石川久遠の「日本人なら知っておきたい真実」

日本国民は『真実の近現代史』を教えられていない。当ブログでは『真実の近現代史』をメインテーマとして書き綴っていく。また、一人の愛国者として日々 思いついた事を形に捉われずに書き留めてもいきたい。

2017年06月

都合により、暫く当 Blog の更新を中断します。
再開は、Facebook,Twitter などで告知させていただきますので、宜しくお願い致します。
もし、お気が向かれましたら、過去の記事に目を通して頂けましたら幸いです。 

《日本人は米国の悪意に鈍感過ぎる。米国の真意を知った上で米国と付き合う、良い意味での大人の外交を日本国民が選ぶ政権政党には身に付けて貰わなければならない。それができなければ、日本は滅びてしまうだろう》


今でこそ米国は日本の最も重要な同盟国であり、外見上は国家同士が友人として付き合っているように見えるが、大東亜戦争に引き摺り込み、「東京裁判史観」を植え付け、「亡国憲法」を押し付けた極悪国家と、その洗脳から未だ解かれる事を許されない日本が、戦後の72年間、米国とイコール・パートナーであった事は一度たりとも無い。米国人はつくづく執念深く、底意地が悪い。米国が特立宣言をしたのは、今から241年前だから、大東亜戦争に勝利した時は、建国後169年しか経っていない国であった。その若い国、米国が日本を何故あそこまで憎んだのであろうか。然も、憎しみの痕跡を後々にまで遺すのが米国の流儀である。


シリアル・キラー並みに記念日に拘る、その遣り口こそ、悪意に満ちた戦争犯罪と言わずして何が戦争犯罪かと言いたい。日本の主要都市200箇所余りに及ぶ絨毯爆撃の中でも、取り分け多くの被害者を出した「東京大空襲」は、日本にとっては310日の陸軍記念日の祝日であった。A級戦犯の汚名を被せた当時の指導者を絞首刑に処した日は、今上天皇の御目出度き誕生日である1223日であった。国際法では占領中は如何なる重要立法も認められないのに「所謂 日本国憲法」という名の占領時統治法をつくり、無力な日本政府に押し付けたのが113日の明治節である。明治節とは明治天皇の御誕生日である。


因みに、後にニクソンショックと言われる日本経済に多大な悪影響を与えた米国の経済政策の大転換日は、我が国が敗戦した815日に合わせて行なわれた。その一箇月前には米国に倣って中共とは一切国交を持たなかった日本の頭越しに突然訪中し、1971815日当日に、米ドルの金との兌(だ)換性を中止し、10%の課徴金を含む8項目の経済政策の大変更をしたのである。こんなに日付が重なる偶然などある筈がない。世界に影響を与えた、「日本狙い撃ち」という明確な悪意を持った経済政策の大変更を日本の敗戦日に擬(なぞら)えたのである。なんと意地の悪い遣り口だろう。これは巡り合わせなどでは決してない。


偶然はこんなには重ならない。明らかに恣意的なものである。米国の日本に対する強い憎しみと底意地の悪さは、ニクソン大統領時代も、そして現在も決して無くなった訳ではない。歴史的に米国は日本が鎖国を解いて近代化して以来、支那には幻想を抱くが、日本に対しては妙にサディスティックに対応してきたのである。〈人類史上初の「人種差別撤廃提案」を退けた〉ウッドロウ・ウィルソン、〈ロシアからの「戦時賠償金をゼロ」にし、「日韓併合」を日本に焚き付けた〉セオドア・ルーズベルト、〈「ハルノート」を突きつけ、日本を「大東亜戦争」に引き摺り込んだ〉フランクリン・ルーズベルト、〈日本の200都市に絨毯爆撃を命じ、原子爆弾で「人体実験」をした〉ハリー・トルーマンなど歴代大統領たちが、明らかに人種偏見が根底にあるとしか思えない行動をし、日本人を見下す言葉を遺している。最近では、ビル・クリントン大統領も〈731部隊の生物兵器計画を発見できず「中共に謝罪」し、「性奴隷の証拠発見に失敗」して残念がった〉という、明らかに日本に対する敵意に満ちた言動をしていた。ではなぜ米国は日本だけを目の敵にするのか、歴史を遡って検証してみたい。


1866816日、李氏朝鮮の時代にアメリカ合衆国の商船ジェネラル・シャーマン号が朝鮮近海を航行中、朝鮮側の奇襲により沈められ、船員20名全員が虐殺された事件がある。この事件を調査した米国は、「朝鮮人は真面に通商するに値しない民族である」と身にしみて理解した。この点では米国は日本より賢明であった事は歴史が証明している。


当時の日本人は、米国人のような人種偏見も、民族差別の感情も持たなかった代わりに、米国人のような怜悧で合理的な判断もできなかった。我々の先人は真剣に「人種差別撤廃」を世界に訴え、「八紘一宇」の精神の下、「五族協和」や「大東亜共栄圏構想」の実現に邁進していった。「穢れなき無垢な精神」は、国際社会では往々にして裏切られ、最後には馬鹿をみるものである。1894年の日清戦争の後に、日本と清国との間で結ばれた「下関条約」では、第1条に大韓帝国を名乗り始めた李氏朝鮮に対して、清王朝を中心とした冊封体制からの離脱と近代国家樹立を謳っている。日本は米国が見限った李氏朝鮮の独立を第一義として日清戦争を戦ったのである。朝鮮民族は日本のお陰で史上初めて独立国となったが、現実には独力で国家運営をする能力は無く、結局日本の保護下に置かれた。


その時、米国は朝鮮半島になど全く興味を示さず、スペインからフィリピンを奪い取る為に、フィリピンのアギナルド将軍を騙して加勢させて、結局、フィリピンを植民地にしてしまった。セオドア・ルーズベルト米大統領は、箸にも棒にもかからない朝鮮から引き揚げ、朝鮮は日本に災いを齎すだろうとの期待を持って、「私は日本が朝鮮を手に入れるところが見たい」などとの言葉を吐き捨てている。言葉通り、朝鮮から公館を撤収すると日本に押し付けて去って行った。1910年(明治43年)、日本は大韓帝国の希望通り併合を受け容れるが、これを見たT・ルーズベルト大統領は「日本は大変なお荷物を背負い込んだ」と喜んだという記録が遺っている。この時も米国は日本に対して良からぬ感情を抱いていたのである。


日韓併合の5年前の1905年、米国はサンフランシスコ大地震に見舞われるが、日本はこの時、無けなしの25万ドルの義援金を贈った。これに対する米国の返礼は、一般学校からの日系移民の児童75人の追放であった。また、1909年(明治42年)8月、タフト米大統領夫人は、首都ワシントンの都市計画に日本の桜を採り入れ、ポトマック河畔を桜並木にする計画を持っていた。これを旅行作家エリザ・R・シドモア氏が在米の高峰譲吉博士や水野総領事に話した。元衆議院議員で東京市長であった尾崎行雄はこの「桜の植樹計画」を知り、ワシントン市に桜の苗木を贈る事を決めた。歴史が持つ明暗の暗部を知らない日本人は、今ではすっかり米国の名所のひとつとなったポトマック河畔の桜並木を「日米友好のシンボル」などと思っているが、桜の苗木寄贈に対する米国の返礼は、日系移民の排斥であった。因みに、ポトマックの名は、米国人が殲滅したアメリカ・インディアンのアルゴンキン語族の一部族ポーワタン(Powhatan)の読みが欧州風に訛ったものであるとされている。


日本人の「過ぎた事は水に流す」執念深さを持たない淡白な国民性は「忘れやすい」という短所でもあるから、敢えて普段は余り語られない細かな裏の歴史を書いたが、「忘れやすい国民である」なら尚の事、戦勝国が飾り立てた歴史の影に隠れる「真実」に目を向けるべきである。米国が残して行った「東京裁判史観」と「亡国憲法」、そして「戦後教育」は、日本人が学ぶべき「歴史の真実を隠蔽」する事に重きを置いていた。日本人は、これら米国が悪意を持って日本に植え付けていった、占領統治の残滓を、いちど綺麗に振り払い、戦前の日本人が持っていた「気高き大和民族の精神性」を取り戻すべきだ。何も軍国主義に奔る必要も、帝国主義に戻る必要もない。先人が血を流してまでも護ろうとした「精神性」を取り戻せ、と言いたいのである。


実際のところ、米国が日本に対して悪い感情を抱いた要因は4つに絞られると私は考える。ひとつ目は間違いなく『人種偏見』であろう。ふたつ目は、1904年から1905年にかけて、有色人種の分際で、白人の強国、『ロシア帝国を打ち負かした』事である。3つ目は1919年のパリ講話会議の国際連盟委員会に於いて黄色人種の日本人が『人種差別撤廃』を白人諸国に提案した事である。そして4つ目は、『大東亜戦争で味わった辛酸』である。


ひとつ目の『人種偏見』は、米国人はアメリカインディアンを全滅させて、1,600万人もの黒人奴隷を金で買って、家畜の如く使役していた国である。アメリカ・インディアンへの人間とは思えない残虐な仕打ちの数々と、アフリカ人奴隷を家畜同然に扱って発展してきた米国は、人種偏見に満ちた国である。つい半世紀前まではアフリカ系米国人には公民権は愚か、基本的人権さえ与えていなかったし、様々な法整備で人種偏見を表面的には覆い隠した現在も、アフリカ系に対する白人警官の不当な発砲事件を契機とした暴動は毎年のように起きている。遅れてきた宗主国としてアジアで一儲けを目論んでいた米国は、有色人種でありながら白人列強諸国に伍した帝国主義国、日本人を殊更敵愾視した。白人女性はアフリカ系の奴隷の前で平気で裸を晒したという。家畜やペットの視線に恥じらう女性が居るだろうか? それほど白人にとっての有色人種に対する偏見は当然視されていたのである。


ふたつ目の『日露戦争』の結果は、ポーランドやフィンランドなどのロシア帝国に虐められていた白人国家のみならず、誰よりも喜びを湧き立たせたのは、白人には勝てないと諦めていたアジアその他の植民地の人々であっただろう。欧米列強には面白くない事だが、明治時代の大日本帝国だけは白人にも侮れないほどの軍事力を備えていた。白人至上主義者たちには、日本人が邪魔でならなかった事だろう。


3つ目の『人種差別撤廃提案』は、奴隷無しには国家が成り立たない米国は、何処よりも腹を立てた筈である。1898年の米西戦争勝利で汚い手を使って手に入れたフィリピンやキューバなどで、本国同様まだまだ奴隷使役での収奪を期待していた米国には、「人種差別撤廃」など絶対に受け容れ難い事であった。然も、黄色い日本人が提案したとなれば、怒りもひとしおであっただろう。白人に逆らった日本人に下されるべき当然の懲罰として、ABCD包囲網で苦しめ、先に手を出させるべく「ハルノート」を突き付け、最終的には「無辜の一般国民を大量に殺す為だけに」日本家屋を造って爆撃実験を繰り返し、紙と木でできた日本家屋を焼き尽くす焼夷弾(ゼリー状のガソリンが飛散する日本家屋用の新型爆弾)の開発までした。爆撃方法も、普通の爆弾で四辺を爆撃して逃げ道を断ってから、その中をさながら絨毯を敷くように爆撃する「絨毯爆撃」という作戦を編み出した。これは後に米国が言うような軍需施設への爆撃などではなく、明らかに一般国民を狙った「大量焼殺」である。


また、広島と長崎に投下した原子爆弾は、広島にはリトルボーイ(ウラン235型爆弾)を、長崎にはファットマン(プルトニウム型爆弾)と言う二種類の異なる種類の原子爆弾の実験投下であった。これは明らかなる人体実験であった。原子爆弾の開発に携わった科学者の多くは実戦使用ではなく、無人島などへのデモンストレーション爆撃で事足りると、日本本土への投下に反対したと言うが、政治家や官僚たち、そして時の米国大統領ハリー・トルーマンは、日本の一般国民への人体実験に固執して強行した。


原子爆弾の投下について米国の公式見解は、「米軍将兵50100万人の犠牲を出さない唯一の方法だった」と言うものであるが、数々の証言がそれが単なる方便である事を証明している。先ず、日本が降伏しない場合、米軍は昭和20年に九州上陸作戦を計画しており、その際には最大で25千人の戦死者を予測していた。翌年の昭和213月には東京正面の上陸作戦を計画しており、そこでは15千人から21千人の戦死者を予測していた。米軍の戦死者50万人というのは根拠がなく、最大で46千人の戦死者を予測していた事になる。また、都市部への「絨毯爆撃」を指揮した空軍のカーティス・ルメイ将軍は、「戦争は、本来、ロシアの侵入なしで、そして、原子爆弾なしで2週間で終わっていた。原子爆弾は、全く戦争の終わりと、関係がなかった」と証言しているし、カーター・クラーク准将は、「我々は、益々多くの商船を沈め、日本人を益々ひどい飢餓に陥れていた。この事だけでも、彼等に卑屈な屈服を強いる事ができた。我々はそれ(原爆投下)を行なう必要がなかった。我々は、それを行なう必要がないという事を知っていた。それでも、我々は日本人を2発の原爆の実験の為に利用した」と証言している。


広島の原爆投下では約14万人、長崎では約74千人が一瞬のうちに死亡した。広島や長崎で死亡したのは、非戦闘員である一般国民であった。一般人を無差別大量虐殺するのは、明らかなる戦時国際法違反である。原爆開発当事者たちが主張した通り、無人島などへの原爆投下を1回だけすれば事足りた筈である。タイプの異なる原爆を落としたのは、2種類の原爆が兵器としての殺傷能力や都市に与える被害効果を見る為出会ったのは明らかである。 戦後に進駐してきた米軍は、用意周到に広島と長崎に「原爆傷害調査委員会」(ABCC)を設置し、放射能の影響調査を始めた。そこに生存者を連れて行き、血液を採取し、傷やケロイドの写真、死亡した被爆者の臓器などを摘出して、様々な調査や記録を行なったが、治療をする事はなかった。被爆者への治療は当初から目的に無かったのである。白人国家に「人種差別撤廃提案」をした黄色い猿へのお仕置きにしては酷すぎるではないか。


四つの理由の最後、『大東亜戦争で味合わされた辛酸』は、13が無ければ起こり得なかった事であるが、現在も米国が日本を警戒し続け、米軍が駐留している最大の要因である。駐留米軍の存在を説明するのに「瓶の蓋論」と言うのがあるが、中共が経済的にも軍事的にも力を付け、覇権主義的になり法外な領土領海領空を主張しだし、北朝鮮が冒険主義的確信犯として核保有国である事を国際社会に認めさせようとする動きなどのアジア情勢の変化は、「瓶の蓋論」以外にも駐留米軍の必要性を増す事になってはいるが、日本に核武装を許し、米軍のイコールパートナーとしてアジア情勢の安定化を図るほどには日本に対する警戒感を解いてはいない。米軍の駐留を説明する13が大東亜戦争を引き起こし、4で日本を絶対に警戒心を解けなくなったのである。


F・ルーズベルトは、日本が真珠湾を攻撃する4ヶ月前に、ニューファンドランド島沖でチャーチルと日本の戦後処理について密談している。日本は永遠に武装解除して、絶対に独立させないと、この時に決められた。日本が真珠湾を攻撃する4箇月前にである。


1972年の周恩来、ニクソン、キッシンジャー会談でも、「日本には、朝鮮問題、台湾問題への発言権は与えない」と同時に、ここでも「日本は永遠に独立させない」と確認されている。これらの国家間の正式な約束事は、現在も実質的には厳然と生きている事を日本人は忘れてはいけない。日本人は人類史的にも、現在の国際社会でも、際立って性格が良い。これは裏を返せば「お人好し」、悪意ある相手国から見れば「愚か者」と言う事だ。サッカーのアーセン・ベンゲル監督は、日本人の人の良さや日本国内の治安の良さなどを例に挙げ、国際社会を狼の群に例えた発言をした親日家である。日本人選手が欧州など国際社会に出て行く事は「裸の無防備な赤子が狼の群れに囲まれるようなもの」なのだそうだ。この発言は、決して日本人を見くびってのものではなく、おそらく核心を突いている警告と捉えた方が良い。


縷々述べてえきた米国の悪意について、我が国の総理大臣が知らない様子なのが気掛かりである。数年前から「日本は国連(=連合国)の常任理事国になる資格も用意もできている」と力説されている。そんな資格も、用意も、必要性も、日本には無い。私は、常日頃から「反自民・反安倍」の主張をしているが、自民党以外に今の日本を仕切れる政党が居ない以上、その現実を現実主義的に受け容れてもいる。国際社会の混乱期にあって、安倍長期政権の功績は大きい。今の野党勢力が政権を取ったら、日本は最悪の状況に置かれるだろう。だが併し、一国のリーダーが近現代史を識らない様子である事は誠に哀しい現実であるとも考えている。できれば自民党に代わる真性保守政党が現れて欲しいものだ。でなければ、着々と進行中の「日本の韓国化」に歯止めが掛からず、韓国化した日本は最終的には中共の漢民族による侵略を受け、仮に「国家」や「亡国憲法」が残ったとしても、本来の日本人はこの国から消滅してしまうだろう。


人間社会に限らず、人間以外の生き物の世界、例えば、動物でも植物でも、日本の原生種より外来種の方が圧倒的に強い。そういった自然界の厳しい掟が存在する上に、人間社会では「外国人の悪意」と言う厄介な力が猛威を振るう。戦後72年間で日本は米国の計画通り、二度と白人諸国に立ち向かえない無力な国にされてしまった。そして、李明博(当時)韓国大統領は、「日本は既に韓国の思いのままだ」と日本制服宣言をした。その責任は、半世紀以上に亘って政権政党の座に就いてきた自民党政権の愚かしい国家運営の産物であり、自民党を信任し続けた日本国民の過ちである。日本が今のような左翼思想第一主義の愚かな国に堕する前に、真の主権国家に生まれ変わるチャンスが皆無であった訳ではないが、自民党を信任し続けた日本国民の愚かさ故、悉く日本が再生するチャンスの目は潰されてしまった。米国による洗脳統治の後遺症とはいえ、日本人はもっと賢明に、「先人の意思を継ぐ選択」をするべきであった。


国会議員と国会議員を目指される方には、歴史を猛烈に勉強していただきたい。何故なら多くの答えは歴史の中にあるのだから。人の生涯を決定づけるものが「人生観」であるとしたら、国家の命運を決定づけるものは、国家運営を任される政治家の「歴史観」である。残念ながら、現在の日本を率いる安倍首相の歴史観は、先人が命懸けで護ろうとした「大和民族の精神性」の存続を軽んじるものと断じざるを得ない。日本国民は、当面の間は安倍政権の下での安泰を享受するだろうが、10年先、20年先、50年先の日本を考えると、今までの自民党政権では確実に国を滅ぼす。心ある日本人は、2677年の歴史を振り返り、或いはまた、鎖国を解いて、欧米先進諸国に追い付こうと必死に努力した頃の、先人の心に思いを致し、貧しくはあったが、清廉で、慈愛に満ちた、「日本国民が気高かった頃の精神」を取り戻すべく、今、行動を起こさなければならない。我々の子々孫々に、誇りある平和を享受し続けて貰う為に。


《現代の日本人は、悪しき『東京裁判史観』に塗れた、「偽りの贖罪意識」を植え付ける内容の「戦後教育」しか受けていないから、日本と韓国の関係性を正しく理解できなくされてしまっている。日本政府(自民党政権)がこの悪しき戦後教育を改める兆しはない。我が大和民族の国家「日本」と、朝鮮民族の分断国家である「韓国・北朝鮮」は、何の共通点もない国である。勿論、ついこの間まで日本政府が韓国に対して真顔で言っていた「価値観を共有する国」であった事など歴史上一度足りともない。当時は分からなかったが、「日韓併合」中も、日本人と朝鮮人は全く別の生き物と言っても良いほど懸け離れた価値観・人生観を持っていた》


戦後の日本人は韓国という反日国家に不用意に接近し過ぎた余り、忌まわしき朝鮮民族の本質を見失なっている。敗戦後、間も無く始まった、事実上、米国一国による68箇月に及ぶ「洗脳統治」と、彼等が凡ゆる法を犯して押し付けて行った「亡国憲法」にしがみついてきた余り、日本人は次第に「大和民族としての気高き精神性」という人類史的に稀有な資質を失ないつつある。米国は大東亜戦争開戦前に企てた通りに、日本を二度と白人に逆らわない腑抜けた国にしてしまった。現代の日本では、米国が悪意を持って埋め込んで行った腐った種が開花したかのように、国家の枢要な部分を韓国朝鮮系の帰化人や在日たちに支配されてしまっている。


大和民族は、敗戦後72年の歳月をかけて着実に朝鮮民族に蝕まれてきた。近年、「日本の韓国化」が著しいという実態に気づいている日本人がどれだけ居るだろうか? 日本の最高学府の中でも取り分け一流と言われる大学の大学院の「憲法学者」が「亡国憲法」について、在日にほぼ支配されているテレビ局の在日キャスターの質問に答えて、神妙な面持ちで自らの護憲思想を開陳する姿は、日本を愛する者としては見るに耐えない。また、彼等、優秀な筈の日本人が賛成し推進する女系天皇を容認したら、「万世一系の歴史」を失ない、日本は日本では無くなってしまうだろう。半世紀以上の歳月をかけて歴代自民党政権が、恐らく意図せず、単なる怠惰や臆病や利権への欲得によるで有ろう不作為で蝕んできた、この日本は、何れ「つぎはぎだらけの亡国憲法」を押し戴き、本来の資質を失なった事実上の大和民族ではなくなってしまった日本人が住む、本来の主人なき国家に成り果てるのだろう。


そんな暗澹たる気持ちに苛まれながらも、一人でも多くの日本国民に、米国の悪辣さと朝鮮民族の鬼畜さと劣等性と卑劣さ故に、この日本が危機の淵に追い詰められている実態を知って貰いたい一心でこのBlogを書いている。


大和民族と朝鮮民族、そしてアングロサクソンなどの白人たちとの違いを推し量る材料としては、「奴隷制度や階級差別」を「悪しきもの」として自国の文化に定着させるのを拒んだか否かである。余り知られていないが、奴隷制度は古代の日本にも短期間ではあるが存在した。併し、古代の日本人は「声無き心の声」に従って、奴隷制度は悪しきものであると悟り、排除した。以来、日本人は一度も奴隷制度を持たなかったし、階級差別による虐待の歴史も経験していない。併し、朝鮮民族である在日たちを悪意を持った米国に仕込まれると、短期間のうちにいとも簡単に、朝鮮民族系の帰化人や在日たちに国の中枢を明け渡しつつある始末。これは敗戦後の日本を預かった歴代自民党政権の取り返しのつかぬ迂闊である。


李氏朝鮮の歴史を観ると、奴隷制度や階級差別が厳然と存在し、下層民を苦しめ抜いた。王族を頂点として、一番上に両班があって、その下に一般人である中人、その下に常民(小作人)、その下に賤民(奴婢・白丁)がいた。賤民は明らかに奴隷であり、常人にも人権はなかった。両班の息子 朴泰赫が書いた「醜い韓国人」(光文社)という本には、小作人の素行が生意気だという理由だけで、両班に打ちのめされ、足を折られたりして一生の不具者にされてしまうような、常民・賤民に対する壮絶な虐めが記されている。

 

李朝の身分制度の人口比は、両班・中人が約60%。常民・賤民が約40%。下層階級の比率が非常に高く、奴隷階級が40%に及ぶ国家など世界広しと雖(いえど)も李朝しか存在しない。金日成・金正日・金正恩と三代続く独裁政権下、多くの国民が飢餓に苦しんでいると言われる今の北朝鮮でも、最下層民の比率は、矢張り40%と見られる。社会主義国家に偽装したところで、身分制度を含め、中身は李氏朝鮮時代のままである。自由主義国家と見做されている韓国も、実態は財閥系の資産家たちを頂点に、その財閥企業に勤める高所得者階級、彼等の優雅な生活とは縁遠い下層民に分けられる。韓国には、所得による「身分差別」に加え、「地域差別」も厳然と存在する。国内の差別から逃れる為に、韓国は世界一の移民供給国家となっている。


日本の敗戦時に米国が日本を占領統治をしようがしまいが、在日朝鮮人たちの内の「被差別民」は、差別が待ち構えている母国には決して帰ろうとはしなかっただろう。そうした在日たちが帰国事業にも応じずに不当に日本に居座ったのである。ロサンゼルスに行くと沢山の朝鮮人がいて、コリアンタウンを形成している。彼等に出身地を聞くと、異口同音に「ソウル」と答えるが、実際は全羅道や済州島あたりの出身者である。彼等、全羅道や済州島の出身者は、母国では手酷く差別され人生に未来はない。それを恥じて「ソウル出身」と嘘をつく。嘗て、自民党の幹事長を勤めて権勢を欲しいままにしていたが、今ではすっかり落ちぶれてしまった小沢一郎氏も済州島出身者で年に一度の済州島への墓参りを欠かさないと聞く。被差別民である朝鮮人たちは先ず日本に来て、運がいいとそこから米国やカナダなどの欧米先進国に渡って行く。国を捨てたくなるほどの凄まじい階級差別があるからだ。


朝鮮民族の国家には、「奴隷制度」というものが常態として存在し、それに加えて様々な「差別」が存在する。韓国は、支那の真似をして韓国独立記念館を造ったが、そこでは日韓併合中に日本人が為したという朝鮮人拷問の様子が再現されている。例えば「ボウダ」という拷問は、足を結わえて足と足の間に棒を入れて抉(こじ)るというものだ。それで足を骨折させたりしたという。「残酷な日本人」がやったという紹介文がついているが、そんな拷問道具や方法など日本には存在しなかったし知りもしない。同じものが両班記念館にも、「両班が小作人を折檻した道具」として保存してある。朝鮮人にはこういう間抜けたところがあり、彼等は直ぐバレる嘘をつく。「醜い韓国人」を読まなくとも、朝鮮ではそういう虐待が行なわれていたという事が誰にでも分かる。


李朝では女性差別も甚だしかった。日本が1910年に朝鮮人の懇願を受け容れて大韓帝国を併合して驚いた事は、先ず人口動態を調べようとしたら、全く統計がない事だった。戸籍すらない。然も、女性には「名」もない事が分かった。「姓」はあるが、個々の名前がない。そこで日本が名前を付けさせ、戸籍を作った。それほど朝鮮人女性というのは差別されていた。李朝の文献を見ても、「閔妃」などの妃の名は出てくるが、下層階級の女性の名は一切出てこない。朝鮮総督府が戸籍をつくってから、「芳子」とか「君子」とか、日本式の「子」のつく名前が急増した。彼女たちは自ら望んで「創氏改名」をした訳だ。


また、日本の統治が始まる前の朝鮮人は染色技術を知らなかたったから、日本女性の和服姿を初めて目にして、目を輝かせた。それまで虐げられていた朝鮮人女性たちはこぞって和服を着たという。数世紀もの間、白い韓服しか身に着けていない事から、彼等は「白い民族」と呼ばれていた。今の韓国や北朝鮮の女性たちが、原色を多用した悪趣味なチマチョゴリを好むのは、色彩感が伝統的に養われてこなかったからだろう。


福田徳三は、李朝は日本より1,000年遅れていたとしているが、その計算だと李氏朝鮮の発展段階は日本の平安時代に相当する。福田徳三は経済学者だから、飽くまでも経済的観点からの意見だろう。1,000年前の日本といえば、紫式部や清少納言という女性作家・歌人が活躍して、独自の文化を成熟させていた平安時代である。女性差別が激しく、文学などの芸術の発展も全く見られなかった李氏朝鮮の遅れは文化面では1,000年どころの遅れではない。女性文学が11世紀に成立していた日本は西欧諸国よりも500年は先駆けていた。江戸時代には自然発生的に寺子屋制度も発展するが、寺子屋の先生の3分の1は女性だった。教育の普及に加え、有職の女性が既にそれだけ存在した事は世界の奇跡と言っていいほどである。


朝鮮民族を語る上で欠かせないのが、「言葉の貧しさ」である。これも日本とは大きく異なる。「華夷秩序」に組み込まれていた朝鮮の唯一の文化といえば「中華の真似ごと」であった。漢字・漢語を入れて、それを大事にし過ぎた余り、朝鮮由来の言語を殆んど失なってしまった。この朝鮮のケースは世界でも珍しいと言える。例えばフィリピンはスペインに占領されてスペイン語を強要され、次に米国に占領されて英語を教えられても、自分たちの言葉であるタガログ語は捨てなかった。ベトナムもフランスの統治を受けたがベトナム語を捨てなかったし、インドネシアは350年間もオランダに支配されながらも多数の現地語を護り通し、その後の3年間の日本統治中に国語を一本化された。


朝鮮民族は、支那という隣の国に文化的侵食を受けるや、自ら進んで言語まで放棄してしまった。筑波大学の吉田教授が一生懸命に朝鮮古語を研究されているが、現在までに僅か180語しか確認されていない。文化は言葉がないと育まれない。朝鮮半島には文化が全く残っていないから、今の韓国は他国の文化を剽窃して自国起源と言い張るような真似をする。彼等は自分たちの先祖がどんな名前をつけていたのかも全く分からない有様なのだ。今の朝鮮人の名前は「支那風の名前」であって、1,000年前に彼等は自ら「創氏改名」していた訳だ。


15世紀になって、李氏朝鮮の4代目国王 世宗が諺文(ハングル)をつくったとされる。漢字のみでは庶民に教育が普及しないので、大陸の覇者であったモンゴルが残していったパクパ(パスパ)文字を真似たと言われている。併し、漢字・漢語を権威として使っていた支配階級である両班が、女子供の卑しい文字だと抵抗して、ハングルは普及の努力もされず、忘れ去られた。それを1876年の日朝修好条規締結の為に帯同した日本の学者が発見して、研究し、体系化して朝鮮人に教育した。


併し、1910年に大韓帝国皇帝純宗の懇願に応じて「韓国併合」を天皇陛下が承認された時には、またもハングルは埋もれ、忘れ去らていた。日朝修好条規から僅か34年後の事である。そこで福沢諭吉が門下生の井上角五郎を朝鮮に派遣して、ハングル普及に尽力させた。そして韓国併合後は、朝鮮総督府が精力的に小学校を建設しながら「普通学校用諺文綴字法」(1912年)という正書法をつくってハングルを普及させていった。


韓国人は、よく「日本人は我々から言葉までも奪った」などというが、ハングルは日本人が発見し、体系化させ、無学な庶民層に教育を普及させる為に、両班の私塾が数校しかなかった朝鮮に何千校もの学校を建てながら、大変な努力の末に定着させたのである。韓国人が語る歴史は「正反対」に理解するのが正しい。併し、ハングルの基礎となっている支那の言葉も元々語彙不足だった為、支那は近代社会の概念に対応できず、「民主主義」や「共和主義」や「社会」「株式会社」などといった西洋近代文明の新しい概念を理解するのに欠かせない言葉を日本から輸入している。況してや支那の漢字を基礎にした朝鮮の文化に於いては、更に語彙が足りない。韓国人が短気で、カッとなり易いのは語彙不足による、「意思が伝わらないもどかしさ」が根底にあるという言語学者もいる。


日本の隣国は、以上述べたように日本とは文化的に全く縁もゆかりもない民族の国なのである。日本人が様々な外来文化の影響を受けながらも、それを独自に昇華させて日本独自の近代化を成し遂げたのとは、正に対照的な民族の国が韓国なのである。世界的に隣国同士というものは、とかく仲が悪いものだ。まともな国同士であっても上手くやって行くのは難しいのだから、朝鮮民族のような異常な民族とは、関わり合いにならないのがいちばん良いのである。これは歴史が証明してくれているのに、日本人は米国の圧力と情にほだされ、近年になってもずっと韓国を援助してきた。そして援助するたびに恩を仇で返され続けてきた。


最近の韓国のマスメディアの論調は「日本は韓国がいちばん苦しい時には、いつも突き放し、決して助けてくれない」というものだ。韓国の二度に亘る経済危機の時に、最も援助したのは日本であるし、日本は世銀、IMF、共に第2位の出資国であるから、直接援助に加えて間接的にも韓国にとっては最大の援助国である。それでも日本を恨み続ける韓国人など日本政府も日本の経済界も相手にするべきではない。韓国の三度目の経済危機に救いの手を差し伸べるようでは、流石に自民党政権は愚か者の誹りは免れまい。


高山正之氏は、韓国との付き合い方の一番いいお手本が、「米国のキューバ外交」だと述べられている。米国にしてみればキューバは自国に向けられた匕首(あいくち)のようなもので、日本にしてみても朝鮮半島は脇腹に突き付けられた匕首なのである。14921027日、キューバ島はコロンブスの第一次航海でヨーロッパ人に「発見」され、1511年にスペインのベラスケスが率いる遠征隊によって征服された。原住民のインディオは虐殺され、女は強姦されて、メスティソという混血児の島になる。また、殺戮の結果、人手不足となってアフリカ人奴隷を大勢買い入れ、奴隷だらけの島になってしまった。その後、1890年代頃から、その奴隷たちが宗主国スペインに対して反乱を起こすようになる。


米国はキューバが混乱している時はずっと無関心だった。キューバで何が起きようと国内で争っている限り、米国にとってはどうでもいい。併し、1898年の米西戦争の時にそれまでキューバに無関心だった米国が突然介入してきた。理由は、メスティソやアフリカ人奴隷の反乱軍が、支配層のスペイン人たちを殆んど駆逐するところまできていたからだ。自分の脇腹にまとまった「意思をもった国」ができるというのが国家にとっては一番怖い。米国が米西戦争でキューバに介入したのは、あと少しでこの島に「独立した意思ある国」が出来そうになった為だ。


18982月、米国の「自作自演」といわれる、米戦艦メイン号のハバナ湾爆沈事件が起きる。米国はこれを口実にキューバに介入した。米国の卑怯なところは、必ず相手に手を出させてから戦争を始める。「米国は悪く無い。相手が悪いのだ」という国際世論をつくってから攻撃する。嘗ての日本もその手で遣られた。米国は、軟弱なスペイン軍を破ってキューバに進駐すると米軍の傀儡政権をつくった。然も、キューバにも国際法を無視して米国製憲法を押し付け「プラット条項」というのを入れた。これは「外交は米国の承認のもとでやれ」という条項であった。そして外交も貿易も全て米国の承認の下に行なう状況が、カストロ政権の誕生まで続く事になる。


米国のこの「キューバ外交」を大日本帝国は見習うべきだった。カストロ政権のキューバがどんなに苦しんでいても米国は一切助けなかった。日本にとってみれば朝鮮は日本の安全保障を脅かす存在なのだから米国のように力づくで手に入れて傀儡政権をつくれば良かったのだ。日清戦争が終わったのとほぼ同時期に「米国とキューバ」という、格好の良い見本があったにも関わらず、日本は「傀儡政権をつくる」よりも「まともな独立国家になって貰って共存共栄を図ろう」という外交政策をとった。自国の安全保障を第一に非情な朝鮮潰しをやる事に躊躇いがあったからだろう。併し、高山氏は「本来の外交の遣り方」という意味では米国流が正しいという。敗戦により朝鮮半島に「意思ある国家」ができた時、日本は米国に倣って韓国を一切助けなければ良かったのである。


日清戦争のあと日本が躊躇っている内に李氏朝鮮の高宗は、ロシアの公使館に籠って一年余り執務するという日本に対する背信行為を働く。そして更にロシア軍を引き込み馬山浦を提供し、閔妃に至ってはロシアに税関権を渡してしまうという暴挙にでた。日本が日清戦争で朝鮮の独立を求めていたにも関わらず、朝鮮は自らロシアを引き込み、その植民地になろうとしたのである。日本にすれば、少し危ない「匕首」が「大鉈」になりそうになった。この危機感が日露戦争に繋がる。言ってみれば日露戦争も「朝鮮」という「災の国」が呼び込んだようなものだ。日露戦争で日本人は97,000人、そして日清戦争では30,000人が死んでいる。朝鮮の処理を誤った為に、延べ130,000人もの日本人が犠牲になった。外交には同情や憐憫は禁物なのである。


日本の「韓国併合」には米国大統領セオドア・ルーズベルトの陰謀の存在も否定できない。日露戦争が終わった後に米国がとった行動は朝鮮にある在外公館の引き上げだった。ルーズベルトは「もはや朝鮮は国家の体を成していない」と発言しているが、その時にこうも言っている。上智大学教授の長田彰文氏の「セオドア・ルーズベルトと韓国」(未来社)に「私は日本が韓国を手に入れるところを見たい。日本はロシアに対する歯止めの役割を果たす事になる」というT・ルーズベルトの言葉である。ルーズベルトは日本にとって「いい事」は、ただの一つもやっていない。日露戦争の講和でロシアの対日賠償金をゼロにしたのがいい例だ。彼自身、日本は「仮想敵国」だと公言してもいた。そう考えれば彼の行動は「この一番処理が難しく、一番タチの悪い朝鮮という国を日本に押し付けてしまえば、日本は混乱に陥るだろう」という悪意があったとみるべきだ。だから対日戦略の一環として、公館を引き揚げたのである。

 

キューバ統治に於いて「隣国への対応の仕方」を百も承知な筈の米国が、朝鮮を日本に渡して公館を引き揚げてしまう。これには必ず裏がある筈だ。「行かないでくれ」と泣いて縋(すが)る朝鮮人に対し、「お前の国は留まるに相応しくない。日本を頼れ」と言い放って米国は出て行った。それが結局、日本による「韓国併合」の布石となった。日本が韓国を併合せざるを得ないように画策したとすれば、これは米国の「最大の陰謀」と言っていいだろう。


我々日本人が「正しい外交関係」の為の視点を持つには、寧ろ、T・ルーズベルトのような目を持たねばならない。やたらと日本に入ってきている韓流と称するドラマやK-POPを始めとした韓国や在日に支配された日本のマスメディアが垂れ流す「韓国情報」に惑わされるのは日本にとっては極めて危険な事なのである。


韓国についてはこんな話もある。ベトナム戦争時に韓国軍がベトナムで何をしたかを「Newsweek誌」(2000412日号)がベトナム支局のレポートを載せている。韓国がベトナムに派兵していた1965年~73年の間、韓国軍は理由なき無差別殺人を行なった。立ち退きを拒否したベトナム人住民たちを生きたまま井戸や防空壕に押し込め、手榴弾を投げ込んで殺す。残忍なやり方で女性をレイプしてから殺す。子供も腕を切ったり首を落として殺す。「韓国兵に会ったら死に出会ったのも同然だった」というベトナム人の証言がある。


そして、もうひとつ「竹林はるか遠く~日本人少女ヨーコの戦争体験記」(So Far From The Bamboo Grove)を忘れてはならない。著者のヨーコ・カワシマ・ワトキンスさんは米国人と結婚して現在は米国に住んでいる。彼女は朝鮮半島で終戦を迎え、家族と共に日本へ引き上げる際に多くの同胞が朝鮮人に襲われ、強姦され、虐殺される場面に遭遇した。その事実を11歳の少女だった著者が淡々と綴った作品である。


この本は米国のほぼ全州の中学校で副読本として採用されていたが、2006年に在米韓国人が「歴史の歪曲」だと騒ぎ出した。朝鮮人を残虐な民族のように偽って描いたというのだ。騒ぎは全米に広がり、ついには、当時73歳だった著者が「記者会見に引きずり出され、怒号の中で吊るし上げられ、謝罪を求められた」と「ボストン・グローブ」紙が伝えている。会見場には韓国紙の特派員・韓国領事は居たものの、日本の外交官・特派員は姿を見せなかった。日本の政治家や国から高給を取っている外務官僚、そして正義漢ぶった日本のマスメディアは、こういう肝心な時には絶対に姿を現さない。日本政府にこの事件が伝わらない訳が無いが、日本政府(自民党政権)もダンマリを決め込む。その後、在米韓国人たちのボード・オブ・スクール(教育委員会)への圧力によって、この本は副読本から外されてしまった。


併し、「竹林はるか遠く~日本人少女ヨーコの戦争体験記」は真実を伝えている傍証がある。当時、朝鮮半島から博多湾に引き揚げてきた女性たちの中で、強姦による妊娠をしてしまった女性の実態が、上坪隆「水子の譜」(社会思想社)に描かれている。それによると、ある特定の時期に堕胎手術をした女性が47人いた。その加害者の内訳をみると、朝鮮人が28人、ソ連人が8人、支那人が6人、米国人が3人、台湾人・フィリピン人が各1人、とある。


この数値によって日本人避難民を襲った暴漢の内訳が分かる。多くの日本人には、日本人への加害者の主体が「旧ソ連人」だという思い込みがある。併し、実際は過半数を大きく超える暴漢が朝鮮人であった。それが「竹林はるか遠く~日本人少女ヨーコの戦争体験記」を読むとよく分かる。日本の敗戦後、朝鮮人は掌を返して、ケモノのような蛮行を日本人に対して行なったのである。日本人は終戦時によくよく朝鮮人の残忍さを知る事になった。危険なのは、現在の日本人の多くが、戦後教育という嘘っぱちを教えられて、朝鮮人の蛮行を知らない事だ。それで韓流だP-POPだと在日汚染されたマスメディアに「不浄なもの」を押し付けられているのだから堪らない。


戦後、韓国は「竹島」を強奪し、日本人漁民4,000人近くを人質に取って、テロリストと同じやり方で日本との戦後処理交渉を進め、「謝罪」と「日本を破産させてしまうほどの巨額な賠償支払い」(15億ドル~100億ドル)を要求してきた。日本統治時代、日本が行なった植林、鉄道敷設、港湾設備、灌漑設備開発を始めとした「インフラ施設」、そして「公的・私的財産」合計53億ドル相当を全て没収した上にである。オランダは350年もの間、インドネシアから搾取し続けた上に、インドネシアから撤退する時には「俺たちが町を作って、運河を造ってやった」と、植民地だったインドネシアに60億ドルを請求している。韓国は日本の「請求権」を認めないばかりか、公的・私的財産を不当に没収した上に、「巨額な賠償支払い」までを要求した。米国の圧力があったとはいえ、韓国の脅しに屈した日本もだらしがないが、現代に生きる我々は、つい52年前にそういう出来事があった事を決して忘れてはいけない。


日本に帰化された元韓国人、呉善花氏によれば「あの国は馴れ馴れしい」という。例えば「南北統一」の問題ひとつとっても「日韓が一緒になって取り組みましょう」と言う。潘基文 元国連事務総長も、嘗て彼が外相をしていた時代に日本に来て同様の事を言っていた。併し、朝鮮半島の統一など100%朝鮮人同士の問題である。日本は韓国に必要のない戦後賠償として莫大な資金を渡す時、当時の朴正煕大統領が、「北朝鮮には韓国が渡す」からと、北朝鮮の分まで経済援助金を寄越せと言って、日本から北朝鮮の分まで援助金を巻き上げた。「日本人拉致被害者の問題」は重要課題として取り組まなければいけないが、それ以外で北朝鮮などに日本人が関わってはいけない。


東西ドイツは冷戦終結後にベルリンの壁を崩して統一を遂げた。ベトナムも、東西冷戦に付き合って分断している必要はないと、30年間の戦争の末に南北統一を成し遂げた。ベトナム人には「これはベトナム人の問題であって、自分たちが解決する」という「統一への強い意思」と「民族の誇り」があった。翻って、南北朝鮮はどうか? 韓国は「自分たちだけじゃ統一できない」と散々悪し様に口撃しながら日本を頼ったり、「6箇国協議」に便乗したりして「自国の統一」に必要となる資金を他国に集(たか)ろうとしている。T・ルーズベルトの言葉を借りれば、日本の隣国は未だに「国家の体裁をなしていない」のである。

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