日本社会のあるべき方向性を考えようとする時、現状を正確に把握する事と、何故こうなったのかという経緯(いきさつ)を知る事はどうしても避けて通れない道である。日本政府は何故 武漢肺炎パンデミック「騒動」から国民を護ろうとしないのだろうか? 内閣総理大臣 安倍晋三や財務官僚の冷淡さばかりが目立つ。国会議員や官僚は庶民とは別世界に生きているのだろう。昨日まで平和で何の心配もなく生きてこられたのに、一体何故こうなってしまったのだろうか? こうなった理由は日本政府と日本国民に「危機に対して備える」という意識が希薄、というより全く無かったからである。これが致命的であった。疫病に備え戦う意識も、外国からの主権侵害に備え対抗する意識も、戦後の日本人の主流には皆無であった。根源的には、大東亜戦争敗戦後に米国が編成した連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)により強制され、狡猾に仕組まれた「偽りの贖罪意識と捏造史観」に起因する。まともに考えれば間違っていると解る筈(はず)の、所謂(いわゆる)「東京裁判史観」を正しい歴史観だと頭から盲信し続けた成れの果てが今の日本国民の姿なのである。とは言えこの度の「国家的防疫の不作為」については、亡国的な「偽りの贖罪意識と捏造史観 = 東京裁判史観」を仕組んだGHQ/SCAPのせいだと言って他人に罪をなすり付けて済む問題ではない。他人のせいにすれば気は安まるかも知れないが、それでは何も変わりはしない。気づくべきは、75年間もの長きに亘って一切抗(あらが)おうともしてこなかった日本国民各々(おのおの)がその責任を負うべきであるという事だ。本当に悪いのは無気力を決め込んできた日本国民自身なのである。GHQ/SCAPの手先として働いた多くは当時200万人も日本にいた朝鮮人が主であったが、国を売る行為に奔った純然たる日本人も少なからずいた。GHQ/SCAPは、彼等の裏切りにより公職から追放すべき人物を炙(あぶ)り出し、「公職追放令」やそれに先立つ「教職追放令」を出したのである。そういった悪意を持った外国人と日本人売国奴らによる内外からの攻撃と、その現実から目を背けてきた日本国民の不作為が今の日本をつくり上げたのである。


私はこのブログで「安倍晋三が悪い、歴代自民党政権が悪かった」とこれからも主張し続けていくつもりだが、その安倍政権をつくりだしたのは他ならぬ日本国民であることを決して忘れてはならないと考えている。多くの日本国民が我が国は優秀な先進国だと思い込んでいた矢先に、世界中を襲った「武漢肺炎ウイルス」の前に、日本国民は後手後手に的外れな愚策を打ち出し狼狽する指導者の姿を目の当たりにした。そして今回のような世界的パンデミックに立ち向かうには余りにも手薄な医療体制や医療資源の欠乏、お役所組織の不備を思い知ったのである。何より政治家や官僚の当事者能力の欠如には日本国民は元より世界中の失笑を買った。こういう事態になって初めて日本国民は平時から備えておくべき「防疫体制」や「安全保障体制」の大切さを知るのだろう。繰り返すが、この惨事は無責任な為政者を支持し続けた日本国民が愚かであった為である。民主的に収斂(しゅうれん)された日本国民の総意が自らを疫病の被災者の立場に追い込んだのである。ひいてはその無気力無関心な日本国民自身がこの国を滅ぼすのである。だからと言って、現政権が繰り出す現在及び将来の日本国と日本国民に対する致命的な愚策に手を拱(こまね)いて口を閉ざす訳にも行かない。日本国民を見殺しにする愚策に対しての批判に手心を加える気など更々ない。しばらくブログ更新を怠ってはいたが、これを機に愚民の一人として言いたい事、思い付いた事を歯に絹着せずに発信していきたい。


5月4日、安倍晋三首相が「緊急事態宣言」を今月末まで延長すると発表した。そもそも安倍首相が地域限定の「緊急事態宣言」を発したのが中途半端であり余りに遅きに失していた。然も生活費の補償無しで外出自粛を呼びかけたのは、国民により民主的に負託を受けた政権指導者としては、国民の信頼を裏切る信じ難い行為であった。呆れると同時に悲しいとしか表現できず、先行きの不安は高まるばかりだ。国家の第一義的責務は「国民の生命財産を護る」事であるのに、内閣総理大臣の口から「国民の生命財産を絶対に護り抜く」という意志が全然伝わってこない。閣僚や官僚からも真に迫ったヤル気は伝わってこない。安倍首相は「国民の生きる糧(かて)である所得を国が肩代わりする、ひいては国民の命を必ず護り抜く」という言葉を今になっても発していない。庶民の絶望が理解できないのか、総て他人事(ひとごと)のようなそぶりである。心が伝わって来ないのは、スピーチライターが首相の意向に沿って練り上げた原稿の内容がそもそも間違っていて、首相がそれを棒読みしているからだろう。原稿棒読みの証拠は「緊急事態宣言延長」のスピーチに奇(く)しくも現れていた。「持続化給付金を5月1日中に申し込めば、最速で8月には給付される」との呑気なスケジュール感に驚かされたが、スピーチ中に5月8日の間違いだと自ら訂正したのである。これは事態の深刻性を理解しないままに、プロンプターに表示されたスピーチ原稿の8日を8月と読み間違えたとしか考えられない。自ら発した言葉であれば同じ8でも意味が全く異なる月日を間違える訳がない。政治家は言葉こそが最大の武器であるのに、我が国の首相が発する言葉には命が宿っていないのである。


補償の話が出る度に安倍首相は「経済的補償をしている国は国際社会では皆無だ」とか「日本は最も手厚い補償をしている国だ」などと余りに現実離れしたバレバレのをつき続けた。その嘘を未だに訂正していない。5月4日の演説でも、「我が国の持続化給付金は国際社会に於いても遜色がない」との主張を繰り返した。安倍晋三という男は過ちを絶対認めないのである。認める事ができないから過ちを繰り返す。嘘の上塗りを続けるのである。アベノマスクの配布中止を求める声にも、持論を蕩々と喋り続けて最後まで配り切ると言い張った。当初の「困窮者に30万円を支給する」という案は、実際には「国民の5分の1程度にしか行き渡らない」財務官僚の支出回避を目的とした作文で、甚だ粗末な案であった。金を出す気が更々ないのが透けて見える代物であった。「手続きが余りにも煩雑で難しい」と各方面から批判され、撤回に追い込まれた前代未聞の愚策である。始めから自民党内の若手議員や野党が要求していた「一律10万円支給案」を最優先で採用すれば良いものを、安倍晋三は財務省が譲ろうとしない「緊縮財政」の意向に背くまいと、頑(かたく)なに国の支出を出し渋ろうとした。その結果、批判の前に朝令暮改を繰り返す醜態を演じているのである。況してや「30万円給付」を取り止めて「一律10万円支給」だけを打ち出すに至ってはドケチ過ぎはしないか? 「30万円給付」を当てにしていた国民は更なる絶望感を味合わされた。この期に及んで「緊縮財政」に固執するのは、今は緊急事態だという切迫した危機感が無いからである。安倍晋三も官僚たちも高給が途絶える事が無いから全てに於いて他人事なのである。仕事を失ない、家賃も払えず、今日明日の食事代もないという、国民がバタバタと倒れ始めた状況が見えていながら「緊縮財政」を優先するのは、思考がまともに働いていない証である。国民の痛みなど他人事で理解できないのである。「緊急事態宣言下」では緊急事態なのだから、経済対策も緊急事の発想に切り替えるべきである。「近代貨幣論(MMT)」を持ち出すまでもなく、武漢肺炎国債(赤字国債)を、100兆でも200兆でも発行して困窮した国民を救えば良いではないか? 今しも家族が餓死してしまいそうな時に、来月の家計簿の帳尻を合わせようとオタオタしている保護者などいるだろうか?


テレビのニュース番組やワイドショーなどでは、毎日毎日「医療従事者が防護服も満足に無いまま不眠不休で頑張っている」とか「医療崩壊寸前」だとか「保健所は能力を超えてしまい電話すら繋がらない」などと危機的現状を伝えるばかりで、「何故こんなにも備えが疎かであったのか?」という原因究明の本質には全く言及しない。それに気付かない限り過ちはまた繰り返される。苦しい環境に身を置きながらも献身的に患者の命を救おうとしてくれる医療従事者には感謝の言葉もないが、マスメディアは徒(いたずら)に恐怖を煽るばかりではなく、問題の本質を解明し、過てる権力者を戒める役割を全(まっと)うべきではないか? 嘗(かつ)ての民主党政権時代も同様だが、安倍政権を始めとした歴代自民党政権が財務官僚が信奉する「緊縮財政」に拘(こだわ)ってきたから、日本は危機に対する備えさえ乏しい国に転落したのである。具体名を挙げれば、橋本龍太郎元総理が現職時代に「緊縮財政」への道に大きく踏み出した総理であった。1997年11月に「財政構造改革法」を成立させて、赤字国債を毎年削減していくとしたが、たちまち不景気となって税収が落ち込んだ為、赤字国債の削減は不可能となり、翌1998年4月には同法を改正して「緊縮財政」の方針を撤回した。橋本龍太郎は2006年7月に亡くなったが、産経新聞の田村秀男によると「財務官僚の言いなりになった事を亡くなる間際まで悔いていた」という。そういう教訓に学ぼうともせず、安倍晋三・麻生太郎などがまたしても財務官僚の言いなりになっている姿はまったくもって情けない限りである。緊急事態に際しても「緊縮財政」に固執(こしつ)する財務官僚は頭がおかしい。彼等の言いなりになってきた安倍政権こそが、予算を削減して保健所の人員を削減し、医療費削減の為に病床数を削減してきたのである。そんな愚かな政策を続けなければ「武漢肺炎パンデミック」に日本はもっとまともに立ち向かえた筈である。


今、生活苦に喘ぐ一般庶民から見れば、政治家も官僚もその金銭感覚は貴族的ですらあり、到底庶民が肌身で感じる金銭感覚からは程遠いと感じている。「自粛要請はするが経済的補償はしない」と言って庶民を不安のどん底に陥れておきながら、批判を避ける為に国会議員たちは歳費を2割返上するという。庶民がバタバタと餓死するのを予想して「可哀想だから自分たちも三度の飯を一食抜こう」というに等しい。それで誰が救われるというのだろうか? トンチンカン極まりない。ならば緊急事態宣言の期間中の議員歳費を全額返上して、一円でも多く庶民に配るか、命懸けで患者を救おうとしている医療従事者に所定の残業代や危険手当でも出せばいい。事ほど左様に収入を保証された国会議員たちには本質が見えていないばかりか、人としての資質に欠けているのである。安倍晋三はこの機会を利用して緊急事態に対応できるように「憲法改正」論議をしようと試みている。声を大にして言いたい。「今じゃないでしょ!」と。従来から私は自主憲法制定論者だから現行憲法改憲には反対である。馬鹿馬鹿しい前文すら変更せずに、なまじ部分的改正などしたら現行憲法に無い正当性を与えてしまうからだ。それとは別に、平時に影響を及ぼす法改正を非常時にしてはならない。嘗てドイツが犯した過ちである。同じ理屈で、新学期を9月に変更するのも、この非常事態に託(かこつ)けて決めてしまうべきではない。武漢肺炎収束後の平時にじっくり議論した末に必要があれば変更すれば良い。安倍政権が今、全身全霊を傾けるべきは「国民の生命財産を護り切る」事である。その為に日本経済の7割を占める中小企業を絶対に潰さない。国民が失なう所得を政府が肩代わりする」と宣言して、不安のどん底に喘ぐ国民を安心させる方向に舵を切れば支持もしようが、今のところその気配すらない。有権者は今の国会の惨状を確と目に焼き付けて次の国政選挙に臨むべきである。蛇足だが、先日BSフジの「プライムニュース」に出演した石破茂が「この緊急事態下での8割外出削減要請は医療崩壊を防ぐ為だ」と抜かしていた。違うだろうが! 医療体制の整備は大切だが飽くまでも手段であり、真の目的は「未知の感染症とその騒動から国民の命をひとりでも多く護る」事だろうに。国会議員は馬鹿ばかりである。


そもそも「武漢肺炎対策」に必要な予算編成は本年度予算に盛り込む事も可能であった。本予算を修正する事ができたなら、もっと迅速に国民の手元に金を届けられた筈である。まあ、安倍政権にそのつもりがないのだから仕方がないが、既に「武漢肺炎パンデミック」が世界的に進行していたのだから、財務官僚が鉛筆を舐め舐めつくった作文にしか過ぎない「2020年度予算案」を政治の力で修正すれば良いだけの話であった。「2020年度予算案」の項目には信じがたいものがある。「病床削減に取り組む病院への財政支援として約84億円」が計上されていたのである。こんな愚かな予算案を碌(ろく)に検証もせずに衆議院が通過させ、参議院も何ひとつ修正しないまま通過させた。参議院の審議が始まった頃は既に日本でも武漢肺炎患者の症例が数多く認知されて問題になっていたにも関わらず、「病床削減支援の予算」に何も異論が出されぬまま3月31日に本年度予算案は成立してしまったのである。病床数削減については「地域医療構想」を推進するとして「感染症患者を受け入れる高度緊急性期・急性期の病床を2025年までに20万床削減」と明記されていた。衆参両院ともこの案を是としたのである。武漢肺炎ウイルスが日本で蔓延しだした当時に衆議院から回ってきたこの法案を審議した参議院の罪は大きい。参議院議員にはYouTubeなどで積極的に発言している保守派を自認するASも在籍しているが飛んだ間抜けである。どうしてこうも国会議員は阿呆どもばかりなのだろうか! 衆議院に優位性があるとしても、国際情勢や現下の国内情勢を見渡せば、日本でも「武漢肺炎対策」の緊急性は明らかであった。何の為の二院制か? と問いたいのは私だけだろうか? 


安倍政権は前例のない規模の「108兆円の財政出動」をすると大見得を切ったが、実際には財政出動108兆円という金額は詐欺まがいの前代未聞の大嘘であった。安倍以外の政権はこれほどの嘘はつかなかった。108兆円の中身には、「26兆円の納税猶予」や「42.7兆円の民間支出」が含まれていたのである。御用学者が真水は39.5兆円程度だなどと尤もらしい解説をしていたが、その真水とやらの中身にさえ「財政投融資」「台風被害の補正予算の未執行分」が含まれており、本当の国の支出は17兆円未満であった。本年度予算に組み入れられなかった「武漢肺炎対策予算」は、遅れに遅れて補正予算として25兆6914億円が組まれたが、これとて到底納得のいくものではない。スカスカである。本予算にある病床削減予算84億円には全く手をつけないまま、補正予算の内訳は「厚労省の感染拡大防止医療体制の整備6,695億円、通産省のGo Toキャンペーン1.7兆円、マスクなど医療物資の確保1,838億円、治療費・ワクチン開発費275億円、人工呼吸器の確保265億円、PCR検査等の体制確保49億円」である。この非常事態にこの補正予算の内容は正気の沙汰とは思えないほどのシブチンぶりであるばかりか見当違いも甚だしい、「Go Toキャンペーン1,7兆円」は武漢肺炎パンデミック収束時期が見えてきた段階で考えるべき経済対策で緊急時の今、予算付けする必要はない。また、全ての項目が余りにも少な過ぎるが、今もっとも必要とされる「PCR検査」の体制確保は本予算の病床削減補助金より少ない、僅か49億円とは本気度を疑うしかない。安倍晋三はPCR検査を1日15,000件にすると言い続け、この補正予算を組む直前には1日20,000件を達成すると明言していた。併し、この補正予算で割り振られたPCR検査費は僅か49億円である。この金額はPCR検査55万件分であり1日当たりに換算すると僅か1,500件にしかならない。「全国民に一律10万円給付」の為の予算付けも本来なら12兆6000億円プラス在日外国人の人口分が必要な筈だが実際には7兆円強しか付けていない。10万円で割ると7000億人分である。ハナから全国民一律など考えていないのである。知識人や評論家、マスメディアはこういう実態をこそ具体的に糾弾すべきなのに見当外れの論評ばかりである。


奴隷の平和を与えられ飼い馴らされた日本人は無気力の極みであるとの自覚が果たしてあるだろうか? 補償を伴わない活動自粛要請に素直に従う日本国民は、安倍政権から「勝手に死ね」と言われたも同然であり、不安のどん底に陥り、やがては多くの自殺者を出すだろう。安倍政権の無策により目に見える実害を被った日本人は、ものの道理を自分の頭で判断して、為政者が間違えたら「それは間違いだ」と自分の意見を主張し、為政者が間違いを正そうとしないなら、抗議行動を起こすべきである。このまま自らが死に追いやられてしまう事実に無抵抗なままでは、日本の社会・経済・文化・歴史が潰(つい)えてしまうではないか。補償を伴わない活動自粛要請に唯一反旗を翻したのは9割がた朝鮮人が仕切っているといわれる忌むべきパチンコ業界であった。彼等は国籍の有無に関わらず本質的に反日種族であるから、今回裏目に出ている日本人の素直さや献身性、規律遵守の精神を元から持ち合わせてはいないし、東京裁判史観の下では偽りの被害者の立場を獲得して今に至るまで日本人から甘い汁を吸い続けてきた輩である。彼等は日本国籍を取得して日本国民となっても、日本人に遍(あまね)く植え付けられた偽りの贖罪意識など持ってはいない。だから政府に事実上「死ね」と言われても手を拱(こまね)いてなるものかとの反骨精神を持っている。だから法的強制力の無い自粛要請になど従わずに堂々とパチンコ店を営業しようとしているのである。自らの所得を確保し、従業員の給与を失なうまいと営業を続けたのである。善悪や好き嫌いはともかく、純然たる日本人より日本に巣喰う朝鮮人の方が、この件に関してはまともな判断をして実際、行動しているのは何とも皮肉な話である。自粛を強いながら補償をしない政府が間違っているのである。


国民の多くが自粛する中、営業しているパチンコ店に他府県から越境してきて朝から行列している者の中には少なからぬ日本人もいるだろう。思慮浅い馬鹿者で気に喰いはしないが、彼等は国家が率先して育て上げたギャンブル依存症患者の可能性が強い。韓国では国民の為にならないからと2004年にパチンコを全面的に禁止した。だから「武漢肺炎パンデミック騒動」で日本が韓国からの入国を禁じる前までは、パチンコをしたい韓国人が山口県や福岡県、長崎県などに大挙して訪れていた。現地のパチンコ店では朝鮮語が飛び交っていたという。このように韓国政府にできたパチンコ禁止が日本政府にはできないのである。パチンコを禁止させまいとする主な勢力が、安倍晋三を始めとした有力国会議員が名を連ねる自民党遊技業振興議員連盟(パチンコ議連)である。似たような議連が名を変えて幾つも存在している。何の因果か韓国がパチンコを禁止した翌年の2005年にパチンコ議連は発足した。そしてパチンコ議連への圧力団体として君臨するのが、母国と在日朝鮮人の利益確保を目論む韓国民団と朝鮮総連の存在である。既に言い尽くしてきた事だが、日本は朝鮮人に思うがままに喰い荒らされてしまっている。政界・財界・法曹界・教育界・マスメディア界…その他数多くの業界に朝鮮人が君臨している。NHKには1,000人以上の朝鮮人が勤務している。GHQ/SCAPの後ろ盾を得て、在日朝鮮人が中心となってつくられた組織が日教組であるように、在日朝鮮人は日本の要所要所に喰い込んで、彼等が同胞を呼び込み、戦後数十年を経る頃には喰い込んだ組織内に於ける指導的地位を占めるようになった。

つい最近、旭日大綬章を叙勲された元経団連会長の榊原定征は朝鮮人の両親が日本を征服し平定するよう息子に名付けた生粋の朝鮮人である。彼は考え直すよう経産閣僚が引き止めるのを振り切って、自らが会長を務める東レの炭素繊維の一大工場を韓国に移転した人物である。榊原は日本虎の子の炭素繊維技術を韓国に齎らしたとして韓国政府から金塔産業勲章を受勲している。こういう人物に旭日大受賞を叙勲する国が安倍晋三率いる日本なのである。


序(つい)でに日本政府の愚かぶりを挙げると、安倍政権が行政サービスに導入したアプリ「LINE」がある。このアプリは2011年、在日韓国企業NHN Japanによって生み出された。LINEは韓国国家情報院(旧KCIA)と繋がりがあると言われている。私の記憶に鮮明に残っているのは、当時LINE(旧NHN Japan)の社長であった森川亮が「韓国資本の会社ではないか?」とのマスメディアの質問に対して「LINEは韓国とは一切関係ありません。純然たる日本企業です」と言い切った事である。当時、既にLINEの加入者は2400万人に達していたが、社長自らが在日企業では無いと言い切って日本人を安心させたのである。ところが加入者数が激増して7000万人に届こうとした頃、ここまで来れば大丈夫と安心したのか「実は在日韓国企業でした」と臆面もなく告白したのである。危機意識の薄い日本国民の間でLINE加入者は爆発的に増加した。LINEの日本国内の利用者数は昨年8200万人に達した。もはや日本国民の大半がLINE加入者である。やがては日本国民全員が加入するであろう行政サービスアプリを日本政府は日本企業につくらせるべきであった。開発費・運営費を一時的に日本政府が補償すれば、日本国民のビッグデータや国家機密が反日国是の韓国政府になど盗まれずに済んだものを、安倍晋三は(恐らく恣意的に)そういう手段を講じなかった。


ロシアのプーチン大統領はLINEの危険性に気づき2017年に全面的に禁止した。先述した通り、このLINEを我が国は行政サービスに利用できるようにしたのである。日本国民のビッグデータは元より、日本国の最深部に反日国家と繋がるLINEを招き入れた安倍政権は正に売国政権と言える。今回の「武漢肺炎パンデミック騒動」でも日本国民の生命財産を護ろうとしない安倍晋三という男は、元々朝鮮と深い繋がりがあるから、日本国民の生命軽視の姿勢も頷(うなず)ける。安倍晋三の義理の祖父 岸信介は朝鮮から統一教会を日本に招き入れた人物である。また遥か昔、慶長の役(1592〜1593年、1597〜1598年)の際、慶長3年(1598年)豊臣家大名 島津義弘によって朝鮮から連行された青松沈(せいしょうちん)の家系の沈壽官(ちんじゅかん→シム スグァン)家(薩摩焼の窯元)には佐藤栄作(安倍晋三の義理の祖父の弟)の書が掲げてあるという。安倍晋三の実父安倍晋太郎は身内に自らを朝鮮人だと言い続けたと元家政婦が証言している。安倍晋三と朝鮮半島は切っても切れない深い関係にある事が窺える。だから安倍晋三の側近やお友達内閣と言われた旧閣僚たちの中には統一教会の隠れ信者が多く、安倍晋三自身も統一教会に祝電を送って週刊誌沙汰になった過去がある。こういう安倍晋三内閣総理大臣の出自や行動を充分に理解した上で、今回の「武漢肺炎パンデミック」への対応を日本国民は真剣に評価し、次の国政選挙に反映させるべきである。