来たる米国大統領選挙に於いては、現職のドナルド・トランプ大統領が民主党のジョー・バイデン候補に大差をつけられて敗退するというのが大方の予想であるが、トランプが絡む大統領選に限っては、蓋を開けて見なければ分からない。黒人に対する暴力や構造的な人種差別撤廃を訴える、「ブラック・ライヴズ・マター」(Black Lives Matter、略称BLM)運動に対して、「軍隊を派遣して鎮圧せよ」などと発言したトランプに対する風当たりは強く、「BLM」がバイデン候補に有利に働いた時期もある。「新型コロナ騒動」や「中共の強硬姿勢」など、凡ゆる事象がトランプへの逆風となっているのは確かである。特に「コロナ禍」と「中共禍」による経済の失速は大統領選挙に於いては致命的と言われている。「BLM」に対しては表立っては誰も批判できはしないが、歴史的な銅像や記念碑への破壊行為に対しては多くの米国人が不愉快に感じているだろうトランプ陣営に逆風が吹いているというが、少なくとも「歴史的な銅像や記念碑への破壊行為」は歴史修正主義と見られるだろうし、その行為に厳しく臨むトランプは支持されるだろう。中共利権に一族諸共どっぷり浸かったバイデンがトランプとの直接討論で勝つのも難しいだろう米国は、アフリカ系の黒人奴隷を大量に買い付け、何の道徳的痛痒も感じずに奴隷制度の上に発展してきた国である。黒人奴隷を買い付けたのは、先住民であるアメリカ・インディアンが誇り高く、奴隷として隷従しなかったから、彼等をほぼ皆殺しにして代わりにアフリカ人奴隷を買い付けて使役したのである。「大東亜戦争」に於いて、戦前・戦中・戦後の日本に対する理不尽な仕打ちは別にしても、米国の歴史が血塗られ、道徳的に穢れているのは間違い無い事実である。併し同時に、多くの米国の白人たちが「フロンティア・スピリット」なるスローガンの下、建国以来の自国の歴史を美化してきたのも事実である

多くの場合、「真実」とは耳に障るものである米国に限らず、白人たちは、そういう耳障りの悪い事柄については、平然と、不道徳に、頑なに、冷酷に、時に凶暴に対処してきた。その大義名分が「力による現行秩序の変更阻止」であり「歴史修正主義というレッテル貼り」であった。この大義名分は正に、「コロナ禍」「中共禍」「BLM運動」に当て嵌まる「コロナ禍」は未知のウイルスが相手ではあるが、習近平政権による隠蔽工作が、防ぐ事ができた世界的パンデミックを引き起こした。習近平はその事実を認めないどころか、マスク外交に代表される医療支援を餌にした懐柔外交を展開している。折り悪しくというより、寧ろこの機に乗じて、米国の一国覇権に挑戦してきた中共政府は、米国が築き上げた「国際秩序を軍事力と経済力を悪用して身勝手に変更」しようとしている訳だ。「BLM」も白人の本音で言えば、輝かしい米国の歴史を修正しようという暴挙である。白人の立場に立てば、常に「正義は我にあり」なのである。「コロナ禍」はウイルス蔓延を隠蔽した中共政府が悪い。併し、米国が握る世界覇権に何の瑕疵(かし)も無いかと言えば、そんな事は有り得ない。米国は「武力を用いて、当時存在した世界秩序を自国に都合よく引き寄せて変更」したのである。トランプが大統領として二期目を務めるとしたら、米中覇権戦争は行くところまで行くだろう。バイデンが新大統領に就任した場合は、米国議会が上下両院とも対中共強硬派だとは言え、彼は中共ベッタリの一族だから、下手をすると中共との共存の道を探るかも知れない。トランプ、バイデン、どちらも日本にとっては難しい対応を迫られるが、習近平が覚悟を決めた以上は、日本は米国陣営に加わるしかない。政治家、財界人が正気を取り戻さない限り、日本に未来は無い。

日本が中共側に付けば、日本国民はあらゆる自由を奪われ、果ては民族浄化の憂き目に遭うだろう。中共に侵略されたチベットや東トルキスタン(ウイグル)では、実際に悍ましい民族浄化政策が執られているという。言葉や歴史を奪うなどという生易しいものではない。チベット人やウイグル人は強制的に不妊手術を施されているという。犬猫などの動物並みの去勢手術、不妊手術を人間相手に行なっているのである。信仰を許さない中国共産党は健康な法輪功信者を臓器ドナーとしているという。そういう中共政府の狂気を「臓器移植が最も進んだ国」だと紹介する日本のマスメディアもまた狂人の集まりと言われても仕方あるまい。中共政府とは正に人の道に外れた狂気の集団なのである。米国か中共かという二者択一を迫られている日本にとって「中共」という選択肢だけは絶対にあり得ない。表の顔こそ様々であったが、およそ100年間も日本人を蔑み、日本国弱体化政策を実行してきた米国に付くのは本意ではないが、日本人が生き残る為には、取り敢えずは米国側に付くしかない。米国陣営に付いた上で、主権国家たる日本国に成長していくしか、日本人が真っ当に命を繋いで行く道はない。米国の次期大統領が誰になろうと、日本は米国陣営で本来の日本に立ち戻るしかないのである。

中共政府にしてみれば、自由主義陣営が大反対した「香港国家安全維持法」は、当時の大国、大英帝国が仕掛けた不道徳極まりない「阿片戦争」の結果として奪われた香港を取り返しただけという思いであろう。実際には、中共政府とは民族も言語も文化も何の繋がりも関係もない大清帝国が、大英帝国に簒奪されたという歴史があるだけで、中共政府には香港を統治する正統性など元より無い。香港人にしてみれば、大英帝国が今は亡き大清帝国との約束を果たす為に、当時は存在しなかった中華人民共和国に、勝手に引き渡されてしまったと言う事になる。中共は労せずして新領土に中共の主権を押し付け、行使する事に正当性を得た訳だ。1990年代の中共の国家主席であった鄧小平の、「才能を隠して、内に力を蓄える」という、外交安保の基本方針である「韜光養晦」(とうこうようかい)という考え方は、経済的にも軍事的にも弱い立場にいたからこそ迫られた忍耐の政策であった。併し、今の習近平の中共政府は、もはや未開で弱い国家ではないのだから、欧米の価値観に従う必要はなくなった。習近平はそう考えたのであろう。「天安門事件」を引き起こした張本人である鄧小平なら、欧米が主導する価値観に逆らう代償の大きさを身に染みて知っているから、習近平ほど性急に「内に蓄えた力」を発揮しはしないだろう。もっと悪賢く米国を手懐(てなず)け、日本の反日政治屋を手玉に取って、楽に世界覇権を手に入れようとするだろう。併し、習近平はこれから中共を襲うであろう困難を承知の上で牙を隠す事をやめたようだ

2020年06月14日に投稿した当ブログ『100年に一度の危機の今こそ、自虐史観を捨て去り未来にはばたく時である』に於いて、米国が支配する国際金融プラットフォームである「SWIFT」体制から、中共が弾き出されてしまえば、世界のサプライヤーとして発展してきた中共経済は立ち行かなくなってしまうから、「米中覇権戦争」の勝敗は戦う前から決まっていると言う見解を示した。香港に与えられた特別待遇を止めて中共本国並みの経済制裁を課されるとなれば、香港ドルと米ドルのペッグ制も無くなってしまうから、中共経済の打撃は計り知れない筈である。あの投稿から一箇月以上が経過したが、習近平の強気一辺倒の姿勢は全く変化の兆しすら見せずに益々自由主義陣営を敵に回して平然としている。恐らく習近平政権は自信過剰な余り、大いなる勘違いをしているのだろう。嘗て、米ソ冷戦の時代には、「SWIFT」体制に受け入れられずとも成立していたルーブル経済圏というのがあった。「SWIFT」体制と比べれば如何にも貧弱な経済圏ではあったが、自由主義陣営を敵に回しても、何とか機能はしていた恐らく習近平は、あの当時に似た「人民元経済圏」を構想しているのだろう。「人民元経済圏構想」を不可能と断じる事はできない。以下の事情を考えれば、習近平の妄想も分からぬではないが、チャイナマネーで操れる弱小国家が集まって「人民元経済圏」をつくれたとして、米国に並び立つ覇権国家の地位が手に入るとでも思っているのだろうか?

6月30日、スイス・ジュネーブに於いて、「第44回国連人権理事会」が開催され、香港に適用される「国家安全維持法」に関する審議が行なわれた。「国家安全維持法」に反対したのは、日本を始め、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フランス、アイルランド、ドイツ、マーシャル諸島、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、パラオ、スウェーデン、スイス、イギリスなど27箇国だった。米国はトランプ政権になってから同理事会から脱退した為、投票権が無い。それに対して賛成国は反対国より約2倍もあった。賛成に回ったのは中共を始め、バーレーン、ベラルーシ、カンボジア、カメルーン、中央アフリカ、キューバ、ドミニカ、エジプト、赤道ギニア、イラン、イラク、クウェート、ラオス、モーリタニア、モロッコ、モザンビーク、ミャンマー、ネパール、北朝鮮、オマーン、パキスタン、パプアニューギニア、サウジアラビア、ソマリア、スリランカ、スーダン、シリア、UAE、ベネズエラ、ザンビア、ジンバブエなど53箇国に及んだ。2019年7月にも、今回と同じように「国連人権理事会」の加盟国である英国や日本など22箇国が、新疆ウイグル自治区(東トルキスタン共和国)で続く人権侵害で中共を非難する共同書簡を提出したが、ロシアや北朝鮮、パキスタン、シリア、アルジェリア、サウジアラビアやエジプトなど37箇国は中共を擁護する立場をとった。ロシアの政治的思惑を別にすれば、賛成国に共通しているのは、「一帯一路」による多額のチャイナマネーに依存している国である。既に債務超過で返済すらできない国もある。これらの国ではインフラ整備や都市化を押し進める為にも、中共支援の立場に回らざるを得ない。中共との貿易関係が深まっているアフリカや中南米の国々からすると、そもそも香港問題への興味や関心が薄いから、見えるのは北京の顔(=チャイナマネー)だけなのだろう。

「コロナ禍」は別として、日本人としては習近平の立場に賛同こそできないが、もはや「韜光養晦」に甘んじる必要はなくなったという中共の思い上がりも想像できない訳ではない。支那は欧米列強諸国に散々収奪された挙句に、毛沢東によって建国された貧しい共産主義国家が、鄧小平が取り入れた資本主義により、世界第二位の経済大国の地位を獲得し、その経済力の殆んどを軍事力増強に費やした。中共の立場から見れば「五族共和」「八紘一宇」、更に本質的には「人種差別撤廃」を掲げて大清帝国を破り、ロシア帝国も破り、満洲国建国を実現した大日本帝国も、白人植民地主義帝国と同罪と見做(みな)されているのは理解できる。善意が通用しない相手はいつの世もいるものだ。力を付けた支那人の歴史観は、そうなのだろう。併し、歴史を正確に辿れば、中共が主張する「中国4,000年の歴史」など絵空事である事は間違いないから、中華人民共和国が建国される以前の出来事について、今の中共政府が自国の歴史であるかのように語るのは、侵略主義実践の単なる言い訳でしかない。それを主張するなら、満洲国、チベット、東トルキスタン(ウイグル)、南モンゴル、台湾(台湾国)は中共とは別の主権国家である。況してや、南支那海や尖閣諸島など中共とは縁もゆかりもない外国の領土領海である。「阿片戦争」当時の支那は、1616年に女真族が建国した大清帝国であり、1644年から1912年まで支那とモンゴルを支配した満洲族の愛新覚羅(あいしんかくら)一族が征服した、支那大陸最後の統一王朝である。大清帝国の時代は人口比83%の漢族は最下層の民族として扱われていた。

日本人を含む世界中の人々が信じ込まされている「中国4,000年の歴史」とは、繰り返される断絶の歴史、血で血を洗う抗争の果ての「易姓革命」の歴史である。「易姓革命」とは、徳を失った天子が治める王朝を天が否定して、天下を治める者は、その時代に最も徳がある人物が新たな王朝を治めるべきだとして、暴力的革命を正当化する支那の伝統的な政治思想である。天や徳と言えば聞こえは良いが、実際は新王朝が恣意的な史書編纂などで歴代王朝の正統な後継である事を強調する一方で、前王朝と末代皇帝の不徳と悪逆を民衆に知らしめる捏造史観である。4,000年の歴史などと美化しても、連綿と続いた悠久の歴史などとは無縁の妄想である。江戸時代の儒学者、軍学者であった山鹿素行は、「支那では易姓革命によって家臣が君主を弑する事がしょっちゅう起こっている。支那は中華の名に値しない。建国以来万世一系の日本こそ中朝(中華)である」と主張した。支那とは、抗争と断絶の繰り返しで、その度に生まれた新たな王朝が存在しただけであり、断絶とは当然、伝統や文化、民族や言語さえも時代によっては異なっていた。清朝を治めたのは漢族ではなく満州族の王朝である。その流れを理解できれば、現在の中華人民共和国の前は、中華民国、その前は大清帝国であり、それぞれの歴史は矢張り断絶している。繰り返すが、清朝は所謂「中国人」の主流派である漢族の王朝ではない。満州族が打ち立てた王朝である

支那人は易姓革命で前王朝を否定しながら、都合の良いものは新王朝がちゃっかりいただいてしまう。支那人が民族衣装だと世界に誇るチャイナドレスは、丈の長い詰め襟の衣服だが、あれは元々北方に住む満州族の防風防寒の為の衣服だった。実はこの満州族の王朝である清朝により「支那」は拡大したのだが、今の「中共」が侵略し、自国領だと主張する国土よりはかなり小さかった。それまではもっと狭い地域を指していた。誰もが知っている世界遺産の万里の長城。あれは外敵の侵入を防ぐ為に造られたものなのだから、長城の向こう側は「支那」ではなかった。その「支那」ではない地域、満州に於いて1616年に建国した後金国が清の前身である。後金国の首都は遼陽から後に瀋陽(旧称奉天)に移された。つまり遼陽も瀋陽も当時は「支那」ではなかった。遼陽も瀋陽もなぜ中共の領土なのかは、中共政府ですら説明できないだろう。後金は1636年に国号を大清に改め、1644年に万里の長城を越えて北京に都を移す。こうして満州族の征服によって「支那=大清帝国」が誕生したのである。

清の前は、明。明の前は元。歴史を遡ると、北に金、南に宋の両王朝が併存していた。平清盛が日宋貿易を行なった時代である。更に遡ると北宋の時代、五代十国時代となり、その前、6世紀後半から10世紀にかけてが、遣唐使・遣隋使で馴染みのある唐や隋の時代。その前は、南北朝時代、五胡十六国時代、そして『三国志』で名高い三国時代は220年頃から300年頃。その前は、漢字や漢族という言葉の元となる漢王朝で、始まりは紀元前206年にまで遡る。漢は前漢と後漢に分けられるが、前漢を起こしたのが有名な劉邦(りゅうほう)である。そして、前漢の前が始皇帝で名高い秦(しん)。東亜細亜の大陸部に「支那」と呼ばれる政治的統一体が完成したのは、この秦の始皇帝による統一(紀元前221年)からである。ここまで遡っても「中国4,000年の歴史」の、まだおよそ半分に過ぎない。秦の始皇帝による統一前、所謂、先秦時代は、「中原」(ちゅうげん)と呼ばれる黄河中流域の平原地帯を巡って、諸族が争い攻防を繰り返していた。諸族とは「漢族とその他の少数民族」の事ではない。実は古代支那の時代には「漢族」という種族は存在しなかった。「東夷(とうい)・西戎(せいじゅう)・南蛮(なんばん)・北狄(ほくてき)」という言葉がある。これを「四夷」(しい)と言う。支那の周り、東西南北に住む野蛮人という蔑称である。中華思想を象徴する言葉だが、実は元々、中華に値するのは前述した黄河中流域の「中原」しかなかった。それ以外に住む種族は、例えば今の北京や上海に住んでいた種族も皆「東夷・西戎・南蛮・北狄」であったのである。先秦時代の王朝として夏・殷・周の三王朝が中原にあったが、夏は東南亜細亜の海洋民族(東夷)、殷は北の狩猟民族(北狄)、周は東北チベットの遊牧民(西戎)ではなかったかと言われている。支那統一を成し遂げた秦も西戎である。西戎の更に西、ペルシャ系の遊牧民という説もある。何れにしても、豊かな都市国家・中原を巡って、文字どおり諸族が入り乱れ、それによって誕生した混血雑種が漢族なのである。

だから、支那の古代には「漢族」など存在しなかった。今の中共政府は「中華民族」という20世紀に発明された造語を用いて、侵略した他国や他の民族を一括りに纏(まと)めようとしている。中華民族とは、中華人民共和国の国籍を持つ全ての文化的集団を統合した政治的共同体を表す概念だそうである。 中国共産党によれば「中華民族」とは、漢族だけではなく、蒙古人、満州人、チベット人やウイグル人などの、中共が言うところの少数民族も含むとしている。侵略した外国人の人権侵害を諸外国から非難されるのを「内政問題」だと突っ撥ねる為の方便が「中華民族」と言う造語なのである。「中華民族」は漢民族だけではなく、政府が認定するだけでも55の「少数民族」が存在し、彼等も「中華民族」の一員として中共の過去・現在・未来を担うとされている。中共政府は、「漢民族と少数民族の関係では助け合いが主流であると強弁している。中共の少数民族は各民族として独自でありながら、漢民族と共に血と汗を流し、今や『中華民族』という実体をつくっている」と強調する。そして、「チベットやウイグルの問題はごく少数の『分裂主義分子』の企てに過ぎない。だから『中華民族の国・中共』では、民族問題は本質的な問題ではなくなった」と考える。中共政府以外の常識では「中華」とは漢字文明の地を意味し、漢字を身につけていない人々は「夷狄=野蛮人」であった。特に、独自の文字と信仰(チベット仏教・イスラム信仰)を持ち、「中華世界」とは異なる世界観の中で生きるチベット、モンゴル、新疆のオアシスに住むトルコ人の国(東トルキスタン共和国、人民解放軍の侵略後はウイグル族)は、決して「中華」ではなかった。従って、中共ではない。

第一次世界大戦が「民族自決」を争点として戦われ、弱小民族の独立と連帯を唱えるソビエト連邦が誕生すると、その影響下で創立された中国共産党も当初は「周辺民族の独立」を容認していた。併し、近代国際政治の現実は、もし資源豊富な周辺民族が住む地域の自立をみすみす認めてしまえば、その地が悉く他の列強諸国に占拠され、中共は資源と国防上の最前線を失なってしまうという危機意識を生んだそこで、本来「中華」ではない周辺民族を中共が支配する事を正当化する為に、彼等を「中華民族」の中の「少数民族」と位置づけ、彼等も「中華民族の一体性」に含まれる以上「民族自決」は許されないと変節した。併し、「中華民族」なるものが相変わらず漢民族中心の論理である事には変わりない。そこで「少数民族」とされた人々のうち、自分たちで独立国家をつくろうと考えたチベット人、モンゴル人、ウイグル人は強い不満を抱き、中共政府との衝突を繰り返してきた。多くの独立を主張しない「少数民族」も、漢民族の論理であらゆる物事が決まる現実には不満を抱いている筈である。圧倒的な経済力で漢民族への隷従を強いられているのだから。中共政府は「中華民族の偉大な復興」を謳うが、元々存在しなかった民族がどうすれば復興できると言うのだろうか? 「中華民族の偉大な復興」と言うのは言葉として成立し得ない意味不明な標語である。