《日本の周りは敵だらけである事に多くの国民は危機感を体感するほどには気づいていない。日本政府も危機が現実のものとして迫って来るまでは、恐らく何も行動は起こさないだろう。韓国や北朝鮮に惑わされて本当の敵を見失なってはいけない》
日本が真に警戒すべき敵国は、中共と米国である事は今まで度々指摘してきた。韓国も日本の敵対国である事に異論はないが、韓国は技術やカネを与える事で日本自身が敵国化させてきた、幼児性の強い、妄想に基づく怨恨感情を自身でコントロールできない、実態は惨めで虚ろな国でしかないので、日本は殊更脅威に感じる必要はない。核の恫喝を繰り返す北朝鮮も韓国同様、恐るるに値しない。日本にとって本当に恐ろしいのは、やはり中共と米国である。米国を始めとした白人国家の日本に対する人種的偏見に基づいた見下しついては、既に何回も当ブログで取り上げてきたので、今回は中共について重点的に論じたい。
支那は、蒋介石の国民党の時代から、日本に理不尽な敵対感情を持ち、特に米国を主戦場として「対日プロパガンダ戦」を仕掛け、現在の中華人民共和国に至るも、「対日プロパガンダ、歴史戦」の手を緩める事なく、日本を攻撃し続けている。これは尖閣諸島の領有権や東支那海の日中中間線に於いて、日本が中共政府を刺激しないようにどれだけ努めても、決して変わる事のない憂うべき現実である。中共による日本攻撃が無くなる事は容易には想像できない。
嘗て、日本人が進出する前の満州は麻薬中毒患者で溢れていた。麻薬の製造と使用は当時公的に認められていた。併し、腐敗していた南京政府の軍閥を日本が追放して、新満州国の建設を始め、満州人の血統を引く愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)を満州国皇帝の座に就けた。新満州国が日本の傀儡国家であったかどうかを問われれば確かにそうであったが、日本人が満州で最初にやった事は麻薬売買の公式記録をつくる事であり、最終的には麻薬撲滅など、満州人の不幸の除去であった事は否定のしようがない史実である。「日韓併合」が〈朝鮮人の懇願と日本人の善意で実現した〉にも関わらず、現在は逆さまに報じられ、日本人の悪行の如く語られているのと同じである。
日本人は、満州国の法と秩序、治安維持と安全を確立させる為に努力した。そして日本はそれを誇りを持って国際社会に発信した。併し、国際社会は概ね無関心で、国際連盟のあるジュネーブや米国の黙殺は特に酷かった。満州に於ける麻薬撲滅を始めとした日本人の骨身を惜しまぬ努力によって収集された統計は、悪意ある偽善者(蒋介石)によって反日材料に使われた。日本人は自分たちの努力が、自分たちに襲い掛かってくるのを発見して驚きつつも何も策を講じなかった。日本人はプロパガンダが下手である。国際社会が我々のしている〈善行〉を理解できない事に訝(いぶか)り苛立ちながらも、日本人は悪意あるプロパガンダに対して「沈黙」を選んだ。日本人の「沈黙」は、米国の数百万の新聞購読者の目を釘付けにさせるような見出しとなり、「日本の悪行の証拠」として報じられたのである。
日本は満州の麻薬を撲滅し、満州の治安維持と安全を確立させたが、支那の権力者には麻薬利権を脅かされ、奪われた事になり、麻薬利権により私腹を肥やしていた権力者がそれを喜ぶ筈もない。日本の行為が道義的に正しくても、マスメディア(当時は新聞)は往々にして権力者に繋がっているものだ。蒋介石が明らかな嘘を垂れ流した時の日本人の対応は「沈黙」であった。”Behind the News in China” (邦訳『中国の戦争宣伝の内幕』)の著者であるフレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズは著書の中でこう述べている。「日本人の沈黙は、罪悪の証拠として受け取られた。他のどんな国民と較べても、日本人ほど女性や麻薬の売買を忌み嫌う国民はいない」と。
当時も今も日本政府の行動様式は変わらない。悪意あるプロパガンダに対して、「沈黙」する事、「不作為」は火に油を注ぐだけである。100年前からずっと日本は悪意あるプロパガンダに対しての身の処し方を間違ってきた。汚い事を仕掛けて来る国に対して、同じ土俵に降りて戦う事を潔(いさぎよ)しとせず、超然と構えている事を美徳と捉え理解できる崇高な国は、残念ながら日本だけなのである。日本国内だけで通用する正しい身の処し方は、狼や鬼畜が蠢く国際社会では、自らを不利な立場に追い込むだけである事をいい加減に日本も学ばないといけない。途方も無い嘘である「南京大虐殺」や「朝鮮人慰安婦性奴隷説」は〈米国と中共〉、〈韓国と中共〉の悪意ある「プロパガンダ、歴史戦」なのである。
日本政府と日本国民は、「支那・中共・漢民族・華僑ネットワーク」の悪意に満ちた『歴史戦』に一刻も早く気づき、具体的な行動を起こさなければならない。
1978年(昭和53年)、当時の中共の鄧小平国務院副総理は、松下電器産業茨木工場を見学した際、松下幸之助氏に助けを求めた。この年、松下電器産業(現 パナソニック)は創業60周年を迎え、当時83歳の高齢と病気療養中の為、相談役に退いていた松下幸之助氏は、小雨の降るなか病をおして鄧小平氏を松下電器産業の茨木工場正門で出迎えた。鄧小平氏は「教えを乞う姿勢で参りました」と語り、松下氏は「何であれ、全力で支援するつもりです」と応じた。鄧小平氏は更に、「第二次世界大戦後、日本経済の発展は速く、多くの孫悟空を輩出した。例えば、東芝の土光敏夫氏、新日鉄の稲山嘉寛氏、またあなた松下幸之助先生。あなた方が中国にいらして、両国の経済協力を行ない、中国企業にもあなた方のような孫悟空を輩出させるようお願いしたい」と話した。
松下電器産業の中共進出は、鄧小平氏が来日した翌年の1979年に国際交流基金を通じて、北京大学や復旦大学に語学教育用のLL(Language Laboratory)設備を寄付した活動から始まった。松下電器産業は中共で節水を中心に環境対策を実践し、総合的な環境保護への取組みにより「国家環境友好企業」の称号を受賞した。1995年には100万ドルをかけて「松下電器育英基金会」を設立し、これまでに20の省と市、25の大学4398名の学生に420万元の奨学金を提供した。松下電器産業の中共進出は加速し、鄧小平氏の目論見はまんまと成功する。
中共は国交を回復した田中角栄氏にも松下幸之助氏にも「井戸を掘った人への感謝を忘れない」と自らの徳の高さを自慢したが、2012年には大規模な反日デモが発生し、パナソニック(旧 松下電器産業)の工場も暴徒に狙い撃ちされるように襲われ大打撃を受けた。「井戸を掘った人への感謝」どころではない。暴徒たちは「日本製品をボイコットせよ」「サムスンに学べ」などの横断幕を掲げて大暴れした。「恩知らず」というと先ず韓国を想起するが、中共を始めとした特亜三国は皆、例外なく「恩知らずな国」なのである。三顧の礼で松下電器産業を迎え入れた故 鄧小平氏は草葉の陰でニンマリほくそ笑んでいた事だろう。
鄧小平氏が来日した翌年に当たる、1979年には対中共ODAが決められた。ODAは武器売買をしている国に対しては法律上実施できない決まりがあるが、外務省はODAを適用してはいけない国である中共に、この年以降3兆円を超えるODAを実施し、この違法ODA以外にも、日本が支払う根拠がない所謂「遺棄化学兵器除去費用」として60兆円以上の支払いを実施している。それにも増して目に見えない中共に対する支援は膨大である。勿論、中共政府が反日教育をしている人民に、日本からの支援は一切伏せている事は今更言うまでもない。日本に国家としての最大規模の『歴史戦』を挑み続けている中共に対して、これ以上の血税を注ぎ込む事は、自分で自分の首を絞める事になると日本政府は気付くべきである。併し、安倍政権には、現在も尚続く対中ODAをストップする気配は感じられない。
中共は何を目的に『歴史戦』を仕掛けてくるのか。反日・抗日が中共をひとつに纏める為に必要であるのは分かる。抗日こそが中国共産党を正統化するという訳だ。併し、それ以上に『歴史戦』は彼等が食べていく為のビジネスである事を理解せねばならない。卑しい韓国と同じ、所謂「被害者ビジネス」である。「慰安婦」や「南京大虐殺」の遺族と称する者に、被害者としての「成り済まし」をさせて、日本を恐喝して金銭を要求するビジネスモデルなのである。勿論、「被害者ビジネス」で儲けるのは、最終的には共産党幹部である構造が出来上がっている。時代を遡れば、80年代、90年代は日中友好が叫ばれた、中共にとっては「夢」の時代であったが、「中共の夢の時代」とは日本に「カネを寄越せ」と言わなくても「日本が喜んで中共に大金を貢いだ」時代であった。
実際に90年代から、中国共産党と台湾の国民党は米国西海岸を拠点として、日本を追い落とす為に結託している。その最終目的は台湾を併合して、中華民族を統一する事である。中華民族統一の暁には、アジア全域から米国のプレゼンスを排除し、世界を米国と二分する際には少しでも中共の取り分を増やそうとするだろう。日本での米軍駐留も中共が描く夢舞台では居なくなっている。つまり中共が思い描く「日米安保」無き、そうあるべき世界では、日本は中共の属国か自治区となっているのである。その為に、中共は日本に『歴史戦』を仕掛け、国際社会に「日本は道義的に劣った国である」と印象付けたいのである。「道義的に劣った日本は野放しにはできない。道徳心に優れた中華民族が統治するのは当然である」という訳だ。
この考え方は、嘗てW・チャーチルとF・ルーズベルトが大東亜戦争の前にニューファンドランド島沖で密約した、「劣った日本民族は永遠に武装解除させて支配下に置く」という「白人の論理」と全く同じ傲慢極まりない論理である。日本政府と日本国民は、中共が日本に仕掛けている『歴史戦』の意味と、その行き着く先を確(しか)と見据えて、戦略的に外交を展開しなければならない。それができなければ日本の未来は無い。安倍政権には、この「中共の野望」に一日も早く気づいて、手を打って貰わなくては困る。日本に残された時間は少ない。