71年前に生まれた「東京裁判史観」の嘘を見抜き、その軛(くびき)から脱却する必要がある。それが日本再興への第一歩である。真実への一里塚である。そのようにして真実への探究心に日本国民が目覚めた暁には、自ずと「明治維新の嘘」も暴かれる事だろう。何事につけても物事には順序というものがある。「明治維新の嘘」を暴くのは後回しでいい。日本人がそれと知らずしてひたすら邁進している「大和民族滅亡の機」を逃れて生き延びる事が日本人にとっては何より重要であるが、そこへ行き着く為には、先ず「東京裁判史観」から脱却する必要がある。GHQSCAPが裁判などとは到底呼べない国際法を無視した私刑(リンチ)を強行し、厳しい言論統制を敷いた占領統治から解放されてから、尚66年もの長きに亘って自国民に甚だ不誠実な日本政府と日本国民を腑抜けにする為に改造されてしまった社会構造によって洗脳され続けているのだから、日本人がその軛から逃れるには大変な困難を伴なう事は言うまでもないが、如何に困難で根強い抵抗に遭おうとも、「東京裁判史観からの脱却」は、どうしても避けては通れない道なのである。


教育界やマスメディアが広める理不尽な「東京裁判史観」という嘘の拡散に対して、本来なら真っ先に日本政府が注意喚起をし、法整備を進める事で嘘を改め、方向性を正すべきであろうに、日本政府は国内に広がる精神的腐敗を全くと言っていいほど喰い止めようとはしてこなかった。日本に不当に居座る異民族が日本を嘘で貶める行為に抗議する日本人だけの口封じをし、異民族の嘘はつき放題に見逃すという甚だ公平性に欠ける「ヘイトスピーチ対策法」を施行(しこう)するなど言語道断である。日本国民は望まぬ国家体制に組み敷かれ、望まぬ帝國主義政策によって最終的には敗戦の憂き目に遭い、望まぬ占領統治によって昨日までの常識を180%覆されてしまった。併し、被占領統治中は止むを得ないとしても、「サンフランシスコ講和条約」締結により一応は主権国家として国際社会に復帰した後も、日本国民を正道に導くべき日本政府は何の施策も講じずに、GHQSCAPが残していった儘の「捏造史観・反国家観」を追認してしまったのである。否、寧ろ率先してまたぞろ日本国民に新たな洗脳教育を施したと言った方がいい。実際、今の政治家や官僚、教育者の中に「東京裁判史観」を否定しようとする機運は全く見られない。歴史研究者さえも偽りに満ちた「東京裁判史観」を肯定している始末である。だから日本社会全体が「偽りの歴史観・国家観」を正しいものであると思い込まされている。民族史上初めての敗戦を喫してから今年で74年目を迎えるが、日本社会全体が未だに「東京裁判史観」から脱却していないのは本当に情けない限りである。戦争により焼け野原にされ、300万人以上もの貴い国民の命を失なった日本は、戦勝国である米国の都合の変化と、私たちの祖父母の世代が知恵を絞り身を粉にして働いた結果、高度経済成長を遂げる事ができた。我々日本人は結果的には物質文明の恩恵に浴しはしたが、何か途轍もなく大切なものを失なってしまった事に気付いていないのではないだろうか?